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その13

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「イスワン公爵の息女と・・・その噂が本当ならジェダは・・・」
 ローザから告げられたミリアは逆にその美しい顔を不安の色で曇らせる。イスワン公爵とは現国王の叔父にあたる貴族である。その娘とジェダが婚姻を結べば、当然ながらジェダも国王の親族となる。この噂が真実ならば、いよいよこのバンパイアが王国支配に本腰を入れたことを意味していた。リーザの反発を気にする余裕など、もはやどこかに消えていた。
「はい。おそらく、王国そのものを手中にする野望を・・・」
「この婚姻が成立してしまえば、ジェダの勢力は加速度的に膨張してしまう。倒すなら・・・まだ地方貴族である今しかない!!」
 恐るべき現実を前にミリアは隣に座るサージに視線を送る。彼女は、この男との出会いが運命であったと確信したのである。婚姻が成立してしまえば、ギルドによる少数精鋭でジェダを倒すのは不可能となるだろう。最悪の事態に陥る寸前で打倒ジェダに向けて行動を開始することが出来たことは、支部長の嫌がらせも含めて、ミリアには善き神々の計らいとしか思えなかった。

「それより、墓所とやらの情報はどうなのだ? それをなんとかしない限り、バンパイアは完全に倒せないのだろう?」
 自分の顔を凝視するミリアの反応を意見への参加と受け取ったサージは、バンパイア討伐の根本的な課題を指摘する。彼にとっては、美女からの熱い視線よりも敵を倒す算段の方が重要なのだ。
「・・・墓所については、やはり居城のどこかに安置しているのだと思われます。これまでジェダが領地内の砦や出城に関して大きな改良や増築等で石工を雇ったという話も聞いたことがありませんし、私も薬草集めを言い訳にして実際に足を運んで確認しましたが、大きく変化した砦はありませんでした。バンパイアが自らの墓所を警備が手薄な場所に置くとは思えませんから、間違いないでしょう」
「うむ。・・・まあ、俺がバンパイアだったとしても自分の監視下に置くだろうな。それで奴の城の規模は?」
「はい、これまでの情報を集めて作成した城の見取り図がありますので、こちらを見て下さい」
 サージの質問を想定していたのだろう。ローザは予め用意していた紙の束を広げた。

「地方貴族の城としては、それなりにデカイな。なるほど、わからんところは白紙のままか・・・城の土台と地下牢の規模からすると地下にはまだまだ空間がありそうだな・・・」
 テーブルに広げられたジェダ城の想像図を眺めながらサージは指摘する。おそらくは城に出入りしたこのとのある者から少しずつ話を聞いて書き足していったのだろう。未知の部分は空白のままとなっているが、城全体の規模と大まかな設備の場所を把握するには充分だった。
「これは私が書いたの! やっぱり、地下牢は少し不自然でしょ! 私もこの礼拝堂には何か秘密があるんじゃないかって睨んでる! 地下への隠し階段とかね!」
 サージの反応にリーザが嬉々として答える。先程まではサージに対抗心を持っていたはずだが、見取り図の不審点を見抜いたことで見直したようである。
「うむ、何を祀っているかは知らんが、窓のない礼拝堂は不自然だな。その下には地下牢とは別の地下空間があると思って間違いないだろう。つまり奴の墓所はこの下のどこかにある! それさえわかれば、後は行動に移すまでだな。さっそく出発しよう!」
「いえ、ちょ、ちょっと待って下さい! 墓所については私達もこの礼拝堂の下だろうと推測していましたが、内部への侵入方法などの細かい算段もこの場で決めておきましょう!」
 結論を急ぐサージにローザが慌てながら待ったを掛ける。いち早く不完全な見取り図から怪しい箇所を見つけ出す彼の洞察力の高さと、拙速とも言える行動力のアンバランスに振り回されているのだ。

「いや、中には城壁を飛び越えて入るから問題ない。正午にでも行けばバンパイアの寝こみを襲える。それで充分だろう?」
「はあ?! あんた、見取り図を良く見て! 城壁の高さは五尋あるし、その前には堀もある! そんな簡単に言うな!」
 再びリーザが声を荒げてラージを非難する。尋とは成人男性一人分の身長を表わす単位である。よって五尋は人間五人分の高さを意味していた。彼の作戦は単純明快であったが、それには〝錬体術〟を用いたとしても難しい高さの壁越えが含まれていたのだ。
「ん? なんだ、お前はこの程度の壁も飛び越えられないのか?!」
 リーザの言葉にラージは驚きながら確認する。これは皮肉や嫌味ではなく本気の問い掛けだった。何しろ、ミリアの話からすれば〝スレイヤー・ギルド〟のメンバーは全員が魔力で身体能力を強化する技を習得しているはずなのである。辻褄が合わなかったのだ。

「サージ、誰もが君のように天才的に〝錬体術〟を使えるわけじゃない。・・・それに彼女達は直接的な戦闘ではなく諜報活動を専門としているギルドメンバーだ。人にはそれぞれ得意分野があるんだよ」
 そんなサージの疑問を察したミリアがリーザ達姉妹を庇うように説明する。当然ながら〝錬体術〟の効果にも個人差がある。元の身体能力から違いがあるし、魔力の総量と魔法への理解と練度も関係する。ミリアも自分は人の限界と思われる域まで〝錬体術〟を研鑚していたと信じていたが、サージと剣を交えたことでまだ先があることを知ったのである。〝錬体術〟に限れば、サージにとって一般のギルドメンバーは子供にも等しいだろう。
「ふむ・・・では、門を蹴り飛ばして堂々と参上するか? 俺としてはこちらの方が好みだが?」
「・・・いえ、元々、二人には外で脱出ルートの確保と攪乱を担当してもらうつもりだったから、サージの案の通り、私達二人で陽が出ている時間帯に壁から侵入しましょう! 私なら君に付いていけるはずだから!」
 リーザからすれば、サージの作戦は非現実的だったが、類稀な〝錬体術〟の使い手ならば話は別である。敵は堅牢な城壁から道具もなしに侵入者がやってくるなどとは夢にも思っていない。その隙を付くのである。単純ながら効果的な案と言えた。初動で主導権を握るのは勝利への第一歩なのだ。

「では、決まりだな!」
 ミリアが同意したことでサージは椅子から立ち上がる。
「ちょっと待って! 他にも決めることがあるのよ!」
「そうです! ジェダの領内に目立たずに入る方法も決めましょう。目的のはっきりしない武器を持った傭兵は警戒されますし・・・マイスターミリアは只でさえ目立ちますからね」
「ふむ、そうだな・・・では、もう一杯頼む」
 ミリアの顔を改めて確認したサージは再び腰を降ろして、ローザにカモミールティーのおかわりを催促する。ミリアの美しさは彼も認めるところである。こんな美女が現れれば小さな町なら間違いなく、ちょっとした話題になるだろう。きちんと対策を立てる必要があった。
「ええ、もちろんです!」
 サージの要求にローザはこの日一番の笑顔を浮かべて答える。底の見えない人物だが、少なくてもハーブティーの良さは解かるらしいと判明したからだ。
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