北畠の鬼神

小狐丸

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13 鬼の初陣

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 天文二十一年(1552年)九月

 兄上の北畠具教が史実よりも一年早く家督を継ぎ当主となった。

 そして俺は兄上が当主となったこの機会に、南北朝時代から長年の仇敵だった長野工藤氏との決着をつける事を進言した。

「源四郎の初陣が長野工藤なのは仕方ないか……」
「父上、この機会に長野工藤家を打ち破り、中伊勢を手に入れてみせまする」
「しかし農繁期に兵を動かすか」
「源四郎の親衛隊と子飼いの兵を中心に攻める予定です。総大将は源四郎。しかも寡兵とくれば、長野は無理をしてでも野戦に出て来るかと」
「父上、ご安心下さい。必ずや中伊勢の平定を成し遂げてみせます」

 不安そうな父上(晴具)を安心させるように、俺は力強く言い切る。

 数え十三歳での初陣などそう珍しくもないと思うのだが、父上は俺に対して少し過保護なところがあるので仕方ない。それに普通の戦国大名でも初陣では大将に据える事はあっても、今回の俺のように実働部隊を率いるのは珍しいかもしれない。しかも父上や兄上に詳しく話していないが、最前線に立つ積もりなのだから。

 事前にこの農繁期に兵を動かす事は、長野工藤家側に噂を広めてある。北畠側の動員兵数も同時に噂として広めてあるので、無理をしてでも兵を集めるだろう。

 しかも刈り田乱取りを防ぐ為に、野戦に討って出る可能性が高い。

「長野はどれ程の兵を集めると思っている?」
「道順達の報告では、三千から三千五百といったところでしょうか」
「なに! この時期にしては多くないか?」
「こちらは私が初陣で総大将という事が知られています。この機に大きく叩くつもりでしょう」

 長野側の兵数を聞いて父上が驚くが、俺が僅かな動揺も見せず落ち着いているので、父上も問題ないのだと思い込もうとされている。末っ子が可愛いのは分かるけど、少しは信じて欲しい。



 今回、俺が最終目標にしているのは、細野藤光が治める細野城。長野一族であり、対北畠家で何度も矛を交えた細野氏の居城である山城だ。

 実は現在細野藤光は、居城を移す為安濃城の築城に取り掛かっている。この安濃城は、後に中伊勢最大規模の城となり、史実でも織田軍の滝川一益が正攻法で攻略出来ず、調略によってやっと下している堅城となる。

 だからこのタイミングでの戦さなのだが、どちらにしても城攻めよりも野戦の方が今回に限り都合が良かった。

 まあ、今回は籠城はないだろう。その為の餌を撒いてきたのだから。

 長野工藤側は、安濃郡近隣の国人豪族が兵を掻き集めて参戦すると道順から報されている。

 長野一族である雲林院城の雲林院祐基(うじい  すけもと)と細野藤光。工藤氏の庶流である分部光高、他に家所城の家所藤安、草生城の草生式部少輔が兵を率いて細野城に集結しつつある。

 そして兄上は自身の率いる兵と、俺の組織した黒鍬衆五百人をもって安濃郡に在る長野家側の城を落としていく。

 おそらくほぼ摂取して周るだけで、戦闘になる事はないだろう。





 五常(ごじょう)、仁・義・礼・智・信を重んじ、 俺はこの時代の戦さ場で当たり前のように行われていた、戦さ場での乱取りの禁止を父や兄に訴えた。

 今回は旗印にも五常を掲げている。

 そこで北畠家では、足軽や雑兵から常備軍への切り替えを進めている。

 当然の事ながら、それが一番進んでいるのが俺の率いる部隊だ。

 今回、長野工藤氏を攻めるにあたり、俺の部隊だけで動くのにはそう言った理由もあった。





 安濃川を越えて北に向かった場所。三町(約三百二十名メートル)離れて鶴翼の陣を敷く長野勢三千五百と対峙するのは、俺の率いる精鋭の兵達五百人。

 その内訳は、俺こと北畠義具を総大将に、小姓の六郎改め新左衛門(大嶋親崇)、彦右衛門(滝川一益)、新助(滝川益氏)、慶次郎(滝川利益)、儀太夫(滝川益重)の滝川一族。大之丞(大宮景連)主膳(大宮吉守)の兄弟、小次郎(芝山秀時)と岩正坊虎慶。

