転生、その後。

LABBIT

文字の大きさ
上 下
4 / 4

交渉の末

しおりを挟む
 交渉を始めると、イルエが先に質問した。


「それで、お主は何を望むのだ?」

「俺が望むのは、必要最低限の金と衣服、そして住居だ」

「ほう。つまり、お主は『生きる為に必要な物が欲しい』ということじゃな?」

「そういう事だ。あと、遠くに仲間がいるから、そいつ等の分もだ」


 ハルは、一方的に自身の望む物を言うだけである。

 交渉が始まっても、ハルは強気の姿勢を崩すことはなかった。


「交渉に出す物はなんじゃ?」

「硬貨だ」


 ハルは、親指で硬貨を弾いた。それをさっきまで激昂していた強面の男が掴む。


「はっ。なんだ。ただの硬貨じゃないか」


 イルエは鼻で笑った従者の横から硬貨を覗き込んだ。


「表にも裏にも、細かく文字や建物が彫られているが、それを除いたらただの硬貨にしか見えぬな。すまんが、ちと【鑑定】させてもらってもよろしいだろうか」

「?...ああ。いいぞ」


 ハルは少し不思議そうにしながらも承諾した。


「ありがたい」


 そう一言だけ言うと、従者から硬貨を受け取ったイルエは硬貨を見つめた。


「なんじゃ?この鑑定結果は」

「どうしたのですか?イルエ様」


 大人しそうな男がイルエに問いかけた。


「鑑定の結果がおかしいのじゃ。見たこともない文字で説明されておる」

「本当ですね...自分はこのような結果を見るのは初めてです」

「儂もじゃ。例え発祥の地がこの世界のどのような場所であろうとも、同じ言語で表記される筈なのじゃが...」

「ということは...」


 二人がハルをじっと見つめた。


「この世界の硬貨ものではない?」


 ハルに疑いの目が向けられた。







「あー。ハル、まだ交渉してやがるのか?もう先に行っちまうか」

「なに言ってるのよ。ハルが、待ってろって言ってたじゃない」

「冗談だよ。冗談」


 暑さにやられたのか、ショウは思考がまとまらずにいた。


「というか、本当にあいつはハルなのか?」

「え?」


 カノが、少し驚いたような、困ったような目でショウを見た。


「別に疑ってるとかそういうんじゃねえんだけどよ。あいつ、どう考えてもあんな性格じゃなかっただろう。昔はもっと明るくて元気な奴だったのによ。雰囲気が変わっちまった」


 ショウは昔の、3人で遊んだときの様子を思い出して、哀愁を漂わせながら薄らと笑っていた。


「そうなの?私には昔と同じように見えるけど」

「昔と同じ、ねえ」

「ハルにも、なにか事情があるんでしょ。例えば、私たちが死んだことについて、だとか」

「そういえば死んだんだったな。俺たち。俺には死ぬときの記憶は残ってないけどな。」

「ハルなら、死んだ理由を知ってるかもね」

「そうかもしれないな。後で聞いてみるか。...おい!あれ、さっきの馬車じゃねえか?」

 ショウがそう言うと、カノも一本道である先程の道を見た。すると確かに、前に見たときと同じ馬車の姿がはっきりと見えた。
 馬車が近づくと、ハルの姿も見えた。馬車の荷台にあたる部分に座り、横に座る貧乏そうな灰色のシャツを着た年寄りと話をしている。何やら、時折ショウとカノを指差すような仕草もして、紹介しているようであった。

 そして、馬車が二人の目の前まで来ると。


「「お乗りくださいませ。」」


と、馬車を操縦する従者たちが、丁重に乗車を促した。






「.........」


 いつもなら騒いでいるショウが一言も喋らない。何やら気まずそうな顔をしている。それはカノも同じだった。何やら心配しているような表情を露わにして、眉間に皺を寄せている。

