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消えた靴と学園の謎
その10
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商業区は学園の要とも言える本校舎と居住区を結ぶ通路を挟むように形成されていた。いわゆる商店街である。
その規模は50メートル程なので商店街としては小振りだが、天候対策のアーケードはもちろんとして飲食店はカフェとレストランの二軒、コンビニエンスストアも異なる会社の店が二軒、その他にも薬局、文房具や日常品を売る雑貨店、電子化が進んでもそれなりの需要を持つ本屋、制服の販売と修理も兼ねる衣服店、美容院、床屋等が連なっており、学園の内部とは思えないほど充実している。なので、各種店舗の運営を維持するため、学園には商材の搬入と商店街で働く販売スタッフ専用の通用門があるほどだった。
カフェを後にしたユウジは、そんな商業区に出店しているコンビニの一つに向う。レイのように他の友人と待ち合わせを約束しているわけではないので、慌てて寮に帰る必要はない。買い物を片付ける時間としたのだ。
「ありがとうございました!」
合成音とは思えない流暢な若い女性の声が店を出るユウジにお礼を告げる。商業区に存在する商店の多くは自動化が進んでいるが、中でもコンビニはより高度な会計システムが導入されていた。
通常は買いたい物をレジまで持っていき、スキャンしてから会計といった流れだが、二軒あるコンビニのどちらも生徒手帳の位置情報と防犯カメラを兼ねた顔認識システムの併用によって利用客を特定、更には店内の行動をモニターし、手に取った商品をリアルタイムで把握するので、利用客はレジでのスキャンを必要とすることなく店を出ることが可能で、出入口から2mほど離れたところで電子マネー口座から自動清算される。
もちろん、システムが誤作動する可能性もあるため、引き落としと同時に領収書を兼ねた確認メールが送られる。気になる者はそれで明細を確認し、間違いがあれば管理会社に連絡をするか、店に戻ってスタッフに告げるのである。
ユウジもたった今届いたメールの内容に不備がない事を確認する。これまで誤作動があった事例は聞いたことはないが、万が一のためだ。もっとも、学園内では一万円を超える取引には必ず警告がされるように設定されているので、とんでもない金額が誤請求されるといった心配はない。
これは生徒を保護するための処置だが、学園側は学園内に限ったとしても生徒と関係者の金の流れを完全に把握しているということでもあった。
買い物を済ませたユウジはそのまま隣にあるレストランの窓をなんとなく覗く。そろそろ夕食の頃合いということあり、半分ほどの客で埋まった店内が見える。そのほとんどは学生ではなく成人した大人だ。
寮に戻れば夕食が用意されている学生と違って、学園内に住みこみで働く教員やスタッフの何割かはこのレストランの常連になるらしい。
もちろん、学園は就業時間以外の外出を禁じているわけでないので、学園外の飲食店を選ぶことも出来るが、学園内では学割、職員割が常に適用されるので一部の商品やサービスを除いて、およそ市価の九割ほどで済む。移動の手間も考慮すると、学園内で食事を摂るのが断然にお得なのである。もっとも、アルコール飲料はメニューにないので、それに限っては学園外で買うか嗜むしかなかった。
そんなレストランの客の中に、ユウジは見知った顔を見つける。モンロー先生こと担任の横山だ。その前には同僚でユウジにとっては漢文教師にあたる及川マスミの姿も見える。この二人は若手の女性教師ということもあって仲が良いらしい。
教師としては色気過剰の横山と比べると及川は至って普通の女性だ。やや太めの体形だが、すれ違って二度見するほどではないため特に目立つことはない。生活指導教師の一人だが、温厚な性格なので生徒達からは生活指導の良心と好かれていた。
「おっと・・・」
自分の担任教師達を見つけてしまったユウジは慌ててレストランから離れる。時刻は午後六時に迫ろうとしている頃で教師としての就業時間は終わっていたが、やはり先生は先生である。プライベートなところではあまり会いたくなかった。
それに加えてユウジは及川が上座側に座っていることに気付いてしまっていた。彼女は普段から〝自分は若いアピール〟をしつつも年齢を公表していなかったが、この事実からすると横山より年上である可能性が高い。横山は確か二十六歳のはずだったので、及川はそれ以上ということになる。
この事実を知ったから直接どうにかなるわけではないが、生活指導を担当している教師の機嫌を損なうのは利口とは言えないだろう。ユウジは見なかったことにしてその場を去った。
