星屑の財宝

月暈シボ

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星屑の財宝

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 暗黒の中に流線形の物体が漂っていた。それはかつて銀河間の旅路を可能とし、惑星をも一瞬で原子の塵に変える力を持った戦闘艦の成れの果てだった。
 そんな墓標にも似た廃艦に接近する光の筋が現れる。小型ながらも空間転移能力を持った宇宙艇だ。艇は艦の回りをゆっくりと周回する。その様子は彼我の質量の差から、さながら陸に打ち上げられた魚にたかる羽虫のようだ。
 どうやら満足したのだろう、しばらくして宇宙艇は艦の格納庫ハッチに吸い込まれるようにして機体を滑り込ませる。
 悠久とも言える孤独にあった宇宙艦は小さな訪問者によって眠りを覚まされようとしていた。

「帝国歴標準時間856年9月7日10時15分。これより自分、アルディンは以前から目につけていたアントワープ級戦艦の探索を開始する!」
 アルディンと名乗った若い男は音声で状況報告を終えると、与圧ヘルメットを被る。更に彼は仕事道具を入れたバックパックを背負い、護身用の銃を腰に下げて準備を整えると宇宙艇を出た。
 彼の生業は漂流物、いわゆる宇宙ゴミの中から価値のある物を探し出す廃品回収業者である。この廃艦も彼がサルベージ権を所有する宙域に浮かぶゴミの一つだった。
 アルディンはナビゲートに従い、戦艦の司令室であるブリッジを目指す。今回の探索に際して彼は、なけなしのクレジットを注ぎ込んでこの艦の設計図を購入していた。投資を回収できなければ、独立したサルベージ業者としてやっていくのは不可能となるだろう。
 一旗揚げる機会であるとともに、これまで築き上げてきたささやかな実績を失う瀬戸際に立たされていた。

「なんだ・・・艦設備の殆どは無傷じゃないか!」
 喜ばしい状況にアルディンは独り言を漏らす。ブリッジに辿り着いた彼は早速とばかりに艦長用の端末からマザーシステムにアクセスを開始し、休眠状態にあった艦機能の一部を復旧させた。
 本来戦闘艦は総員退避の際には機密保持のために自沈処理、もしくは最低でもデータ消去を行うはずのだが、この艦は敢えて休眠状態を保つよう設定されていたのだ。
「まあ・・・その方が助かるが・・・」
 艦制御が不可能な程の損傷を受けたわけでもなく、休眠状態にしてこの艦を去ったかつての乗員達の行動を疑問に思いながらも、アルディンは作業を続ける。旧式とはいえ航行可能なまでに復旧させれば、船体を丸ごと売ることも出来る。彼にとっては願ってもないことだ。
 その後、アルディンは旧式の船を現代システムに変換する制御端末を接続して船内ネットワークを完全掌握し、更に予備ジェネレーターを発動させ艦内の疑似重力と生命維持機能を再起動させる。
「ふう・・・、これで一息つけるな」
 今日の作業目標を終えたアルディンは与圧服のヘルメットを脱ぐ。既に一度完全減圧を実施して、供給される空気のメディカルチェックも終えている。与圧服を着たままの無重力生活には慣れているが、やはり頭の周りがスッキリするのは心地良かった。

 気分を一新したアルディンはこの艦に起きた事実を詳しく知ろうと、航海日誌を端末で呼び出した。その結果、艦に起きた大まかな事実が判明する。
 およそ三百年前、当時は最新鋭の戦艦アドラーは突発的に発生した戦役の最中、急遽艦隊を離れ恒星間組織エクリール帝国の首都である惑星ナビルへ戻る帰還命令が下されていた。だが、運悪く敵に補足され逃走と戦闘を繰り広げ、最後には艦を休眠状態にして乗員の退避を行っていたのだ。
 この内容は、現在でも存在するエクリール帝国の市民権を持ち、かつては帝国軍に身を置いていたアルディンからすれば、いくつか腑に落ちない点がある。
 最新鋭の戦艦が明確な理由がないまま、逃げるように後方に退くのは普通ではあり得ない。以前から艦にトラブルが生じていた可能性もあるが、それは航海日誌に報告されていなかった。むしろ、戦役が勃発する一週間前のパトロール巡行では艦内全てが良好と記録されている。
 これらの事実は、アルディンに一つの推測を導き出させる。戦艦アドラーが航海日誌に記せることが出来ない隠された任務に従事していた可能性だ。
「・・・帝国の隠し財産でも運んでいたのか?!」
 アルディンは自分の胸に湧き上がる喜色を隠し切れずに思わず笑みを浮かべる。戦艦アドラーが担当していた区域は恒星ペラルゴ星系を含んでいる。その第四惑星ペラルゴ-18-4はかつて帝国内でもリゾート観光地として有名であった星だ。
 帝国内の金持ちがこぞってバカンスに訪れる惑星であり、希少金属や天然宝石の宝飾品の売買も活発だった。戦役を逃れるためにそれらの資源を密かに持ち出していた可能性は高い。この推測が真実なら航海日誌に残せないはずである。艦を捨てるのに自沈処理しなかったのも、後から回収する可能性を期待していたからだろう。
 アルディンは自分の予想に胸を膨らませると、これまで以上に集中して艦内データの解析を進めた。

