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その24

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「深くて、広いな・・・」
 待ち伏せを警戒しながら急勾配の階段を下るサージだったが、何事もなく最後の一段を降り切ると独り言を呟いた。その先には漆黒に包まれた幅一尋程の通路が延々と伸びていたからだ。
 地上部分は貴族の城らしく、様々な装飾で彩られていたが、さすがに地下にまではそのような余裕、あるいは必要がないのか石材が剥き出しになっている。
 また〝錬体術〟で視覚を強化しているものの光源が全くないため、さすがサージでも廊下の先を捉えることは難しかい。それでも彼の勘が、この地下施設が一筋縄でいかないほど広大だと告げていた。
 いずれにしてもサージが目的を達するためには、この地下施設の中からジェダの居場所と力の源である〝墓所〟を探し出す必要があった。
「まあ、いいさ・・・しらみつぶしにしてやるよ!」
 サージは苦笑を浮かべると漆黒に包まれた闇に向かって歩き始めた。

「な、何者だ! 狼藉者め! ここをどこだと思っている!」
 扉を蹴破って現れたサージに向かって青白い顔をした太った男が驚きつつも怒号を上げた。微かに赤く光る双眸と開いた口元から伸びた犬歯、もう珍しくもなくなったジェダの眷属であるレッサーバンパイアだ。
「そんなの知るわけがないだろう・・・」
 そんな眷属の怒りをサージはそよ風のように受け流す。彼からすれはたまたま最初に見つけた扉だったに過ぎない。敵側の事情など知ったことではなかった。逆上して襲い掛かる眷属を一刀のもとに斬り伏せる。
 奥からの追撃に備えるが内部にいたのは一体だけだったようで、サージは臨戦態勢を解いて周囲を観察する。夜目が効く、と言うよりは闇の中でしか活動できないバンパイアの施設にしては、ランプによる光源が多数存在しており、全体を一望することが出来た。

 そこは監獄と呼ぶべき場所だった。出入口の近くには食料らしき木箱や樽が雑然と置かれており、奥には鉄格子で区切られた牢が幾つか存在していた。元から地下にはカビとも死臭ともとれる匂いが漂っていたが、ここは特に饐えた匂いが鼻を刺激した。
「ん?!」
 悪臭の中、サージは牢の中で床に転がっている物体に気付くと早足で近づく。それは見間違えでなければ小柄な人間、子供だと思われた。
「「「うわぁ・・・」」」
 突如現れたサージの存在に、牢の中の人影、五歳から十二歳頃と思われる子供の群が悲鳴を上げて奥に逃げる。
「お前達は・・・そうか・・・」
 怯える子供達を前にしてサージは全てを察すると複雑な表情を浮かべる。バンパイアの拠点で捕えられている人間の子供である。その用途はただ一つだけだろう。
 牢の中には性別を問わず十人程が収容されており、そんな牢が三つ存在している。およそ三十人がバンパイアの糧として飼われていたのである。衣服や毛布等は支給されているようだが、誰もが痩せて病的だ。どうりで町中で子供たちの姿を見掛けなかったはずである。

「おいお前達! さっさとここから出ろ! その後はランプを持って、ぶっ壊した扉を右に曲がり突き当りの階段で地上へ逃げろ!」
「「「・・・」」」
 鉄格子を〝錬体術〟で順々に抉じ開けるとサージは中の子供達に向って、この悲惨な状況からの脱出を促す。だが、この場に捕えられていた彼らすれば、急に現れた見ず知らずの男にバンパイアへの反逆を扇動されているのである。恐怖から更に怯えて牢の奥に蹲るだけだった。
「ああ! クソ! 面倒くさいな、さっさと出ろ! じゃないと俺がお前らをぶっ殺すぞ! お前とお前、先導してやれ!」
 流石に本心ではなかったが、サージはより現実的な恐怖で子供達を煽りつつ、年嵩の少年と少女を指名する。
「に、逃げても、だ、大丈夫なのですか? 逃げたら、ヘリオ様が・・・」
「大丈夫だ! ヘリオだろうが、ジェダだろうが俺が纏めて片付ける! いるかは知らんが・・・親や家族に生きて会いたいのなら、ここから出て上に向え! 俺が信じられないならここにいろ! 助けてやる側にその気がないならもう知らん!」
 指名を受けた少年の一人が不安を訴えるが、それにサージは最後通告で答える。彼からすれば既に最大限の情けを掛けている。自分を信用しないのならば、それでこの件は終わりだ。
「・・・み、皆、逃げよう! あ、あの・・・助けてくれて・・・あ、ありがとうございます!」
 一瞬、躊躇した少年だったが逃げる決断を下しサージに礼を伝える。
「ああ、そうしろ!」
 サージは満足しながら頷くと、一足先に監獄を出て通路の奥に陣取る。仮にジェダの配下が脱出を妨害しようと現れたら、ここで食い止めるつもりなのだ。

「こ、これで最後です!」
 先程の少年が臨戦態勢で待機するサージに最後の一人が監獄を出たことを告げる。サージにとっては期待外れ、少年達には幸いにも脱出中の襲撃はなかった。
「わかった」
「あ、あの・・・ほ、本当にありがとうございます! あなたは一体、誰なんですか?」
「さあな・・・名乗るほどの者ではない。さっさと行け!」
 少年は命の恩人となった人物の名前を知ろうと問い掛けるが、サージはそれに答えず迅速な脱出を促す。少年達の救出はジェダ討伐の〝ついで〟に過ぎない。そんな気まぐれを後生大事に感謝される筋合いはなかった。
「は、はい!」
 これまでの会話でサージの考えを覆すのは不可能と察したのだろう。少年は最後に深々と頭を下げると仲間を追って走り出した。
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