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閉ざされた街
15 避難先
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ミシャの案内でダレス達は外周通りを離れて脇道を進んでいた。そのため、先程の大通りとは違い、商いの看板を出す店の多くは規模も小さくどこか薄汚れている。
これらの多くが労働者や流れの旅人に食事と酒を提供する酒場や安宿、そして彼らの肉欲を癒すための娼館だ。いわゆる、どの街にも存在する歓楽街である。傭兵を生業としているダレスにとっては馴染みの場所ともいえる。
もっとも、このような場所が本格的に活気付く夕暮れ時に、人の姿を全く見ることが出来ないのは、改めて異様な光景といえるだろう。
壊された家屋と石畳に残る血の跡が、街の住人達に何が起こったかを推測させるが、ダレスはこれまで犠牲者の遺体を見つけたことはない。先程の悪い予感が当たりつつあることを彼は苦々しく思った。
「ここです!」
ミシャが足を止めたのは、白色を基調とした屋敷の前だった。
歓楽街の中では場違いな程、しっかりした石造りの建物で全体の規模も大きい。壁は白漆喰で綺麗に塗り固められて、要所に裸体の女性をモチーフにした彫像が飾られており、何の店であるかは一目瞭然だ。歓楽街の主役ともいえる娼館の一つに違いない。それもかなりの高級店と思われた。
「こんな場所にアルディア様をお連れしたくはなかったのですが・・・」
主人に面目なさそうな視線を送りながらミシャは弁解の言葉を口にする。確かに神に仕える者が足を踏み入れる場所には、あまり相応しくないだろう。
「已む得ない事態ですし、ユラント神は世俗の者にまで完璧な清貧を求めていません。ミシャが気にすることはありませんよ」
それにアルディアは聖女のような笑顔で答える。神官や司祭の中にはこの手の商売を毛嫌いする者もいるのだが、彼女はそうような偏見はないようだ。
もっとも、今はまさしく非常事態であるし、目の前の娼館はこの辺りではもっとも頑丈な建築物と思われる。緊急の避難先としては最良の物件といえた。
「ここは・・・白百合亭か・・・」
二人がそんなやりとりをしている間にダレスは娼館のポーチに掲げられた屋号を読み上げる。
建物が白漆喰で覆われているのは、白い百合をイメージしてのことらしい。なかなか洒落た店である。玄関は両開きで造られており、生々しい傷跡が多数残されているが、丈夫な黒檀製らしく打ち破られてはいない。
外観が凝っていることで、肝心の娼婦の質や内装にも期待が募る。出来れば平和な時に一人の客として来たかったとダレスは心の中で呟いた。
「ああ! 一階の扉や窓は中からバリケードが築かれている。こっちだ!」
そのまま正面玄関に向おうとしていたダレスにミシャが呼び掛けると、素早く建物の裏手に仲間達を導く。
「クロット!」
そして狭い路地に面している白百合亭の二階の窓に向って指笛を二回吹き、更には残していたクロットの名前を呼び掛ける。
「ご無事で・・・今、降ろします!」
時間を空けずに窓が開かれ、クロットの顔が現れる。おそらくは窓際でミシャの帰りを待っていたのだろう。言葉が終わりきる前にシーツやカーテンを繋げて作ったと思われる即席の縄梯子が窓から投げ落とされた。
「アルディア、ノードは自力で登れる体力がないかもしれない。先に登ってひっぱり上げてくれ!」
「ええ、了解しました!」
ダレスの指示にアルディアが頷き、縄梯子にその身体を委ねる。彼女が登る度に布が裂かれるような嫌な音が響くが、なんとか即席の縄梯子はアルディアの重みに耐えきった。
その後は怪物の襲撃に備えながらも、ノード、ミシャの順に上に登り、最後のダレスも〝白百合亭〟の中に逃げ込むことに成功した。
これらの多くが労働者や流れの旅人に食事と酒を提供する酒場や安宿、そして彼らの肉欲を癒すための娼館だ。いわゆる、どの街にも存在する歓楽街である。傭兵を生業としているダレスにとっては馴染みの場所ともいえる。
もっとも、このような場所が本格的に活気付く夕暮れ時に、人の姿を全く見ることが出来ないのは、改めて異様な光景といえるだろう。
壊された家屋と石畳に残る血の跡が、街の住人達に何が起こったかを推測させるが、ダレスはこれまで犠牲者の遺体を見つけたことはない。先程の悪い予感が当たりつつあることを彼は苦々しく思った。
「ここです!」
ミシャが足を止めたのは、白色を基調とした屋敷の前だった。
歓楽街の中では場違いな程、しっかりした石造りの建物で全体の規模も大きい。壁は白漆喰で綺麗に塗り固められて、要所に裸体の女性をモチーフにした彫像が飾られており、何の店であるかは一目瞭然だ。歓楽街の主役ともいえる娼館の一つに違いない。それもかなりの高級店と思われた。
「こんな場所にアルディア様をお連れしたくはなかったのですが・・・」
主人に面目なさそうな視線を送りながらミシャは弁解の言葉を口にする。確かに神に仕える者が足を踏み入れる場所には、あまり相応しくないだろう。
「已む得ない事態ですし、ユラント神は世俗の者にまで完璧な清貧を求めていません。ミシャが気にすることはありませんよ」
それにアルディアは聖女のような笑顔で答える。神官や司祭の中にはこの手の商売を毛嫌いする者もいるのだが、彼女はそうような偏見はないようだ。
もっとも、今はまさしく非常事態であるし、目の前の娼館はこの辺りではもっとも頑丈な建築物と思われる。緊急の避難先としては最良の物件といえた。
「ここは・・・白百合亭か・・・」
二人がそんなやりとりをしている間にダレスは娼館のポーチに掲げられた屋号を読み上げる。
建物が白漆喰で覆われているのは、白い百合をイメージしてのことらしい。なかなか洒落た店である。玄関は両開きで造られており、生々しい傷跡が多数残されているが、丈夫な黒檀製らしく打ち破られてはいない。
外観が凝っていることで、肝心の娼婦の質や内装にも期待が募る。出来れば平和な時に一人の客として来たかったとダレスは心の中で呟いた。
「ああ! 一階の扉や窓は中からバリケードが築かれている。こっちだ!」
そのまま正面玄関に向おうとしていたダレスにミシャが呼び掛けると、素早く建物の裏手に仲間達を導く。
「クロット!」
そして狭い路地に面している白百合亭の二階の窓に向って指笛を二回吹き、更には残していたクロットの名前を呼び掛ける。
「ご無事で・・・今、降ろします!」
時間を空けずに窓が開かれ、クロットの顔が現れる。おそらくは窓際でミシャの帰りを待っていたのだろう。言葉が終わりきる前にシーツやカーテンを繋げて作ったと思われる即席の縄梯子が窓から投げ落とされた。
「アルディア、ノードは自力で登れる体力がないかもしれない。先に登ってひっぱり上げてくれ!」
「ええ、了解しました!」
ダレスの指示にアルディアが頷き、縄梯子にその身体を委ねる。彼女が登る度に布が裂かれるような嫌な音が響くが、なんとか即席の縄梯子はアルディアの重みに耐えきった。
その後は怪物の襲撃に備えながらも、ノード、ミシャの順に上に登り、最後のダレスも〝白百合亭〟の中に逃げ込むことに成功した。
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