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1章

1-6-1(佐々木里奈)

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  離宮の娯楽室。

 佐々木里奈はテーブルに頬杖をつきながら、目の前のやり取りをぼんやり眺めている。

 向こうのテーブルには3人の姿。

 まずは20代半ばの若い男。

 王国騎士団異界部隊隊長、ソルト。

 異世界人である里奈たちの後見人みたいなポジションの人。

 そのソルトを神崎詩織と市村亜美が左右から挟んでいる。

 今はソルトが開く王国の教養の勉強会が終わった直後。

 詩織と亜美はさっそく質問に行き、熱心に話し込んでいる。

 今日の内容はこの世界の人類の天敵、ドレッグ。

 ソルトは映像つきで解説してくれたし、地球にはいない生命体で物珍しくはあったが、里奈はイマイチ内容が頭に入ってこなかった。

 そんな3人から少し離れて、幼馴染みの石川圭太がいる。

 話す3人を見ながら、そわそわと行ったり来たりしている。

 圭太も質問があるのかな?

「はあ……」

 里奈はため息をつき、彼らから視線を切る。

 窓の外を見上げると、元の世界と変わらない青空が見えた。

「あたしって何なんだろう……」

 本当に似合わない。こんな哲学じみたコーショーな問いかけをする系の女子じゃないのだ、あたしは。

 でも、ここ数日、ぐるぐるとそればかり考えている。

 転機はあった。

 里奈が異世界に召喚されたこと。

 そして、もう日本に戻ることができないと知らされたこと。

 一昨日、圭太に内緒で女子限定パジャマパーティーが開かれた。

 ベッドで枕を抱えながら向き合う。

 詩織と亜美が言う。元の世界に帰れないのは悲しい。両親、親戚、友人、と会えないのは悲しい。里奈も悲しいと答えた。それでも前向きにここでがんばっていこう、お互いに協力していこう。

 3人で手を取り合った。

 ……ウソをついた。

 両親、親戚、友人と会えなくてもちっとも悲しくなかった。

 詩織と亜美を見ていると、自分がいかに他人とのつながりが希薄な人間だったかを思い知らされる。

 こうなった原因は圭太の幼馴染みだったからだろう。

 幼い頃、里奈は両親に言いつけられた。

 隣の家の圭太のお世話をしなさい。文句を言えば、お世話しなさいと叱られる。それが繰り返されると、いつしか当然だと思うようになった。

 圭太のお世話をする。友人と遊びを断って。

 圭太のお世話をする。流行のドラマやネット動画を見ずに。

 圭太のお世話をする。家族旅行や親戚の集まりに行かずに。

 そして、今、里奈は圭太のお世話をしなくなった。

 離宮のメイドが全部やってくれるからだ。

 すると、里奈にはもう何も残ってなかった。

 自室に戻り、膝を抱えて考え込む。

「あたしって圭太のお世話しかしてこなかったから、それがなくなると、こんなにもつまらない人間になるのね……」

 空っぽな自分は寂しいし、寒いし、怖い。

 ならば、また埋めてあげればいいのだ。

「圭太、まだ起きてるかな……」

 里奈は己の空虚を満たしてくれる存在を求め、ふらふらと部屋を出た。

 そして――、

「や、なんで本職のメイドがいるのに里奈に世話してもらわなくちゃいけないんだ? ふつーにメイドにしてもらうだろ」

 あたしは自分の時間を捧げて圭太のお世話をしたんだよ?

 圭太のお世話をしないと自分を保てないくらいに……。

 でも、圭太にとっては簡単に替えが効くことでしかなかったんだ……。

 里奈は廊下の途中で立ち止まる。

 窓ガラスに映る自分の姿を見る。

「あはは……あたしって何なんだろうね……」

 頬に一筋の涙が流れた。
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