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交渉の末
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交渉を始めると、イルエが先に質問した。
「それで、お主は何を望むのだ?」
「俺が望むのは、必要最低限の金と衣服、そして住居だ」
「ほう。つまり、お主は『生きる為に必要な物が欲しい』ということじゃな?」
「そういう事だ。あと、遠くに仲間がいるから、そいつ等の分もだ」
ハルは、一方的に自身の望む物を言うだけである。
交渉が始まっても、ハルは強気の姿勢を崩すことはなかった。
「交渉に出す物はなんじゃ?」
「硬貨だ」
ハルは、親指で硬貨を弾いた。それをさっきまで激昂していた強面の男が掴む。
「はっ。なんだ。ただの硬貨じゃないか」
イルエは鼻で笑った従者の横から硬貨を覗き込んだ。
「表にも裏にも、細かく文字や建物が彫られているが、それを除いたらただの硬貨にしか見えぬな。すまんが、ちと【鑑定】させてもらってもよろしいだろうか」
「?...ああ。いいぞ」
ハルは少し不思議そうにしながらも承諾した。
「ありがたい」
そう一言だけ言うと、従者から硬貨を受け取ったイルエは硬貨を見つめた。
「なんじゃ?この鑑定結果は」
「どうしたのですか?イルエ様」
大人しそうな男がイルエに問いかけた。
「鑑定の結果がおかしいのじゃ。見たこともない文字で説明されておる」
「本当ですね...自分はこのような結果を見るのは初めてです」
「儂もじゃ。例え発祥の地がこの世界のどのような場所であろうとも、同じ言語で表記される筈なのじゃが...」
「ということは...」
二人がハルをじっと見つめた。
「この世界の硬貨ではない?」
ハルに疑いの目が向けられた。
「あー。ハル、まだ交渉してやがるのか?もう先に行っちまうか」
「なに言ってるのよ。ハルが、待ってろって言ってたじゃない」
「冗談だよ。冗談」
暑さにやられたのか、ショウは思考がまとまらずにいた。
「というか、本当にあいつはハルなのか?」
「え?」
カノが、少し驚いたような、困ったような目でショウを見た。
「別に疑ってるとかそういうんじゃねえんだけどよ。あいつ、どう考えてもあんな性格じゃなかっただろう。昔はもっと明るくて元気な奴だったのによ。雰囲気が変わっちまった」
ショウは昔の、3人で遊んだときの様子を思い出して、哀愁を漂わせながら薄らと笑っていた。
「そうなの?私には昔と同じように見えるけど」
「昔と同じ、ねえ」
「ハルにも、なにか事情があるんでしょ。例えば、私たちが死んだことについて、だとか」
「そういえば死んだんだったな。俺たち。俺には死ぬときの記憶は残ってないけどな。」
「ハルなら、死んだ理由を知ってるかもね」
「そうかもしれないな。後で聞いてみるか。...おい!あれ、さっきの馬車じゃねえか?」
ショウがそう言うと、カノも一本道である先程の道を見た。すると確かに、前に見たときと同じ馬車の姿がはっきりと見えた。
馬車が近づくと、ハルの姿も見えた。馬車の荷台にあたる部分に座り、横に座る貧乏そうな灰色のシャツを着た年寄りと話をしている。何やら、時折ショウとカノを指差すような仕草もして、紹介しているようであった。
そして、馬車が二人の目の前まで来ると。
「「お乗りくださいませ。」」
と、馬車を操縦する従者たちが、丁重に乗車を促した。
「.........」
いつもなら騒いでいるショウが一言も喋らない。何やら気まずそうな顔をしている。それはカノも同じだった。何やら心配しているような表情を露わにして、眉間に皺を寄せている。
だが、他の二人は違った。
「へえ、専門的な研究の機関があるのか」
「そうじゃ。地下に研究室を設け、研究を中心的に行なって商いをしておる。商人界では、そのせいで異端児扱いされているがな。もう慣れたもんじゃ」
「研究をするだけで異端なのか。商人ってのは、考えが狭いんだな」
「考えは別に狭くはない。ただ研究を商いにする者が珍しいんじゃ。商人たる者、視野を広く持っていなければならない。それは商人の基礎だ」
「そういうものなのか」
「そういうものなんじゃ」
まるで叔父と孫のような親近感があった。初対面でここまで親しくなれるのも、イルエの話術や会話能力があってこそである。
ショウとカノはこの会話に入れず、二人で小声で話していた。
