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第1章
第40話 赤目の魔女
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騎士たちは、静かに佇む少女を取り囲んだ。
「抵抗するな! 大人しく投降しろ!」
年配の騎士が声を張り上げて、魔女に呼びかける。
しかし、彼女はその言葉に従うことはなかった。
優しく微笑みながら、真紅の瞳で騎士たちをゆっくりと見回す。
慈愛に満ちたその姿は、彼らの敵意を喪失させた。
自分たちの目の前に、恐ろしい魔女などいなかった。
女神のように美しい少女がひとりいるだけだ。
騎士たちの剣が自然と下を向く。
その動きと相反するように、少女がゆっくりと右手を掲げた。
騎士たちは呆けたように彼女の動きをただ見ている。
「な、何をしとるか! 早く捕えろ!」
老騎士は、部下を怒鳴りつけて剣を振り上げた。
しかし、突然、その動きが止まった。
隣にいた若い騎士が異変に気づき、上長の様子を覗う。
若者の視線の先には、真っ白な霜に覆われた塊が立っていた。
彼は、それが老騎士の変わり果てた姿だと気付くまでにしばらく時間がかかった。
若い騎士の口から悲鳴が上がる。
それと同時に、老騎士だったものが砕け散った。
凍りついたままの頭が足元に転がってきたため、騎士は再び悲鳴を上げる。
少女は相変わらず笑みを浮かべている。
「よくも!」
老騎士の死により我に返った三人の騎士が一斉に魔女に斬りかかる。
驚いたことに魔女は臆することなく突進してくる集団に自ら歩み寄ってきた。
「な、なめるな!」
魔女を捕らえるという命令は怒りと恐怖で頭から吹き飛んでいた。
騎士は全力で攻撃を繰り出す。
しかし、魔女はゆっくりとした身のこなしで次々とその必殺の一撃を躱す。
剣は尽く空を切り、代わりに魔女はその身体に優しく触れた。
結果、魔女が通った後には三体の氷の彫像が残された。
それもしばらくの後に粉々に砕け、周囲に四肢をばらまく。
その光景を遠巻きに見ていた若い魔術師はただ恐怖に震えていた。
同じ魔術を修める者だからこそ、彼と魔女との間に圧倒的な力の差を感じ取ったのだ。
(あり得ない!)
心の中で叫び声を上げる。
彼は若いながらにして第六位の魔法を扱える優秀な魔術師だった。
そのため、大規模な儀式魔法を使用する今回の遠征に招集されたのだ。
大国であるミスタリアの魔術学校を主席で卒業し、将来を嘱望されている彼にとってこの遠征は上に昇るための踏み台に過ぎなかった。
百余名の訓練された騎士と共にひとつの村を焼き払い、魔女と呼ばれる少女を捕らえるだけの簡単な仕事だ。
恐ろしい魔女と言う噂は聞いていたが、魔術師である彼からすればそれは魔法に無知な庶民の戯言だという思いがあった。
いくら強力な魔術師といえど、数人の騎士に突然襲われれば為す術はないだろう。
戦士は剣を振り下ろせば人を殺せるが、魔術師が同じことを成すためには触媒、詠唱、所作と様々な下準備が必要となるからだ。
魔術師が戦士ひとりを殺すほどの強力な魔法を完成させる間に、戦士はその剣で魔術師を三回殺すことができるだろう。
彼は実戦経験はないが、そのことを充分に理解しているからこそ前衛を騎士に任せ、後方に控えていた。
しかし、あの場にいる少女はまるで違っていた。
騎士の剣が小さな身体に届く前に魔法を発動している。
今もまた哀れな騎士の集団を一瞬にして氷塊に変えた。
無触媒、無詠唱。
完全にこの世界における魔法の常識を逸している。
そして、驚くべきことに彼女の使用している魔法は第一位の『氷手』と第四位の『凍結』のみ。
決してレベルの高くないこれらの魔法で騎士たちを屠るには、どれほどの魔力が必要か若い魔術師には想像もつかない。
ふと気づけば周りには誰もいなくなっていた。
少し離れたところから魔女が真っ赤な瞳をこちらに向けている。
魔術師は狂ったような悲鳴を上げて、自身の知る最強の魔法の詠唱を始める。
