黒兎は月夜に跳ねる

小狐丸

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二話 黒兎は拾い物をする

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 あてもなく森を歩く、俺の死角から襲いくるモノに合わせてグルカナイフを振るう。

 ザシュッ!

 ドサッ!

「いや、獰猛過ぎないか? サイズもおかしいし……やな予感しかしないんだけど……」

 それは川から歩き出して直ぐの事だった。膝丈の草の中から俺を襲って来たのは大きな兎だった。

 その気配自体は、だいぶ手前から察知していたので、慌てる事はなかったから対処は問題なかった。

 ただ、その襲ってきたヤツが問題だった。見た目は間違いなく兎なんだけど、これを兎と呼んでいいのか分からない。

 何故ならサイズが大型犬くらいある。しかも兎は齧歯類だった筈なのに、鋭すぎる牙が生えてるし……

 もう、此処が地球なのかさえ分からなくなってきた。

 いや、多分地球じゃないよな。

 俺の知識にはこんな獰猛で大きな兎は、現代過去を含めて地球には存在しない。あきらかにこの兎肉食だし。爪だって獲物を捕らえる為のやつだ。

 脳までナノマシンで強化されている俺は、ジジイに必要不必要関係なく、様々な知識を叩き込まれている。その詰め込んだ俺の脳内データーベースには、こんな生き物はヒットしない。

「まぁ良いか。兎だったら食べれるだろう。毒が有っても問題ないしな。でも、このグルカナイフの切れ味が前より良い気がするのは、気のせいじゃないよな」

 元々、この黒い刀身のグルカナイフは、ジジイが開発した刃物用の鋼材を使った物なので、その性能は刃物としては並外れてはいた。
 切れ味、靭性、腐食耐性、しかも専用ナノマシンを組み込んだ事によるメンテナンスフリーというデタラメ性能だ。

 ただ、それを考慮しても、使い慣れた相棒の切れ味が増している気がするのは勘違いじゃないと分かる。

 まぁ、今考えても分からない事は置いといて、取り敢えずさっきの川に戻り兎? の血抜きをして川に沈めて肉を冷やす。

 内臓は怖いので、今回は取り除いておく。

 まぁ、俺はナノマシンのお陰で大丈夫だろうが念のためだ。

 皮を剥ぎ、枝肉に切り分け、剥いだ皮に切り分けた肉を毛皮で包み、それを担いで森へと向かう。

「誤差かもしれないけど、体のキレも良いしパワーも上がってる?」

 大きな兎を担いで歩いても大した重さを感じない。

 もともとのナノマシンでのパワーアップではない。「氣」とか「オーラ」とかいう謎パワーなのか?

 あんなに遠くに見えていた森に、想定していた時間よりもずっと早くたどり着いた。不思議と少しの疲れもない。




 森の外縁部にはそれ程生き物の気配は感じないな。

 周囲の気配を探りながら、倒木から乾いた薪を採取する。

 バゴッ!

 まぁ、殴ってバラバラにするだけなんだけどね。



「はぁ、火起こしなんて、久しぶりにしたな」

 少し開けた場所を見付け、原始的な方法で何とか火を起こした俺は、火の側で狩った兎擬きを捌き、木の枝を削って作った串に刺す。

 塩も胡椒もないから、たいして美味しくはないだろうけど、贅沢は言ってられないからな。


 パチパチと火に炙られた肉から脂が落ちて香ばしい匂いがする。

 そろそろ焼き上がるという時、近づく気配を捉えたが、何故か危険な感じはしない。

 暫くすると、ガサガサと藪をかき分ける音が聞こえる。

「……なっ、なっ、なにか食い物をー!」

 姿を現したのは、歳の頃は四十歳くらいの綺麗な女性。

 地面を這いながら近づく、容姿だけなら美魔女な遭遇者に、危機感よりもドン引きした俺は間違ってないと思う。




 ガツガツガツ!

 焚き火を挟み一心不乱に肉に噛り付く目の前の女の人。

 金髪に西欧風の顔立ちだけど、言葉は普通に通じたなと思いながら、俺も兎擬きの肉を食べる。いや、俺自身、日本語喋ってないの分かってるけど、今はそれを考えたくないな。


 空腹だったからか、味付けすらしていないのに美味しく感じる。肉の味は兎に近いが、よりジューシーにした感じか。

「ングッ……ゴクッ、はぁー、もう食べられないわぁ。ボウズ、食べ物を分けてくれて助かったよ」
「いや、どうせ一人じゃ食べきれないからいいんだけど……」

 どうせ残しても棄てるしかなかったから、女の人一人の食べる分くらい何でもないんだけど、どうしてこんな所に女の人が遭難してたのか疑問に思っていると、その理由を教えてくれた。