「なんでこんなに仲良くなってんの?」
「...知らないわよ。私に聞かないでよ!」
「でも、この話についていけないんだよ!」
「じゃあちょっと黙ってなさいよ!あんた声でかいのよ!」
「お前の方がでけえよ!パジャマ女!」
「なんですって!?」
カノの少し幼くもあるヒステリックな声が馬車の中で響いた。
すると、さっきまで会話をしていたハルとイルエも固まる。全員が動きを停止させた。
「わはは、愉快な仲間たちだな」
「うるさい奴らだ」
カノは顔を真っ赤にし項垂れ、ショウは笑いを堪えられずに、大笑いしている。それを微笑ましそうに見ていたイルエだったが、なにか気になったのか首を傾げた。
「お主等の服装はどこで製造されたものなのじゃ?」
ショウは私服、ハルは制服、カノはパジャマ姿とバラバラな格好である。
「俺たちが生まれた世界で作られたものだ」
「そうか。特殊な構造をしておるんじゃな。だが、この世界じゃ恐らく、その格好は目立つ。儂の邸宅にある服から選んでもらって構わない。着替えるのが得策じゃ」
「なにからなにまでやってくれるんだな」
「それがお主との約束じゃからな」
「えっ、何を約束したんだ?」
驚愕の事実に目を見開いて、ショウがハルに話しかけた。
「取引をしたんだ。この世界で生きていくために必要な物をよこせってな」
「この世界って...やっぱりこの世界は違う世界だったのか。でも、俺らが違う世界から来たってこと、この爺さんに話したんだろ?大丈夫なのか?」
「少しは話したが、詳しい情報は与えていない。あまり詮索をしないことも条件に付けている。なにより、この爺は研究のことしか頭にないからな」
「そうなのか」
ショウは聞きたいことを聞き終わり、満足げに頷いた。カノは先程まで項垂れていたが、ショウとハルの会話を聞き、少し安堵したような表情を浮かべた。
「着きました。イルエ様」
「お、もう着いたのか。会話が弾んだお陰で退屈せんで済んだわい」
イルエが立ち上がり、外と荷台の中を隔てる布を勢いよく上げた。その瞬間、眩い閃光が荷台の中へと刺し込んで来た。日光の陽を浴びて視界を奪われていたが、目を開けると。
下から見るだけではどれほどまで高いのか計り知れない、厳かな雰囲気を漂わせる、威厳に満ち溢れた巨大な門がそこにあった。
「うおお!かっけえな!この門!」
「この門は、この都市を代表する門でもあるんじゃ。この都市は最近、発展が進んでいることで有名なんじゃよ。王都の次に人気のある都市になるかもしれないと、注目されている都市の一つでもある」
ショウは興奮と感動の入り交じった、混濁のない笑みを浮かべていた。やはり少年として疼くものがあるのだろう。それはカノも同じだった。今までずっと曇った顔をしていたが門を見ると、驚愕して感動したような表情を浮かべた。ハルは用心深く、門の両柱に立っている門番の兵士たちを見ている。
その後、門番からの馬車のチェックがあった。異物や危険物などの持ち込みがないか、チェックをしているのだ。イルエや、その従者たちは入国するのには必須なので、慣れているように見えた。
検査の途中で荷台にいるハルたち3人を見た兵士は鼻で笑った。
「イルエ殿、何故、このような輩共を連れて来られたのですか?こんな黒目黒髪の子供など、嗜好の偏った貴族なら喜んで買うでしょうが...」
自分たちを馬鹿にする兵士を見て、ショウは苛立ちを隠せない様子だった。こめかみに青筋を浮かべて、「あぁん?」と言いながら睨みつけた。
「この子らは儂の孫じゃ」
「「「!?」」」
当然のように虚言を吐いたイルエに驚愕したハルたちであったが、それよりも驚いていたのは門番の兵士だった。恐らく長年、イルエと知り合っているであろう兵士は、黒髪黒目の孫がイルエ家の血を受け継いでいるのか、と動揺が隠せなかった。
「...!?これは失礼致しました。イルエ殿の孫とは露知らず...危険物などは見当たらなかったので、入国を許可します」
「うむ。ではまたな」
イルエは馬車に乗り込んだ。
「この門の向こうに都市がある。その都市の中の邸宅、そこが儂の活動場所じゃ。まず、そこまで行くぞい」
イルエがそう言い終わると、門が上へと上がっていった。ゴゴゴゴゴ...という轟音を鳴らしながら、下の隙間から街からの光を漏らしている。そして、完全に門が開くと、内側からの光が全て漏れていった。
そして門を潜ると、活気溢れる商店街が目に映った。