西の空に残る鮮やかな朱色が、徐々に濃い藍色に塗り替えられる様を確認したユウジは寮に向って歩き出す。そろそろ夜と呼んで良い時間帯である。担任のお色気教師も警告していたが、用事もないのにいつまでも学生が外をうろつくべきではないのだ。
杜ノ宮学園では寮の門限は午後九時三十分と定めており、この時間に全生徒は学園側から送られたメールに点呼を返さねばならない。当然ながら返送メールには位置情報が含まれており、学園の敷地内でも自身の所属する寮以外から発信された場合は門限破りと見做される。
その門限にはまだ余裕はあるが、寮の食堂はスタッフの都合もあり八時には閉鎖されてしまう。夕飯を逃したくなければ遅くても七時半までには帰る必要があった。ちなみに商業区も基本的に八時閉店となっている。例外はカフェとレストランの飲食店でこの二店だけは十時まで営業しているが、これは飲食店を利用する客の多くが教職員やスタッフ達だからである。
電灯に照らされて歩くユウジを建築群が出迎える。居住区に存在する八棟の学生寮はその一つをとっても巨大な建築物だ。何しろ一棟につき最大250人分の生徒を収容出来る個室を完備している。どうしても物理的に大きく成らざるを得ないのである。それが八棟存在し、更に住込み用の教職員宿舎も併設されている。なので、居住区はちょっとした新興住宅地の感があった。
そんな広大な居住区をユウジは自分の所属するG寮に向って歩く。周囲には彼と同じようには商業区での買い物、あるいは部活動を終えて帰宅の途に就く生徒達の姿が数多く見える。誰しも夕食までに寮へ戻るつもりなのだ。
杜ノ宮学園自体が二十一世紀前半に勃発した〝東アジア再編戦争〟の終結後に創設された新しい学校法人ということもあり、学園内の建物はどれもモダンだ。単純な立方体になりがちな建物に丸みや流線型をイメージさせるデザインを取り入れて遊び心を混ぜている。それでいてどこかアカデミックな風格を感じさせるのだから、素晴らしいと褒めるしかない。
もっとも、実際に毎日暮らすユウジ達学生にとっては、最初は見新しい学園の建物群も慣れてしまえば生活の一部だ。しかも寮は同じデザインの建物が八棟存在するのである。入学からしばらくは自分の寮に帰るにも一苦労だった。
当然ながら学園側も幾つかの配慮をしており、八棟ある寮の表玄関はそれぞれ異なる色で装飾されていた。少なくても自分の所属する寮の色さえ覚えていれば、間違った寮に戻ることはないというわけだ。
ユウジも転入から約一カ月が経過しているので、さすがにもう自分の寮の位置を身体で覚えていたが、中に入る前にはG寮の色である濃い青色、あるいはネイビーブルーを必ず確認する癖が未だに残っていた。
その規模は50メートル程なので商店街としては小振りだが、天候対策のアーケードはもちろんとして飲食店はカフェとレストランの二軒、コンビニエンスストアも異なる会社の店が二軒、その他にも薬局、文房具や日常品を売る雑貨店、電子化が進んでもそれなりの需要を持つ本屋、制服の販売と修理も兼ねる衣服店、美容院、床屋等が連なっており、学園の内部とは思えないほど充実している。なので、各種店舗の運営を維持するため、学園には商材の搬入と商店街で働く販売スタッフ専用の通用門があるほどだった。
カフェを後にしたユウジは、そんな商業区に出店しているコンビニの一つに向う。レイのように他の友人と待ち合わせを約束しているわけではないので、慌てて寮に帰る必要はない。買い物を片付ける時間としたのだ。
「ありがとうございました!」
合成音とは思えない流暢な若い女性の声が店を出るユウジにお礼を告げる。商業区に存在する商店の多くは自動化が進んでいるが、中でもコンビニはより高度な会計システムが導入されていた。
通常は買いたい物をレジまで持っていき、スキャンしてから会計といった流れだが、二軒あるコンビニのどちらも生徒手帳の位置情報と防犯カメラを兼ねた顔認識システムの併用によって利用客を特定、更には店内の行動をモニターし、手に取った商品をリアルタイムで把握するので、利用客はレジでのスキャンを必要とすることなく店を出ることが可能で、出入口から2mほど離れたところで電子マネー口座から自動清算される。
もちろん、システムが誤作動する可能性もあるため、引き落としと同時に領収書を兼ねた確認メールが送られる。気になる者はそれで明細を確認し、間違いがあれば管理会社に連絡をするか、店に戻ってスタッフに告げるのである。
ユウジもたった今届いたメールの内容に不備がない事を確認する。これまで誤作動があった事例は聞いたことはないが、万が一のためだ。もっとも、学園内では一万円を超える取引には必ず警告がされるように設定されているので、とんでもない金額が誤請求されるといった心配はない。
これは生徒を保護するための処置だが、学園側は学園内に限ったとしても生徒と関係者の金の流れを完全に把握しているということでもあった。