竜の牙を口に含み、複雑な印を結ぶ。
長い詠唱だったが少女は遮る様子を見せなかった。
それどころか両腕を大きく広げ、全てを受け入れるかのように立つ。
魔法は完成し、魔術師の口の端から炎が漏れた。
第六位の魔法『竜の息』
彼の口から魔女目掛けて猛然と炎が吐き出される。
竜の力を模したこの魔法には貴重な触媒が必要だが、発動さえできれば熟練の騎士をも焼き殺すことが可能だ。
彼が使用した竜の牙は若い竜のものだが、老竜や古竜のものになると威力は桁違いである。
悪魔殺しの賢者ラテリアは、古竜の牙を触媒としたこの魔法で、十を超える下級悪魔を一息で焼き殺したという。
触媒の質もさることながら、彼と大賢者ではその魔力は比べるべくもないが、どちらにしろ小さな少女ひとりに使用するには大き過ぎる力といえた。
魔術師は魔法の効果の続く限り業火を吐き続けた。
視界は炎に覆われ何も見えない。
そのうち、魔法は効果を終えて炎は小さく弱くなり、視界が開けてきた。
「ああ……」
ため息とともに吐き出された最後の炎が夜の闇に溶ける。
彼の前には魔女が変わらぬ姿で立っていた。
その白く美しい肌には火傷の跡ひとつない。
彼女は二、三度まばたきして、少し困ったように首を傾げる。
そして、柔らかそうな唇を少しだけ尖らせて、魔術師に向けて優しく息を吹きかけた。
身体を蝕んでくる圧倒的な力に抗う気力を失った魔術師は、足の先から凍りついていく自分の姿を他人事のように眺めていた。
「撤退だ! 生き残っている者は村の外へ!」
騎士団長が部下に呼びかける。
(これほどの化物とは)
団長の額に汗が浮かぶが、周りから発せられる冷気によってたちまち乾いていく。
魔女に挑んだ騎士たちは尽く凍りつかされ、砕かれた。
今や彼の騎士団はその数を半分にまで減らしていた。
ーーー簡単な仕事だ
愉快そうにそう話していたヘルケン公爵を殴りつけたい衝動にかられながら、村から出るべく馬を駆る。
魔女の方を見ると、村の中央あたりにじっと佇んでいた。
部下たちは忠実に命令を遂行しているようで、魔女の周りにはもう誰もいない。
立っているのは赤い目をした白いワンピースの少女と砕かれなかった氷の彫像だけだ。
(必ず仇は取ってやる)
散っていった同胞を想い、唇を噛む。
その時、歌うような声が聞こえてきた。
美しく澄んだ声に思わず馬を止める。
周りの騎士たちの耳にも届いていたようで、彼らは一様に足を止めていた。
そのため、彼らがその歌声を魔法の詠唱だと気付くことは永遠になかった。
マースは村外れの高台から村全体を襲う吹雪を眺めていた。
魔法によって作り出された吹雪は通常のものとは異なる。
その場に存在する全ての熱を瞬時に奪い、氷漬けにするのだ。
対象となる物体がどれだけ高温であっても問題ではない。
凍結することを避けるには、術者の魔力に抵抗する以外方法はない。
(まあ、あいつらじゃ無理だろうね)
魔法に抵抗するためには強い魔力と精神力が必要となる。
また、そのための技術も存在する。
ミスタリア王国の騎士は剣術や槍術だけでなく、魔法抵抗術に関しても厳しい訓練を受けている。
そのため、彼らには生半可な魔法は通用しない。
高位の魔法であっても彼らに対して完全な形で効果を発揮することは難しいだろう。
効果の減衰は必ず起こると考えていい。
しかし、それは並の魔術師がかけた魔法ということが前提だ。
目の前の吹雪は異常な程に高い魔力を帯びている。
とてもではないが、一介の騎士にどうにかできるものではなかった。
(あの魔法の影響を完全に無効化できるのは……この国ではウォルフ前王、ラテリア、クエンス、あとロエルくらいかな? アルとボクには無理かなあ。生き残れるとは思うけど)
未だ止まない吹雪を前にして、マースは呑気にそのようなことを考えていた。
彼はしばらくの間、しゃがみ込んでぼんやりと村の様子を見ていたが、やがて立ち上がると何処ともなく立ち去っていった。
