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閉ざされた街
9 後始末
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「あ、あいつら助けて頂いて・・・ほ、本当にありがとうございます!」
「いや、礼におよばない。ところで、あんたはどうして追われていたんだ?」
予期せぬ山賊との遭遇戦を終えたダレスは、それまで戦いを遠巻きに見つめていた小柄の男へ問い掛ける。
ダレス達としては直ぐにハミルへ向かいたいところだが、このまま無視するわけにはいかず、またこの男がハミルから逃げ出して来た街の住人の可能性もある。情報収集も兼ねて事情を聴き出すことにしたのだ。
「わ、私はハミルで商売を営んでいる行商人で、名前はクロットと言います・・・」
ダレスに問われた小柄な男クロットは自身の身の上を語りだした。
結論から言うと彼はハミルを拠点に近隣の農村を回っていた行商人らしい。
農村はその生活の多くを自給自足で賄っているが、薬などの村では手に入れられない貴重品は定期的にやって来る行商人に注文を出すのである。農村の人間からすれば慣れない街に出向く手間を省けるし、行商人は大手の商人が扱わない隙間を狙うという利点があった。
そんなクロットが商いを終えて二日前にハミルに戻ってくると、街は謎の光の壁に覆われて外部から隔離された状態になっていたとのことだった。
当初は訳がわからず途方くれたが、それでも、妻が街中で持つ彼は一日掛けてなんとか街に侵入しようと試みる。だが、どうやっても街の中には入る手立てを見つけられず、やむなくそ翌日に他の街や王都に助けを求めるため、街道を西に向かって移動を開始した。
しかし、その夜、正確には昨日の晩に先程の山賊に襲われてしまい、商売道具の馬車や残っていた家財道具などを丸ごとと取り上げられ、彼自身も命を助ける引き換えに奴隷としてこき使われていたのだと言う。
そして山賊達が街道を通る他の旅人を待ち伏せしていると知ったクロットは、ダレス達が煮焚きに使った焚火の煙を見て、山賊達への警告と自分の保護を求めて逃げて来たということだった。
「なるほど、それは気の毒なことだったな・・・そう言えば、結界はどれほど持つとされているんだ?」
クロットの事情と証言を聞き終えたダレスは、一言だけ慰めの言葉を贈ると彼の説明の中から最も気になった点をアルディアへ改めて問い掛ける。クロットには同情の余地があるが、ダレス達が優先すべきはハミルの状況なのだ。
クロットが目撃した街を覆う光の壁とは、魔族を封印していた何種類かの防御機構の最終手段の結界のことである。これについては旅の初期にアルディアから聞かされていたが、どれほどの期間効果を維持出来るのかは未知数だった。
「・・・なんとも言えません。ハミルの人達の神への信仰心に頼るのみです・・・」
ダレスの問いにアルディアはその整った顔を僅かに歪めて、言葉を絞り出すように返答する。
ハミルは元来、魔族を封じ込めるために造られた街だ。魔族が復活した際には、街そのものが結界となるように設計されていた。
魔族を倒して創設されたこの国では魔族の封印は国家規模の事業であり、その維持に関わったユラント教団としても神の意志に従う聖なる使命だった。
もっとも、魔族を封じ込めるとなると、相当に大掛かりで強力な結界や力が必要となるはずで、その代償は計り知れないと思われた。
ユラント神に限らず一部の上位の神々はかつて強大な力を持っていたが〝太古の大戦〟で肉体を失ってからは、人間が住む地上界、もしくは賢者達が基底現実世界と呼ぶこの世界に直接介入する手段を失っている。
彼らが地上世界に影響を齎すには自身への信仰に目覚めた信徒達か、恩恵を授けた〝眷属〟を通じて間接的に行なうしかない。
そして神の力は一部の例外を除くと、基本的に信仰者の数とその信仰心の強さによって、地上世界で行使出来る力の強弱となって顕現する。これは現象的な事実である。
