北畠の鬼神

小狐丸

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6 兵農分離の始まり

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 天文十六年(1547年)九月

 鞍馬山から戻った俺たちは、早速、彦右衛門(滝川一益)や慶次郎、道順、小次郎(芝山秀時)の輪(チャクラ)を開き、氣の運用を導く事を試した。

 前々世では、自分の体内にある妖気や氣の存在を認識し様々な妖術を使っていた俺にとって、僧正坊様が俺たちにした事の真似事くらいは可能だと、何となく分かっていた。

 俺の予想は当たり、彦右衛門達は氣を操る入り口に立つ事が出来た。

 あと、分かっていた事だけど、氣の素養は人それぞれで、その身に内包する絶対量も人それぞれだった。
 それは氣による強化も人により差が出て来る事を示していた。

 まあ、素養のないと思われる農民の子供や捨て子の子供でも、十分桁外れの力を手に入れる事は出来たんだけどね。




「四男様、今年は近江や西国が豊作のようですな」
「売り先は甲斐と関東かな」
「流石、鬼王丸様。ではその様に」
「あとうちにも少し回して下さい」
「おや、北畠家の領地では大豊作ではないですか」
「ああ、酒造りに回したいからね」
「おお、澄み酒で御座いますね。あれは素晴らしいお酒ですな。成る程、あれなら幾らでも高値で売れますな。分かりました。ではその様に致します」
「頼む」

 俺と米の売り買いの話をしていたのは、伊勢の商人で廻船問屋の角屋秀持、通称七郎次郎。

 七郎次郎には、俺の商売の取引相手として、伊賀の忍びを使った全国的な相場取引で世話になっている。

 今年になって、海賊の小浜衆と九鬼衆を使って近場の交易を始めたが、まだまだ船は必要だ。
 史実では、九鬼水軍は北畠氏から離反し、織田家へと臣従したが、今世の九鬼水軍は大丈夫だろう。
 海賊衆は、良くも悪くも荒くれ者の集まりで、強い者に従う傾向が強いのか、俺が最初にガツンとかましてやった。その後は従順だ。



 そして水軍関係では、大湊の船大工に頼み南蛮船を建造中で、既に一隻のキャラベル船が完成し、操船訓練が始まっている。更に秘密が守りやすい場所に、新しい造船ドックを建設中だったりする。
 そこで建造するのは、三本及び四本マストのキャラベル船。操船性を重視したトップスルスクーナー。
 キャラベル船は三本マストの小型の船から、俺が造ろうと思っている主力の四本マストの比較的大型のものまで揃えるつもりだ。
 江戸時代初期、伊達政宗がガレオン船を建造させたんだ。やってくれると信じている。

 大砲はカルバリン砲の製作を職人達がチャレンジ中だ。
 これには絡繰があって、豪運にも野分で流され難破したガレオン船を手に入れたのだ。
 見本が有れば、大砲や南蛮船を模倣する目処も立つ。ただ取り回しを考えれば、小回りが利き船足の速いキャラベル船が先だと考え、ガレオン船の建造は後回しにしている。
 出来ればもう何艘か南蛮船を何処かで拿捕したい気分だ。南の方の海なら倭寇だと誤魔化せないかな。



 七郎次郎には粗銅の買い付けも頼んである。その粗銅から南蛮絞りによる金銀の抽出も順調で、私鋳銭を造る職人の技術も上がり、まだまだ絶対的に足りていないが、少しずつ精巧な銅銭が伊勢で流通するようになっている。

 椎茸栽培も順調で、澄み酒と共に干し椎茸が長島の願証寺に高値で売れている。
 塩は流石に増産出来はしたが、俺がどうにか出来ないので、父上と兄上から利益の内の幾ばくかを貰っている。

 造れば造るだけ飛ぶように売れる、澄み酒造りは順調に増産体制を整えている。それに加えて醤油や味醂、味噌の醸造も始めた。
 醤油自体は寺を中心に古くからそれに近い調味料が作られていた。室町時代後期には一般的にも出回り始めていたらしいので、職人を探すのに苦労はなかった。