 だが、他の二人は違った。


「へえ、専門的な研究の機関があるのか」

「そうじゃ。地下に研究室を設け、研究を中心的に行なって商いをしておる。商人界では、そのせいで異端児扱いされているがな。もう慣れたもんじゃ」

「研究をするだけで異端なのか。商人ってのは、考えが狭いんだな」

「考えは別に狭くはない。ただ研究を商いにする者が珍しいんじゃ。商人たる者、視野を広く持っていなければならない。それは商人の基礎だ」

「そういうものなのか」

「そういうものなんじゃ」


 まるで叔父と孫のような親近感があった。初対面でここまで親しくなれるのも、イルエの話術や会話能力があってこそである。

 ショウとカノはこの会話に入れず、二人で小声で話していた。


「なんでこんなに仲良くなってんの?」

「...知らないわよ。私に聞かないでよ!」

「でも、この話についていけないんだよ!」

「じゃあちょっと黙ってなさいよ!あんた声でかいのよ!」

「お前の方がでけえよ!パジャマ女!」

「なんですって!?」


 カノの少し幼くもあるヒステリックな声が馬車の中で響いた。

 すると、さっきまで会話をしていたハルとイルエも固まる。全員が動きを停止させた。


「わはは、愉快な仲間たちだな」

「うるさい奴らだ」


 カノは顔を真っ赤にし項垂れ、ショウは笑いを堪えられずに、大笑いしている。それを微笑ましそうに見ていたイルエだったが、なにか気になったのか首を傾げた。


「お主等の服装はどこで製造されたものなのじゃ?」


 ショウは私服、ハルは制服、カノはパジャマ姿とバラバラな格好である。


「俺たちが生まれた世界で作られたものだ」

「そうか。特殊な構造をしておるんじゃな。だが、この世界じゃ恐らく、その格好は目立つ。儂の邸宅にある服から選んでもらって構わない。着替えるのが得策じゃ」

「なにからなにまでやってくれるんだな」

「それがお主との約束じゃからな」

「えっ、何を約束したんだ?」


 驚愕の事実に目を見開いて、ショウがハルに話しかけた。


「取引をしたんだ。この世界で生きていくために必要な物をよこせってな」

「この世界って...やっぱりこの世界は違う世界だったのか。でも、俺らが違う世界から来たってこと、この爺さんに話したんだろ?大丈夫なのか?」

「少しは話したが、詳しい情報は与えていない。あまり詮索をしないことも条件に付けている。なにより、この爺は研究のことしか頭にないからな」

「そうなのか」


 ショウは聞きたいことを聞き終わり、満足げに頷いた。カノは先程まで項垂れていたが、ショウとハルの会話を聞き、少し安堵したような表情を浮かべた。


「着きました。イルエ様」

「お、もう着いたのか。会話が弾んだお陰で退屈せんで済んだわい」


 イルエが立ち上がり、外と荷台の中を隔てる布を勢いよく上げた。その瞬間、まばゆい閃光が荷台の中へと刺し込んで来た。日光の陽を浴びて視界を奪われていたが、目を開けると。

 下から見るだけではどれほどまで高いのか計り知れない、おごそかな雰囲気を漂わせる、威厳に満ち溢れた巨大な門がそこにあった。


「うおお!かっけえな!この門!」

「この門は、この都市を代表する門でもあるんじゃ。この都市は最近、発展が進んでいることで有名なんじゃよ。王都の次に人気のある都市になるかもしれないと、注目されている都市の一つでもある」


 ショウは興奮と感動の入り交じった、混濁のない笑みを浮かべていた。やはり少年として疼くものがあるのだろう。それはカノも同じだった。今までずっと曇った顔をしていたが門を見ると、驚愕して感動したような表情を浮かべた。ハルは用心深く、門の両柱に立っている門番の兵士たちを見ている。





 その後、門番からの馬車のチェックがあった。異物や危険物などの持ち込みがないか、チェックをしているのだ。イルエや、その従者たちは入国するのには必須なので、慣れているように見えた。

 検査の途中で荷台にいるハルたち3人を見た兵士は鼻で笑った。


「イルエ殿、何故なにゆえ、このような輩共を連れて来られたのですか?こんな黒目黒髪の子供など、嗜好の偏った貴族なら喜んで買うでしょうが...」


 自分たちを馬鹿にする兵士を見て、ショウは苛立ちを隠せない様子だった。こめかみに青筋を浮かべて、「あぁん?」と言いながら睨みつけた。


「この子らは儂の孫じゃ」

「「「!?」」」


 当然のように虚言を吐いたイルエに驚愕したハルたちであったが、それよりも驚いていたのは門番の兵士だった。恐らく長年、イルエと知り合っているであろう兵士は、黒髪黒目の孫がイルエ家の血を受け継いでいるのか、と動揺が隠せなかった。


「...!?これは失礼致しました。イルエ殿の孫とは露知つゆしらず...危険物などは見当たらなかったので、入国を許可します」

「うむ。ではまたな」


 イルエは馬車に乗り込んだ。


「この門の向こうに都市がある。その都市の中の邸宅、そこが儂の活動場所じゃ。まず、そこまで行くぞい」

 イルエがそう言い終わると、門が上へと上がっていった。ゴゴゴゴゴ...という轟音を鳴らしながら、下の隙間から街からの光を漏らしている。そして、完全に門が開くと、内側からの光が全て漏れていった。

 そして門を潜ると、活気溢れる商店街が目に映った。


「ようこそ!都市、カーロへ!」


都市カーロへと、ハルたちは第一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

秘密の血判状

アラビアータ
ファンタジー
 此処は架空の帝国。十数年前、この帝国は東の島国ジパングを属国に組み入れた。しかし猛卒に手を焼いた帝国は名目上、属国として彼らを下したが、実情は帝国内にある半独立国家としてジパングを認めるより他に無かった。ジパング側としても帝国に抵抗するよりは配下という名目で干渉を退ける方が都合が良かったのである。それ以来、ジパングは鎖国状態を続け、帝国が十年前に潜入させた隠密ヨーデルは行方知れずのままである。そのヨーデルの仲間達の中に、密かにジパング潜入を試みる者達がいた。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~

黒色の猫
ファンタジー
 両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。 冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。 最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。 それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった… そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...