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64 落ち着いて行く三河
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永禄四年(1561年)六月
綺麗に四角く整えられ、水が張られ整然と植えられた苗が並ぶ田んぼが広がる光景を見て、これで三河も一息ついたとホッとする。
三河湾に近く東海道に面している吉田城と、その城下町の建設も順調だが、何より荒れた田畑を作り直し、この機会に現代の田畑のように四角く整えた。
そして何とか田植えを終える事が出来た。
三河の領民も皆喜んでいる。
領民にすれば、治めるのが松平でも北畠でも関係ないのだ。自分達を守り食わせてくれれば。
度重なる戦乱で、松平一族やその家臣の領地や一向宗の寺領では、村自体が打ち捨てられたり、戦さに巻き込まれて焼かれた場所も少なくなかった。
北畠家に反抗した一向宗の寺も滅ぼされるか、赦されても大きく寺領を削られ、武装解除している。
お陰で西三河での北畠家の直轄地は大きく広がった。
そこで北畠の黒鍬衆だけじゃなく、俺や虎慶の鬼パワーと、大之丞達、氣で強化された精鋭兵での土木工事を行ったんだ。
勿論、家を失くした領民に、仮設のプレハブ小屋を建て、賦役も行った。
今も伊勢や長島からも人員を動員して現在進行形で行っている。
完全に大赤字だが、今の織田家に三河まで統治する余裕はない。
かと言って、放っておくわけにもいかず、松平家残党や反抗的な一向宗の寺も無くなったなら、うちで面倒みないと駄目だろうとなった。
北畠家にしてみれば、飛び地で厄介なだけの三河なんて要らないのだが、遠江と駿河を武田にはやれない。信玄に海を与えるなんて危険過ぎる。そう考えると、織田かうちが三河の面倒をみる必要があるんだ。
現在、三河の北畠領は、西は安祥城から吉田城から東は山で遮られている東三河との境までだ。
ここ三河は、地理的にも厄介な土地なんだ。
西は、義理の兄である三郎殿の織田家は同盟関係だが、東には今川氏、北は信濃と接している。そう、あの狂い虎の武田信玄が居る。
甲斐が貧しい土地なのは分かるが、だからといって信玄の信濃での所業は目に余るものがある。
信玄が通った跡には、雑草すら残らないのではなかろうかと思う程、何もかも奪い尽くす。
飛び地という面倒な領地を、三郎殿に頼まれたのもあるのだが、北畠家が態々統治に乗り出した一番のは理由は、今川家がこのまま武田家に呑み込まれるのを阻止したいからだ。
伊勢から多くの人を入れて西三河の安定に勤しんでいると、影で働く北畠家の忍び衆である八部衆の中でも、特殊な立ち位置の男が現れた。
「段蔵か」
「源四郎様、三つ者がチラホラと姿を見せておるぞ」
「ああ、歩き巫女もだろ?」
「流石源四郎様だ。気付いていたか」
現れたのは、鳶加藤と呼ばれる忍び、加藤段蔵だ。
元々、甲斐の武田晴信に命を狙われた程の腕を持つ忍びだ。甲斐の忍びである三つ者には詳しい。
「深追いは必要ないよ」
「見られて困る物も有りませぬか」
「ああ、三河で俺達がしているのは、賊や反抗的な土豪、国人の討伐と、土木作業だからな」
色々と秘密の多い安濃津ならまだしも、現状、三河で武田に知られて困る事は何もない。
田畑の形を変える事や正常植えに関しても、どうせ隠せるものでもないので構わない。
「もし、三つ者に顔見知りを見つけましたら、声を掛けても宜しいか?」
「……家族が居るなら、全員を保護して良いよ」
「忝い」
段蔵が珍しく頼み事をして来た。勿論、俺は許可を出す。
段蔵から聴いて情報としては知っているが、甲斐は貧しい土地だ。豊かな伊勢で育った俺には、本当の意味で、その苦しみは分からない。だから段蔵が、知り合いを助けたいなら反対はしない。それが原因で武田家と戦さになっても構わない。
どうせ西三河を領有した事で、武田とはいつ戦さになってもおかしくないのだから。その切っ掛けが、三つ者の保護なんて、俺らしくて面白いじゃないか。
どうせ武田晴信、三つ者の扱いもそれ程良い筈がない。甲斐では、臣下の武士でも日々の生活に余裕のある者は少ないだろう。三つ者がそれ以下の扱いなのは考えるまでもない。
信玄は、治水工事や鉱山開発には熱心だったらしいが、民を喰わせる農政改革をしている気配はないしな。それも配慮しているのは、甲斐の人間だけだ。
この時代、敵だった土地の領民にまで配慮する方がおかしいと思われるんだろうが。
喰えないのなら奪えばいいと、信濃は武田晴信に奪い尽くされているらしいからな。
段蔵はいつの間にか消えていた、相変わらず凄腕だ。
そこに六郎(大嶋親崇)が精鋭の赤備えを率いてやって来た。
「殿、一向宗の残党が一揆を企てているようです」
「無知な領民を煽動する罰あたりな坊主供め。行くぞ六郎!」
寺領を大きく失って大人しくなった寺もあれば、いまだに反抗的な寺もある。
とはいえ、そんな寺も既に少数になり、一揆を煽動しても集まる領民は少ない。