 今、南伊勢から志摩まではだんだんと豊かになって来ている。
 俺が管理する領地や父上や兄上の領地にある関所の整理と進めている。
 この時代、桑名から伊勢神宮の門前町である宇治山田まで、嫌になる程の数の関所があった。これでは経済も停滞するというものだけど、この時代の国人や豪族なんて自分の領地の事しか考えていない。関所を減らして商人を呼び込み、経済を活性化するなんて発想はない。

 大之丞の大宮家や小次郎の芝山家など、何時も俺と行動を共にする人間は、俺が訴える関所の整理に理解を示し賛同してくれている。
 百地丹波守や藤林長門守も伊賀から伊勢に抜ける関所を整理した所、伊賀を抜ける商人の数が増えたと聞いている。
 商人が行き来するという事は、物と銭が動くという事で、その恩恵は確かに伊賀を潤していた。

 様々な取り組みで、北畠家及び俺の懐は暖かい。その銭で伊賀と甲賀の忍びに禄を与え、農家や豪族の土地を継げない次男以降の子供や人買いに買われた子供を集め、住む場所と食事を与え、読み書きを始めとする教育を受けさせ、武芸の鍛錬をさせた。

 その中で、戦いに向かない者は職人や将来の文官候補として育てる。
 そして職業軍人として育てる中から、黒鍬衆や兵站を扱う部隊、衛生兵に適性をもつ人材を育成する。

 この今は俺と同じか少し上くらいの子供達が、将来の北畠軍の中核になると期待している。



 銭雇いの雑兵や足軽は、軍の規律を守らず抜け駆けを平気で行い、その結果軍全体の統率が乱れて部隊が瓦解する事さえある。そして一旦負け戦さだと判断すると、真っ先に逃げ出す。
 そして何よりこの時代、雑兵や足軽にとって乱取りは当然の権利で、大名や国人側も乱取りを禄の足しにと考えている者ばかりだ。

 戦さで滅ぼすべきは武士や国人で、そこに暮らす領民は、自分達が守るべき民になる。それを乱暴狼藉、挙句に人買いに女子供を売り払うなど、人道に悖る行為は北畠家では俺が許さない。

 その為に、俺は今の足軽や雑兵中心の戦さから脱却し、織田信長や豊臣秀吉が目指した兵農分離を推し進めたい。

 しかも規律を守り、訓練の行き届き統率された軍団としての専属兵士を創り上げる。


 七郎次郎がもう一つ、極秘裏に頼んでいる物が成功したと報告してきた。

「鬼王丸様、火縄銃の複製が成功しました」
「鍛治職人は?」
「鍛治職人の増員は手配しています。複製品の改良に着手済みです」
「ご苦労。最低でも千丁は欲しい。鍛治職人にはよろしく頼むと伝えてくれ」
「四男様からお言葉を頂いたと聞いたら職人達も張り切るでしょう」

 七郎次郎には早い段階で火縄銃を手に入れてもらい、国友村の様に鍛治職人を集め火縄銃の複製と改良を頼んでいた。
 俺の記憶が確かなら、あの織田信長も今は尾張半国守護職の奉行の嫡男の立場だった筈だ。信長が国友村に五百丁の火縄銃を注文したのも、今から四、五年先の話だと記憶している。

 俺という史実には、本来なら存在しないイレギュラーが居る所為で、北畠軍が織田信長に滅ぼされる未来は回避できると信じたい。


 俺に与えられた屋敷で七郎次郎と話している所に、岩正坊が巨大な猪を担いで中庭に現れた。

「若! 大物の猪が獲れましたぞ!」
「虎慶、直ぐ行く! 七郎次郎も一緒にどうだ?」
「是非、ご相伴にあずかります」

 岩正坊や六郎、小南や佐助が猪を解体する為に持って行く。

 大之丞や小次郎が弓を持って戻って来た。

「若、大物だったでしょう。私が放った矢で仕留めましたぞ」
「大之丞殿、俺の矢も当たったではないですか」
「小次郎、俺の矢の方が先に当たったわ」
「いいえ、私の方が先に当たりました」
「はぁ、大物が狩れたんだからどっちでもいいだろうに」

