北畠の鬼神

小狐丸

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27 伊勢統一

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 天文二十三年(1554年)八月

 結果的に言って、伊勢の統一は成った。
 正に電撃の疾さだと言っていい。
 とは言え、桑名を除くと注釈は付くが。

 実は千種忠治からの救援要請があった時、俺達が八騎で駆けたのは理由がある。

 千種城は位置的に、神戸氏と関氏の支配地を抜けて行く必要があったからだ。

 六角左京大夫も、関氏と神戸氏が間にある事から、北畠家からの介入はないと安心していた部分もある。
 千種勢の三倍以上だとはいえ、三千五百程度の兵しか出さなかったのはそういった理由があった。

 そこで六角家側からの侵攻により同盟関係にある千種忠治を助けるという大義名分を持って北畠家は六角家と交戦状態に入った。

 そして俺達が出陣した後、兄上が率いる軍と、八郎率いる滝川一族や俺子飼いの精鋭兵達が関氏及び神戸氏制圧の軍を起こす準備を急いだ。





 そして農繁期を狙って兵を挙げた。北伊勢の有力豪族、関盛信と一族の神戸具盛と戦さとなり、これを一日で撃破し、伊勢国鈴鹿郡を本拠地とし、中伊勢から北伊勢まで勢力を伸ばした関氏は亡びた。

 神戸具盛は、その名前から分かるように、北畠氏に縁ある一族だ。神戸具盛の祖父の実家の北畠家の勢力に属していたが、具盛が当主となると、北畠家よりも関盛信や六角氏との関係を修復した。
 関盛信と神戸具盛の正室は共に、蒲生定秀の娘という共通点を持つ。

 その神戸氏は、辛うじて家は残した。流石に一族を滅ぼすのは気が引ける。
 神戸具盛も隠居はさせたが助命したし、正室の蒲生定英の娘も離縁せず減らされた領地で一緒に暮らしている。神戸城は貰ったがな。

 この戦さで神戸具盛の盟友である赤堀氏や他の六角氏寄りの豪族が幾つか亡んでいる。

 この一連の戦さで「北畠の赤備え」「北畠の鬼神」と周辺国にその武勇を知られる事になった。

 一騎当千の少数精鋭が何倍もの敵を駆逐して来た所為で、今や武田の赤備えよりも北畠の赤備えの方が、遥かに有名になりつつある。

 これでやっと桑名近くまでの伊勢街道を押さえる事が出来た。




「蒲生定英は俺を恨んでいるだろうな」
「そうですかね? 全員子供も含めて日野へ送っているじゃないですか」

 馬上で何気なく呟いたのを、六郎が聞いて首を傾げている。六郎的には、この乱世に俺は甘過ぎるくらいだと言う。

 小倉実隆の妻子がどうなったのから分からないが、六郎が言ったように、関信盛の妻子は日野の蒲生定英の元へ送り届けた。

 子供が男でも女でも関係ない。この時代の常識なら、男子は殺すものかもしれないが、ここで一人や二人、俺を恨む人間が増えたとしても、俺的には誤差の範囲だ。それなら俺は俺の思うままにしようと決めている。


 街道整備の工事が行われているのを見ながら、黒影に乗り六郎と慶次郎を共に、のんびりと伊勢街道を北へと進む。
 今回は、多少強引に街道沿いの土地を北畠家の直轄地とした。

 城の統廃合と新たな城の築城も始まった。

 史実で兄上が織田軍に対して築いた細首城(松ヶ島城)は築城せず、その少し南側伊勢街道沿いに松阪城を築城中だ。

 これは木造の兄上への抑えでもある。

 現在、急ピッチで築城中の安濃城(津城)と北と南で挟んで監視の目を光らせている。

 史実では、兄上を裏切り織田方に降っただけでなく、北畠家に牙を剥いたからな。

 兄上を卑怯にも騙し討ちした、長野左京亮、加留左京進達は八部衆により暗殺済みだ。
 勿論、病死に見せかけている。

 史実と今世を混同するのは間違っているが、今世の奴等も碌でもない奴等だったので、北畠家が大きくなり兄上に害を成す前に迷わず排除した。




「殿、あれが神戸城ですか。平城故に守りに難がありますな」
「規模も小さいからな」

 神戸具盛の居城だった神戸城へと着いた。
 六郎が神戸城を見て守り難い城だと感想を言う。

 此処は籠城などには向かない造りになっているが、最低限の改築は必要だろう。

「大々的に手を入れますので?」
「いや、最低限の改築はするが、北にある高岡城に手を入れる」
「高岡城ですか。あれは堅城ですからな」

 慶次郎が神戸城を大改築するのか聞いてきたが、俺はそれを否定する。
 神戸氏には、此処から北に鈴鹿川を望む位置にある標高三十メートル程の台地に築かれた高岡城がある。

 城の規模としては大きくはないが、手を加えれば大軍を暫く寄せ付けない堅城となるだろう。

「ああ、鈴鹿郡は高岡城と神戸城を対で考える」

 俺としては、攻め難いばかりの山城は好みじゃない。籠城する必要のない状況をつくる事が一番だと思っている。

 まぁ、籠城なんてしたい奴は居ないだろうけどな。

「しかし北の抑えとしては弱くないですか?」
「六郎、此処から北は難しい土地なんだ」
「長島ですね」
「その通りだ慶次郎」

 俺も出来れば桑名辺りに、史実に在った桑名城の様な城を築きたい。
 だけど、桑名のすぐ側、長島には願証寺がある。
 桑名は大湊や宇治山田と同じ、公界(くがい)であり桑名は「十楽の津」として自由な商いを認めた自治都市として、戦国大名の介入を跳ね付けてきた。