「いや~、参ったよ、道に迷ってねぇ。手持ちの保存食も尽きて、死ぬかと思ったよ」
「いや、道に迷うって、道すら見えないんだけど?」
「そうなんだよ。ちょっと近道しようと街道を外れたんだが、見事に迷ってしまった。参った、参った。ハッハッハッハッ」

 何だか凄く大雑把な性格みたいだ。

 見た目は上品そうなオバさん。いや、美魔女って感じだど、肉に噛り付く姿は上品さのカケラもなかったからな。



 食事を終え落ち着いたところで、美魔女から逆に俺の事を聞かれた。

「それで坊主は、何故、こんな危険な場所に居たんだい?」
「いや、坊主って。俺には蹴斗って名前があるから。って、此処って危険な場所なのか?」

 目の前の女の人から見れば、確かに俺の見た目は二十歳くらいに見えるだろう。ナノマシンのお陰で、老化がもの凄く遅いらしいんだよな。しかも日本人顔は幼く見られるって言うしな。それにジジイ、不労になったとか何とか言ってやがったしな。

「おお、シュートというのか。私の名前はイーリス。一応シスターだ。移動神官をしているのさ」
「移動神官?」

 イーリスと名乗った美魔女さんは、シスターらしい。確かに服装はファンタジー系の物語に出てきそうな神官服に見えなくもない。それよりも俺は移動神官という聴き慣れない言葉に引っかかった。

「移動神官と言うのは、教会も無いような辺境や小規模な村を周る神官のことさ」
「へぇ~、教会って無いと困るのか?」
「困るに決まっているだろう! 小さな村では薬師すら居ない場所もあるだ。神聖魔法を使える神官は、そんな場所に住む人々の命を守る大切な仕事さ!」

 信仰に置いて、八百万の神が居たり、神社とお寺が混在するのを許容する、日本というある意味で特殊な場所で育ちながら、更に特殊な環境で育った俺には、教会が無くても何か困る事があるのかピンとこなかった。
 だから素直にそう疑問に思った事を問うと、イーリスさんに怒られた。


 だけどそれよりも俺の意識は、イーリスさんの発した神聖魔法というワードに困惑する。

「……魔法?」
「ああ、神聖魔法。一般には光魔法とも言うが、私たち教会関係者は神聖魔法と呼ぶね」

 いや、引っかかっているのは、そこじゃないと思いながら、ああ、やっぱり此処は俺の知っている世界じゃないんだと理解した。

 手に持つ焼けた肉をじっと見る。ジジイのお陰で、広く色々な知識を詰め込まれている俺だけど、こんな凶暴でデカイ兎擬きは地球には居ないと思う。勿論、魔法なんてのは物語の中のものだった。

「それで、シュートはどうしてこんな危険な場所に居るんだい?」
「いや、実は此処が何処なのか? どうして俺が、何故此処に居るのかも分からないんだ」
「……ふむ、よかったら詳しく話してみないか? 少しは力になれるかもしれないよ」

 会ったばかりのイーリスさんを直ぐに信用するのもどうかと思うが、ここは正直に話す事にした。俺の直感がイーリスさんを信じてもいいと感じていた。

 神父さんに話を聞いてもらうってのとは違うけどな。

 勿論、俺自身も詳しい事は分からない、ナノマシンなんかに関しては話せないが、それ以外を包み隠さずイーリスさんに話した。





 俺の話を聴いてイーリスさんは難しい顔で暫し考えこむ。

「どうやらシュートは、稀人マレビトだろうね」
「マレビトですか?」
「うむ、私も直接会ったのは初めてだし、今の時代には居るとは聴いていないが、数百年に一度程度の頻度で、世界を渡って来ると言われているね」

 イーリスさんの話では、神に招かれただとか、偶然できた空間の歪みに堕ちたのだとか、色々と言われているが、詳しい事は分かっていないらしい。

 多分、ジジイの自爆の所為だよな。ただ、あの程度の爆発で、空間が歪むとは考えられないから、他にも要因が重なった結果なんじゃないかと俺は思った。

「ただね。少なからず神の意思も働いていると言われているんだよ。シュートが言ってた兎面の変化や装備の変化、これは確実にマジックアイテムと化している。おそらくシュート自身にも変化はある筈だ。昔から稀人は、神から祝福〈ギフト〉を貰うと伝えられているからね」
「マジックアイテムに神の祝福か。まるで何かの物語りみたいだな」

 魔法の次は神様か……、本当に違う世界に来ちゃったんだな。



「なる程ね。魔法の無い世界と聞いてもピンとこないが、それなら属性の簡易鑑定をしてあげようか。この世界の常識全般を学ぶには時間がかかるが、魔法を学ぶにも属性の鑑定が必要だからね」
「へぇ、属性って簡単に解るんだ?」