 大之丞と小次郎が言い合っている間に、子供達が鹿を数人で引きずって持ち込む。

「若様、鹿も捌いてしまいますね」
「ああ、皮は三次に渡してくれ。七郎次郎、角は居るか?」
「立派な牡鹿ですな。角は私どもが買い取りましょう」

 三次の父親は河原者で、皮の鞣し職人だ。鹿皮は三次に任せる事にしている。

 多くの子供達が中庭で忙しく動き回るのを、七郎次郎がニコニコと笑顔で眺めていた。

「農民の子、河原者の子、豪族の子、後は人買いに買われた子供達ですか」
「あとは伊賀や甲賀の子供達だな」
「何と……」

 多岐御所に比較的近い場所に建つ俺の屋敷には、近くに長屋が建てられ、農民や豪族の次男三男や孤児や人買いから買った子供達が暮らしている。その中には住む場所は別だが、伊賀と甲賀の忍びで俺の家臣となった者達の子供達も一緒に生活している。

 勿論、幼い子供達以外にも少年達は訓練を受け、北畠領の治安維持の為の巡回部隊を設立し、盗賊や間者の排除に働いている。

 体格の良い少年達を集めた黒鍬衆は、先行して設立され、鶴嘴やシャベル、リヤカーや一輪車を造り、既に領内の開発や治水工事に従事している。

 黒鍬衆には大工や左官職人、石積み職人を指導に迎え、野戦陣地の構築から築城まで熟せる人材を育てている。

 この黒鍬衆は、父上や兄上からも関心され、北畠家でも独自に黒鍬衆を設立すると聞いている。

 黒鍬衆が使う装備にも拘った。

 シャベルはそのまま武器として使用可能だし、戦さの時には投石紐を用いた投石隊に様変わりする。

 この黒鍬衆の指揮は、新助(滝川益氏)に任せている。お陰で新助は南伊勢から志摩まで飛び回っているので忙しい。

 因みに彦右衛門(滝川一益)が家臣となった事がきっかけで新助や八郎殿(滝川資清)達、滝川一族が父上や兄上ではなく、俺の直臣となった。そしてあの小説や漫画で有名な自由人が俺の家臣となった。

 今年元服して滝川慶次郎利益となった、史実で前田利益、天下の傾奇者だ。
 慶次郎は俺より八歳年上の今年数えで十六歳になる。
 漫画や小説では大男のイメージがあるが、実際に残された鎧兜から、それ程体格は良くなかった事が分かっている。
 だけど今の慶次郎は、既に六尺を超る立派な体格をしている。これも史実では、幼少期の貧しい食事の影響が大きかったのだろうと思う。


「そう言えば鬼王丸様、例の船は完成したようですな」
「ああ、今はその経験を踏まえて二隻目に取り掛かって貰っている」
「ほう、操船に苦労していると聞きましたが?」
「慣れれば自在に操れるようになるだろう」

 七郎次郎が言う例の船は、つい先日完成したキャラベル船としては大型の三本マストのトップスルスクーナー船だ。
 外洋の航行は少ないので、縦帆船の操船性の良さが活きると思う。

「大筒も造られたとか」
「青銅製の大砲だな。本場の南蛮船にも性能なら負けないと思うぞ」
「ほう、それは素晴らしい。うちで扱えませんか?」
「流石に大砲は無理だ。あれはまだ秘密だからな」
「それは残念ですな」

 大砲については現状青銅製のカルバリン砲とフランキ砲の二種を鋳造するのが精一杯だった。それでも職人達の技術に脱帽する思いだけどね。
 砲弾も榴弾砲を開発出来たので、対人戦でも使おうと思えば使える。

 行く行くは鋼鉄製のカノン砲を開発したいと思っているが、それには高炉を建造する必要がある。今の製鉄技術じゃ難しいとしか言えない。それよりも青銅製の野砲を先に開発したい。

 鉄の安定的生産に向け、高炉を建造する準備段階として、耐火煉瓦の開発を始めているけどまだ先は長い。

「鉄は国家なり」だったっけかな。

 史実で織田信長が尾張を事実上統一するまで約十二年。それまでに伊勢を統一出来れば簡単に滅ぼされる事もないだろう。

 ただ伊勢の統一は、六角氏との全面対決を意味する。今はまだ難しいな。

 出来る準備は全部やってやる。



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