 そして子供の頃から鍛錬を重ねた精鋭中の精鋭五百と、八部衆の実働部隊。

 八部衆は道順が率いている。

 五百の精鋭兵は、三百の槍兵、百の弓兵、百の大盾兵だ。

 この百の大盾兵には、体躯に優れ怪力の持ち主を選抜し、鋼鉄の大盾を持ち弓兵の前で弓や投石から守る役目だ。この大盾兵は黒鍬衆でもある。
 黒鍬衆自体は、既に六百人規模になっているが、その内五百は今回は兄上の指揮のもと動く。

 俺自ら携わり作り上げた赤備えの武具は、当世具足や南蛮胴具足と後に呼ばれる物に近い造りだが、その鉄板の材質から拘り、身体の動きを阻害せぬ工夫も各所に取り入れた逸品と自慢できる。

 俺の兜の前立ては、酒呑童子だった頃と同じ様な形の二本角。面頬に牙を剥く鬼の顔。

 大之丞の前立ては、身をくねらせる大百足。
 六郎の前立ては、日輪を表した金色の輪っか。
 慶次郎の前立てには、金剛杵(こんごうしょ)が、小次郎の前立てには蜻蛉が、彦右衛門の前立てには一本の三鈷剣と、それぞれ好きな意匠で兜を飾っていた。



 虎慶以外の俺達九人が弓胎弓を引き絞る。

 俺の矢は開戦の合図である矢合わせの鏑矢だ。
 ただ長野勢は三町離れた距離から矢を射かけるとは思っていないようだ。
 実際、実戦で三町先の敵に威力のある矢を当てるのは、俺達が練気術を使えるからだ。
 練気術は、身体能力の爆発的な向上だけでなく、視力の強化、身体や武器の硬化など多岐にわたる。

 引き絞った弓から鏑矢が放たれ、戦場に音が響く。

 長野勢からも鏑矢が放たれるが、三町離れた距離からの矢合わせの矢が、届くとは思っていなかったのだろう。一人の騎乗の武者が俺の鏑矢に射られて落馬するまで、まったく動きはなかった。

 そして俺達は続け様に矢を射かける。

 三町離れた距離から正確に射かけられる矢に、慌てて木盾をかかげる足軽や雑兵。

 ひとしきり矢を射かけた後、弓を槍に持ち替える。

 さあ、蹴散らそうか。





ーーーーーーーー

 三町先に北畠の四男率いる五百余の兵が現れた。

「殿、無謀な小僧がきが来ましたな」
「……全員が揃いの鎧兜か、この数年北畠家が裕福なのは誠のようだな」

 細野藤光の視線の先には、赤備えの鎧兜に身を包み、横陣で一塊に布陣する北畠家の兵がいた。

 北畠家側が寡兵なのは事前に分かっていたので、圧倒的な兵数の長野勢は鶴翼の陣を敷き押し包みすり潰すだけだ。

 しかし遠目から見る北畠勢は、どの兵も巨躯だ。その威圧感は、赤備えの鎧だけの所為ではないのだろう。

 あの鬼のような二本角の前立てが北畠義具か。確か十三歳だった筈だが、随分と立派な体躯だと感じた。

 うん? この距離で矢合わせか? そう藤光が思うのも道理だろう。この距離で矢を届かせる者は居るだろうが、当てるのは至難の技だ。

「矢張りまだまだガキのようですな。まだ三町もあるのに矢合わせどころか、弓兵が矢をつがえていますぞ」
「付き合ってやれ。鏑矢!」
「はっ!」

 互いの鏑矢が奏でる音が聞こえる。
 長野陣営は弛緩した空気が漂っている。
 それも仕方ないだろう。北畠勢五百程に比べ、長野勢は三千五百居るのだ。しかも何の策もなく正面からの力勝負。勝ちを確信した雑兵や足軽は、この後北畠勢を駆逐した後、豊かな北畠領に攻め込んで刈田、乱取りが待っていると浮き足立っていた。