 艦長席でデータ解析を続けるアルディンの耳に警告音が唐突に響く。何事かと確認すると、居住区からリアルタイムで発せられている救難信号であることを知る。
「士官用の寝室か・・・」
 その場所を映像に出そうとしたアルディンだが、救難信号が発せられたのは高級乗員に用意された個室の一つだ。さすがにそこまでは艦内の記録用カメラは設置されていない。確かめるには実際に出向くしかなかった。
「行くか・・・」
 腰の銃を手に取ってその重みを感じるとアルディンは判断を下した。三百年間宇宙を漂っていた船の中に生身の生存者がいるわけがないのだが、救難信号を無視するのは抵抗があった。
 士官用の寝室が並ぶ区画にやって来たアルディンは、並んだドアの一つから叩く音を聞く。中に何かしらの存在がいるのは間違いない。
 当初、彼はシステムが誤作動を起こして救難信号を発動させたと疑っていたのだが、ドアを叩く音には恐怖に駆られて助けを求めている生々しさが込められている。
 銃を構えながらアルディンは問題の部屋のドアを調べる。彼の見立てではドアの開閉システムに異常は見られない。この手の扉は外側から強制的に開けるのは難しいが、内側なら簡単に開けることが出来るはずなので、中の者は開け方を知らないか、かなりのパニックを起こしていると思われた。アルディンまずは自分の存在を報せようとノックを返した。
 当然だが、外側からのノックに気付いたのだろう。内側から叩かれていた音が止む。次に、これまで以上にドアが激しく叩かれる。アルディンは銃を構えつつ艦長権限の非常用コマンドでドアのロックを解除した。
「そこで止まれ!」
 解放された閉鎖空間から飛び出そうとする人型の存在にアルディンは警告を発する。従わなければ、容赦なく銃のトリガーを絞るつもりだったが、その者もアルディンの声に本気の気配が込められていることを悟ったらしく、両腕を突き出してその場に立ち尽くした。
「う、撃たないで下さい!」
「・・・誰、いや何だ、お前は?」
 人型の存在から発せられた透きとおるような女性の声に驚きながらも、アルディンは咄嗟に問い掛ける。何しろ相手は平均的な体格を持つ男のアルディンよりも一回り程大きい機械式ドロイドだったからだ。
 シルエット的には屈強な成年男子を思わせるフォルムをしており、機能を追及した無骨なデザインと若い女性の声はミスマッチとしか思えなかった。
「わ・・・わからないのです・・・気付いたらこの部屋の寝台で目が覚めて、何か重要なコマンドを与えられていたはずなのですが・・・」
 そのドロイドはまるで少女のように腕をバタつかせると、やがて頭部を両手で覆って項垂れる。旧式のドロイドなので顔にはセンサー類が剥き出しのまま備え付けられていたが、妙に人間臭い動きだった。
「所属、もしくは登録番号は覚えていないのか?」
「・・・はい、何も思い出せません・・・」
「どういうことだ?・・・いや、自分で調べた方が早いな」
 アルディンは謎のドロイドについて艦内データの検索を行う。直ぐに照会は終了し、戦艦アドラーには彼、いや彼女と同型のドロイドが多目的用途として十体ほど配備されていたことを知る。
 気になったのは、その内の一体が当時の艦長権限で通常任務を解除されていたことだ。状況から見てその個体が目の前のドロイドに違いない。
「・・・よくわからないが、お前は艦長の指示によって本来の任務から外され、内部データも書き替えられているようだな。・・・何をさせようとしていたかまではわからないが・・・」
 ドロイドが非武装タイプであることをデータから知ったアルディンは銃を腰に戻す。
「わ、私はどうしたら良いのでしょう?」
 銃を仕舞ったことで警戒心を緩めたのか、ドロイドはアルディンに問い掛ける。
「どうしたらと言われてもなぁ・・・。まあ、せっかく稼働可能なドロイドを無理に停止させることもないし、手伝いでもさせるか・・・これからはこの艦の所有者である俺の命令に従ってもらおう!」
「・・・よくわかりませんが、あなたの言う事を聞けばよいのですね?」
「ああ、そのとおりなんだが・・・帝国軍所属にしては、なんか端切れの悪い返事だな。前の艦長はなんでこんな人口知能にしたんだ?」
「うう・・・すいません。私にもわからないのです・・・」
 アルディンに叱られているとでも思ったのかドロイドは怯えたような反応を示す。
「いや、別に責めているわけじゃない。・・・とりあえず、ブリッジに戻って詳しく調べてみるか・・・大きいのに後ろを歩かれると、なんとなく気味が悪いから・・・お前が先頭を歩いてくれ。いいな!」
「は、はい。わかりました!」
 ドロイドはアルディンの指示を受けると艦内の廊下をおどおどしながら歩き出す。その歩き方はやはりどこか女性染みていた。