故に本来は強大な力を持ちながらも、信者の数が伸び悩んでいることでその力を発揮出来ない神々等も存在する。神官達が自身の崇める神の信徒を増やそう布教を重要とし、敵対する神々の信者と敵対するのはこういった事情があった。
余談になるが、アルディアが悪党に容赦がないのも邪神への信仰に目覚めている、または目覚めそうな者を物理的に地上界から減らし、邪神の力を削ぐという観点からだと思われた。
今回、ハミルの街で魔族を封じ込めさせている結界の原動力はユラント神の力ではあるが、より正確には歴代のハミルの住人達や建国の英雄の子孫である王族達の信仰心を結界の維持に充てていたと思われる。地上世界では神の力は有限だ。街を覆う結界が消えるのは時間の問題と言えた。
「急ごう・・・」
アルディアの悲痛な想いを受けて、ダレスはやるべきことを口にする。
ハミルの街とその住人達はその身を持って魔族の完全復活を防いでおり、言わば人身御供の立場にあるのである。彼らを助けるために戦うのは〝男〟として命を賭ける価値があると思われた。
「ええ! ダレスさん!」
ダレスの言葉にアルディアも深く頷く。ユラント神への信仰心は共有していないものの、彼が神に選ばれた勇者であると改めて確信したのだ。
「さ、さあ! 早く出発しましょう!」
視線を絡めてお互いの意志を確認し合った二人の姿に、ミシャが焦ったように出発を促した。彼女もダレスの意を汲んだように思えるが、どこか慌てたように見える。
「あんた! 出来たら、山賊達を弔ってやってくれ。本来なら俺達が最低限のことをしてやるべきなんだが、一刻も争う事態なんでな! まあ、無理強いはしない、直ぐにここを離れたいならそれでも良い・・・」
ミシャに促されたダレスはわかっているとばかりに軽く頷くと、クロットに一声掛けて隠していた馬の準備を開始する。
「ま、待ってください! ハミルでは何が起きているのですか? 教えて下さい! そして、ハミルに向うのなら、街に入る手立てがあるのなら・・・私も連れて行って下さい!」
今のやりとりでクロットはダレス達がハミルを包む謎の結界について何か知っていると判断したのだろう。慌てて事情の説明と同行を懇願する。
「・・・申し訳ないが、それは無理だ。詳しい事は言えないが、ハミルは現在、極めて危険な状態にあると思われる・・・あんたは足手纏いになる。早くここを離れるべきだ!」
だが、ダレスはクロットの申し出を即答で断った。
魔族の復活の事実は現在、情報制限がとられている。ランゼル王国が東方の隣国であるトラーダ帝国と揉めているからだ。この事実がこの隣国に漏れれば、絶好の機会として攻め込んでくるのは必定である。
そのためにユラント教団が秘密裏に神の啓示を頼ってダレスに参戦を願い出ているのだから、部外者を連れていくわけにはいかないし、詳しい事情を漏らすことも出来ない。
「そんな! ハミルには私の妻もいるんですよ!」
事態を知らない強みか、もしくは妻思いの男なのだろうクロットは簡単には諦めなかった。
「ダメだ!」
思っていなかったクロットの強情さにダレスは声を強めて否定する。
「・・・司祭様! お願いします。私は妻や街の知り合い達の安否が心配なのです!」
「それは・・・」
ダレスでは取り付く島もないと判断したのだろう。クロットは訴える先を、神官であるアルディアに変更する。そして懇願された彼女は困ったように言葉を濁らせると、はっきりとした回答を避けた。
アルディアもダレスの言い分が正論とわかっていたに違いないが、ユラント神は正義を体現する神である。家族や隣人を愛することは奨励されており、その身を神に捧げる者としてはクロットの訴えを否定することは出来ないのだ。
「・・・付いて来るのは勝手だが、已む得ない場合にはあんたを見捨てることもある。それを受け入れられるなら好きにしろ!」
埒があかないと判断したダレスはクロットに釘を刺すと、渋々ながら同行を認める。押し問答で割く時間が惜しいし、無視して出発しても勝手に付いて来ると思われたからだ。警告した以上、後は彼の自己責任である。
「あ、ありがとうございます!」