 そんな弛緩した空気が突然終わりを告げる。

 あろう事か、北畠義具の放った鏑矢が馬上の侍大将に突き刺さり、それを合図に矢が降り注ぐ。

「や、矢盾を構えよ! 矢を放てぇ!」

 慌てて矢を放つよう指示するも、北畠勢からの矢に被害が増えていく。

「と、殿! 此方の矢は殆ど届きませぬ!」
「くっ!」

 陣形を変え押し込むか……それに気が付いたのは、そう藤光が考えた時だった。

 何故か、雑兵や足軽の混乱が酷い。その理由は直ぐに分かった。北畠勢の矢は足軽や雑兵を統率する武将を確実に葬っていた。それに比べ、北畠の弓兵の前には大きな盾を持った兵が並び、数は少ないが届いた矢を防いでいた。

「くっ! 弓兵は一町まで前進! それ以外は突撃じゃ!」

 太鼓が打ち鳴らされ、雑兵や足軽が走り出す。

 長野陣営が動くのと同時に、北畠勢もひと塊に動き出した。

 驚くのはその速度、鎧兜を着込んだ軍勢の速度ではあり得ない。

 それでも細野藤光は巧みに指揮し、迫り来る北畠勢を包み込むように兵を動かす。

 そしてぶつかる両軍、その瞬間細野藤光は呆然としてしまう。

 赤い鎧兜に身を包んだ巨躯の兵が槍を薙ぎ払うように振るうと、幾つもの頸が飛び、ある者は上半身と下半身が泣き別れする。

「なっ!!」

 一当てで五十を超える雑兵や足軽の命が散った。そしてそれは雑兵や足軽に留まらない。

 次々に討ち取られて行く長野勢。
 此奴らは何なのだ。本当に鬼の軍団だと言うのか。藤光の顔は蒼白になり手は細かく震えていた。

 吹き飛ばされた雑兵や足軽の穴に、一つの生き物のように統率された精鋭兵が槍を持ち突撃し、更に穴を拡げていく。

 後方からは左右から包み込もうとした兵に矢が降り注ぎ続ける。
 敵の弓兵を叩こうとやっと辿り着いた兵が巨大な鉄の盾で殴られ潰される。

「ひっ、引き金を鳴らせぇ! 撤退じゃあ!」

 七倍の兵が、瞬く間に一方的に数を減らしていく様を見て、細野藤光は耐えきれず撤退の指示を出す。

 しかしそれは遅きに失した。

 史実にて徳川家康の従兄弟にあたる水野勝成は、北条軍一万に対し一人で突撃し三百の首級を取ったと言われている。

 源四郎が未だに六郎と呼ぶ新左衛門も、史実では北畠家の滅亡後、伊勢長島に於いて一向一揆と共に織田信長と戦っている。その時、一説には大将首五つと、雑兵七百人を打ち取ったとされている。


 そして今迫り来るのは、日頃の鍛錬と練気術により史実とは比べものにならない程強くなっている大嶋親崇やそれ以上の猛者達と精鋭の若武者達。三千五百が一万でも結果は変わらなかったかもしれない。


ーーーーーーーー


 三町の距離を一気に潰し、この身に残る鬼の膂力に加え、練気術で強化した槍を、これも練気術で跳ね上がった膂力で横薙ぎに振るう。
 それだけで長野勢の先駆けが十人近く蹴散らされる。
 まさに鬼神の一撃は、一瞬で長野兵の戦意を挫いた。

 槍が軽いな。関羽みたいに重い得物を使ってみようかな。俺や虎慶なら鉄塊でも振り回せそうだ。

 俺に遅れる事なく右に六郎、左に少し遅れて虎慶(岩正坊)が槍と金砕棒を振るう。大之丞達も同様に長野勢を文字通り蹴散らしていた。特に虎慶の金砕棒に当たった敵は悲惨な様相を見せている。