「それじゃ、背中を向けてメンテナンスハッチを開けてくれ。艦長が登録から外したことで、お前のデータには艦内のマザーシステム経由ではアクセス出来なくなっている。だから直接繋いで解析する」
 ブリッジに戻ったアルディンはドロイドに告げる。説明のとおり彼女はその存在を艦設備から抹消されていて干渉は不可能だった。この状態だと解析用の端末を物理的に繋げて解析するしかない。
 艦自体のデータ解析も完全には終わってはいないので、後回しにしても良かったのだが、アルディンの勘はこの謎のドロイドの正体と戦艦アドラーの隠されていた任務は何かしらの理由で繋がっていると睨んでいた。
「な、何をするんですか?!ら、乱暴なことはしないで下さい!」
 だが、そんなアルディンの意図に水を差すようにドロイドは奇妙な抵抗を示す。その言動と自分の身体を抱き締めるような防御姿勢はまるで痴漢に怯える女性の仕草だった。
「・・・ら、乱暴も何も、データを解析するだけだ。・・・そもそもお前の身体に変なことなど出来るわけないだろう!」
 まさかドロイドにこのような事を言われるとは思ってもいなかったアルディンは、反応に困りながらも正論を告げる。愛玩用のドロイドが存在することは知識として知っていたが、このような作業用ドロイドに女性型AIをインストールしている意味は見いだせなかった。
「そ、そんな・・・」
「わ、わかった!俺の言い方が悪かった!謝るから許してくれ!き、君の身体の調子を調べるから協力してほしい・・・これは必要なことなんだ!」
「・・・わ、わかりました・・・」
 そんなつもりではなかったのだが、ドロイドがその場に蹲ってしまったのでアルディンは咄嗟に慰めながらも改めて協力を求める。その誠意が通じたのか彼女はゆっくり立ち上がると、恥ずかしがるように背中を向けた。
「じゃ、内部データを解析させて貰うよ」
「は、はい・・・」
 アルディンは優しく諭しながらドロイドのメンテナンスハッチを開けて有線で解析用端末を繋ぐ。面倒な相手ではあったが、このところ女っ気の無かった彼は新鮮な気持ちを味わった。