「ようこそ!都市、カーロへ!」
都市カーロへと、ハルたちは第一歩を踏み出した。
「それで、お主は何を望むのだ?」
「俺が望むのは、必要最低限の金と衣服、そして住居だ」
「ほう。つまり、お主は『生きる為に必要な物が欲しい』ということじゃな?」
「そういう事だ。あと、遠くに仲間がいるから、そいつ等の分もだ」
ハルは、一方的に自身の望む物を言うだけである。
交渉が始まっても、ハルは強気の姿勢を崩すことはなかった。
「交渉に出す物はなんじゃ?」
「硬貨だ」
ハルは、親指で硬貨を弾いた。それをさっきまで激昂していた強面の男が掴む。
「はっ。なんだ。ただの硬貨じゃないか」
イルエは鼻で笑った従者の横から硬貨を覗き込んだ。
「表にも裏にも、細かく文字や建物が彫られているが、それを除いたらただの硬貨にしか見えぬな。すまんが、ちと【鑑定】させてもらってもよろしいだろうか」
「?...ああ。いいぞ」
ハルは少し不思議そうにしながらも承諾した。
「ありがたい」
そう一言だけ言うと、従者から硬貨を受け取ったイルエは硬貨を見つめた。
「なんじゃ?この鑑定結果は」
「どうしたのですか?イルエ様」
大人しそうな男がイルエに問いかけた。
「鑑定の結果がおかしいのじゃ。見たこともない文字で説明されておる」
「本当ですね...自分はこのような結果を見るのは初めてです」
「儂もじゃ。例え発祥の地がこの世界のどのような場所であろうとも、同じ言語で表記される筈なのじゃが...」
「ということは...」
二人がハルをじっと見つめた。
「この世界の硬貨ではない?」
ハルに疑いの目が向けられた。
「あー。ハル、まだ交渉してやがるのか?もう先に行っちまうか」
「なに言ってるのよ。ハルが、待ってろって言ってたじゃない」
「冗談だよ。冗談」
暑さにやられたのか、ショウは思考がまとまらずにいた。
「というか、本当にあいつはハルなのか?」
「え?」
カノが、少し驚いたような、困ったような目でショウを見た。
「別に疑ってるとかそういうんじゃねえんだけどよ。あいつ、どう考えてもあんな性格じゃなかっただろう。昔はもっと明るくて元気な奴だったのによ。雰囲気が変わっちまった」
ショウは昔の、3人で遊んだときの様子を思い出して、哀愁を漂わせながら薄らと笑っていた。
「そうなの?私には昔と同じように見えるけど」
「昔と同じ、ねえ」
「ハルにも、なにか事情があるんでしょ。例えば、私たちが死んだことについて、だとか」
「そういえば死んだんだったな。俺たち。俺には死ぬときの記憶は残ってないけどな。」
「ハルなら、死んだ理由を知ってるかもね」
「そうかもしれないな。後で聞いてみるか。...おい!あれ、さっきの馬車じゃねえか?」
ショウがそう言うと、カノも一本道である先程の道を見た。すると確かに、前に見たときと同じ馬車の姿がはっきりと見えた。
馬車が近づくと、ハルの姿も見えた。馬車の荷台にあたる部分に座り、横に座る貧乏そうな灰色のシャツを着た年寄りと話をしている。何やら、時折ショウとカノを指差すような仕草もして、紹介しているようであった。
そして、馬車が二人の目の前まで来ると。
「「お乗りくださいませ。」」
と、馬車を操縦する従者たちが、丁重に乗車を促した。
「.........」
いつもなら騒いでいるショウが一言も喋らない。何やら気まずそうな顔をしている。それはカノも同じだった。何やら心配しているような表情を露わにして、眉間に皺を寄せている。
だが、他の二人は違った。
「へえ、専門的な研究の機関があるのか」
「そうじゃ。地下に研究室を設け、研究を中心的に行なって商いをしておる。商人界では、そのせいで異端児扱いされているがな。もう慣れたもんじゃ」
「研究をするだけで異端なのか。商人ってのは、考えが狭いんだな」
「考えは別に狭くはない。ただ研究を商いにする者が珍しいんじゃ。商人たる者、視野を広く持っていなければならない。それは商人の基礎だ」
「そういうものなのか」
「そういうものなんじゃ」
まるで叔父と孫のような親近感があった。初対面でここまで親しくなれるのも、イルエの話術や会話能力があってこそである。
ショウとカノはこの会話に入れず、二人で小声で話していた。
「なんでこんなに仲良くなってんの?」
「...知らないわよ。私に聞かないでよ!」
「でも、この話についていけないんだよ!」
「じゃあちょっと黙ってなさいよ!あんた声でかいのよ!」