 そしてもう一人張り切っている男が居た。この戦さは慶次郎にとっても初陣だった。槍を振り回し無双する慶次郎に、同じ滝川一族の新助や儀太夫も負けずと奮戦する。

 俺達に続き槍持ちの精鋭が突撃、更に長野勢の被害を拡げていく。
 この槍持ちの精鋭兵は、俺と共に長年訓練を積んだ者達で、身分も国人や土豪の次男や三男から、土地を継げない農民の子供や孤児、河原者出身や奴隷として売られたのを助けた子供達で構成されていた。

 その一人一人が、雑兵や足軽の十人や二十人くらいなら容易く斃せる力を保つに至っている。

 彦右衛門は弓兵と大盾部隊の指揮を執っている。
 彦右衛門は本来鉄砲隊を指揮しているのだが、今回は兄上の軍に貸し出しているので、弓兵と大盾部隊を任せた。
 彦右衛門は突出した武勇こそないが、何でも熟す器用さは北畠家臣でも一番だ。
 包み込むように迫る長野勢の左右に、近付きながら的確に矢の雨を降らせている。

 あまりの光景に逃げ出す雑兵や足軽が出始める中、俺達の進軍する速度は上がっていく。


 向かって来る者は別にして、逃げる雑兵や足軽には手出ししないよう指示している。
 雇われの傭兵の様な者も居るが、その殆どが田畑を耕す働き手だ。人数が減り過ぎると後々の統治に影響する。

 とは言っても、もう既に影響なしでは収まらない被害を出しているが。

 戦場に引き鐘が響き、長野勢が算を乱して逃げ出し始める。

 俺達はそのまま追撃に移る。

 敵の本陣を急襲するのは簡単だが、細野藤光は生かしておきたい。

 北畠家と長野家は仇敵どうしだが、使えそうな人材は残しておきたい。使えなければ後で兄上が判断するだろう。


 彦右衛門達と合流した俺達は、細野城へと逃げて行く長野勢を追い進軍する。

 そして兄上は、家所城、二子城、草生城を接収しているだろう。

 中伊勢統一まであと少しだ。



ーーーーーーーー


 細野藤光は必死に逃げていた。

 細野城は伊賀街道に面し、長野川と板谷川に挟まれた二百メートル程の丘陵に築かれた山城だった。

 何とか細野藤光が細野城に辿り着いたのは、意図的とも思える北畠義具のゆっくりとした進軍の所為だ。

 ヘタリ込むように胡座をかいて座り込む細野藤光に、散り散りに逃げた長野勢の情報が知らされる。

「殿、草生越前守殿討ち死に、家所三河守殿討ち死に、分部光高殿討ち死に!」
「祐基は、祐基はどうした!」
「雲林院出羽守殿、何とか雲林院城へと逃れた模様!」

 その報せを聞いてほっとする藤光。雲林院祐基は雲林院家に養子に入った藤光の弟だった。

「それで我が方の被害は如何程じゃ」
「……雑兵、足軽を併せまして千人を少し超える程かと」
「なっ! …………」

 藤光は顔を蒼白にして言葉が出てこない。
 それもそうだろう。三千五百の兵の内、千人とは、損耗率が三割近い。これは大敗と言う言葉では表せない程の大惨敗だった。

 それに加え足軽や雑兵の殆どは、戦さの無い時には田畑を耕す貴重な働き手だった。それが千人居なくなるのだ。その影響たるや考えるのも怖くなる。

「……あの赤備えは人なのか」
「殿、逃げ帰った兵達も恐怖に震え、おそらく使い物にはならないと思われます」

 それを聞いても藤光は責める事は出来なかった。藤光自身がもう一度あの赤い鬼達の前に立つ事を想像しただけで、震えが止まらないのだから。雑兵や足軽など集まらないだろう。
 驚く事に、赤備えの兵達は全員が精強な兵だった。だがその精強な兵が霞むほど、北畠義具を含めた十人は、全員が三国志の関羽や張飛もかくやと思われた。