吹雪はその後も猛威を振るい続け、完全に収まった時には夜が明けていた。
辺り一面が雪で白く染まり、北方の大地のような景色に様変わりしていた。
雪の一粒一粒が陽の光を浴びて金剛石のように輝いている。
そんな白銀の世界の中心にリアは立っていた。
赤かった瞳は元の闇夜のような黒に戻っている。
だが、その表情はどこか虚ろだ。
リアは短剣を両手で握りしめると、おもむろに自分の喉に突きつけた。
「何してるんだ?」
背後からネンコが声をかける。
リアはネンコが生きていたことに心の底から安堵したが、振り返ることはなかった。
「あたし、生きてちゃいけなかったんだ」
幾分、声を詰まらせながら彼女はそう言った。
「なぜ?」
「なぜって……」
リアは耐えかねたように叫ぶ。
「だって! 村がこんなになったのは、あたしのせいなんだよ!? マイもルークも、村のみんなも、あたしがいなければ、あんな死に方をすることなかった! 騎士の人たちだって、あたしに殺されることはなかった!!」
話していて恐ろしくなったのか、リアは自分の肩を抱く。
ネンコは静かに聞いている。
「あの人たちは、あたしが恐ろしい力を持ってるって知ってたから追いかけてたんだ! 殺そうとしたんだ! そうか、あたしのせいで……あたしのせいで、お父さんは……!! お父さんはあたしが殺して……」
「リア!!」
突然、大声で名前を呼ばれて、リアはびくりと肩を震わせた。
恐る恐るネンコの方を見る。
「お前は悪くない」
ネンコはたった一言だけだが有無を言わせぬ強い口調でそう伝えると、リアを追い越して前に進んだ。
リアは何も言えず、雪を掻き分けながら歩くネンコの背中をただ見ていた。
その背中は小さかったが、リアにはとても大きく見えた。
不思議と心から悲しみ、不安、恐怖といった感情が薄れていくのを感じる。
「ほら、行くぞ」
前を行くネズミに呼びかけられた幼い魔女は涙を拭うと、小走りに後を追う。
暗闇を照らす小さな光を見失なわないように。
雪の上に小さな足跡を残しながら、ふたりはあてのない旅を再び始めるのだった。
「抵抗するな! 大人しく投降しろ!」
年配の騎士が声を張り上げて、魔女に呼びかける。
しかし、彼女はその言葉に従うことはなかった。
優しく微笑みながら、真紅の瞳で騎士たちをゆっくりと見回す。
慈愛に満ちたその姿は、彼らの敵意を喪失させた。
自分たちの目の前に、恐ろしい魔女などいなかった。
女神のように美しい少女がひとりいるだけだ。
騎士たちの剣が自然と下を向く。
その動きと相反するように、少女がゆっくりと右手を掲げた。
騎士たちは呆けたように彼女の動きをただ見ている。
「な、何をしとるか! 早く捕えろ!」
老騎士は、部下を怒鳴りつけて剣を振り上げた。
しかし、突然、その動きが止まった。
隣にいた若い騎士が異変に気づき、上長の様子を覗う。
若者の視線の先には、真っ白な霜に覆われた塊が立っていた。
彼は、それが老騎士の変わり果てた姿だと気付くまでにしばらく時間がかかった。
若い騎士の口から悲鳴が上がる。
それと同時に、老騎士だったものが砕け散った。
凍りついたままの頭が足元に転がってきたため、騎士は再び悲鳴を上げる。
少女は相変わらず笑みを浮かべている。
「よくも!」
老騎士の死により我に返った三人の騎士が一斉に魔女に斬りかかる。
驚いたことに魔女は臆することなく突進してくる集団に自ら歩み寄ってきた。
「な、なめるな!」
魔女を捕らえるという命令は怒りと恐怖で頭から吹き飛んでいた。
騎士は全力で攻撃を繰り出す。
しかし、魔女はゆっくりとした身のこなしで次々とその必殺の一撃を躱す。
剣は尽く空を切り、代わりに魔女はその身体に優しく触れた。
結果、魔女が通った後には三体の氷の彫像が残された。
それもしばらくの後に粉々に砕け、周囲に四肢をばらまく。
その光景を遠巻きに見ていた若い魔術師はただ恐怖に震えていた。
同じ魔術を修める者だからこそ、彼と魔女との間に圧倒的な力の差を感じ取ったのだ。
(あり得ない!)
