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閉ざされた街

36 ユラント神殿

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 生理現象を済ませ準備を整えたダレス達はいよいよ、離宮を出て広場の対面に位置するユラント神殿に向う。
 時刻は僅かに正午を過ぎた頃で、彼らが作る短い影が人気のない広場の寂しさをより顕著とさせる。口こそ開かなかったが、この広場に再び人々の姿を取り戻す。三人の胸にはその願いで共通していた。
 やがて、石造りの神殿に辿り着いた彼らはダレスを先頭に正面の階段を登る。多くの参拝者を想定した階段は幅広く荘厳ではあるが、今はただ空虚なだけである。
「ここからが本番だ!」
 本殿に至る入口を前にしてダレスは後ろの二人に呼び掛ける。本来ならここは神殿付きの神官達が参拝者の入場を管理する場所のはずだが、今は当然ながら人気(ひとけ)はなく誰もいない。
 ユラント神を祀る神殿が魔族の本拠地となったのは皮肉としか言いようがないが、ここから先は陽の光は届かない。魔族本体だけでなく多数の眷属達が待ち受けているはずなのだ。
「もちろんです!」
「ああ、行こう!」
 アルディアとミシャはそれぞれ当然とばかりに頷いた。

「きしゃあぁぁ!!」
 ダレスにとっては既にお馴染みになったアルディアの奇声が本殿の広間に響き渡る。当初は驚かされた彼女の雄叫びだが、今ではどこか心地良くもあり、頼もしく感じられる。
 特に圧倒的に多数の敵と戦う今は格別だ。この奇声が聞える度に確実に敵の数が減るのだから。
「とうあぁぁ!!」
 ダレスもアルディアに触発されたように大声で気合の言葉を吐きながら、怪物達に青い光を放つ神剣〝審判の剣〟を振るう。本来の姿を現した長剣は敵をいとも簡単に両断した。
 待ち伏せていた敵の実力はダレスとアルディアにとって遙かに格下だ。だが、それでも洪水のような群で押し寄せる敵の数は彼らに盲点を作り出す。
 今まさに怪物の頭を叩き潰したばかりのアルディアの側面を狙って二体の敵が隙を突こうとしていた。
「アルディア様、左から二体! ダレス、そっちも二体、後ろを取ろうとしている!」
 だが、ランタンを掲げるミシャが照明役として後方から的確に敵の動向を警告し、二人を援護する。
「了解です!」
「ああ、任せろ!」
 返事とともにアルディアとダレスは新たな敵と対峙する。〝白百合亭〟での戦いでは、エイラやノード達、人質とも言える存在がいたために遅れを取ったが、今は違う。憂いなく戦える彼らは互いに協力し合い、怪物の数を確実に減らしていった。

「ふん!!」
 最後の一体を斬り倒したダレスは仲間達に向き直る。本殿は人の背丈の三倍程もあるユラント神を象った立像と祭壇が置かれた最も神聖な場所であったが、今は怪物達の屍で埋め尽くされており、見るも無残な状態だ。
 そのため、一足早く戦闘を終えたアルディアは立像の前に片膝を付いてユラント神に懺悔の祈りを捧げていた。やむ得ない事情とはいえ、聖なる場所を血で汚したことには間違いないからだ。
 そんな神官らしいアルディアの行いをダレスとミシャは辺りを警戒しながら見守る。ダレスはユラント神を信仰していないし、ミシャの忠誠はアルディア個人に捧げられている。この二人は神に懺悔する義務はないのである。
 また、本殿を占拠していた怪物達は殲滅させたが、いつどこから新手がやって来るとも限らない。油断は出来なかった。

「お待たせしました。行きましょう!!」
 祈りを終えたアルディアは二人に告げる。ユラント神に選ばれたダレスは特別としても、自身の従者であるミシャにも彼女は信仰を強要させる気はないらしく、二人を咎めることはない。それは、まさに聖女の貫禄だった。
「ああ!!」
 アルディアの呼び掛けにダレスは頷くとともに本殿の奥、ユラント神の立像の後ろに開いた空洞に視線を送る。
 元々は隠し扉があったと思われるが、今そこには崩された瓦礫を残した空虚な大穴が開いていた。おそらくはこの先の地下に魔族を閉じ込めていた封印の間があるに違いない。
 探す手間が省けたとも言えるが、わざわざダレス達に知らしめるように開けた穴はまるで、羽虫を狙う食虫植物の花弁のようにも見える。
 もっとも、ダレス達に選択肢はない。待ち伏せしていた眷属達との戦いで体力は幾らか消耗していたが、このまま恐れをなして手をこまぬいてしまえば、より魔族を増強させるだけである。
 ダレス達は、ダレス、ミシャ、アルディアの順で隊列を組むと魔族の待つ地下へ進撃を再開させた。
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