「明らかに北畠勢はゆっくりと進軍していた。その気になれば文字通り全滅させる事も出来たであろう。書状を長野城へ届けてくれるか」
「はっ、畏まりました」

 北畠の四男がゆっくりと進軍している理由の一つに、別働隊が安濃郡の城や砦を落として周っているのもあるのだろうと藤光は思った。当主の北畠左近衛中将の姿どころか、他の重臣達の旗もなかったからだ。

「落とされるでは語弊があるか。接収されるだけであろうな」

 三千五百の兵が散々に打ち破られた今では、砦や城を守る兵は僅かしか居ない。無傷の北畠左近衛中将の軍とは戦さにもならないだろう。

 そして怖れていた報告が藤光にもたらされる。

「と、殿! 北畠義具の軍が!」
「……来たか」

 藤光に取れる選択肢は多くない。
 籠城して城を枕に討ち死にするか、藤光一人腹を切り家族や家臣の助命を願うか。

 北畠家とは仇敵とはいえ恨みなどはない。寧ろ長年にわたり戦ってきた不思議な絆を感じている。勿論、南北朝時代からお互いに親族や家臣を亡くしてきたのだが、それは正にお互い様だ。

 おそらく長野城だけが残されたとしても長くは保たないだろう。

 臣従か滅亡か…………


ーーーーーーーー

 細野城に着き彦右衛門が使者となり降伏勧告すると、あっさりと降伏を受け入れられた。
 降伏の条件だが、細野城周辺以外の没収のみとした。更に、所領が大幅に減少した補填として禄と食糧を融通する事を決めた。



 山城としては大きくない細野城の中丸にて細野藤光と対面した。

「細野壱岐守藤光で御座る」
「北畠源四郎義具です」

 上座に座りお互いに名乗る。
 俺の供には岩正坊と彦右衛門、それに六郎だ。大之丞には外の兵を任せてある。

 細野藤光が頭を床板に擦り付けるほど下げて土下座する。

「某の頸一つでどうか家臣と家族の助命をお願いしたい」
「細野殿、頭をお上げ下さい。貴方の頸は必要ありません。勿論、御家族と家臣の方々の命もです」
「しかし某は長野一族で御座る。本家に弓引く事は出来ませぬ」

 壱岐守殿が長野家を裏切り北畠家に臣従する事は出来ないと言う。それはそうだろう親子なのだから。

 親兄弟で裏切り裏切られ争うのが珍しくない乱世だが、壱岐守殿と長野稙藤(ながの たねふじ)殿の親子関係は良好なのだろう。

「今は武装の解除とこの城から動かぬようにして貰えればいいです。そう日を掛けず長野城を落とすつもりですから」
「!? ……北畠殿に頼むのは筋違いなれど」
「大丈夫ですよ。臣従して頂ければ宮内大輔殿の頸も必要ありませんから」
「忝い!」

 壱岐守殿は再び頭を下げた。

「父上は某が使者となって臣従を促しても従わぬでしょう。長年戦ってきた北畠家と戦いもせず下る事は矜持があります故」
「そのお気持ちも分かります。監視下ではございますが、数日此処でお待ち下さい」

 監視の兵を残し、俺達は長野城へ向かう。

「長野城で御所様と合流予定です。そこで黒鍬衆も我が軍に合流するでしょう」
「ありがとう道順、引き続き宜しく頼む」
「はっ」

 彦右衛門達と城を出ようと歩いていると、影のように現れた道順が兄上の軍の状況を報告し、再び姿を消す。

「道順殿の隠形術は凄いですね。気配が霞のように消える」
「虎慶は気配を消すのが苦手だからな」

 道順の技に感心する虎慶(岩正坊)。




 やがて長野城を見上げる裾野に到着する。

 長野城は標高520mの山頂に築かれた比較的小さな山城だが、尾根に東の城、中の城、西の城が築かれ、天然の要害となっている攻め辛い城だ。

 それが普通の相手なら…………



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