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閉ざされた街

26 囚われのアルディア

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『・・・アルディア・・・』
 深層に沈んでいたアルディアの意識は、自分の名を呼ぶ威厳に満ちながらもどこか懐かしい声を聞いた。
 それを頼りに彼女は自我を覚醒しようとするが、まるで泥水の中に浸かっていたかのように心は重く、焦燥感が蘇る。
 無理に起きずに、このまま眠り続ければ、もう少しだけ安寧な時間を味わうことが出来るだろう。それでも彼女は甘い誘惑を振り払うと、現実を受け入れるべく記憶を辿る。
『・・・わ、私は?!』
 ミシャ達との神殿での生活、突如授かった神の天啓、ダレスとの邂逅。泥を洗い流すように徐々に記憶を取り戻すアルディア。
 そして、意識を失う直前の光景、いくら倒しても群がる怪物達との激しい戦い、遂には組み付かれ地面に倒されたことを思い出した彼女は一気に目を覚ました。

「・・・ここは?!」
 アルディアの瞳に映ったのは暗闇の中に浮かび上がる怪物達の姿ではなく、カーテンの隙間から漏れる朝の陽ざしと豪華な天蓋付きの寝台、更にそれを置くに相応しい部屋だ。
 思わず疑問を漏らす彼女だが、それと同時に自身の状態を無意識に確認する。得物のメイスはもちろんだが、僧衣と鎖帷子も脱がされており、今は薄絹のガウン一枚を纏うのみである。
『・・・どうやら私は意識を失った後、この部屋に連れ去られ・・・寝かしつけられていたらしい・・・そしてハミルの街にこのような豪華な部屋があるのは、おそらく離宮だけ・・・』
 全てを理解したアルディアはゆっくりと寝台から降りる。
 敵の手に落ちたが、身体は拘束されることなく自由に動かせる。まして、王族が使う寝室に寝かされていたのである。敵は自分の正体を知っており、それに相応しい待遇で処したのだ。今更、焦っても仕方がない。
 それに先程の自分を呼んだ声の主はユラント神に違いない、武具は奪われても信仰心は常にこの身と一緒である。不安はなかった。

『やはり、教皇様のお言葉は正しかった・・・』
 状況を把握して落ち着いたアルディアは、出発前にユラント教団のトップで自身の義母でもある教皇から掛けられた言葉を思い出す。
 彼女からは、魔族との対決どころか旅にも耐えられない老齢である自身の不甲斐なさを詫びられるとともに、これまでアルディアに伏せられていた出生の事実を伝えられている。
 そして、自分は今回の天啓で、その血筋に纏(まつ)わる試練に直面するだろうとも。

 五年前、十四歳で正式な司祭と認められた際には、自分は王の私生児であると義母より伝えられていた。
 本来なら妾腹でも一国の姫君として扱われるはずの身の上だが、アルディアは自身の待遇を不満に思うことはなかった。教団での生活に満足していたのである。
 ユラント神の教えに帰依しながら、戦士としての技量も研磨しつつ、悪と戦う。これがアルディアの望む全てだった。
 それでも今回、真実を聞かされた時はアルディアも驚きを隠せなかった。王族の血筋を引いているのは間違いないが、自分は妾腹の私生児などでなく第一王子であるスレイオンとともに現王と前妃の間に生まれた双子の片割れで正当な嫡子であったのだ。
 王家では双子は国を分けると信じられて忌み嫌われていたため、女児だったアルディアがユラント神殿に預けられたのである。
 この事実は自身の出生に対して思い入れがなかったアルディアにも特別な感情を湧き立たせる。
 実の母親であった前妃は既に他界していたが、生前に何回か会ったことがあった。彼女が義母である教皇と面会に訪れた時にその都度同席を求められたのだ。その際、多くのお菓子をお土産として貰ったことを覚えている。
 今思えばあの女性は不憫な思いをさせた我が子を労わりに来ていたに違いない。自分を見つめる眼差しの意味に気付けなかったことがアルディアには悔やまれた。幼い自分はお菓子をくれる優しくて綺麗な貴婦人としか思っていなかったのである。
 更に第一王子のスレイオンが双子の兄弟であることもアルディアには衝撃的だった、厳密に言えば第二、第三王子も腹違いの弟であるのだが、やはり双子では兄弟の中でも重みが違う。亡き母と双子の兄弟の存在にアルディアは戸惑いを隠せなかった。
 それでも彼女は肉親の情よりもユラント神から授けられた天啓を優先させる。神が示した勇者に助力を頼って復活しつつある魔族を倒し、ハミルの街を解放させる。それが自身の生れた役割であり務めなのだと。
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