「結論から言うと、記録容量の殆どが人格を形成するデータで満たされていた。君を通常任務から外した艦長のコマンドも口頭で伝えられ、人格データの中に組み込まれているはずなんだ。何か思い出せることはないかな?」
 データ解析を終えたアルディンはドロイドに問い掛ける。
「はい・・何か重要なことを命令されたのは覚えています・・・ですが、今は思い出せません・・・すいません・・・」
「そうか・・・焦らすつもりはないから、ゆっくり思い出してくれ」
「はい、ありがとうございます!」
 ドロイドは申し訳なさそうに答えるが、アルディンは寛大な気持ちで落ち着かせる。彼女の人格形成は違法スレスレとも言えるほど、人間のアルゴリズムを模倣されている。これでは人間のように物忘れをしても仕方ないと言えた。
「・・・あ、一つ思い出したことがあります!」
「おお!何かな?!」
 ドロイドの発言にアルディンは笑みを浮かべて答える。見た目こそ機能一転張りだが、仕草と声は可愛らしい。彼は徐々にこの奇妙なドロイドの扱いに慣れ始めていた。
「私は以前、ラナシスと呼ばれていたような気がします!」
「ラナシスか・・・。よし、その名前で艦内データを検索してみよう!」
 ラナシスはエクリール帝国勃興期に現れた女帝の名前で、帝国の礎となった人物だ。このことから帝国の女性名としてかなり人気がある。検索で何かしらの手掛かりが掴めるかもしれなかった。

「・・・緊急脱出艇の格納庫の一つがラナシスと名付けられているな・・・、これは帝国軍の慣例としてはあり得ないことだ。こういった場所に、人名や固有名詞を使うとことはない。・・・いよいよお宝の在り処を見つけたかもしれないぞ!」
「お宝ですか?」
「ああ、俺はこの艦は何かしらの貴重品、金や天然宝石を帝都に移送していたのではと睨んでいる。実際、艦長はラナシス・・・君を使って、隠し場所の隠蔽と管理をさせようとしていたように感じられる。どうだ、何か思い出さないか?」
 アルディンはラナシスと名付けられたドロイドに自分の推測を説明する。
「・・・そう言われれば、そのような気がして来ました!」
「本当か?!まあ良い。善は急げだ!その区画を調べるぞ!ラナシスも手伝ってくれるな?この艦は既に法的には俺の財産だから、お前が番人だったとしても抵抗はしないでくれよ!」
「はい!アルディンさんは私を助けてくれた方ですし、そもそも私に抵抗なんて出来ません!」
「よし、じゃ、お宝とご対面だ!」
 ラナシスの同意を得るとアルディンは艦長席から立ち上がる。仮に彼女が反乱を起こしたとしても、先ほどの解析で緊急停止コマンドは設定済みである。そして彼はラナシスに何事もなければ売り払わずに部下として、これからも使うことを考えていた。
 多少面倒なところもあるが、奇妙な愛着が湧きつつあったのだ。