ダレスの許可を得たクロットは喜びの声を上げる。
こうしてダレス達のハミルへの旅は予定外の人物を加えて再開したのだった。
「いや、礼におよばない。ところで、あんたはどうして追われていたんだ?」
予期せぬ山賊との遭遇戦を終えたダレスは、それまで戦いを遠巻きに見つめていた小柄の男へ問い掛ける。
ダレス達としては直ぐにハミルへ向かいたいところだが、このまま無視するわけにはいかず、またこの男がハミルから逃げ出して来た街の住人の可能性もある。情報収集も兼ねて事情を聴き出すことにしたのだ。
「わ、私はハミルで商売を営んでいる行商人で、名前はクロットと言います・・・」
ダレスに問われた小柄な男クロットは自身の身の上を語りだした。
結論から言うと彼はハミルを拠点に近隣の農村を回っていた行商人らしい。
農村はその生活の多くを自給自足で賄っているが、薬などの村では手に入れられない貴重品は定期的にやって来る行商人に注文を出すのである。農村の人間からすれば慣れない街に出向く手間を省けるし、行商人は大手の商人が扱わない隙間を狙うという利点があった。
そんなクロットが商いを終えて二日前にハミルに戻ってくると、街は謎の光の壁に覆われて外部から隔離された状態になっていたとのことだった。
当初は訳がわからず途方くれたが、それでも、妻が街中で持つ彼は一日掛けてなんとか街に侵入しようと試みる。だが、どうやっても街の中には入る手立てを見つけられず、やむなくそ翌日に他の街や王都に助けを求めるため、街道を西に向かって移動を開始した。
しかし、その夜、正確には昨日の晩に先程の山賊に襲われてしまい、商売道具の馬車や残っていた家財道具などを丸ごとと取り上げられ、彼自身も命を助ける引き換えに奴隷としてこき使われていたのだと言う。
そして山賊達が街道を通る他の旅人を待ち伏せしていると知ったクロットは、ダレス達が煮焚きに使った焚火の煙を見て、山賊達への警告と自分の保護を求めて逃げて来たということだった。
「なるほど、それは気の毒なことだったな・・・そう言えば、結界はどれほど持つとされているんだ?」
クロットの事情と証言を聞き終えたダレスは、一言だけ慰めの言葉を贈ると彼の説明の中から最も気になった点をアルディアへ改めて問い掛ける。クロットには同情の余地があるが、ダレス達が優先すべきはハミルの状況なのだ。
クロットが目撃した街を覆う光の壁とは、魔族を封印していた何種類かの防御機構の最終手段の結界のことである。これについては旅の初期にアルディアから聞かされていたが、どれほどの期間効果を維持出来るのかは未知数だった。
「・・・なんとも言えません。ハミルの人達の神への信仰心に頼るのみです・・・」
ダレスの問いにアルディアはその整った顔を僅かに歪めて、言葉を絞り出すように返答する。
ハミルは元来、魔族を封じ込めるために造られた街だ。魔族が復活した際には、街そのものが結界となるように設計されていた。
魔族を倒して創設されたこの国では魔族の封印は国家規模の事業であり、その維持に関わったユラント教団としても神の意志に従う聖なる使命だった。
もっとも、魔族を封じ込めるとなると、相当に大掛かりで強力な結界や力が必要となるはずで、その代償は計り知れないと思われた。
ユラント神に限らず一部の上位の神々はかつて強大な力を持っていたが〝太古の大戦〟で肉体を失ってからは、人間が住む地上界、もしくは賢者達が基底現実世界と呼ぶこの世界に直接介入する手段を失っている。
彼らが地上世界に影響を齎すには自身への信仰に目覚めた信徒達か、恩恵を授けた〝眷属〟を通じて間接的に行なうしかない。
そして神の力は一部の例外を除くと、基本的に信仰者の数とその信仰心の強さによって、地上世界で行使出来る力の強弱となって顕現する。これは現象的な事実である。
故に本来は強大な力を持ちながらも、信者の数が伸び悩んでいることでその力を発揮出来ない神々等も存在する。神官達が自身の崇める神の信徒を増やそう布教を重要とし、敵対する神々の信者と敵対するのはこういった事情があった。
