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9 北畠の八部衆
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天文十七年(1548年)五月
伊勢の山の中を人外の速度で駆けぬけ、時には木の枝から枝へと跳んで移動する複数の影があった。
北畠八部衆
鬼王丸を主人と仰ぎ、絶対の忠誠を誓う忍び軍団。
仏法を守護する八神の名になぞらえ、北畠八部衆と名付けられた。
その軍団を統率するのは、甲賀の望月出雲守、多羅尾光俊、伴長信。伊賀の百地丹波守、藤林長門守の五人。
甲賀の望月家、多羅尾家、判家などの一族が、北畠家に臣従している事は、今はまだ極秘扱いだ。まだ六角家と正面から敵対する時期ではない。
実働部隊を率いるのは、伊賀の伊賀崎道順と甲賀の鵜飼孫六。
戦闘部隊に、神戸小南、上月佐助、高山太郎次郎などの腕利きが揃う。
主な忍び働は諜報活動による情報収集が任務だが、神戸小南と上月佐助は鬼王丸と共に、僧正坊の教えを受け武力にも並みの武将を凌駕する。
そして鬼王丸と忍び衆とのパイプ役として、滝川資清と一益ら滝川一族が務める。
そして深い山の中を人外の速度で駆けるのは、北畠八部衆の戦闘部隊だ。
これも彼等の訓練の一部で、その実力は他の忍びを寄せ付けない。
この高い戦闘力も北畠領内に、他国の間者がまともな活動が出来ない理由でもあった。
佐助が跳躍では到底届かない位置にある、木の枝に長い鎖の両端に付いた短剣状の鏢(ひょう)を放つ。
佐助が使っているのは、鬼王丸が造った流星錘の派生武器で、錘の代わりに短剣状の鏢(ひょう)が付いた縄鏢(じょうひょう)と呼ばれるものだ。
自らの身体能力と縄鏢を駆使して、樹々の間をあり得ない機動で跳びまわる姿は、猿飛の二つ名に相応しい。
特製の武器を与えられているのは、佐助だけでなく、小南は二本の小太刀を、道順は刺突に特化した直剣を鬼王丸から貰っていた。
北畠八部衆の戦闘部隊は、並みの武将などものともしない強さと、忍びの技を両立させていた。
この忍びの戦闘部隊は戦さにも参加する。
斥候やゲリラ戦、時には籠城する城へと忍び込んでの破壊活動も行う。
「丹波守殿、長門守殿、伊賀は順調ですかな?」
「ああ、出雲守殿、服部家には知られてはいない。ただ服部家の間者に稲の苗を植える方法は漏れたと思う」
「それは仕方なかろう。あれは一目瞭然だからな。ただそれをする意味までは分からぬ故、全ての田圃で試すのは無理だろう」
望月出雲守が百地丹波守と藤林長門守に、伊賀の情勢を聞いた。
伊賀の上忍三家のうち、百地と藤林は既に北畠家の家臣として禄も得ている。彼等は、わざわざ北畠家ではなく鬼王丸の家臣となったのだが。そして残る服部家には、北畠家との関係を極力知られぬようにしている。服部家は三河松平家の家臣となっている。現在敵対している訳ではないが、伊賀の地に残る服部家から三河松平に情勢が漏れるのは避けたい。
「それで甲賀の方はどうですかな。我等伊賀よりも甲賀は複雑ですからな」
逆に甲賀の現状を丹波守が出雲守に聞く。
甲賀は六角家と近く、直接家臣として仕えている家も複数存在する。今回も多羅尾光俊、伴長信が来なかったのは、六角家に悟られぬようにだ。
「三雲や山中以外は、積極的に六角家の為には動く事はないでしょう。甲賀から多くの人間が伊勢に流れていても、気にも止めていませぬからな」
「ふん、どうせ素波が何処に行こうが関心がないのであろう。殿との違いがよく分かるわ」
「鬼王丸様は、貴き血筋にも関わらず、下忍や郎等、河原者などにも変わらぬ態度で接して下さるからな」
出雲守の話に、丹波守が毒づき、長門守は得難い主人を得たと言う。
六角定頼にすれば、忍びは下賎な仕事をさせる使い捨ての道具なのだろう。
