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閉ざされた街
42 決戦その4
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『・・・起きるのだ・・・ダレセレティウスよ』
その声は暗闇の中に突如現れた光のようだった。厳しくも、どこか懐かしく感じられる声だ。
それでもダレスの意識はその声に対して持っていた蟠(わだかま)りを思い出す。何しろ声の主は自分を〝神の御子〟という特別な存在として生み出した張本人、ユラント神だからだ。
父であるこの光側の大神(たいしん)をダレスはこれまで敬ったことはない。
生まれた出た時からその出生のために邪神の徒に命を狙われ、物心つくようになってからは何度もユラント神の代理として戦ってきた経緯がある彼からすれば、〝神の御子〟と呼べば聞こえは良いが、要はこの地上世界に直接介入することは出来ないユラント神の体(てい)の良い駒に過ぎないと思っていた。
ある時を境にダレスはその生まれに対して〝自分は神とそれに課せられた運命の奴隷ではない!〟と反発して生きて来たのだ。
だが、アルディアと出会ったことでダレスはその考えを改めつつあった。
王の血を引きながらも、その権利を生まれた直後に剥奪され、更には双子の兄弟の身体を乗っ取った魔族との対決を運命付けられたアルディア。
だが、彼女は恨むどころか、そんな過酷な運命を用意した神に感謝していた。
一見すると盲目的な信仰心にも思えるが、彼女は生来の気質によって、この世の悪と、すなわち邪神の徒と戦うことを無上の喜びとしている。
ユラント神に仕えているから戦うのではない、戦いに導いてくれ、戦う力を与えてくれたからこそアルディアはユラント神を敬い仕えているのだ。
そんなアルディアの存在はダレスにとって自分を見つめ直す機会となった。
確かに自分は神々の奴隷ではないし〝太古の大戦〟の後始末をする義務もない。だが、邪神とそれを信望する勢力は明らかに人間と光の種族に敵対する脅威であり、彼らを見過ごせばこの世は悪徳が蔓延(はびこ)りいつかは崩壊するだろう。
父への蟠りによって〝力〟を持ちながらそれを行使しないのは、恥じる行為だとアルディアに気付かせられたのである。
彼がしていたのは、思春期の少年がつまらないことで父親と喧嘩しているのと同じ行為だった。いや。それだけでなく世界を確実に破滅に近づける怠慢(たいまん)でもあった。
『・・・ああ、俺は起きて敵と戦うよ!』
過酷な運命に立ち向かわされたことを嘆くことなく、むしろその機会と立ち向かう力を与えられたことに感謝し、楽しむ。そんなアルディアの境地にはまだ達していなかったが、ダレスは思念の声で決意を〝父〟に示すと、意識を現実世界へと向かわせた。
目を覚ましたダレスは反射的に飛び起きた。その際、意識を失う寸前に浴びた激しい痛みに備えるが、心配していたダメージは嘘のように消えており、身体は万全の状態だった。
おそらくはアルディアが奇跡で癒してくれたのだろう。だが、彼の胸はそれ以上の痛みを受けねばならなかった。
当のアルディアは今まさに魔族に踏みつぶされようとしており、ミシャは広間の壁側で微動だにすることなく倒れている。
自分が気絶している間に仲間達は窮地に陥っていたのである。
『秩序を齎す光よ! 神々の王たる存在よ!』
ダレスは自身の〝切り札〟であるユラント神自身が鍛えた神剣〝審判の剣〟の真の力を引き出すために父に願いの祈りを捧げる。
肉体を失った神々だが、彼らが作り出した〝神器〟は地上世界に残っている。〝神の御子〟たるダレスにはそれを所持し扱う資格を持っていた。
そして〝神器〟は間接的にのみ地上世界に介入出来る神々が直接その力を具現化させる触媒でもあった。ダレスは名実ともにユラント神の代理人として純粋な神の力を魔族に行使しようとしていた。
〝審判の剣〟が放つ光が輝きを増し、やがて光そのものが収束されて剣の形となる。同時にダレスの身体にも変化が起こり、五感だけでなく霊的な感覚が研ぎ澄まされる。それは彼の本質が一時的に神となったからだ。
神の感覚は今まさにアルディアを踏みつぶそうとする魔族から漏れ出るこれまでの過去を瞬時に悟らせる。
多くはランゼル王国の初代国王に肉体を滅ぼされ、封印された魔族の復讐を誓う悍(おぞ)ましい記憶だが、長子と生まれながら後継者の道を病と策略によって奪われたスレイオン王子の苦悩の記憶、そして別の道を歩ませられた双子アルディアを想う兄弟愛、彼女の暗殺計画を間者から知ったことで魔族の誘惑に負けた事実を知る。
