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第六話 エレンディアという世界

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「来た・・・」
 街道の真ん中に立つアリサの声とともに、夕闇の中から五体の小人が姿を現した。潰れたような低い鼻と大きく裂けた口、さらに緑色の肌は間違いなく昼間に俺を追い掛けて来たゴブリン族の特徴だ。
 待ち構えている間に聞いたアリサの話によれば、このゴブリン族は混沌が創り出した尖兵とも言うべきモンスターらしい。エレンディアには転生者以外にも現地で生まれた人間や種族、あるいはモンスターがそれぞれの陣営に加わり覇権と生き残りを賭けた戦いに参戦しているのだ。
「光の精霊よ、その姿をここに!〝ウィル・オー・ウィスプ〟」
 アリサがその単語を発すると彼女の頭上に謎の光源が出現し、やや赤みを帯びた光で周囲を照らし出す。その広さは半径10mほどだろうか、範囲のわりに柔らかい光だ。
 ゴブリン達は突然現れた光源に驚いて一瞬だけ身を引くが、直ぐに接近を再開する。アリサから少し離れた所で観察する俺の目にはゴブリン達が魔法の光には驚いたものの、こちらが二人であることを知ってなめているように感じられた。
 まずは光源を確保し夜目の効くゴブリンの優位を潰したアリサだが、にじり寄る敵に対して不動を続ける。そうしている内にゴブリン達はいよいよ光源の内側に踏み込もうとする地点まで迫っていた。
 奴等の醜い顔には、暴力への渇望と獲物を襲う期待感への気味の悪い笑みが浮かんでいる。それを見た俺は逃げ出したい欲求を抑えながら、アリサの動きを待つ。そんなことをすれば彼女を裏切ることになる。信頼を示すには見守るしかなかった。
「風の精霊よ、その力で我が敵を抱け!〝ブレードストーム〟」
 俺の願いが届いたのか、いや、おそらくは敵が射程距離に入るのを待っていたのだろう。アリサは再び力ある言葉を紡ぎ出しながら、杖をゴブリン達へと向ける。その途端、強い風が吹いたかと思うと一気に収束し五本の小さな竜巻となってゴブリン達の身体を包みこむ。
 ガマガエルの鳴き声のような耳障りな悲鳴が俺の鼓膜を刺激するが、それは一瞬で消え去った。

「これがエレンディアという世界。どう、わかったかな?」
 身体中をズタズタに切り裂かれたゴブリンの死骸を見下ろしながらアリサは俺に告げる。その顔には戦いに勝った高揚感でもなく、命ある者を殺めた罪悪感でもなく、現実をただ見つめる冷静な瞳があった。
「・・・だいたい、わかった」
「まあ、エレンディアに転生したからと言って、必ずしも冒険者として街の外に出て戦う必要はないんだけどね。直接の戦いには参加せず、街や集落で働く生き方もあるよ。だから、性に合わないならずっと街中で暮らしても良いかもね」
「そうなのか・・・」
「うん。どういう生き方を選ぶのはマサキ次第。天秤は神格から与えられる義務も少ないし、断っても特に罰則がないからね。まあ、それが中立ってことなんだろう。とりあえず、ゴブリンの退治も終えて、私がそれなりの魔法の使い手であることをわかってくれたと思うから、夜が更ける前に先に進もう。もうちょっとで集落に着くからさ」
 俺が頷くと、アリサは一仕事終えたとばかりに再び歩きはじめる。
「えっと、ゴブリンの死骸はこのままでいいのか?」
「大丈夫、その先の集落で報告するから。多分明日にはそこの住人達が処理してくれるはず、むしろ感謝されて幾らかの謝礼を貰えるくらいだよ!」
「なるほど、ゴブリンは害獣扱いなんだな!」
 疑問が解消された俺はアリサに遅れまいとその後に続く。エレンディアが物騒な世界であることは確かだが、生きて行くには慣れるしかないだろう。それに頑張り次第では俺にもアリサのような力を手に入れる事が可能なのだ。俺の心はこれからの不安と期待が入り混じった奇妙な気持ちに満たされていた。

 目的地である集落に到着したのは完全に日が没した頃だったが、アリサがゴブリンとの戦いで発現させた光源はそのまま彼女の頭上に固定されたように着いてきたので、夜道に苦労することはなかった。
 俺にとってエレンディアでの最初の人里であるその集落は、周囲を高さ3mほどの木の壁で周囲を取り囲まれており、ちょっとした砦のようだった。これなら、狼や熊のような動物、それにゴブリン程度のモンスターの襲撃なら楽に退けられるだろう。人間達が暮らすための安全地帯というわけだ。
 そのため、本来は日没と同時に出入口である門が閉ざされるらしいのだが、アリサは門衛と顔見知りらしく今回は特別に集落の中に入ることが許されていた。先程のゴブリンの件もこの門衛に一旦報告し、さっきの懸念は直ぐに解消される。
「アリサは顔がずいぶん顔が広いんだな?」
「まあ、それなりに。この集落はテリルと言う村なんだけど、天秤の都市国家であるトレムの支配下にあってね。集落で解決できない問題が起ると、トレムに助けを求めて冒険者ギルドから私のような冒険者が派遣されるんだ。私がマサキを拾いに行ったのも、元々はこの集落に依頼された仕事で滞在していたってわけね」
「ああ、なるほど。そういうことだったんだ」
 アリサの案内で村の旅籠屋に向いながらも俺は雑談を続ける。彼女の言う冒険者ギルドというのは、主に転生者で構成された一種の義勇軍のような組織らしい。これに参加、登録することで同じ天秤に所属する仲間としての便宜を受けられるとともに仕事を依頼されるのだ。
 秩序や混沌の街にも似たような組織があり、この冒険者達がエレンディアで繰り広げられている覇権争いに助っ人として参戦しているとのことだった。
「俺としては偶然に助けられたわけだけど、その本来の依頼は大丈夫なのか?」
「ああ、心配はいらないよ。村近くにある木の精霊が臍を曲げてね、それを宥める仕事だったんだけど、もう片付けてある。滞在費は村持ちだから、一日ゆっくり休んでからトレムに帰ろうとしていたところだったんだ。ふふふ、私がせっかちでなくて良かったね。おっと、冗談はさておき、旅籠屋に着いたね。夕飯と部屋の手配は私がしてあげるから、任せてくれ。とりあえず、麦酒で一杯やろう!」
 壁を白い漆喰で塗り固められ、集落の中では一際大きく小奇麗な建物の前に辿り着くと、アリサは俺に誘いを掛ける。可愛らしい笑顔を浮かべているものの、その内容と口調は仕事を終えたサラリーマンのようだ。
「麦酒って、お酒のことか?」
「もちろん酒だよ。なんだ、マサキは酒が嫌いなのか?」
「嫌いと言うか、あんまり飲んだことがないな」
 日本では特にやんちゃとは言えなかった俺である。酒もたばこも好奇心から隠れて何回か試したことがある程度だ。もっとも、タバコに関してはその煙の臭(くさ)さから一回でギブアップしていた。
「エレンディアでは麦酒は一般的な飲み物だよ、今の内に慣れた方が良いんじゃないかな。街だと水より高いところもあるからね」
「なるほど、じゃあ、挑戦してみよう!」
 アリサの誘いを受けて俺は試してみることにする。エレンディアで日本の法律を守る意味はないし、彼女の話しぶりからすると麦酒を飲めないようでは、この世界ではやっていけないみたいだ。
「ふふふ、そうこなくちゃね!」
 アリサはこれまでで最高の笑みを浮かべると旅籠屋へ俺を誘(いざな)った。
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