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第二十六話

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 ネゴルスが消えた先を求めてレイガル達は追跡を続ける。その途中には先程メルシアが説明した他の施設に繋がる横道が幾つもあったが、彼らはひたすら前方から響く足音を求めて早足に歩み続ける。やがて回廊は開け放たれた両開きの扉によって終りを迎えた。
 黒鉄製の扉の先は全体が白大理石で造られた広間となっていた。正確な真円として造られており、規模もちょっとした屋敷なら丸ごと入るほどの大きさと高さがある。
 壁一面には幾何学的な模様が彫られているが、広間内部には中央の寝台を思わせる長方形の祭壇以外には何もなく、特別な空間であることを顕著に訴えているようだ。
 レイガル達がエスティに先導されて広間に入ると、祭壇の前にいた人影が慌てて動き出す。彼らが現れたということはアシュマードの敗北を意味するからだ。

「降伏してコリン達を返してちょうだい!そうすれば、封印刑に戻るだけで済ましてあげるわよ!」
 中央の人影に歩み寄ったエスティは彼女らしく、単刀直入に要求を突き付ける。
「ほお・・・私の正体に気付いていたか・・・。ならばこの場所の意味と価値も知っていて、それでも私と敵対するつもりなのか? 〝神秘の渦〟を使えるのはラーシェルの血を引く者だけだ。お前達には扱えぬ代物なのだぞ!」
 自分の正体を看破しているエスティの言葉にネゴルスは一瞬だけ驚きを示すが、後半は諭すように答えた。今では唯一の配下であるマイラもコリンを羽交い絞めにしながら動向を窺っている。彼女がどのような胸の内を秘めているのかは、その固い表情から窺い知ることは出来ない。
 更にその後ろには、祭壇の上へと仰向けに寝かされているリシアの姿が見て取れた。幸いにして、微かに胸が動いていることからまだ息はあるようだ。
「そんなことはどうでもいいの!さっさとコリン達を返しなさい。さまもないと古代人の生き残りが、たった今滅びることになるわよ!」
「かつてのラーシェルの民よ。あなたの市民権は剥奪され、永遠の封印刑に処されているはずです!あるべき場所に戻りなさい!」
「まさか・・・お前も!・・・いや、そんなはずはない。・・・さては・・・人の姿となった隷属種だな!」
 エスティに続いて糾弾に加わったメルシアの正体をネゴルスはいち早く見抜く。
「そう。私はラーシェルの民の意志を遂行するために存在しています。あなたに〝神秘の渦〟を使わせません!」
「・・・創造物が主に逆らうというのか?!」
「市民権を剥奪された者は主人ではありません」
「小癪な! ならば、出来損ないを先に片づけてやる!」
 怒声とともに剣を振り上げたネゴルスに対してレイガルは前に出る。お互いの主張が平行線を辿るのはわかりきっていたことだ。ネゴルスにしてみれば二十年以上も前から抱いていた野望を断念して、封印に戻れと言われているのである。降伏するはずがなかった。
「ぐ!」
 メルシアを狙ったネゴルスの攻撃をレイガルが引き受けるが、魔法を扱えぬ古代人と思い油断していたことあり、想定を超えた速さと重みに彼は驚愕の声を漏らす。盾で防いだものの圧力に耐え切れず、身体のバランスを崩して倒れかけた。
「レイガル!」
 エスティも追い詰めたと信じていたネゴルスが恐ろしい戦闘力を秘めていたことを、その一撃で思い知ったのだろう。直ぐに援護として短剣を投げつける。それは正確無比の投擲だったが、ネゴルスは後ろに身を引いて易々と避けた。
「おのれ!」
 捨て台詞を吐く敵を無視してレイガルはエスティの作った一瞬の間を使い体勢を整える。敵の身体能力の高さは異常とも言えるほどだが、初撃を乗り越えたことで対応策が固まりつつあった。更に攻撃を肩代わりされたメルシアが詠唱を終え、魔法を発動させた。
「無駄だ、無駄!その程度の魔力で私の抵抗力を越える事は出来ん!」
 一瞬、無数の光の粒がネゴルスの身体を覆うとするが、彼の宣言と共に霧散する。本来なら身体の自由を奪う〝麻痺〟が発動するはずなのだが、メルシアの魔法は不発に終わった。
 再度、メルシアに向けて攻撃を繰り出そうとするネゴルスの前にレイガルが立ちはだかる。凄まじいまでの力が込められた一撃をなんとか盾で受け流し、逆に反撃を仕掛ける。それが敵の身体に触れることはなかったが、二度攻撃を防いだことでネゴルスは焦ったように呻いた。
「コリンは後回しだ! マイラ! お前も参戦しろ!」
 レイガル達の実力を過少評価していたことに気付いたのだろう。ネゴルスは数的不利を緩和するためにマイラに命令を下す。彼女の牽制には既にエスティが入っていたが、積極的な攻勢に入られると状況は更に苦しくなるに違いなかった。
「・・・お館様、もうこれ以上コリン様を乱暴に扱うことは出来ません・・・」
 命令に従い参戦すると思われたマイラだったが、その場でコリンに抱き付きながら崩れたように蹲る。
「マイラ! 貴様! 情が移ったか!」
 部下の心変わりにネゴルスが声を荒げるが、マイラが立ち上がることはなく、顔を伏せて嗚咽を漏らすだけだ。
「もう、観念しな!」
 その機会を見逃さずエスティは動揺するネゴルスに短剣を再び投げ付け、今回は見事に左肘と籠手の隙間に突き刺した。
「ぐ!・・・蛮族共が! 皆殺しにしてくれる!」
 これまでにも増して怒りの声を上げ攻撃を仕掛けるネゴルスだったが、それを受け止めるために三度レイガルが立ちはだかった。