 ドロイドと同じく〝ラナシス〟と名付けられた格納庫は、やはり艦内のマザーシステムを離れて艦長の独立コマンドで制御されていた。この区画に入るには、実際に赴いて隔壁制御を解析する必要があった。
「・・・ここに入るには、艦後部の隔壁全てを解除する必要があるな」
「そうなのですか?!そんなことがわかるアルディンさんは凄いですね!」
「まあ、基本は端末にやらせているだけどな。俺は接続箇所を見つけて繋げているだけだ」
 ラナシスの返事を聞きながら、アルディンは制御盤に端末を接続し解除作業を進める。何の役に立つのかわからないドロイドではあるが、話し相手としては悪くない。彼女との会話は孤独な探索活動の潤滑油になりつつあった。
 今回のサルベージが成功して大金を手に入れたら、ラナシスのAIを最新鋭の愛玩用ドロイドに入れ替えるのもありかもしれないと思えてくる。少なくても、もっと穏健なデザインの身体を用意するべきだろう。
「わあ、凄い!開きましたよ!」
「ああ、ここが開けばもう少しだ!」
「はい!」
 アルディンはいよいよ格納庫の中に足を踏み入れた。
「ここだ!」
 アルディンは格納庫内に懸架されている緊急脱出艇の前に移動するとラナシスに告げた。
 緊急脱出艇は、通常航海用の動力を持たない、乗員を宇宙の真空や放射線等から保護するためだけに造られた簡易宇宙艇である。他の船に回収してもらうことを前提としているが、その分生命維持能力を充実させており、長期間の待機に備えて乗員分の冷凍睡眠装置が設置されている。
 もっとも、あくまでも緊急用の代物であり、本来はシャトルを使って逃げる。アントワープ級に二隻配備されているはずのシャトルは空だったので、かつてのアドラーの乗員達はそれで艦を逃れたのだろう。
「はい、中に何があるのか楽しみですね!」
 ラナシスはノリの良い言葉で返答する。こういった所は本当の人間のようだ。
「ああ、しかし宝の隠し場所としては良いアイデアだな。艦システムから独立させてしまえば、肉眼で確認するしかないし、普通は緊急脱出艇の中までは調べたりしない。俺もラナシスを見つけられなければ、ここまでたどり着けなかっただろう!」
「ほんとですか・・・私もアルディンさんの役に立ててうれしいです」
「ふふ、そう言われると悪い気はしないな。ちなみに、ラナシスにはこの艦の探索が終えてからも俺のアシスタントとして一緒に行動させようと思っているんだが、どうだ?やる気はあるか?」
「ええ!やりたいです!」
「そうか!・・・まあ、まずはお宝を確認してからだな!」
「はい!」
 アルディンは目標の緊急脱出艇のハッチを開ける作業を続けながら、ラナシスと湧き上がる昂揚感を共有する。
 これまで一人で活動していた彼にとっては新鮮な体験だ。欲を言えば彼女がその声と言動に似合った美しい女性であれば完璧なのだが、それは過ぎた願いというものだろう。
「な・・・何か、後ろから音がしましたよ!」
 まもなく緊急脱出艇のハッチを開ける解析作業が終わろうとした場面で、ラナシスが怯えるように警告を発した。
「俺には何も聞こえなか・・・ぐわぁ!?」
 後ろを振り返ようとしたアルディンは唐突に強い力で背中を押され突き飛ばされる。
「な、何をす・・・る!」
 アルディンは辛うじて受け身をとって床に叩きつけられることを避けると、顔を上げながらラナシスに問い掛けた。彼女がこの場において裏切ったと推測したのだ。だが、彼の勘違いは直ぐに訂正される。
 アルディンの瞳に映ったのは一瞬前まで自分がいた場所に立つ、頭部を破壊されたラナシスの姿だった。
「ラナシス!!」
 悲鳴にも似た呼び掛けに応じたのはラナシスではなかった。彼女がその場に崩れ落ちると背後から別の人型の存在が姿を現した。
「くそ!」
 悪態を吐きながらもアルディンは本能的な感覚で銃を抜き、トリガーを絞る。収束されたレーザーの光筋は正確に彼の狙いどおりに導かれたが、既に敵は退避し格納庫の壁を焼いたに過ぎなかった。
 初撃を躱されたアルディンだったが、彼の脳は状況に対応しようと活性化する。破壊されたラナシスの姿、突如現れた敵らしき存在、背後から突き飛ばされた理由、これらの事実が瞬間的に彼に一つの結論を齎す。
 ラナシスは襲い掛かってきた敵から自分を助けるために身代わりになったのだと。そして今胸に満ちている感情が、ラナシスを破壊した敵への怒りであることも理解した。

「何者だ?!」
 誰何の声を上げながらもアルディンは二射目を放つ、これは距離を詰める動きを見せた敵に対する牽制だ。元より期待していなかったが、人型からの応答はない。アルディンは改めて敵と認め対峙した。
 敵はラナシスとは別の自律式ドロイドだった。おそらくは高級機らしく、より人間的で当時の帝国軍の士官制服を纏っている。男とも女とも取れる中性的な外見で無表情にこちらを窺っているが、強烈な殺気を秘めている。
 アルディンは現在、艦のマザーシステムへの再登録によりこの艦の最高責任者である艦長の地位にある。その彼が襲われたことから、このドロイドも艦のシステムから外されていると判断することが出来た。
 この状況を脱するには自力で倒さなければならないのだ。
 思考を読んだわけではないだろうが、アルディンが積極的な攻勢に入ろうとしたところで、敵ドロイドが一気に距離を詰めようと突撃を開始する。
 アルディンは迎撃にレーザーを放ちドロイドの左腕を切断するが、敵は勢いを維持したまま彼に襲いかかった。
「うぐ!!」
 激しいタックルを受けて倒されながらもアルディンは、敵の胸に銃を押し付けて零距離射撃を試みる。ドロイドが残った右手で彼の首を引きちぎろうとしたところで、その動きが間一髪で止まった。
「くそ!重いんだよ!」
 完全に止めを刺すために再びレーザーを撃ちこむアルディン。だが敵のドロイドは活動を停止してもなお、彼の上に覆い被さって苦しめた。
「今助けるわ!!」
 アルディンは不意にラナシスから助けの声を掛けられる。
「た、頼む!・・・助かった!・・・しかしラナシス・・・お前は破壊されたはず!?」
 腕を引かれながら敵の下から這い出たアルディンは、ラナシスを労わろうと顔上げるが、同時に驚愕の声を漏らした。
 そこに立っていたのは白い薄衣姿の若い女性だったからだ。
「ふふふ、どういたしまして。驚くのは無理もないけど、私もラナシスよ。・・・あのドロイドの見聞きしたデータは覚醒アプローチと一緒に同期しているから全ての事情を把握しているわ。・・・緊急脱出艇に隠されていたのは私だったの!」
 長い金髪を掻き揚げながら、女性は呆気に取られるアルディンに向けてそう伝えるのだった。

