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その27

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「ご主人様・・・侵入者の始末が終了致しました」
 正装で身を包んだ男が恭しく頭を垂れながら、広間の奥に鎮座する人物に報告を行う。その丁重な言葉遣いとは裏腹にこの男は異形な姿をしていた。背中が大きく湾曲し、頭が肩よりも下前方に突き出ていて顔の造形も歪だ。腕も不自然に長く、全体的には大柄な猿を思わせる。それでいて材質、仕立てと妥協のない服を纏っているのだから怪しい以外の何者でもない。
 この異形の男はジェダの腹心で執事長を務めるヘリオである。最初期にジェダの眷属となった者で生前はそれなりの実力を持った魔術師だった。
 また、城に配置されていたシェイプチェンジャーとミミックもこの男が開発、あるいは飼い慣らしていたものである。その自慢のミミックがサージを飲み込んだのを確認した彼は、主人の元に急行したのだった。

「よくやったヘリオ・・・下がっていいぞ」
「はは、ありがたきお言葉!」
 主人と仰ぐ金髪の若い男の返事に従いヘリオは深い辞儀の後、その身体に似合わない素早さで広間を去って行った。
「ミリア、君の買いかぶりだったね。僕を倒すどころかここまで来ることも出来なかったようだ」
 広間の扉が閉まると、金髪の男は豪華な椅子の上で足を組み替えながら、隣に座るミリアに皮肉を込めて語り掛ける。
「・・・そういうのは、しっかりと自分の手で首を刎ねてから言うべきよ!!」
 美しい顔を怒りで歪ませながらミリアは吐き捨てるように答える。巨大な戦斧を獲物とし鎧を纏っていた彼女だが、今は純白のドレスを着せられ髪も綺麗に結われている。もっとも、手足は鉄鎖で縛られているうえに椅子自体が魔法陣の中に置かれており、完全に捕らわれの身だった。
  そんな状態でもミリアはサージの敗北と死を簡単には受け入れない。これは彼女の願望ではなく、これまでの経験による本音だった。敵の死と無力化は自分の手で行うか、目で直接確認するまでは認めてはならないのである。おまけに相手はあのサージだ。信じられるはずがなかった。

「ふふふ・・・未だに諦めが悪いようだね。昔もかくれんぼでなかなか負けを認めず、不貞腐れていたよね」
 圧倒的に有利な立場にある男は嘲笑ともにミリアに指摘する。
「あ、あれはあなたがお父様の宝物を持ち出して隠れていたからでしょう? あんなの反則よ! あなたはいつだってそう! あの時・・・あの時に半殺しにしてでも反則の罰を与えておくべきだった!」
 男の態度に腹を立てながらも、ミリアは話題を合わせる。サージを見くびってくれるのならむしろ好都合である。今は少しでも時間を稼ぐべきなのだ。
「怖いこと言うなよ・・・どんな手段でも勝ちは勝ちさ、それに約束通り今回もゲームが終わるまで待ってやっただろ? 今度は僕の番だ。臍を曲げてないで、二人で一緒にこの国を支配しようよ・・・姉さん!!」
「・・・私の弟は三年前に死んだ! 今目の前にいるあなたはジェダの形骸に過ぎない! あなたは今夜こそ滅びるのよ!」
「ふふふ、本当に姉さんは変わらないな・・・」
 金髪の若い男、ジェダは椅子から立ち上がると前髪を優雅な仕草で掻き上げる。そこにあるのはミリアと同じように美しく整った顔だった。

 ミリアに歩み寄ったジェダは自分を睨みつける彼女を恍惚的な笑みを浮かべながら指でなぞる。その仕草は恋人を愛撫するようでもあり、猫が捕まえた鼠をいたぶるようにも見えた。その緋色の瞳で見つめられだけで、耐性の者は魅了されてしまうだろう。
「ああ、少し老けてしまったね?」
 一頻ひとしきりミリアの顔を眺めたジェダは残念そうに告げる。双子の姉弟として、同じ色の髪と瞳の色、筋の通った鼻、絶妙な曲線を描く顔の輪郭を授けられてこの世に生を受けた二人だったが、現在では性別とは違う変化を外見にもたらしていた。具体的にはミリアは一人前の女性に成長していたが、ジェダは未だに思春期の面影を残している。
「当たり前でしょ! あなたは三年前に・・・死んだ頃のままなのよ!」
「死んだんじゃない! 生まれ変わったんだ! この美しさと若さを不滅にするためにね! 姉さんもまだ間に合うよ! 右頬の下に出来たその小さな雀斑も僕の眷属になれば、これ以上広がることもないだろう・・・僕は姉さんが老いて死ぬ様を見たくない!」
 ミリアは純然たる事実を告げるが、ジェダは自らがバンパイアとなったことを誇るように否定する。
「そんなのは余計なお世話! 人間が老いるのは神々が定めた宿命・・・死と転生を繰り返すことで魂を研鑚し、いずれは人間も神々の領域に昇華するのよ。死から逃げることは、不滅なんかじゃない! 永遠の停滞なのよ! それにどれだけの領民の・・・他者の命を犠牲にするつもり! この外道!」
「光の神々の教えなど・・・それで母様はどうなった?! 光の神々が主導的に定めたこの世界は冷酷で歪だ! こんな不完全な世界の来世など信じられるか! 他者の犠牲? バンパイアが人間の血を糧にすることと、人間が家畜の肉を食らうことに何の違いがある? それこそ人間など放っておけば、互いに殺し合う愚かな生き物だ。上位の存在である僕が支配、管理した方が戦争や飢饉で失う命を減らすことが出来るだろう!」
「・・・やはり、あなたを説得するのは無理なのね・・・」
「それはこっちの台詞だよ! まあ、良いさ、僕の眷属になればそんな事実も過去になる・・・そろそろ始めよう!」
 それぞれの主張を繰り広げた二人だったが、最終的に判明したのは『お互いが相容れぬ存在となった』という事実だ。そしてジェダは姉との関係を一方的な主従に変えるために、ミリアの首元にその牙を埋めようと覆い被さる。
 だが、まさにミリアの白い肌にジェダの牙が突き刺さろうとする瞬間、激しい揺れが彼を襲う。あまりの衝撃に立っていられないほどである。そのためジェダはミリアから離れて体勢を維持しなくてはならなかった。
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