北畠の鬼神

小狐丸

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38 成長し続ける北畠

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 弘治三年(1557年)五月

 弘治も三年になり、伊勢の支配は着実に進んでいる。

 北勢四十八家の中で、六角家の調略に乗り、北畠家に反抗しようとした豪族が幾つかあったが、これを機に整理した。

 十兵衛も武功を立て、禄も五百貫に増やした。直ぐに千貫ぐらいの禄を得るだろう。そのくらいには有能な人材だ。

 そして十兵衛は美濃から斎藤利三を臣下に加えていた。

 ともあれ六角家の策謀を利用して伊勢の支配を確固たるものに出来た。



 時間のかかる一向宗対策も、徐々にだが進んでいる。

 願証寺の寺領から伊勢に逃げて来る者が増えている。
 伊勢の人口は右肩上がりだ。
 一向宗の僧侶もまともな人間を残して共存出来ればベストだろうが、それが一番難しいだろうな。


 商いも順調だ。

 伊勢国内で生産する、清酒、醤油、味噌、石鹸、絹、木綿、干し椎茸、蚊取り線香は、どれも順調に売れている。

 蝦夷、陸奥、出羽との交易で、昆布、鮭、石炭、鉄鉱石を手に入れている。

 明との貿易は基本密貿易だから、いつ無くなってもいいように、早い段階でオーストリアへ進出したい。

 北は、樺太からウラジオストク、アラスカの領有が出来れば良い。

 そしてカトリックのネガティブキャンペーンはぼちぼちかな。
 この時代のイエズス会は、植民地政策の先鋒だからな。

 だが九州の大名は、南蛮貿易目当てに平気で日ノ本の人間を売るような奴等が居るんだ。

 だから秘密裏に、売られていく奴隷の奪還作戦をしている。

 助けた奴隷は伊勢で保護しているが、行く行くは入植者になってくれたらと思っている。勿論、強制はしないが。


 兄上が進めている松坂城の築城も順調で、周辺領民を動員した賦役と、兄上が独自に編成した黒鍬衆のお陰で、急ピッチで進んでいる。

 兄上は、黒鍬衆の有用性に着目し、自分の直属の黒鍬衆を作った。平時は街道整備や治水工事、新田開発など、領内の開発に従事し、戦さになると、野戦陣地の速やかな構築や籠城する敵への現地での攻城兵器の組み立てなど活躍している。



 うららかな春の日差しの下、黒影に跨り安濃津周辺の視察に来ていた。

 俺の肩には、何故か雀が乗っている。

『周辺に間者の影は無いよ』
(ありがとう翡翠)