「そんなに時間が経っていたなんて・・・」
 敵を撃退したアルディンは女性とブリッジに戻ると、お互いが持つ情報を擦り合わせていた。もっとも、その前に彼女には夜着のような姿から帝国軍の標準与圧服に着替えてもらっている。
 既に他に敵が潜んでいないか安全確認も終了していたが、無防備なままでいられなかったし、なによりアルディンには刺激が強すぎた。
「・・・そのようです」
 アルディンはどう反応するべきか一呼吸入れて考えながら、女性の言葉に答えていた。何しろ彼女は三百年前に恒星ペラルゴ-18圏を巡る戦役で行方不明となっていた、当時の皇太子ラナシス・イシェカ・グムリースその人であったからだ。
 彼女が現代の帝国においてどのような立場になるのかは定かではないが、皇族の一人であることは間違いない。アルディンからすれば雲の上の人物にも等しかった。
「ふふふ、さっきみたいに普通の調子で対応してちょうだい!三百年も経ってしまえばもう帝室への復帰は難しいと思うし・・・また命を狙われたくはないわ!今の私はただのラナシスだわ」
「はい・・・では、それなりの言葉でお答え・・・答えさせてもらうよ」
 本人が望んでいるので、アルディンはそれに合わせて返答する。既にラナシスからの説明で彼女とこの戦艦アドラーに起こった詳しい経緯は解明されていた。

 かつて惑星ペラルゴ-18-4でバカンス中だったラナシスは、突如起った戦役に巻き込まれる。何とか帝国艦隊に合流した彼女は戦艦アドラーによって帝都に逃れようとした。
 だが、戦役そのものが彼女を亡き者にする壮大な計画の一部であったようで、アドラーにも刺客が送り込まれていたのだった。この刺客によって敵側に位置情報を漏らされた戦艦は敵に補足され窮地に陥る。
 当時の艦長は敵艦との戦闘にも対応しながら、ラナシスを狙う刺客を閉じ込めるために艦後部区画をまるごと閉鎖する。そして、ラナシスを艦内の緊急脱出艇に冷凍睡眠状態にさせると、外部端末として彼女の意識の一部を転移させた管理用のドロイドを残して、自分達が囮となるべく退避したのだ。
 一種の賭けだが、彼女は救難が来るまで艦で待機することに承知した。もっとも、三百年間放置されるとは予想外だったに違いない。
「これからどうしま・・・する?」
 アルディンはラナシスに問い掛ける。ある意味とんでもない〝お宝〟を見つけ出してしまったわけだが、彼女が望むよう善処するつもりでいた。
「・・・さっきも言ったけど・・・もう、帝室に復帰するつもりはないわ。三百年前の皇太子が突然現れても面倒なことになるのは目に見えているからね。行く当てはないけど・・・アルディン!あなた、さっき私に一緒に仕事しようと誘ってくれたわよね?!」
「あれは・・・いや、お姫様みたいな扱いは出来ないぜ!」
「ふふふ、むしろ願ってもないことだわ。私は前から自由に生きたいと思っていたのよ!それに、暗殺されかけたり、ずっと眠り続けたりするよりは遥かにマシだわ!」
 ラナシスは苦笑を浮かべながら、右手を差し出す。
「では、アルディン漂流物回収会社にようこそ!まずはこの仕事の詳しい説明から始めるよう!」
 アルディンは満面の笑みでラナシスと握手を交わす。彼女の手はとても柔らかく、自分が宇宙で孤独ではないと感じられる確かな温もりがあった。
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