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第1章

第26話 魔女の守り人

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ダークエルフを倒したネンコは目の前で再生する二体の怪物を眺めながら、面倒くさそうに鼻を鳴らす。
ネンコにとってトロールは決して手強い魔物ではない。
トロールの攻撃はネンコには当たらないし、ネンコの一撃は確実に致命傷を負わせている。
しかし、死なない。
首の骨を折っても、心臓を潰しても、数十秒後には立ち上がってくる。
首をちぎってもまた生えてきたときには、さすがのネンコも驚いた。

「でも不死身ってことはないだろうしなあ」

完全に再生した二体のトロールの攻撃をかわしながらぼやく。
ネンコにはこの魔物が不死ではないという確信があった。
ネンコは突っ伏して倒れている男を見る。
男はこの怪物を完全に支配していた。
これは男が怪物を殺すためのすべを持っていることを意味する。
そうでもなければ、ネンコほどの力も素早さもない男が、このしぶとい魔物を従わせることなどできるわけがなかった。

「やっぱり魔法か?」

リアの話ではこの世界には魔法でしか殺せない生き物が存在するらしい。
ネンコは無表情で間の抜けた顔の眉間に、少し困ったようにシワを作る。
そして、トロールの顔面を吹き飛ばして地面に着地した。

「今のうちにっと」

ネンコは相変わらず気を失っているダークエルフに近づくと、何か使えるものはないかと物色し始めた。
素早く腰の少し大きめの袋を開く。
その中は六つに仕切られており、先ほど男が手にしていたものと同じ乾いた指が一本と小石が数個、細い木の枝が数本、塩の入った小袋が一つ、何かの動物の牙が三本、そして濁ったな液体の入った小瓶が一つ入っていた。
何も知らない者が見ればただのガラクタにしか見えないものばかりだが、リアと旅をしてきたネズミはこれらの品物が魔法の触媒であることを知っていた。
怪物を殺す、もしくは拘束するためのヒントはないかと触媒を手にとって調べる。
そして、小瓶を手にしたとき、ネンコの手が止まった。
次いで木の枝を見る。
ネンコは少し何かを考えた後、小瓶だけ持って川の方へと駆け出した。
後ろから復活したトロールたちが唸り声を上げて追ってくるが、意に介した様子もない。
飛び跳ねながら進むネンコの姿は、何か面白いものを見つけた子供のようにも見えた。


ネンコはしばらくすると川岸にたどり着いた。
リアのいるところよりも随分と離れている。
ネンコはこの戦いの最中もリアの周りの様子に気を配っていた。
今もとくに問題がないことを確認すると、遅れてくる怪物たちを撃退する準備を始める。
そんなネンコの手には小瓶としっかりとした木の枝が握られていた。
しかも、どこから持ってきたのか足元には少し太めの木の棒が転がっている。
ネンコが木の棒に爪を立ててでまっすぐになぞると、棒の表面に溝ができた。
その溝にダークエルフから奪った小瓶の液体を流し込んだ。
独特の匂いがネンコの鼻をつく。
あまり好きな匂いではないのかネンコは少し顔をしかめた。
そうこうしているうちに森の奥からトロールたちが飛び出してきた。
かなりの距離を走らせれて息を切らせているが、小さなネズミの姿を見て歓喜の雄叫びをあげる。

「来たな」

対するネンコも表情こそ変わらないが、嬉しそうな声で迎える。
そして、自分を切り刻もうと喜々として向かってくる二体を無視して、手にした枝を先ほど作った棒の溝にあてがい一度だけこすった。
物凄い力だったのだろうそれだけで溝は深くえぐれ、摩擦によって火種が生まれた。
火種はあっという間に棒に燃えうつり、棒はまるで松明のようにあかあかと辺りを照らす。
小瓶の中身は油だったのだ。
ネンコは枝を捨てると片手でひょいと燃え盛る棒を手に取った。
それを見て不死身だった怪物たちの動きがぴたりと止まる。
醜い顔にはありありと恐怖の色が浮かんでいる。
逆にネンコはトロールたちをからかうように軽く棒を振ってみせる。
怪物たちの反応からネンコは最強の武器を手に入れたことを確信した。

―――ぎぃぃいいい!!

恐ろしい声を上げて、今度はトロールたちがネンコに背を向けて駆け出した。
もちろんそれをネンコが許すはずはない。
手前を走る一体にあっさり追いつくと、頭を殴りつけて転倒させた。
そして、手に持った棒で吹き出物だらけの体を打ちつける。
炎はすぐにトロールに燃え移り、その身を焼き尽くさんとばかりに体中に広がっていった。
火にまみれた怪物は断末魔の叫び声をあげる。
ネンコは棒を手放すと、逃げるもう一体を軽々と追いこして前方に回り込んだ。
そして、頭部に一撃加えて吹き飛ばす。
巨体は大きく宙を舞い、もはや炎の塊と化しているもう一体の上にかぶさるようにして着地した。
炎は新たな薪を得て、狂ったように燃え上がる。
ネンコの予想どおり怪物は火に弱いようで、体に油が染み込んでいるかのごとくよく燃えた。
ネンコはトロールたちが完全に炭になったのを確認すると、残り火に背を向けてリアのいる方へとのんびり歩きはじめた。


太陽が地の果てから顔を出し、大地を光で染める。
光は眠っている少女の顔を照らし、朝が来たことを伝えた。
リアが太陽の眩しさで目を覚ますと、ネンコが焚き火の前で魚を焼いていた。
ネンコはリアが目覚めたことに気づいて声をかける。

「おう。起きたか」

「うん。おはよう。ネンコさん」

魚の焼ける香ばしい匂いが、リアの嗅覚を刺激する。
ネンコが朝ごはんを作ってくれていた。

「何か変わったことあった?」

「別になかったぞ」

ネンコは魚の焼け具合を確かめながら声だけよこした。
しかし、思い出したかのように道具袋を開くと一つの小袋を取り出した。

「これ使えそうか?」

リアはネンコから袋を受け取って開けてみる。
中にはさまざまな魔法の触媒が詰まっていた。
しかも、小袋はリアの欲しがっていた上等な触媒袋だ。

「これ、どうしたの?」

「その辺で拾った。金貨も五枚くらい拾ったぞ」

ネンコはそう言うと道具袋を指差す。
リアは自分が眠っている間に何があったのかネンコを問いただそうとしたが、絶対に話してくれないことが分かっているため諦めて口をつぐむ。

「うん。すごく使えそうだよ。ありがとう」

リアが素直に礼を言うと、ネンコはそうかと答えて調理に戻る。
その姿はどこか嬉しそうに見えた。

「よし、朝飯にするか」

「うん」

その後、二人は他愛もない話をしながら朝食をとった。
これからいつも通りの旅がはじまる。
リアは今日も普段と変わらない朝を迎えることができたことをネンコに感謝するのだった。
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