「まさか、このようなことが・・・ここまで来て・・・」
 呼吸にも苦労しながら、ネゴルスは呪うように言葉を紡ぎ出す。彼はレイガル達の前に敗北を喫しようとしていた。
 圧倒的な身体能力を持つネゴルスだったが、連携でそれぞれの短所を補い、長所を活かして諦めず攻め続けるレイガル達に徐々に手傷を負わされ、遂には追い詰められていた。
 もちろん、レイガル達にとってもそれは命を掛けた末の成果であり、エスティとメルシアは魔法による援護に努め魔力を限界近くまで消費し、前衛で壁役を務めたレイガルも疲労困憊で皆が気力で立っている状態だった。
 エスティがネゴルスの背後を取ろうとする動きを察したレイガルは、敵の目を前方に引き付けるべく攻撃を繰り出す。傭兵時代から愛用している剣はこれまで感じたことがないほど重かったが、彼の身体はその指示を見事にやり遂げた。
「ぐっ!・・・こんな・・・ことがあって・・・」
 レイガルの攻撃を捌こうと剣を突き出そうとしたネゴルスに、背後のエスティが小剣を腰だめに構えて身体ごとぶつかる。その勢いは鎖帷子を切り裂いて背中から腹部を貫通するほどだった。
「だから、降伏しろって言ったでしょ!」
 致命傷を与えたエスティは突き刺さった小剣を捨ててネゴルスから素早く離れながらも、吐き捨てるように呟く。そして、応答の言葉なくネゴルスは冷たい床に倒れていった。
 レイガルは戦闘態勢を維持したまま床に倒れたネゴルスを静かに見つめる。並の人間ならば即死でもおかしくない損傷だが、油断は出来なかった。
「死んでいるわ・・・まちがいなく!」
 自分の小剣を抜きながらエスティがネゴルスを検分し結論を口にする。それをもってレイガルは緊張を解いて大きく息を吐き出した。
「レイガル、悪いけどまだ終わってないわ!コリン達の様子を確かめないと!あなたとメルシアはリシアの状態を調べて」
「そうだった!」
 腰を降ろして座り込みたい欲求に抗いながらレイガルは再び気力を集める。今の戦いはコリンとリシアを救出するのが主目的であったのだ。どちらかと言えば、コリンが主目的で直接の利害関係にないリシアはオマケとも感じられたが、見殺しにするわけにいかない。
「・・・どうやら魔法ではなく薬物、おそらくはアヘン系の薬で眠らされているようですね。今は下手に動かさない方がいいかもしれません」
「そうか。命に別状がないなら・・・確かに無理に起こさない方がいいのかもしれないな」 
 メルシアの判断にレイガルも頷く。彼には使われた薬品の特定までは出来なかったが、リシアの口元には薄茶色の筋が残されていたからだ。呼吸は安定しており、出血もないことから下手に起こすよりこのまま薬物の影響が消えるのを待つのが正解と思われた。
「マイラ。あんたとコリンは大丈夫?」
 背後で同じようにマイラ達を気遣うエスティの声が聞こえる。一時はネゴルスの命令でレイガル達を騙していたわけだが、彼女が積極的に参戦していれば結果は変わっていた可能性があった。それだけに、エスティも過去の咎を追求はしなかった。
「・・・はい、私もコリン様もこのように無事です」
「エスティ・・・感謝します!あなた方の助力がなければ・・・」
 マイラに保護されていたコリンは立ち上がると、感謝の言葉を口にしながらエスティに抱き付いた。
「ふふふ。まあ、突然のことでショックを受けているとは思うけど、あんたが無事で良かったわ!それで今後のこ・・・」
 照れたような笑い声に続くエスティの言葉が不自然に途絶えたことで、レイガルはほとんど反射的に後ろを振り返った。
 なぜだかわからないが、既に心臓は早鐘のように激しく打ち付けている。嫌な予感しかしなかった。顔を向けた彼の瞳に、床に崩れ落ちるエスティの姿と不敵な笑みを浮かべるコリンの禍々しい顔が映った。
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