 俺の肩に乗っているのは、鵺の翡翠。
 翡翠は、姿を大鷹や烏、雀にも変化させる事が出来た。

 そんな翡翠の主な役割りは、早期警戒任務。

 八部衆の中でも、極一部の者は、俺が雀や烏、大鷹を使役するのを知っている。そこで間者が八部衆の結界を抜けようとすると、報せる役目を持っていた。

 勿論、八部衆は、実は翡翠が変化するなんて知らない。俺が色々な鳥を使うと思っている。



 安濃津周辺では、現代の様な四角い田圃が広がっている。
 これは、多気御所周辺や伊勢全体と比べても多い方だ。

 長野工藤氏との戦さの後、幾ら乱取りを禁じたとはいえ、多くの兵を動員した戦争の痕は小さくなかった。

 そこで安濃津城、城下町、工業区画、湊の建設に合わせ、周辺の村の開墾と既存の田圃の改良に着手した。

 これは臣従した細野藤光も協力して、安濃郡全域で行われた。

 今、その四角く整った田圃で、農民達が忙しそうに働いている。

 ただ、その顔に悲壮感はない。

 目に見える収穫量の増加や、一年を通して行われる、銭や食料が貰える賦役のお陰で、彼等も豊かになった自覚があるからだろう。



 そして俺がある施設にたどり着く。

 黒影から降りると、黒影は勝手知ったるという様に、馬房に移動する。

 そこで俺を見つけた子供達が駆け寄って来る。

「「あっ! 殿さまだー!」」
「「殿さまぁーー!」

 子供達を何人か纏めて抱き上げる。

「おぅ、しっかりと飯は食べている様だな」

 手に伝わる重みから、此処に来た当初ガリガリだった子供達が、健康的な子供らしい体型に回復しているのが分かる。

 もうお分かりだと思うが、此処は安濃津郊外にある孤児院だ。

 この時代、どうしても宗教とこの手の施設は切り離すのは難しく、一向宗でない宗派で尚且つ人間的に問題のない人を住職になって貰っている。



 全ての坊主が問題ある訳じゃないし、尊敬できる人も多いからな。


「殿さまー、すもうしようー!」
「すもうー!」
「すもうー!」
「よぉーし! 相手をしてやるから、付いて来い!」
「「「「わぁーーい!」」」」

 子供達が満足するまで、六郎と一緒に相撲をとる。

 休憩していると住職が挨拶に来た。

「左少将様、いつも有難うございます」
「和尚、此方こそ子供達の世話を任せていますから、感謝していますよ」
「いえ、これも拙僧の修行の一環ですので、有り難い事です」
「周りの村の様子はどうですか?」
「お陰様で、去年は子供を捨てに来る者も殆ど居ませんでした」

 此処で、子を捨てる者がゼロにならないのは仕方ない。いくら飢えないくらいに豊かになったとはいえ、人にはそれぞれ様々な事情があるのだから。捨てられた子供が生きていけて、将来的に望む仕事に就ける環境を整えるのが俺達の仕事だからな。

 和尚と世間話の中で、何か問題がないか聞き、子供達に菓子でも与えてくれと、少し寄進する。



 こうやって孤児院を見て周ると、今の伊勢がよく分かる。

 最初の頃は、子を捨てなければ生きれない親が捨てていったが、今は病いや怪我で働けぬようになった者や、戦さで片親を亡くした者など、理由が変わってきている。

 伊勢では農民が戦さに出る事は、無くなりつつあるが、それは北畠家に限った話で、臣従した国人や豪族はその限りではない。

「他所からわざわざ捨てに来る者は無くなりませんな」
「それは仕方ないですね。人数が増えたら教えて下さい。それと石鹸と蚊取り線香は足りていますか?」
「石鹸がそろそろ少なくなっています。蚊取り線香はまだ大丈夫です」

 孤児院の子供達には、石鹸による手洗いを習慣づける事を徹底させている。様々な病気の元になる蚊も、蚊取り線香を配っている。

 この石鹸や蚊取り線香は、商人は幾らでも高値で買う人気商品でもある。

 子供達の衛生改善と衛生意識の教育で、少しでも病いに罹る子供が減らせればと、孤児院には無料で配っている。

 村にも無料で配りたいのだけど、そうすると必ず取り上げて売る馬鹿が出て来るので、領民には比較的安価で売るに留めている。


 村の視察も行うが、社会の弱者が集まるこの場所の変化が、今の伊勢を観て測れる場所になっているんだ。



 そこに意外な人が訪れて再開する。

「あら殿、此方に来られていたのですね」
「おや、煕子殿ではないですか」

 十兵衛の妻、煕子殿が侍女と小者、護衛を連れて孤児院にやって来て、侍女と小者が子供達に菓子を配り始めた。

「煕子殿も時々訪れているのですか?」
「はい。殿のお陰で外に出る事が楽しいですから。此処で親のない子供達が育てられていると聞きまして、時々訪れています」

 以前の煕子殿は、顔に疱瘡の痕があった事で、あまり外へ出歩かなかったらしい。それが顔の痕が殆ど気にならない程度になって、積極的に出歩けるようになったそうだ。

「殿もよくいらだしゃると聴いていますよ」
「まあ、私の場合は、見廻りの序でですから」
「それでも子供達が嬉しそうです」

 孤児と相撲をとる公家の子息か、確かに珍しいかもな。

 だけどもっともっと銭は稼がないとな。

 食料も飢饉に備えて備蓄も必要だ。

 もう、北畠家の滅亡する未来を回避するだけじゃ駄目なんだろう。


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