「お前の方がでけえよ!パジャマ女!」
「なんですって!?」
カノの少し幼くもあるヒステリックな声が馬車の中で響いた。
すると、さっきまで会話をしていたハルとイルエも固まる。全員が動きを停止させた。
「わはは、愉快な仲間たちだな」
「うるさい奴らだ」
カノは顔を真っ赤にし項垂れ、ショウは笑いを堪えられずに、大笑いしている。それを微笑ましそうに見ていたイルエだったが、なにか気になったのか首を傾げた。
「お主等の服装はどこで製造されたものなのじゃ?」
ショウは私服、ハルは制服、カノはパジャマ姿とバラバラな格好である。
「俺たちが生まれた世界で作られたものだ」
「そうか。特殊な構造をしておるんじゃな。だが、この世界じゃ恐らく、その格好は目立つ。儂の邸宅にある服から選んでもらって構わない。着替えるのが得策じゃ」
「なにからなにまでやってくれるんだな」
「それがお主との約束じゃからな」
「えっ、何を約束したんだ?」
驚愕の事実に目を見開いて、ショウがハルに話しかけた。
「取引をしたんだ。この世界で生きていくために必要な物をよこせってな」
「この世界って...やっぱりこの世界は違う世界だったのか。でも、俺らが違う世界から来たってこと、この爺さんに話したんだろ?大丈夫なのか?」
「少しは話したが、詳しい情報は与えていない。あまり詮索をしないことも条件に付けている。なにより、この爺は研究のことしか頭にないからな」
「そうなのか」
ショウは聞きたいことを聞き終わり、満足げに頷いた。カノは先程まで項垂れていたが、ショウとハルの会話を聞き、少し安堵したような表情を浮かべた。
「着きました。イルエ様」
「お、もう着いたのか。会話が弾んだお陰で退屈せんで済んだわい」
イルエが立ち上がり、外と荷台の中を隔てる布を勢いよく上げた。その瞬間、眩い閃光が荷台の中へと刺し込んで来た。日光の陽を浴びて視界を奪われていたが、目を開けると。
下から見るだけではどれほどまで高いのか計り知れない、厳かな雰囲気を漂わせる、威厳に満ち溢れた巨大な門がそこにあった。
「うおお!かっけえな!この門!」
「この門は、この都市を代表する門でもあるんじゃ。この都市は最近、発展が進んでいることで有名なんじゃよ。王都の次に人気のある都市になるかもしれないと、注目されている都市の一つでもある」
ショウは興奮と感動の入り交じった、混濁のない笑みを浮かべていた。やはり少年として疼くものがあるのだろう。それはカノも同じだった。今までずっと曇った顔をしていたが門を見ると、驚愕して感動したような表情を浮かべた。ハルは用心深く、門の両柱に立っている門番の兵士たちを見ている。
その後、門番からの馬車のチェックがあった。異物や危険物などの持ち込みがないか、チェックをしているのだ。イルエや、その従者たちは入国するのには必須なので、慣れているように見えた。
検査の途中で荷台にいるハルたち3人を見た兵士は鼻で笑った。
「イルエ殿、何故、このような輩共を連れて来られたのですか?こんな黒目黒髪の子供など、嗜好の偏った貴族なら喜んで買うでしょうが...」
自分たちを馬鹿にする兵士を見て、ショウは苛立ちを隠せない様子だった。こめかみに青筋を浮かべて、「あぁん?」と言いながら睨みつけた。
「この子らは儂の孫じゃ」
「「「!?」」」
当然のように虚言を吐いたイルエに驚愕したハルたちであったが、それよりも驚いていたのは門番の兵士だった。恐らく長年、イルエと知り合っているであろう兵士は、黒髪黒目の孫がイルエ家の血を受け継いでいるのか、と動揺が隠せなかった。
「...!?これは失礼致しました。イルエ殿の孫とは露知らず...危険物などは見当たらなかったので、入国を許可します」
「うむ。ではまたな」
イルエは馬車に乗り込んだ。
「この門の向こうに都市がある。その都市の中の邸宅、そこが儂の活動場所じゃ。まず、そこまで行くぞい」
イルエがそう言い終わると、門が上へと上がっていった。ゴゴゴゴゴ...という轟音を鳴らしながら、下の隙間から街からの光を漏らしている。そして、完全に門が開くと、内側からの光が全て漏れていった。
そして門を潜ると、活気溢れる商店街が目に映った。
「ようこそ!都市、カーロへ!」
都市カーロへと、ハルたちは第一歩を踏み出した。
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