心の中で叫び声を上げる。
彼は若いながらにして第六位の魔法を扱える優秀な魔術師だった。
そのため、大規模な儀式魔法を使用する今回の遠征に招集されたのだ。
大国であるミスタリアの魔術学校を主席で卒業し、将来を嘱望されている彼にとってこの遠征は上に昇るための踏み台に過ぎなかった。
百余名の訓練された騎士と共にひとつの村を焼き払い、魔女と呼ばれる少女を捕らえるだけの簡単な仕事だ。
恐ろしい魔女と言う噂は聞いていたが、魔術師である彼からすればそれは魔法に無知な庶民の戯言だという思いがあった。
いくら強力な魔術師といえど、数人の騎士に突然襲われれば為す術はないだろう。
戦士は剣を振り下ろせば人を殺せるが、魔術師が同じことを成すためには触媒、詠唱、所作と様々な下準備が必要となるからだ。
魔術師が戦士ひとりを殺すほどの強力な魔法を完成させる間に、戦士はその剣で魔術師を三回殺すことができるだろう。
彼は実戦経験はないが、そのことを充分に理解しているからこそ前衛を騎士に任せ、後方に控えていた。
しかし、あの場にいる少女はまるで違っていた。
騎士の剣が小さな身体に届く前に魔法を発動している。
今もまた哀れな騎士の集団を一瞬にして氷塊に変えた。
無触媒、無詠唱。
完全にこの世界における魔法の常識を逸している。
そして、驚くべきことに彼女の使用している魔法は第一位の『氷手』と第四位の『凍結』のみ。
決してレベルの高くないこれらの魔法で騎士たちを屠るには、どれほどの魔力が必要か若い魔術師には想像もつかない。
ふと気づけば周りには誰もいなくなっていた。
少し離れたところから魔女が真っ赤な瞳をこちらに向けている。
魔術師は狂ったような悲鳴を上げて、自身の知る最強の魔法の詠唱を始める。
竜の牙を口に含み、複雑な印を結ぶ。
長い詠唱だったが少女は遮る様子を見せなかった。
それどころか両腕を大きく広げ、全てを受け入れるかのように立つ。
魔法は完成し、魔術師の口の端から炎が漏れた。
第六位の魔法『竜の息』
彼の口から魔女目掛けて猛然と炎が吐き出される。
竜の力を模したこの魔法には貴重な触媒が必要だが、発動さえできれば熟練の騎士をも焼き殺すことが可能だ。
彼が使用した竜の牙は若い竜のものだが、老竜や古竜のものになると威力は桁違いである。
悪魔殺しの賢者ラテリアは、古竜の牙を触媒としたこの魔法で、十を超える下級悪魔を一息で焼き殺したという。
触媒の質もさることながら、彼と大賢者ではその魔力は比べるべくもないが、どちらにしろ小さな少女ひとりに使用するには大き過ぎる力といえた。
魔術師は魔法の効果の続く限り業火を吐き続けた。
視界は炎に覆われ何も見えない。
そのうち、魔法は効果を終えて炎は小さく弱くなり、視界が開けてきた。
「ああ……」
ため息とともに吐き出された最後の炎が夜の闇に溶ける。
彼の前には魔女が変わらぬ姿で立っていた。
その白く美しい肌には火傷の跡ひとつない。
彼女は二、三度まばたきして、少し困ったように首を傾げる。
そして、柔らかそうな唇を少しだけ尖らせて、魔術師に向けて優しく息を吹きかけた。
身体を蝕んでくる圧倒的な力に抗う気力を失った魔術師は、足の先から凍りついていく自分の姿を他人事のように眺めていた。
「撤退だ! 生き残っている者は村の外へ!」
騎士団長が部下に呼びかける。
(これほどの化物とは)
団長の額に汗が浮かぶが、周りから発せられる冷気によってたちまち乾いていく。
魔女に挑んだ騎士たちは尽く凍りつかされ、砕かれた。
今や彼の騎士団はその数を半分にまで減らしていた。
ーーー簡単な仕事だ
愉快そうにそう話していたヘルケン公爵を殴りつけたい衝動にかられながら、村から出るべく馬を駆る。
魔女の方を見ると、村の中央あたりにじっと佇んでいた。
部下たちは忠実に命令を遂行しているようで、魔女の周りにはもう誰もいない。
立っているのは赤い目をした白いワンピースの少女と砕かれなかった氷の彫像だけだ。
(必ず仇は取ってやる)
