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閉ざされた街
37 神殿地下
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隊列の中央でランタンを掲げるミシャの灯かりを頼りに、ダレス達は緩やかなカーブを描く階段をひたすら降り続ける。
階段の幅と高さは共に人の背丈の倍ほどもあり圧迫感はない。それでも、敵の待ち伏せと後ろからの挟撃に備えて彼らは一歩一歩確実に歩んで行った。
「ドワーフの坑道さえ、ここまで深くは掘らないだろう・・・。まるで地獄にでも繋がっているようだな・・・」
前衛を務めるダレスは襲撃に備えながらも、階段の深さに対して月並みな軽口を呟いた。湾曲しているので距離感が掴み難いが、もう四半時は降り続けている。既に地上は遙か先である。
もちろん、ダレスの精神が無言の行軍に耐えられなくなったわけではない。仲間と自分の緊張を解すための方便である。
このまま緊張を維持しながら魔族との決戦に挑むのは、却って危険と判断したのだ。
「下位の邪神ともいえる魔族は、始原の存在であるが故に完全に滅ぼすことは人間の力では不可能です。ランゼル王国の創設者と当時のユラント教団は、かの魔族を少しでも深く閉じ込めようとしたのではないでしょうか?」
ダレスの言葉にアルディアが答える。当時の人間がこの世にいない以上、推測でしかなかったが、彼女の意見は正解だと思われた。
人類、いや全ての光の種族にとって脅威である魔族の復活を阻止し封印する。そのために彼女の先祖達はこれだけの施設と結界を維持するためにハミルの街を造り上げたに違いなかった。
「そうだな・・・」
アルディアの意見にダレスは頷く。だからこそ、復活を果たした魔族を倒しに〝唯の人間〟ではない自分がこの地やって来たのだろう。その考えを起点にダレスはこれまでの出来事を回想する。
神々の内輪の争いの後始末、ユラント神の駒として戦うことを彼はよしとはしなかった。それ故にあくまでの一介の傭兵として〝力〟をなるべく使わず生きて来たのだが、結局はアルディアに導かれて魔族退治に参戦することとなった。
おそらくはユラント神に仕組まれた運命だったに違いないが、どこまで神の関与があったのかを考えさせられる。
アルディアの性格は控えめに言っても個性的である。いや、ちょっと普通じゃないほどの〝脳筋〟だ。
聖女のような容姿と信仰心はユラント神の神官として申し分ないが、戦闘になると箍(たが)が外れる傾向にある。それはユラント神にとっては都合が悪いはずだった。
その点ではアルディアは本人に自覚がないまま、神が用意した運命に抗っているとも言える。だが、それで彼女がユラント神の加護を失ったり、使命を大きく逸れたりことはない。
そんなアルディアの存在はダレスにとって不可思議でありながらも、魅力的だった。神の使徒として生きる彼女ではあるが、神の奴隷に成り下がったわけではなく、彼女の魂は完全に自由になのだ。
それはダレスが求める生き方だった。アルディアの存在を知った今ではユラント神の影響を意固地になって避けていた自分が滑稽に思える。
神の意図がどうであろうと、ダレスは自分が成したいと思ったことを成せばよいのである。
怪物に追いやられた少年ノード、そしてエイラ達ハミルで暮らす人々を助けるために、その元凶となった魔族を倒す。それが今、ダレスが望む全てである。そして彼にはそれを成す〝力〟があった。
「アルディア、お前に会えて良かった・・・俺はやっと親離れ出来たような気がする・・・アルディアには辛い戦いとなるはずだが、絶対に魔族を倒そう!」
「・・・そんな! 勿体ないお言葉です。ダレスさん! それに、スレイオン王子のことは気にしないで下さい。彼を救済するにはもはや・・・魔族と一緒に倒すしかありません! その戦いに参加出来るのです。むしろ神に感謝するべきでしょう。手心を加えるつもりはありません。安心して下さい!」
告白にも似たダレスの言葉にアルディアは興奮して答える。
ユラント神に選ばれた勇者から評価されたのだから信者としても感慨深いであろうし、個人としても改めて戦友に認められたのである。感情が昂ぶるのは致し方ない。
また、魔族に取りこまれたとはいえ、実の兄弟との対決に憂いを見せないのは、さすがはアルディアと言えるだろう。
「おい、ダレス! お前、何を言っているんだ!」
気が気でないのは二人に挟まれていたミシャである。あれほど、釘を刺したはずなのにダレスは敬愛するアルディアを口説こうとしている。すくなくとも彼女はそう判断した。
それも魔族との決戦を控えたこのタイミングである。更にミシャを悩ませたのは、当のアルディア自身が満更でもない反応をしていることだ。彼女としては絶対に看破出来ない事実だった。
「そんなに妬くな、ミシャ! お前に会えたことも、俺は嬉しいと思っているよ。その素直になれない態度は、まるで少し前の俺のようだ。可愛らしい!」
「な、あたしが素直じゃないって・・・可愛い・・・何を言ってんだ、お前!」
「待て、何か光が見える! 終点のようだ!!」
ダレスとしては偽りのない真意だったが、ミシャは再びからかわれたと判断したのだろう。目の前の背中に向って悪態とも言える抗議を行う。
だが、それは緊張を取り戻したダレスの警告に打ち消させた。
「ミシャ、集中して!」
「は、はい!」
