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今日の空は、青い絵の具を水で伸ばしたような色。

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 今日の空は、青い絵の具を水で伸ばしたような色。漂う雲は、綿を千切って広げたよう。空気はおだやかで、小鳥たちがよく鳴いている。多忙な世界からは何万キロも離れた日。
 そんな日に、彼はベッドの上で手首を切ろうとしている。柄にサファイアがついたナイフを持ち、荒い息を抑えながら深呼吸をし、何度もナイフを持ち上げ、そして、狙いを定めるために、ゆっくりと下ろしている。額には汗が滲み、しばらくすると、それは頰を伝った。
 部屋の隅では、てんとう虫が一匹、長い休憩をしていたが、そろそろフィアンセ探しを再開しようと、体をぶつけながら、わずかに開いていた窓から去って行った。
 彼はその瞬間に、ナイフを振り下ろした。
 ぽとり。汗が滴り落ちた。それだけだった。皮膚は切り裂かれることなく、ナイフの跡さえ残らなかった。荒い息をそのままに、彼は分厚い鶏肉を切るように、ごりごりと前後にナイフを動かした。でも、何も起こらない。腕はすでに死んでいて、ただそこに繋がっているだけのようだった。
 うつむいたまま目を閉じたかと思うと、彼は頭を掻き毟り、ベッドから窓際に移動した。
 窓からは草原が見える。そこには緩やかな丘があり、花が咲いていて、雲に届きそうな一本の巨大なセコイアがそびえている。草原の向こう側は空と雲。一番奥には水彩画のような雪山がぼんやりとある。彼は何を考えているのか、その景色をじっと見ていた。
 窓を全開にすると、中庭からは親子の声が聞こえてきた。売店で売られている水の出る杖が欲しいとねだる子どもに、「帰ったら買おうよ」と父親が提案し、「明日は湖に行くよ」と興味を逸らそうとがんばっていた。
 彼も魔法の杖シリーズの、火の杖を持っていた。設計不良と魔法付加不備により発売が禁止されたものだ。杖を何度も振りかざし、鞭のようにしならせると杖の先端から炎が逆流する欠陥品だった。それを利用し、事故死に見せかけた保険金殺人も一件起きている。ほとんどは自主回収されたが、まだ所在不明のものがあり、闇取引されていた。彼もそれを知り、探し回った。ガソリンとライターで死ぬ勇気はまだなかった。雑居ビルにあるその店の主は、麻薬も売っていそうな痩せた男だった。顔以外の、見える部位の全てにタトゥーがあった。薄暗い店内で見たせいもあり、杖は偽物かと心配されたが、幸か不幸か本物だった。結局、彼は定価の数倍の値段でその杖を買った。彼は家に帰り、バスルームで使った。服は燃え、火だるまになったが、彼自身はやけどひとつ負わなかった。
 光が差し込む窓際で、風がカーテンを揺らした。すばらしいことに、ここは焦げくさいバスルームと違い、気持ちのいい場所だ。三つ星ホテルのなかなか上等な部屋。電話もテレビもない。あるのは時間だけ。
 腰壁に体を預けていた彼は、草木香る涼しい風を受けながら、体を外に出し始めた。窓からゆっくりと上半身を出すと、頭から石畳の遊歩道に落ちていった。
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