それに比べ鬼王丸は、仕事が失敗しても構わない。先ずは必ず生きて帰れと言う。これは、第一に情報を持ち帰るのを優先する意味があるのだが。
「ただ下忍への教育を徹底するのが大変でしたぞ」
「そうですな。下忍など盗人や盗賊と変わらぬ者も居たことは確かですからな」
丹波守や長門守、出雲守でさえそれには苦労した。静かに周りに溶け込み静かに潜伏し、無理せず情報を持ち帰る事が如何に大事か、今なら三人にも良く分かるが、情報こそ大事なのだと、末端の人間まで教え込むのは大変だった。
それは雑兵や足軽に乱取りを禁止するのと同じくらいに大変だったと、八部衆の統率を任された五人の共通認識だった。
丹波守達人の上に立つ者は、鬼王丸から何故敵地の領民に被害を与える事が愚かな行為なのか、説明されれば納得できるが、末端の人間までは中々難しいのだ。
「それと北畠家内で害になりそうな者の洗い出しはどうなのだ?」
「丹波守殿、数名だが捨て置くには危険な輩が居たが、今詳しく調べさせている」
百地丹波守が聞いたのは、北畠家家臣や親族の中で、獅子身中の虫と成り得る者の存在だ。
史実で身内の裏切りにあい具教が忙殺されている事を知っている鬼王丸が、調略で簡単に転びそうな者の洗い出しを頼んでいた。そこには鬼王丸の二番目の兄も含まれている。
「殿に排除を進言するべきか……」
「それ程愚かな輩なのか」
「うむ、武に優れる訳でなく、文官として能力がある訳でなく」
「長門守殿、今はまだ放置でいいだろう。御所様にも報せるべきであろつしな」
「確かに、鬼王丸様が元服なされた後でも遅くはないか」
望月出雲守が今は時期ではないと言うと、藤林長門守も納得する。北畠家が本当の意味で躍進するのは、鬼王丸が元服した後だろうから。
「それまでは、我等影に潜み力を蓄えよう」
「であるな。組織の再編と引き締めをせねばなるまい」
「古き世を打ち砕き、新しき世の礎とならん」
伊賀と甲賀、二つの異なる地に生まれた忍びが強固に手を取り合い、一つの意志のもと活動し始めた。
伊勢の山の中を人外の速度で駆けぬけ、時には木の枝から枝へと跳んで移動する複数の影があった。
北畠八部衆
鬼王丸を主人と仰ぎ、絶対の忠誠を誓う忍び軍団。
仏法を守護する八神の名になぞらえ、北畠八部衆と名付けられた。
その軍団を統率するのは、甲賀の望月出雲守、多羅尾光俊、伴長信。伊賀の百地丹波守、藤林長門守の五人。
甲賀の望月家、多羅尾家、判家などの一族が、北畠家に臣従している事は、今はまだ極秘扱いだ。まだ六角家と正面から敵対する時期ではない。
実働部隊を率いるのは、伊賀の伊賀崎道順と甲賀の鵜飼孫六。
戦闘部隊に、神戸小南、上月佐助、高山太郎次郎などの腕利きが揃う。
主な忍び働は諜報活動による情報収集が任務だが、神戸小南と上月佐助は鬼王丸と共に、僧正坊の教えを受け武力にも並みの武将を凌駕する。
そして鬼王丸と忍び衆とのパイプ役として、滝川資清と一益ら滝川一族が務める。
そして深い山の中を人外の速度で駆けるのは、北畠八部衆の戦闘部隊だ。
これも彼等の訓練の一部で、その実力は他の忍びを寄せ付けない。
この高い戦闘力も北畠領内に、他国の間者がまともな活動が出来ない理由でもあった。
佐助が跳躍では到底届かない位置にある、木の枝に長い鎖の両端に付いた短剣状の鏢(ひょう)を放つ。
佐助が使っているのは、鬼王丸が造った流星錘の派生武器で、錘の代わりに短剣状の鏢(ひょう)が付いた縄鏢(じょうひょう)と呼ばれるものだ。
自らの身体能力と縄鏢を駆使して、樹々の間をあり得ない機動で跳びまわる姿は、猿飛の二つ名に相応しい。
特製の武器を与えられているのは、佐助だけでなく、小南は二本の小太刀を、道順は刺突に特化した直剣を鬼王丸から貰っていた。