余談になるが、アルディアが悪党に容赦がないのも邪神への信仰に目覚めている、または目覚めそうな者を物理的に地上界から減らし、邪神の力を削ぐという観点からだと思われた。
今回、ハミルの街で魔族を封じ込めさせている結界の原動力はユラント神の力ではあるが、より正確には歴代のハミルの住人達や建国の英雄の子孫である王族達の信仰心を結界の維持に充てていたと思われる。地上世界では神の力は有限だ。街を覆う結界が消えるのは時間の問題と言えた。
「急ごう・・・」
アルディアの悲痛な想いを受けて、ダレスはやるべきことを口にする。
ハミルの街とその住人達はその身を持って魔族の完全復活を防いでおり、言わば人身御供の立場にあるのである。彼らを助けるために戦うのは〝男〟として命を賭ける価値があると思われた。
「ええ! ダレスさん!」
ダレスの言葉にアルディアも深く頷く。ユラント神への信仰心は共有していないものの、彼が神に選ばれた勇者であると改めて確信したのだ。
「さ、さあ! 早く出発しましょう!」
視線を絡めてお互いの意志を確認し合った二人の姿に、ミシャが焦ったように出発を促した。彼女もダレスの意を汲んだように思えるが、どこか慌てたように見える。
「あんた! 出来たら、山賊達を弔ってやってくれ。本来なら俺達が最低限のことをしてやるべきなんだが、一刻も争う事態なんでな! まあ、無理強いはしない、直ぐにここを離れたいならそれでも良い・・・」
ミシャに促されたダレスはわかっているとばかりに軽く頷くと、クロットに一声掛けて隠していた馬の準備を開始する。
「ま、待ってください! ハミルでは何が起きているのですか? 教えて下さい! そして、ハミルに向うのなら、街に入る手立てがあるのなら・・・私も連れて行って下さい!」
今のやりとりでクロットはダレス達がハミルを包む謎の結界について何か知っていると判断したのだろう。慌てて事情の説明と同行を懇願する。
「・・・申し訳ないが、それは無理だ。詳しい事は言えないが、ハミルは現在、極めて危険な状態にあると思われる・・・あんたは足手纏いになる。早くここを離れるべきだ!」
だが、ダレスはクロットの申し出を即答で断った。
魔族の復活の事実は現在、情報制限がとられている。ランゼル王国が東方の隣国であるトラーダ帝国と揉めているからだ。この事実がこの隣国に漏れれば、絶好の機会として攻め込んでくるのは必定である。
そのためにユラント教団が秘密裏に神の啓示を頼ってダレスに参戦を願い出ているのだから、部外者を連れていくわけにはいかないし、詳しい事情を漏らすことも出来ない。
「そんな! ハミルには私の妻もいるんですよ!」
事態を知らない強みか、もしくは妻思いの男なのだろうクロットは簡単には諦めなかった。
「ダメだ!」
思っていなかったクロットの強情さにダレスは声を強めて否定する。
「・・・司祭様! お願いします。私は妻や街の知り合い達の安否が心配なのです!」
「それは・・・」
ダレスでは取り付く島もないと判断したのだろう。クロットは訴える先を、神官であるアルディアに変更する。そして懇願された彼女は困ったように言葉を濁らせると、はっきりとした回答を避けた。
アルディアもダレスの言い分が正論とわかっていたに違いないが、ユラント神は正義を体現する神である。家族や隣人を愛することは奨励されており、その身を神に捧げる者としてはクロットの訴えを否定することは出来ないのだ。
「・・・付いて来るのは勝手だが、已む得ない場合にはあんたを見捨てることもある。それを受け入れられるなら好きにしろ!」
埒があかないと判断したダレスはクロットに釘を刺すと、渋々ながら同行を認める。押し問答で割く時間が惜しいし、無視して出発しても勝手に付いて来ると思われたからだ。警告した以上、後は彼の自己責任である。
「あ、ありがとうございます!」
ダレスの許可を得たクロットは喜びの声を上げる。
こうしてダレス達のハミルへの旅は予定外の人物を加えて再開したのだった。
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