黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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三十二話 一先ずの終息

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 俺たちはベルガドの街に帰って来ると、やっと普段の生活に戻る。

 エルフのユミルさんと、元ハンターのルルースさんの問題は解決していないが、物事は一つ一つ解決する事が大事だからな。

「えっ、フランソワーズさん、帰らないのか?」
「ああ、暫く預かる事になったよ」

 師匠からフランソワーズさんが、国に戻らず暫く教会で預かると聞き驚いた。

 実行犯のヒュドラの末端組織は潰したし、ブガッティ男爵も潰して家は断絶したらしい。

 ルトール伯爵にも釘刺しになっただろうし、政治的にも大きなダメージを受けた。

 もう帰ったとしても問題なさそうだと思うのだが、何かあるのだろうか?

「噂が流れたからね。何の証拠もない話だけど、貴族の令嬢には痛いダメージなのさ」
「噂って……」

 平民なら何の証拠もないと笑って飛ばせる話も、高位貴族の令嬢となると、そうもいかないみたいだな。

「ほとぼりが冷めるまでって事か?」
「どうだろうね。オートギュール伯爵とは暫く預かる事しか決まっていないが、婚約話も立ち消えたみたいだしね」

 世の中、単純にはいかないようだな。

 師匠の話では、ルトール伯爵家はお金的にも政治的にも大きなダメージを負った。

 オートギュール伯爵家は、フランソワーズさんの事を除けば、貴族家としては大勝利という事だ。

 オートギュール伯爵も、貴族としての利と親としての気持ちは別だろうしな。

 胸糞悪いが、これで取り敢えず一旦決着だそうだ。

「でもフランソワーズさんが、このままこの教会じゃ危険だろ?」
「だからと言って、他所の教会が安全って訳でもないんだよ」

 この教会は、ブラッディーロータスの拠点なのは、知っている人は知っている。

 その為に、狙われるのを避ける意味で、この教会では孤児院を併設していない。

「考え方を変えようと思ってね。どうせリルは護らないといけないんだ。リルを他所にやる気はないんだろ?」
「当たり前じゃないか。妹を何処にやると言うんだ」
「だろ? シュートのタナトスも諜報の仕事で常に護れる訳じゃない」
「その辺を考えるのか」
「ああ、この際、何があっても大丈夫な体制を整えようかと思ったんだよ」

 確かに、教会が狙われるのを怖れるのは少し違うと思う。

 何だか俺たちが外圧に負けたような形はよくない。

「ルビーも成長すれば、教会を護るくらい余裕だろうし、私やバルカが新しい眷属を召喚するって案もある」
「俺もタナトスとルビーだけじゃなく、眷属を増やしてもいいしな」

 師匠のミネルヴァはランク5のシャドウオウル。密かに護衛するには向いているが、どちらかと言えば諜報用だ。

 ランク7の師匠なら教会の護衛用に新しく召喚した方がいいだろう。

 ただ、俺のタナトスの例があるように、何が来るかは運によるところが大きいので、望む眷属が得られるかは分からない。

 どちらにしても魔法に高い適性を持つ師匠、バルカさん、そして俺が眷属を召喚しようとなった。

 そんな事を話していると、ふとフランソワーズさん以外の二人は今後どうするのか気になった。

「ユミルさんとルルースさんはどうするんだ?」
「ああ、あの二人ね。ルルースはここに置いて欲しいと言ってたよ。まあ、人間的に問題はなさそうだし、リルも比較的懐いているしね」
「ルルースさんはハンターだろ? ハンターとしてやっていけないのか?」
「ハンターもソロじゃ厳しいのさ」

 特に女でソロのハンターは、なかなか難しいと言う。

 まあ、俺でも何となく想像できるな。

 ルルースさんは美人でスタイルも男好きするから、ソロで活動なんてしてたら、今回のような事が繰り返されるかもしれないし、もっと酷いめに逢う可能性もあるからな。

 世知辛い世界だよ。ほんと。

「この教会としてもルルースが残ってくれるのは有り難いと思うさね」
「ルルースさんのランクは?」
「確か3になったばかりだと聞いたね」
「3かぁ……」

 ルルースさんがここに居るのなら、強いに越した事はない。

 実はマリアさんがランク5に上がった。

 階位が上がった事で、これからの鍛錬で一段と強くなれる筈だ。

 ルルースさんも自衛を考えると、出来ればランク4は欲しい。

「シュート、あんたが馬鹿みたいにポンポンランク上げてるから勘違いしそうになるけど、ルルースの歳でランク3は優秀なんだよ」
「まあ、分かるけどさ」

 世間のハンターでも大半はランク2で終わる。

 それを3や4まで上がるのは、才能が豊かな者に限られる。

「人族なんて戦闘を生業としている奴らでも引退か途中で死ぬかするまでに3まで上がれば上等なのさ」

 ハンターの平均寿命は三十代前半だ。

 採取なんかを専門にするハンターを含めてもその年齢という事は、いかにハンターが若くして死んでいるか分かる。

「だからシュート、ルルースはあんたに任せたよ」
「えっ!? 俺かよ!」
「他に誰が居るんだい? 戦闘の技術がブラッディーロータス随一なのはシュートだよ。魔法はバルカに手伝って貰えばいい。鍛えて強くしてやりな」
「はぁ、……それで、ルルースさんも神官見習いなのか?」

 俺は神官見習いで、ハンターの資格は持っていない。身分証も教会発行の物があるからな。

 ハンター協会と同じく、教会の身分証は何処の国でも通用するからな。

「そうだね。ルルースも神官見習いの方が都合がいいね。喧嘩を売られりゃ私たちが介入できるしね」
「ああ、確かにバックが師匠の教会なら絡んで来る馬鹿も減るか」

 この大陸のどの国家でも、正面から教会と敵対なんてしない。どんな馬鹿な王でもそんな愚は冒さない。ルルースも神官見習いという身分なら、彼女を嵌めた奴も手出しし難いだろう。

「それとガンツとザーレに装備を頼んでおいておくれ。丁度、いい素材がたんまりあるしね」
「ああ、火竜とかな」

 ほんと、火竜だけじゃなく、レーヴァテインを造るのに集めた素材が一杯残っている。

 下手に売れないんだよな。

 火竜の血を少量オークションに出して、とんでもない値段になったからな。

 そういう意味でも今この教会は懐が暖かい。

 ブラッディーロータスを強化するいい機会かもしれないな。


「まぁ、百歩譲ってルルースさんを俺が面倒みるって事でいいや。それでユミルさんは、エルフの集落に戻れないのか?」
「ああ、暫くは無理だろうね」

 エルフも色々とあるみたいだ。

 この教会にはエルフやエルフの血が入っている人が多いけど、本来のエルフは気難しいのかね。

「何だか、フランソワーズさんといい、ユミルさんやルルースさんといい、気持ち悪いくらいに似たようなパターンだよなぁ」
「……それ、ありそうだね」
「だろ? 仲介でもして儲けている奴が居ると考えた方が自然だろ?」
「直ぐに教会の情報網を使って調べてみるよ」
「ああ、一応教会以外の線からも調べた方がいいぞ」
「……ああ、そうだね」

 教会の人間が全て善じゃないのは師匠も知っている。だからこれまでも、あまりに酷い奴には師匠自ら天誅を下してたらしい。

 くだらない奴らには地獄を見て貰わないとな。



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