北畠八部衆の戦闘部隊は、並みの武将などものともしない強さと、忍びの技を両立させていた。
この忍びの戦闘部隊は戦さにも参加する。
斥候やゲリラ戦、時には籠城する城へと忍び込んでの破壊活動も行う。
「丹波守殿、長門守殿、伊賀は順調ですかな?」
「ああ、出雲守殿、服部家には知られてはいない。ただ服部家の間者に稲の苗を植える方法は漏れたと思う」
「それは仕方なかろう。あれは一目瞭然だからな。ただそれをする意味までは分からぬ故、全ての田圃で試すのは無理だろう」
望月出雲守が百地丹波守と藤林長門守に、伊賀の情勢を聞いた。
伊賀の上忍三家のうち、百地と藤林は既に北畠家の家臣として禄も得ている。彼等は、わざわざ北畠家ではなく鬼王丸の家臣となったのだが。そして残る服部家には、北畠家との関係を極力知られぬようにしている。服部家は三河松平家の家臣となっている。現在敵対している訳ではないが、伊賀の地に残る服部家から三河松平に情勢が漏れるのは避けたい。
「それで甲賀の方はどうですかな。我等伊賀よりも甲賀は複雑ですからな」
逆に甲賀の現状を丹波守が出雲守に聞く。
甲賀は六角家と近く、直接家臣として仕えている家も複数存在する。今回も多羅尾光俊、伴長信が来なかったのは、六角家に悟られぬようにだ。
「三雲や山中以外は、積極的に六角家の為には動く事はないでしょう。甲賀から多くの人間が伊勢に流れていても、気にも止めていませぬからな」
「ふん、どうせ素波が何処に行こうが関心がないのであろう。殿との違いがよく分かるわ」
「鬼王丸様は、貴き血筋にも関わらず、下忍や郎等、河原者などにも変わらぬ態度で接して下さるからな」
出雲守の話に、丹波守が毒づき、長門守は得難い主人を得たと言う。
六角定頼にすれば、忍びは下賎な仕事をさせる使い捨ての道具なのだろう。
それに比べ鬼王丸は、仕事が失敗しても構わない。先ずは必ず生きて帰れと言う。これは、第一に情報を持ち帰るのを優先する意味があるのだが。
「ただ下忍への教育を徹底するのが大変でしたぞ」
「そうですな。下忍など盗人や盗賊と変わらぬ者も居たことは確かですからな」
丹波守や長門守、出雲守でさえそれには苦労した。静かに周りに溶け込み静かに潜伏し、無理せず情報を持ち帰る事が如何に大事か、今なら三人にも良く分かるが、情報こそ大事なのだと、末端の人間まで教え込むのは大変だった。
それは雑兵や足軽に乱取りを禁止するのと同じくらいに大変だったと、八部衆の統率を任された五人の共通認識だった。
丹波守達人の上に立つ者は、鬼王丸から何故敵地の領民に被害を与える事が愚かな行為なのか、説明されれば納得できるが、末端の人間までは中々難しいのだ。
「それと北畠家内で害になりそうな者の洗い出しはどうなのだ?」
「丹波守殿、数名だが捨て置くには危険な輩が居たが、今詳しく調べさせている」
百地丹波守が聞いたのは、北畠家家臣や親族の中で、獅子身中の虫と成り得る者の存在だ。
史実で身内の裏切りにあい具教が忙殺されている事を知っている鬼王丸が、調略で簡単に転びそうな者の洗い出しを頼んでいた。そこには鬼王丸の二番目の兄も含まれている。
「殿に排除を進言するべきか……」
「それ程愚かな輩なのか」
「うむ、武に優れる訳でなく、文官として能力がある訳でなく」
「長門守殿、今はまだ放置でいいだろう。御所様にも報せるべきであろつしな」
「確かに、鬼王丸様が元服なされた後でも遅くはないか」
望月出雲守が今は時期ではないと言うと、藤林長門守も納得する。北畠家が本当の意味で躍進するのは、鬼王丸が元服した後だろうから。
「それまでは、我等影に潜み力を蓄えよう」
「であるな。組織の再編と引き締めをせねばなるまい」
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