魔族を復活させた張本人でもあるスレイオンだが、彼もまた魔族と王位をめぐる争いの被害者でもあったのだ。
魔法陣の力が弱まり暗黒神ダンジェグの加護を失った魔族を討ち滅ぼすのは、ダレスの使命だ。
だが、それを行なえば肉体だけでなく根源である魂も含めて魔族と融合したスレイオンも滅ぼすことになってしまう。魂を失えば、スレイオンはユラント神の審判を経てこの世界に生まれ変わることも出来なくなるのだ。
当初より覚悟していたことだが、兄弟を想うことで悪に屈した者を無慈悲に撃ち滅ぼし、輪廻の救済さえも奪う。それが正義なのかと、神の力を宿しながらも神ではないダレスを迷わせた。
「ダレスさん!! 案ずることはありません!! 弟を解放させてあげてください! それが彼の望みでもあるのです!!」
怯える魔族の足元から自力に逃げ出したアルディアがダレスに訴える。
彼女とスレイオンどちらが先にこの世に生まれ出たのかは、その数奇な出生によって定かとされていない。それでもアルディアは初めてスレイオンを弟と呼んでいた。
その事実にダレスは双子の間には神の感覚をも越える絆があることを知る。
スレイオンは双子のアルディアを通して、自分が引き起こした責任を果たそうとしているのだ。
『やめろ・・・我だけでなく、憐れな王子を滅ぼそうというのか・・・そんな・・・』
圧倒的な〝力〟を前に金縛りとなっていた魔族だが、アルディアの言葉でダレスが躊躇(ためら)う理由に勘付いたのだろう。逃げ場所を求めるように後ずさりながら、脅しに掛かる。
『もう終わりだ! この世界から去れ!!』
だが、ダレスはそれまでの迷いを打ち消すと、弾かれたように魔族に迫り、光のそのものと化した〝審判の剣〟で上段から斬り付けた。
『ば・・・な・・・』
収束された光の束はいとも簡単に魔族を頭部から股間に掛けて両断する。だが、敵は二つに分かれつつある肉体を前に最後の足掻きとして、ダレスに向ってその巨大な腕を突き出す。
『審判の剣よ! 父の名においてその神髄をここに示せ!!!』
ダレスは切っ先を魔族に向けると〝審判の剣〟に備わった力をユラント神の名において一気に解放させる。
それはかつて暗黒神ダンジェグの肉体さえも焼き払ったユラント神の奥義だ。
『・・・すまない・・・』
圧倒的な光の奔流に巻き込まれた魔族はスレイオンと思われる謝罪の声を最後に、その肉体だけでなく根源の魂も含めてこの世界から消え去った。
その声は暗闇の中に突如現れた光のようだった。厳しくも、どこか懐かしく感じられる声だ。
それでもダレスの意識はその声に対して持っていた蟠(わだかま)りを思い出す。何しろ声の主は自分を〝神の御子〟という特別な存在として生み出した張本人、ユラント神だからだ。
父であるこの光側の大神(たいしん)をダレスはこれまで敬ったことはない。
生まれた出た時からその出生のために邪神の徒に命を狙われ、物心つくようになってからは何度もユラント神の代理として戦ってきた経緯がある彼からすれば、〝神の御子〟と呼べば聞こえは良いが、要はこの地上世界に直接介入することは出来ないユラント神の体(てい)の良い駒に過ぎないと思っていた。
ある時を境にダレスはその生まれに対して〝自分は神とそれに課せられた運命の奴隷ではない!〟と反発して生きて来たのだ。
だが、アルディアと出会ったことでダレスはその考えを改めつつあった。
王の血を引きながらも、その権利を生まれた直後に剥奪され、更には双子の兄弟の身体を乗っ取った魔族との対決を運命付けられたアルディア。
だが、彼女は恨むどころか、そんな過酷な運命を用意した神に感謝していた。
一見すると盲目的な信仰心にも思えるが、彼女は生来の気質によって、この世の悪と、すなわち邪神の徒と戦うことを無上の喜びとしている。
ユラント神に仕えているから戦うのではない、戦いに導いてくれ、戦う力を与えてくれたからこそアルディアはユラント神を敬い仕えているのだ。
そんなアルディアの存在はダレスにとって自分を見つめ直す機会となった。
確かに自分は神々の奴隷ではないし〝太古の大戦〟の後始末をする義務もない。だが、邪神とそれを信望する勢力は明らかに人間と光の種族に敵対する脅威であり、彼らを見過ごせばこの世は悪徳が蔓延(はびこ)りいつかは崩壊するだろう。
父への蟠りによって〝力〟を持ちながらそれを行使しないのは、恥じる行為だとアルディアに気付かせられたのである。
彼がしていたのは、思春期の少年がつまらないことで父親と喧嘩しているのと同じ行為だった。いや。それだけでなく世界を確実に破滅に近づける怠慢(たいまん)でもあった。
『・・・ああ、俺は起きて敵と戦うよ!』
