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二十六話 馬車の改造と水飴作り

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 次の日の朝、ベルグとポーラが馬車を改造する為に、町にある工房へと出かけた後、僕は宿の部屋で水を吸わせた大麦に対して、ウロボロスの神印の力を使う。

「出来るとは思っていたけど……」
「うわぁー! 芽が出てきたよー!」
「こ、これは、何の神印なのよ!」

 大麦が発芽して伸びるのを見て、ルカは声を上げて喜び、セレネさんは意味がわからないと混乱している。

「あとは餅米を炊いてと……」

 発芽した大麦麦芽を乾燥させて細かく粉砕する。炊いた餅米にぬるま湯を加え、60℃~65℃で、粉砕した大麦麦芽を混ぜ時間を置けば、澱粉が糖化するので、それを搾ったあと濾して煮詰めると水飴になる筈だ。

 僕が宿の厨房を借り、鍋を火にかけアクを取りながら煮詰めていくと、ドンドン甘い匂いが漂ってくる。

「シグお兄ちゃん! なんか、良い匂いがする!」

 作業中、僕のズボンを掴んで見ていたルカが興奮している。

「もう少しで完成だからね。まだ熱いからね」
「うん! ルカちゃんと待てるよ!」
「よし! これで後は冷ませば完成だと思う」

 鍋を持って部屋に戻り、ガラス瓶に移し替え蓋をして冷めるのを待つ。

「セレネさんは水属性の魔法が使えましたよね。瓶を冷やすとか出来ますか?」
「出来なくはないと思うけど、魔法をそんな事に使った事がないわよ」

 そうは言いながらも瓶を魔法で冷やしてくれた。一般的に魔法は攻撃する為の手段と考えられているようで、魔道具は別にして、魔法を生活に役立てる発想はないと言う。でも使えるものは使わないと勿体ないよね。

「あの量でガラス瓶にして三つか、もうちょっと多めに買っておけば良かったな」

 僕は鍋に残った水飴を木の棒でこそぎ、ルカに手渡す。

「舐めてごらん」

 ルカは警戒する事もなく、棒を口に入れた。

「!? あ、あまーーい! シグお兄ちゃん! 凄く甘いよ!」
「良かったね」
「ちょっ、ちょっと、私にも舐めさせてよ!」
「落ち着いてセレネさん。ちょっと待ってください」

 セレネさんにも鍋に残った水飴を、棒でこそぎ渡すと、夢中になって舐め始めた。

「「………………」」

 セレネさんは、ルカと並んで夢中で棒に付いた飴を舐め続けている。幸せそうに蕩けている二人の顔を見ると、作って良かったと僕まで嬉しくなった。僕も木の棒で鍋に残った水飴を刮いで舐めてみる。

「うん、甘くて美味しい」
「シグお兄ちゃん! お鍋に残った甘くて美味しいヤツ、もっと舐めていい?」
「私も! 私も!」
「う、うん、ほどほどにね」
「「わーーい!」」

 セレネさんまでが子供みたいに喜んで、ルカと一緒になって、棒を使って鍋に残った水飴をこそいで舐め始めた。

 セレネさんも女の子なんだなぁ。なんて思ってたんだけど、その夜、僕は別の意味でセレネさんに食べられてしまう。
 ルカが寝付いた頃、セレネさんの部屋に呼び出された僕は、あれよあれよという間に食べられちゃった。
 僕も健康な男だから、女神のような裸身をさらすセレネさんに迫られたら拒否なんて出来なかったよ。それに積極的に迫って来たセレネさんも実は初めてだったなんて……お陰で暴走した僕は、朝までセレネさんを貪ってしまった。
 ケダモノか僕は……






 シグフリート達と別れたベルグとポーラは、馬車を鍛治工房の空きスペースに持ち込んでいた。
 そこで馬車の魔改造をしながら、自分達の同行を許してくれた少年の事を話していた。

「ポーラや、シグ殿達の事をどう思う」
「……シグ様は恐らく帝国の出身。しかも貴族かもしれない。でも人族なのに、獣人のルカを助けて妹にしたり、エルフのセレネとも普通以上に接している。ドワーフの私とお爺とも接し方を変えない。帝国の貴族ならあり得ない。……だからおかしい」
「そうなんじゃ。最初は儂もシグ殿が持つ剣や鎧に目を奪われたが、見るべきはシグ殿であった」

 最初は、バウンティハンター崩れの率いる亜人狩り達から救われた。本来ならそれだけで返しきれぬ恩を受けたベルグとポーラだが、シグフリートという少年は特に何も要求しなかった。
 それどころか、シグフリートという少年がベルグのポーラにもたらしたものは希望だった。
 龍の素材が使われ、最も神に近いと言われる至高の存在が創造した武具、ベルグは神に感謝した。
 ドワーフの職人にとって、龍の素材とはオリハルコンと並び神器と呼ばれる武具を生み出す事が出来る、憧れを超えたモノだ。故にドワーフにとっての龍は、信仰の対象でもあった。その龍に愛された少年は、ベルグにとって護り仕える相手だ。

「それとファニールと呼んでいた馬、気がついたか?」
「? お爺、ファニールは普通の馬じゃない?」
「ああ、間違いない。あれは馬の存在感じゃねえ。だが詮索しちゃなんねえ。儂等がシグ殿から信頼されて、向こうから話してくれるまでわな」
「……分かった」

 そしてベルグ達が役に立つと思って貰うには、ベルグの鍛治の腕とポーラの魔道具製作能力と付与魔法が一番だと思っていた。
 ベルグもポーラも、戦闘に関しては自信があったが、シグフリートの配下と比べるとどうしても力不足だと分かっている。

「儂等が役に立つとシグ殿に分かって貰わねばならん」
「……ん、お爺、頑張ろう」

 ベルグは馬車をバラバラに分解すると、全ての部品を見直すところから始めた。

「車軸と軸受は一からやり直しじゃな」
「……板バネも追加した方がいい」
「うむ、乗り心地は重要じゃからな」

 どの種族も金属加工技術はドワーフには敵わない。それはドワーフが火と土に愛された種族だから。金属と火を扱う事に関しては、他種族と比べると絶対的なアドバンテージを持っていた。
 ベルグとポーラが工房の炉を借りて、馬車の金属部品を一新させていく。
 それはもう改造とは言えない。
 鋼鉄製のパイプフレームに木製の外装板と内装板を貼り、内装には高級な布を貼り付ける。柔らかいクッション性の高い椅子を縦に備え付ける。
 元はただの幌馬車だった物が、意匠を凝らした箱馬車へと変身していく。

「このくらい広ければ、身体の大きいシグ殿の眷属達も大丈夫であろう」
「……荷物は床下と天井上で十分だと思う」

 ベルグはマジックバッグを持っているし、シグフリートはおそらく収納系の魔法を使えるらしいので、馬車に収納スペースはあまり必要ないのだが、全くないのも不自然だからだ。

「……お爺、椅子のクッションはこれでいい?」
「うむ、ルカ嬢も居る事だし、柔らかめでいいじゃろう」

 ドワーフの特性である器用さと力の強さ、火の魔法と土や鉱物を操る土の魔法を駆使して、盗賊から奪った馬車は魔改造されていく。それはもうまったく新しい馬車と言ってもいいだろう。

 この二日後、ベルグとポーラによって付与魔法で強化された馬車は完成するのだが、その様子を驚愕の表情で見る工房の主人に、二人は気付く事はなかった。
 優れたドワーフの技術を目の当たりにした、鍛治工房の主人は幸運だったのか不運だったのか…………




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