散っていった同胞を想い、唇を噛む。
その時、歌うような声が聞こえてきた。
美しく澄んだ声に思わず馬を止める。
周りの騎士たちの耳にも届いていたようで、彼らは一様に足を止めていた。
そのため、彼らがその歌声を魔法の詠唱だと気付くことは永遠になかった。
マースは村外れの高台から村全体を襲う吹雪を眺めていた。
魔法によって作り出された吹雪は通常のものとは異なる。
その場に存在する全ての熱を瞬時に奪い、氷漬けにするのだ。
対象となる物体がどれだけ高温であっても問題ではない。
凍結することを避けるには、術者の魔力に抵抗する以外方法はない。
(まあ、あいつらじゃ無理だろうね)
魔法に抵抗するためには強い魔力と精神力が必要となる。
また、そのための技術も存在する。
ミスタリア王国の騎士は剣術や槍術だけでなく、魔法抵抗術に関しても厳しい訓練を受けている。
そのため、彼らには生半可な魔法は通用しない。
高位の魔法であっても彼らに対して完全な形で効果を発揮することは難しいだろう。
効果の減衰は必ず起こると考えていい。
しかし、それは並の魔術師がかけた魔法ということが前提だ。
目の前の吹雪は異常な程に高い魔力を帯びている。
とてもではないが、一介の騎士にどうにかできるものではなかった。
(あの魔法の影響を完全に無効化できるのは……この国ではウォルフ前王、ラテリア、クエンス、あとロエルくらいかな? アルとボクには無理かなあ。生き残れるとは思うけど)
未だ止まない吹雪を前にして、マースは呑気にそのようなことを考えていた。
彼はしばらくの間、しゃがみ込んでぼんやりと村の様子を見ていたが、やがて立ち上がると何処ともなく立ち去っていった。
吹雪はその後も猛威を振るい続け、完全に収まった時には夜が明けていた。
辺り一面が雪で白く染まり、北方の大地のような景色に様変わりしていた。
雪の一粒一粒が陽の光を浴びて金剛石のように輝いている。
そんな白銀の世界の中心にリアは立っていた。
赤かった瞳は元の闇夜のような黒に戻っている。
だが、その表情はどこか虚ろだ。
リアは短剣を両手で握りしめると、おもむろに自分の喉に突きつけた。
「何してるんだ?」
背後からネンコが声をかける。
リアはネンコが生きていたことに心の底から安堵したが、振り返ることはなかった。
「あたし、生きてちゃいけなかったんだ」
幾分、声を詰まらせながら彼女はそう言った。
「なぜ?」
「なぜって……」
リアは耐えかねたように叫ぶ。
「だって! 村がこんなになったのは、あたしのせいなんだよ!? マイもルークも、村のみんなも、あたしがいなければ、あんな死に方をすることなかった! 騎士の人たちだって、あたしに殺されることはなかった!!」
話していて恐ろしくなったのか、リアは自分の肩を抱く。
ネンコは静かに聞いている。
「あの人たちは、あたしが恐ろしい力を持ってるって知ってたから追いかけてたんだ! 殺そうとしたんだ! そうか、あたしのせいで……あたしのせいで、お父さんは……!! お父さんはあたしが殺して……」
「リア!!」
突然、大声で名前を呼ばれて、リアはびくりと肩を震わせた。
恐る恐るネンコの方を見る。
「お前は悪くない」
ネンコはたった一言だけだが有無を言わせぬ強い口調でそう伝えると、リアを追い越して前に進んだ。
リアは何も言えず、雪を掻き分けながら歩くネンコの背中をただ見ていた。
その背中は小さかったが、リアにはとても大きく見えた。
不思議と心から悲しみ、不安、恐怖といった感情が薄れていくのを感じる。
「ほら、行くぞ」
前を行くネズミに呼びかけられた幼い魔女は涙を拭うと、小走りに後を追う。
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雪の上に小さな足跡を残しながら、ふたりはあてのない旅を再び始めるのだった。
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