過酷な運命に立ち向かわされたことを嘆くことなく、むしろその機会と立ち向かう力を与えられたことに感謝し、楽しむ。そんなアルディアの境地にはまだ達していなかったが、ダレスは思念の声で決意を〝父〟に示すと、意識を現実世界へと向かわせた。
目を覚ましたダレスは反射的に飛び起きた。その際、意識を失う寸前に浴びた激しい痛みに備えるが、心配していたダメージは嘘のように消えており、身体は万全の状態だった。
おそらくはアルディアが奇跡で癒してくれたのだろう。だが、彼の胸はそれ以上の痛みを受けねばならなかった。
当のアルディアは今まさに魔族に踏みつぶされようとしており、ミシャは広間の壁側で微動だにすることなく倒れている。
自分が気絶している間に仲間達は窮地に陥っていたのである。
『秩序を齎す光よ! 神々の王たる存在よ!』
ダレスは自身の〝切り札〟であるユラント神自身が鍛えた神剣〝審判の剣〟の真の力を引き出すために父に願いの祈りを捧げる。
肉体を失った神々だが、彼らが作り出した〝神器〟は地上世界に残っている。〝神の御子〟たるダレスにはそれを所持し扱う資格を持っていた。
そして〝神器〟は間接的にのみ地上世界に介入出来る神々が直接その力を具現化させる触媒でもあった。ダレスは名実ともにユラント神の代理人として純粋な神の力を魔族に行使しようとしていた。
〝審判の剣〟が放つ光が輝きを増し、やがて光そのものが収束されて剣の形となる。同時にダレスの身体にも変化が起こり、五感だけでなく霊的な感覚が研ぎ澄まされる。それは彼の本質が一時的に神となったからだ。
神の感覚は今まさにアルディアを踏みつぶそうとする魔族から漏れ出るこれまでの過去を瞬時に悟らせる。
多くはランゼル王国の初代国王に肉体を滅ぼされ、封印された魔族の復讐を誓う悍(おぞ)ましい記憶だが、長子と生まれながら後継者の道を病と策略によって奪われたスレイオン王子の苦悩の記憶、そして別の道を歩ませられた双子アルディアを想う兄弟愛、彼女の暗殺計画を間者から知ったことで魔族の誘惑に負けた事実を知る。
魔族を復活させた張本人でもあるスレイオンだが、彼もまた魔族と王位をめぐる争いの被害者でもあったのだ。
魔法陣の力が弱まり暗黒神ダンジェグの加護を失った魔族を討ち滅ぼすのは、ダレスの使命だ。
だが、それを行なえば肉体だけでなく根源である魂も含めて魔族と融合したスレイオンも滅ぼすことになってしまう。魂を失えば、スレイオンはユラント神の審判を経てこの世界に生まれ変わることも出来なくなるのだ。
当初より覚悟していたことだが、兄弟を想うことで悪に屈した者を無慈悲に撃ち滅ぼし、輪廻の救済さえも奪う。それが正義なのかと、神の力を宿しながらも神ではないダレスを迷わせた。
「ダレスさん!! 案ずることはありません!! 弟を解放させてあげてください! それが彼の望みでもあるのです!!」
怯える魔族の足元から自力に逃げ出したアルディアがダレスに訴える。
彼女とスレイオンどちらが先にこの世に生まれ出たのかは、その数奇な出生によって定かとされていない。それでもアルディアは初めてスレイオンを弟と呼んでいた。
その事実にダレスは双子の間には神の感覚をも越える絆があることを知る。
スレイオンは双子のアルディアを通して、自分が引き起こした責任を果たそうとしているのだ。
『やめろ・・・我だけでなく、憐れな王子を滅ぼそうというのか・・・そんな・・・』
圧倒的な〝力〟を前に金縛りとなっていた魔族だが、アルディアの言葉でダレスが躊躇(ためら)う理由に勘付いたのだろう。逃げ場所を求めるように後ずさりながら、脅しに掛かる。
『もう終わりだ! この世界から去れ!!』
だが、ダレスはそれまでの迷いを打ち消すと、弾かれたように魔族に迫り、光のそのものと化した〝審判の剣〟で上段から斬り付けた。
『ば・・・な・・・』
収束された光の束はいとも簡単に魔族を頭部から股間に掛けて両断する。だが、敵は二つに分かれつつある肉体を前に最後の足掻きとして、ダレスに向ってその巨大な腕を突き出す。
『審判の剣よ! 父の名においてその神髄をここに示せ!!!』
ダレスは切っ先を魔族に向けると〝審判の剣〟に備わった力をユラント神の名において一気に解放させる。
それはかつて暗黒神ダンジェグの肉体さえも焼き払ったユラント神の奥義だ。
『・・・すまない・・・』
圧倒的な光の奔流に巻き込まれた魔族はスレイオンと思われる謝罪の声を最後に、その肉体だけでなく根源の魂も含めてこの世界から消え去った。
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