後方のアルディアも階段の先から零れる禍々しい赤い光に気付いたのだろう。まだ、何かを言いたそうなミシャに警告を与え黙らせる。彼女も主人の言葉を受け入れ、一瞬で臨戦態勢へと戻る。
魔族との対決は目前に迫っていた。
階段の幅と高さは共に人の背丈の倍ほどもあり圧迫感はない。それでも、敵の待ち伏せと後ろからの挟撃に備えて彼らは一歩一歩確実に歩んで行った。
「ドワーフの坑道さえ、ここまで深くは掘らないだろう・・・。まるで地獄にでも繋がっているようだな・・・」
前衛を務めるダレスは襲撃に備えながらも、階段の深さに対して月並みな軽口を呟いた。湾曲しているので距離感が掴み難いが、もう四半時は降り続けている。既に地上は遙か先である。
もちろん、ダレスの精神が無言の行軍に耐えられなくなったわけではない。仲間と自分の緊張を解すための方便である。
このまま緊張を維持しながら魔族との決戦に挑むのは、却って危険と判断したのだ。
「下位の邪神ともいえる魔族は、始原の存在であるが故に完全に滅ぼすことは人間の力では不可能です。ランゼル王国の創設者と当時のユラント教団は、かの魔族を少しでも深く閉じ込めようとしたのではないでしょうか?」
ダレスの言葉にアルディアが答える。当時の人間がこの世にいない以上、推測でしかなかったが、彼女の意見は正解だと思われた。
人類、いや全ての光の種族にとって脅威である魔族の復活を阻止し封印する。そのために彼女の先祖達はこれだけの施設と結界を維持するためにハミルの街を造り上げたに違いなかった。
「そうだな・・・」
アルディアの意見にダレスは頷く。だからこそ、復活を果たした魔族を倒しに〝唯の人間〟ではない自分がこの地やって来たのだろう。その考えを起点にダレスはこれまでの出来事を回想する。
神々の内輪の争いの後始末、ユラント神の駒として戦うことを彼はよしとはしなかった。それ故にあくまでの一介の傭兵として〝力〟をなるべく使わず生きて来たのだが、結局はアルディアに導かれて魔族退治に参戦することとなった。
おそらくはユラント神に仕組まれた運命だったに違いないが、どこまで神の関与があったのかを考えさせられる。
アルディアの性格は控えめに言っても個性的である。いや、ちょっと普通じゃないほどの〝脳筋〟だ。
聖女のような容姿と信仰心はユラント神の神官として申し分ないが、戦闘になると箍(たが)が外れる傾向にある。それはユラント神にとっては都合が悪いはずだった。
その点ではアルディアは本人に自覚がないまま、神が用意した運命に抗っているとも言える。だが、それで彼女がユラント神の加護を失ったり、使命を大きく逸れたりことはない。
そんなアルディアの存在はダレスにとって不可思議でありながらも、魅力的だった。神の使徒として生きる彼女ではあるが、神の奴隷に成り下がったわけではなく、彼女の魂は完全に自由になのだ。
それはダレスが求める生き方だった。アルディアの存在を知った今ではユラント神の影響を意固地になって避けていた自分が滑稽に思える。
神の意図がどうであろうと、ダレスは自分が成したいと思ったことを成せばよいのである。
怪物に追いやられた少年ノード、そしてエイラ達ハミルで暮らす人々を助けるために、その元凶となった魔族を倒す。それが今、ダレスが望む全てである。そして彼にはそれを成す〝力〟があった。
「アルディア、お前に会えて良かった・・・俺はやっと親離れ出来たような気がする・・・アルディアには辛い戦いとなるはずだが、絶対に魔族を倒そう!」
「・・・そんな! 勿体ないお言葉です。ダレスさん! それに、スレイオン王子のことは気にしないで下さい。彼を救済するにはもはや・・・魔族と一緒に倒すしかありません! その戦いに参加出来るのです。むしろ神に感謝するべきでしょう。手心を加えるつもりはありません。安心して下さい!」
告白にも似たダレスの言葉にアルディアは興奮して答える。
ユラント神に選ばれた勇者から評価されたのだから信者としても感慨深いであろうし、個人としても改めて戦友に認められたのである。感情が昂ぶるのは致し方ない。
また、魔族に取りこまれたとはいえ、実の兄弟との対決に憂いを見せないのは、さすがはアルディアと言えるだろう。
「おい、ダレス! お前、何を言っているんだ!」
気が気でないのは二人に挟まれていたミシャである。あれほど、釘を刺したはずなのにダレスは敬愛するアルディアを口説こうとしている。すくなくとも彼女はそう判断した。
それも魔族との決戦を控えたこのタイミングである。更にミシャを悩ませたのは、当のアルディア自身が満更でもない反応をしていることだ。彼女としては絶対に看破出来ない事実だった。
「そんなに妬くな、ミシャ! お前に会えたことも、俺は嬉しいと思っているよ。その素直になれない態度は、まるで少し前の俺のようだ。可愛らしい!」
「な、あたしが素直じゃないって・・・可愛い・・・何を言ってんだ、お前!」
「待て、何か光が見える! 終点のようだ!!」
ダレスとしては偽りのない真意だったが、ミシャは再びからかわれたと判断したのだろう。目の前の背中に向って悪態とも言える抗議を行う。
だが、それは緊張を取り戻したダレスの警告に打ち消させた。
「ミシャ、集中して!」
「は、はい!」
後方のアルディアも階段の先から零れる禍々しい赤い光に気付いたのだろう。まだ、何かを言いたそうなミシャに警告を与え黙らせる。彼女も主人の言葉を受け入れ、一瞬で臨戦態勢へと戻る。
魔族との対決は目前に迫っていた。
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