上 下
7 / 56

その7

しおりを挟む
 宿屋の地下はサージが思っていたよりも深く広かった。階段の先には一階の食堂程度の広間があり、多数の長テーブルが置かれ、壁側は隙間がないほど本棚で覆われている。照明のためにランプが要所に配置されているが、上質の油を使っているのだろう、変な匂いや煤はほとんどない。ギルドの運営資金が潤沢であると窺えた。
 テーブルにはギルドのメンバーと思われる者達が数人、それぞれ書物を読みながら座っていた。各自、好みの鎧と武器で武装しているが、その気配は兵士や傭兵といった戦士階級よりも知的階級に属する僧侶や学者に近い。魔法の習得が必須となっている〝スレイヤー・ギルド〟ならではの光景と言える。
 ミリア達二人の存在に気付いた彼らは立ち上がろうとするが、ミリアはそれを片手で制止して広間の奥に備えられた扉の一つに向った。

「任務より戻ったわ。これがその証拠。ところで支部長、彼はどう?」
「お帰りなさい。マイスターミリア! ええ、確かに任務の完了を確認しました。・・・どうとは、新たなメンバーとしてですか?」
 ノックの後に部屋に入ったミリアは応接机の奥に座る小柄な初老女性に帰還の挨拶と共に、グレイバックから剥ぎ取った二本の犬歯を差し出した。短剣ほどもあるワーグの牙は簡単に入手出来る代物ではない。何よりの証拠と言えた。
 ちなみにマイスターとは〝スレイヤー・ギルド〟に関わらず、ギルド内で後身の育成を担う親方や幹部職に与えられる称号である。このマイスターにも幾つかのランクがあるはずだが、控えに見てもミリアは組織内で上位に位置しているらしい。
「ええ、そう。彼の名前はサージ。メンバーとして私が推薦します」
「マイスターミリアが推薦者を連れて来るのは、確か・・・初めてですね」
 ミリアの返答によって支部長と呼ばれた老婆は改めてサージに視線を送る。好奇心も含まれているが、相手の力量を探る本気の駆け引きが感じられる。戦意や敵意はないが、紛れもなく修羅場を潜り抜けた者だけが持つ強者の眼差しだった。

「我々の目的は知っていますね?」
「もちろんだ」
 支部長から問われたサージは当然とばかりに頷く。
「我々の組織は決して表に出てはなりませんし、英雄と称され敬われることありません。それでもよろしいか?」
「他人の評価など、どうでも良い」
「では、我らの敵〝混沌の僕〟に捕まり我々のことを問われたらどうします?」
「俺が生け捕りになることはないから、その心配は無用だ!」
 サージのこの答えに支部長はミリアに視線を送るが、彼女は僅かに頷くことで代弁する。この男は本気なのだと。
「強気ですね・・・。マイスターミリア、あなたの推薦ですが・・・その傲慢過ぎる態度は我々の一員に相応しいとは思えません・・・」
「ええ、サージが傲慢なのは私も認めます。ですが、彼は既に〝錬体術〟を習得していますし、セラン河のケルピーも単独で倒しています。その実力は本物です! それに彼は理に訴えればそれを受け入れる知性は持っています。私はメンバーに相応しいと判断します!」
 サージに対する支部長の評価にミリアが反論を告げる。面と向かって傲慢と指摘されたサージ本人だが、特に不快感は示すことはなかった。むしろ、ミリアの弁護よりも歯に衣着せぬことを平然と口にする支部長に対して好感を持ったくらいである。人を見る目は間違いなくあった。

「あなたがそこまで推薦するのなら・・・ですが、さすがにそのままメンバーに加入させるわけにはいきません。これまでの候補生と同じく最終試練である実戦を経験し、それを達成して戻った時に晴れてメンバーとして受け入れましょう! 帰還して早々ですが、推薦人のあなたには監督官として彼に同行して貰いますが、よろしいか?」
「ええ、もちろん!」
 現時点では、サージは部外者であるので口を挟まなかったが、ミリアと支部長の論争は決着したようである。彼自身は〝スレイヤー・ギルド〟とそれへの加入に大した興味はなく、敵の情報さえ入手出来れば満足なので支部長の提案に異存はなかった。
「では、サージ殿 あなたにはギルドの非承認戦闘員から正規メンバーへの昇格試練として・・・〝緋色のジェダ〟の討伐を命じます! マイスターミリア、資金の受け渡しやギルド施設の利用などの細かい手続きはあなたの方から指導してください」
「ひ、〝緋色のジェダ〟!! それはあまりにも・・・いえ、了解しました!」
 怪物のあだ名なのだろう、その名を聞いたミリアは一瞬だけ驚いた表情を見せるが、そのまま不満を飲み込んで承諾する。
「では、行きましょう。サージ!」
「そうしよう」
 サージは最低限のマナーとして支部長に会釈を送るとミリアの後に続いて部屋を出る。彼としては試されるのは不本意だったが、次の標的の居場所さえ知れれば、それで充分なのだ。
しおりを挟む

処理中です...