 まあ、伊勢にはこの公界が多く在り、松坂なども最近まではそうだった。

 最近まではと言うのは、一言で言うと圧倒的な武力をもって潰したからだ。

 お陰で大湊や宇治山田の会合衆が随分と大人しくなった。

「……一向宗ですね」
「ああ、全ての一向門徒が悪い訳じゃない。扇動する一部の者が問題なんだ」

 六郎の父親は妄信的な一向門徒だった。
 それを知っていた俺は、兄上にお願いして早い段階で俺の小姓にしてもらった。出来るだけ引き離したかったわけだ。

 その甲斐もあり、幼い頃よりの教育で六郎は、この時代には珍しく宗教に対してフラットな視線で観れるようになっていた。

 それだけ気を使う必要があるのが一向宗だった。
 実は北勢四十八家は、願証寺の影響下にある豪族も少なくなかった。そして俺は八部衆を使って願証寺寄りの勢力がまとめて北畠家の敵になるよう誘導したんだ。お陰で北伊勢は一向宗の影響を随分と減らせた。

 史実で、織田信長が何度も伊勢長島の一向門徒と戦った。
 その所為で織田軍の武将が何人も討死している。そして一向門徒はというと、信長によって、女子供合わせて二万人が根切りになっている。

 生臭坊主が死ねば極楽浄土と扇動して二万を超える人が殺された。加賀や越前の一向一揆を加えれば、約十万の一向門徒が殺されている。そしてその殆どが貧しい農民だ。

 酒呑童子だった頃の俺ならば、そこまでの怒りは覚えなかっただろうが、現代人として生きた経験のある今の俺には、南無阿弥陀仏と念仏を唱えるだけで、極楽浄土へ行けるなどと扇動する坊主が一番の害悪だと感じていた。

 まあ、それはキリシタンにも当てはまる。特にスペインの宣教師など、植民地にする為の下準備でしかない。

「桑名は一旦放置だな。長島も弾正忠家と協力できればいいのだがな」
「織田弾正忠家ですか? 守護代家の奉行ですよね」
「六郎、織田弾正忠家は数年後には尾張を統一しているかもしれんぞ」

 六郎が信じられないという顔をするのは仕方ない。今の時点での織田弾正忠家は、守護代、織田大和守家の三奉行のうちの一家だが、それも形骸化していた。


 それが今年に入り、織田大和守信友は家老の坂井大膳と図り、斯波義統を暗殺した。義統の子義銀は信長を頼り逃亡し、主家を討つ大義名分である義銀を擁した信長の反撃を受けた信友は安食の戦いで敗れていた。

 織田信長が尾張を統一するのに、史実だとあと五年はかかる。その間に一向門徒にならずとも、飢えずに穏やかに暮らせる環境を作れば、宗教に殺される人間も減らせるだろう。

 事実、伊勢の北畠領内では、一向門徒は殆ど居ない。
 寺社に武力を持つ事を禁じているのも大きい。
 それが出来るのも飢えない環境と、赤備えの圧倒的な武力を畏怖しているからだろう。

「比較的豊かな尾張でも、日々食べていくのが難しいのだ。織田殿が民を飢えさせる事なく統治できれば、長島の一向宗の力も削げるだろう」
「桑名は願証寺の影響力が下がってからですか?」
「両方とも徐々に力を削げれは一番だがな」

 やっぱりもう少し神戸城の改築を強固にしようかな。

 この時代の宗教は厄介すぎる。

 出来れば織田信長に全部任せたいのが本音なんだ。






 長島願証寺

「上人様、北伊勢が北畠家に統一されてしまいましたね」
「早い、早過ぎるな。これでは一揆も起こせまい」
「元々、南伊勢では門徒が減り続けていましたから願証寺の影響力も殆どなく、一揆を起こす事は無理でしたが、今や中伊勢から紀伊の一部まで一向門徒が減り続けています」

 願証寺としても北畠家と明確に敵対する理由もなく、ここで伊勢領内で一揆を起こそうものなら、それは既に宗教ではなく願証寺が戦国大名だと示すのと同義になってしまう。

「北畠家はやり口が上手いですな」
「うむ、北伊勢で六角家の紐付きの勢力と願証寺の影響下にある勢力を纏まるように操作したとしか思えぬ鮮やかな手腕じゃ」

 今まで北伊勢は六角家と願証寺が影響下に置いていたが、それが全てなくなってしまった。

「しかし桑名には手を出さぬようですな」
「桑名は朝廷の御料所じゃ。奪ったとて今度は朝廷が返せと言うて来るだろうからな」
「公家の北畠家は拒み難いでしょうからな」

 桑名は「十楽の津」や公界だなんだと言ってはいるが、商人が朝廷から土地を専横しているだけだ。

「それと上人様、門徒の中ではよからぬ噂も広がっています」
「……鬼に喰われた者達は、極楽浄土へ行けず地獄へと誘われると言うのであろう」

 厄介な話じゃ。噂を打ち消そうとするも、実際に北畠の赤備えの戦さぶりを見た事のある者は、門徒であろうと死を怖れる様になると言う。

 困ったものだ。北畠家が一向宗に対し敵対していないのに、こちらから敵視し攻撃すれば、それこそ宗教として終焉であろう。

 武士が一向宗を警戒するのは儂でも分かる。加賀では国を盗る様な愚かな真似を仕出かした。あれはどう考えても悪手であろう。

 それで何をしているかと思えば、領民から多くの税を集め苦しめておる。これでは一向宗が一揆の対象になるわ。

 今一度、王法為本の教えに立ち返る時かもしれんな。



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