これも北畠の赤鬼に命を刈られると、極楽浄土ではなく地獄へと送られるとの噂の影響だろう。
綺麗に四角く整えられ、水が張られ整然と植えられた苗が並ぶ田んぼが広がる光景を見て、これで三河も一息ついたとホッとする。
三河湾に近く東海道に面している吉田城と、その城下町の建設も順調だが、何より荒れた田畑を作り直し、この機会に現代の田畑のように四角く整えた。
そして何とか田植えを終える事が出来た。
三河の領民も皆喜んでいる。
領民にすれば、治めるのが松平でも北畠でも関係ないのだ。自分達を守り食わせてくれれば。
度重なる戦乱で、松平一族やその家臣の領地や一向宗の寺領では、村自体が打ち捨てられたり、戦さに巻き込まれて焼かれた場所も少なくなかった。
北畠家に反抗した一向宗の寺も滅ぼされるか、赦されても大きく寺領を削られ、武装解除している。
お陰で西三河での北畠家の直轄地は大きく広がった。
そこで北畠の黒鍬衆だけじゃなく、俺や虎慶の鬼パワーと、大之丞達、氣で強化された精鋭兵での土木工事を行ったんだ。
勿論、家を失くした領民に、仮設のプレハブ小屋を建て、賦役も行った。
今も伊勢や長島からも人員を動員して現在進行形で行っている。
完全に大赤字だが、今の織田家に三河まで統治する余裕はない。
かと言って、放っておくわけにもいかず、松平家残党や反抗的な一向宗の寺も無くなったなら、うちで面倒みないと駄目だろうとなった。
北畠家にしてみれば、飛び地で厄介なだけの三河なんて要らないのだが、遠江と駿河を武田にはやれない。信玄に海を与えるなんて危険過ぎる。そう考えると、織田かうちが三河の面倒をみる必要があるんだ。
現在、三河の北畠領は、西は安祥城から吉田城から東は山で遮られている東三河との境までだ。
ここ三河は、地理的にも厄介な土地なんだ。
西は、義理の兄である三郎殿の織田家は同盟関係だが、東には今川氏、北は信濃と接している。そう、あの狂い虎の武田信玄が居る。
甲斐が貧しい土地なのは分かるが、だからといって信玄の信濃での所業は目に余るものがある。
信玄が通った跡には、雑草すら残らないのではなかろうかと思う程、何もかも奪い尽くす。
飛び地という面倒な領地を、三郎殿に頼まれたのもあるのだが、北畠家が態々統治に乗り出した一番のは理由は、今川家がこのまま武田家に呑み込まれるのを阻止したいからだ。
伊勢から多くの人を入れて西三河の安定に勤しんでいると、影で働く北畠家の忍び衆である八部衆の中でも、特殊な立ち位置の男が現れた。
「段蔵か」
「源四郎様、三つ者がチラホラと姿を見せておるぞ」
「ああ、歩き巫女もだろ?」
「流石源四郎様だ。気付いていたか」
現れたのは、鳶加藤と呼ばれる忍び、加藤段蔵だ。
元々、甲斐の武田晴信に命を狙われた程の腕を持つ忍びだ。甲斐の忍びである三つ者には詳しい。
「深追いは必要ないよ」
「見られて困る物も有りませぬか」
「ああ、三河で俺達がしているのは、賊や反抗的な土豪、国人の討伐と、土木作業だからな」
色々と秘密の多い安濃津ならまだしも、現状、三河で武田に知られて困る事は何もない。
田畑の形を変える事や正常植えに関しても、どうせ隠せるものでもないので構わない。
「もし、三つ者に顔見知りを見つけましたら、声を掛けても宜しいか?」
「……家族が居るなら、全員を保護して良いよ」
「忝い」
段蔵が珍しく頼み事をして来た。勿論、俺は許可を出す。
段蔵から聴いて情報としては知っているが、甲斐は貧しい土地だ。豊かな伊勢で育った俺には、本当の意味で、その苦しみは分からない。だから段蔵が、知り合いを助けたいなら反対はしない。それが原因で武田家と戦さになっても構わない。
どうせ西三河を領有した事で、武田とはいつ戦さになってもおかしくないのだから。その切っ掛けが、三つ者の保護なんて、俺らしくて面白いじゃないか。
どうせ武田晴信、三つ者の扱いもそれ程良い筈がない。甲斐では、臣下の武士でも日々の生活に余裕のある者は少ないだろう。三つ者がそれ以下の扱いなのは考えるまでもない。
信玄は、治水工事や鉱山開発には熱心だったらしいが、民を喰わせる農政改革をしている気配はないしな。それも配慮しているのは、甲斐の人間だけだ。
この時代、敵だった土地の領民にまで配慮する方がおかしいと思われるんだろうが。
喰えないのなら奪えばいいと、信濃は武田晴信に奪い尽くされているらしいからな。
段蔵はいつの間にか消えていた、相変わらず凄腕だ。
そこに六郎(大嶋親崇)が精鋭の赤備えを率いてやって来た。
「殿、一向宗の残党が一揆を企てているようです」
「無知な領民を煽動する罰あたりな坊主供め。行くぞ六郎!」
寺領を大きく失って大人しくなった寺もあれば、いまだに反抗的な寺もある。
とはいえ、そんな寺も既に少数になり、一揆を煽動しても集まる領民は少ない。
これも北畠の赤鬼に命を刈られると、極楽浄土ではなく地獄へと送られるとの噂の影響だろう。
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