買い物を済ませたユウジはそのまま隣にあるレストランの窓をなんとなく覗く。そろそろ夕食の頃合いということあり、半分ほどの客で埋まった店内が見える。そのほとんどは学生ではなく成人した大人だ。
寮に戻れば夕食が用意されている学生と違って、学園内に住みこみで働く教員やスタッフの何割かはこのレストランの常連になるらしい。
もちろん、学園は就業時間以外の外出を禁じているわけでないので、学園外の飲食店を選ぶことも出来るが、学園内では学割、職員割が常に適用されるので一部の商品やサービスを除いて、およそ市価の九割ほどで済む。移動の手間も考慮すると、学園内で食事を摂るのが断然にお得なのである。もっとも、アルコール飲料はメニューにないので、それに限っては学園外で買うか嗜むしかなかった。
そんなレストランの客の中に、ユウジは見知った顔を見つける。モンロー先生こと担任の横山だ。その前には同僚でユウジにとっては漢文教師にあたる及川マスミの姿も見える。この二人は若手の女性教師ということもあって仲が良いらしい。
教師としては色気過剰の横山と比べると及川は至って普通の女性だ。やや太めの体形だが、すれ違って二度見するほどではないため特に目立つことはない。生活指導教師の一人だが、温厚な性格なので生徒達からは生活指導の良心と好かれていた。
「おっと・・・」
自分の担任教師達を見つけてしまったユウジは慌ててレストランから離れる。時刻は午後六時に迫ろうとしている頃で教師としての就業時間は終わっていたが、やはり先生は先生である。プライベートなところではあまり会いたくなかった。
それに加えてユウジは及川が上座側に座っていることに気付いてしまっていた。彼女は普段から〝自分は若いアピール〟をしつつも年齢を公表していなかったが、この事実からすると横山より年上である可能性が高い。横山は確か二十六歳のはずだったので、及川はそれ以上ということになる。
この事実を知ったから直接どうにかなるわけではないが、生活指導を担当している教師の機嫌を損なうのは利口とは言えないだろう。ユウジは見なかったことにしてその場を去った。
西の空に残る鮮やかな朱色が、徐々に濃い藍色に塗り替えられる様を確認したユウジは寮に向って歩き出す。そろそろ夜と呼んで良い時間帯である。担任のお色気教師も警告していたが、用事もないのにいつまでも学生が外をうろつくべきではないのだ。
杜ノ宮学園では寮の門限は午後九時三十分と定めており、この時間に全生徒は学園側から送られたメールに点呼を返さねばならない。当然ながら返送メールには位置情報が含まれており、学園の敷地内でも自身の所属する寮以外から発信された場合は門限破りと見做される。
その門限にはまだ余裕はあるが、寮の食堂はスタッフの都合もあり八時には閉鎖されてしまう。夕飯を逃したくなければ遅くても七時半までには帰る必要があった。ちなみに商業区も基本的に八時閉店となっている。例外はカフェとレストランの飲食店でこの二店だけは十時まで営業しているが、これは飲食店を利用する客の多くが教職員やスタッフ達だからである。
電灯に照らされて歩くユウジを建築群が出迎える。居住区に存在する八棟の学生寮はその一つをとっても巨大な建築物だ。何しろ一棟につき最大250人分の生徒を収容出来る個室を完備している。どうしても物理的に大きく成らざるを得ないのである。それが八棟存在し、更に住込み用の教職員宿舎も併設されている。なので、居住区はちょっとした新興住宅地の感があった。
そんな広大な居住区をユウジは自分の所属するG寮に向って歩く。周囲には彼と同じようには商業区での買い物、あるいは部活動を終えて帰宅の途に就く生徒達の姿が数多く見える。誰しも夕食までに寮へ戻るつもりなのだ。
杜ノ宮学園自体が二十一世紀前半に勃発した〝東アジア再編戦争〟の終結後に創設された新しい学校法人ということもあり、学園内の建物はどれもモダンだ。単純な立方体になりがちな建物に丸みや流線型をイメージさせるデザインを取り入れて遊び心を混ぜている。それでいてどこかアカデミックな風格を感じさせるのだから、素晴らしいと褒めるしかない。
もっとも、実際に毎日暮らすユウジ達学生にとっては、最初は見新しい学園の建物群も慣れてしまえば生活の一部だ。しかも寮は同じデザインの建物が八棟存在するのである。入学からしばらくは自分の寮に帰るにも一苦労だった。
当然ながら学園側も幾つかの配慮をしており、八棟ある寮の表玄関はそれぞれ異なる色で装飾されていた。少なくても自分の所属する寮の色さえ覚えていれば、間違った寮に戻ることはないというわけだ。
ユウジも転入から約一カ月が経過しているので、さすがにもう自分の寮の位置を身体で覚えていたが、中に入る前にはG寮の色である濃い青色、あるいはネイビーブルーを必ず確認する癖が未だに残っていた。
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