 その後、俺が魔法が知りたいと言うと、イーリスさんから簡易鑑定を勧められる。

 イーリスさんが持っていた鞄をゴソゴソと漁って、掌大の板を取り出した。

「普通は属性を調べるには、教会かハンターギルドに行かなきゃいけないんだよ。だけど教会やハンターギルドの無い村や集落も多いからね。そこで私みたいな移動神官の出番なんだよ」
「なる程。因みに、この世界の人は皆んな魔法が使えるのか?」
「属性の適性は全ての人で鑑定できるけど、だからって魔法が使えるって訳でもないんだよ」

 魔法の属性なんて聞くと、まるでゲームの中の世界みたいだけど、全員が魔法を使えるって訳じゃないと言う。

 属性は、火・水・風・土・無の基本属性に、その上位属性の氷と雷。更に特殊な属性として神聖(光)・闇・時空間・重力があるらしい。

 この属性の分け方も疑問に思う部分はあるが、それはおいおい自分で調べてからだな。

 どの属性も持たない人も稀に居るらしいが、そんな人でも無属性は使えるそうだ。

 無属性とは、純粋な魔力の操作だから、この世界に生きる人なら誰でも使えるって訳らしい。

 属性に適性があろうと、それでも魔法が使えない人は多く、それは魔力量が少なかったり、魔力を操る術が拙かったりするからだとイーリスさんが教えてくれた。

 俺って、日本生まれだけど……魔法、使えたらいいな。

「さあ、この上に手を載せてごらん」
「あ、ああ」

 俺らしくなく、少し緊張してイーリスさんが持つ板に手を載せると板が光る。

「ほぉ! これは珍しいね」
「ど、どうなんだ?」

 イーリスさんが笑顔で俺を見て来る。

「先ず、火、水、風の三つは、訓練すれば、そこそこ使えるようになるだろうが、あまりお勧めはしないな」
「へっ?」

 いきなり三つの属性がそこそこって評価にガックリとくる。魔法と言えば、火の魔法が派手でカッコよさそうなのにな。

「そして土は適性が高いようだ。一流の土魔法使いになれるだろう」
「おお!」

 次に土の属性に高い適性と聞いて、少しテンションが上がるも、でも土って地味だよな。

「そして不思議なのは、水と風がそこそこなのに、氷と雷、それと珍しいが重力に高い適性があるようだね」
「おお!!」

 次の氷と雷は、この世界でも適性を保つ人は特に少ないらしいが、それは科学知識の拙さ故なんじゃないだろうか? いや、魔法適性なんてファンタジー的要素には関係ないか。

「時空間に関しては適性はゼロだね」
「おぉ~」

 時空間の属性、ファンタジー小説なんかで定番のアイテムボックスや転移は、俺には無理らしい。

「そして最後に神聖と闇、相対する二つの属性が最も高い適性があるようさね」
「お、おお?」

 闇は分かる。悪人とはいえ、散々その命を刈り取って来たんだ。ただ、その反対の神聖って、どう考えても俺には似合わない。

「闇属性が邪悪で、神聖属性が善ではないぞ」
「へっ?」

 まるで俺の考えを読んだように、イーリスさんが俺の思い違いを訂正する。

「神聖属性って言うからややこしいんだ。光や闇に、良いも悪いも無いだろう」

 イーリスさんからの説明で、俺は陰陽五行の思想を思い出した。確かに光と影は一対だよな。

「確かにそれもそうか。でも宗教関係者的に、その言い方は大丈夫なの?」
「良いんだよ。尊いのは神様で、教会じゃないからね。それよりシュート、あんた、私の弟子になりな」
「へっ? なんで?」

 魔法属性の話から、唐突に弟子になれと言ってきた。

「シュートは、魔法の属性で言えば、特に適性があるのが、光と闇、次点で土と氷に雷と重力だ。稀有な才能と言えるだろう」
「そ、そう?」

 急に持ち上げられると気持ち良くなるじゃないか。

「だが、魔法を十全に使い熟せるようになるには、優れた師匠が必要だと思わないかい?」
「……確かにそうだな」

 特に俺は魔法なんて、アニメやゲームの中にしかない世界の人間だ。とてもじゃないが、魔法を知らない世界の人間に、独学では無理だろう。
 そう考えるとイーリスさんの弟子になるのはアリだも思えてきた。

「……あれ、そうなると、俺も教会の関係者になるのか?」
「まぁ正式な神官になると面倒も多い。私の弟子で、神官見習いくらいが気楽で良いだろうね。別に正式に神官になってもいいけどね」

 イーリスさんは、正式に教会組織に所属する煩わしさも考慮してくれてるみたいだ。
 それなら俺としては、右も左も分からない世界で、イーリスさんの申し出は渡りに船だ。

「だけどイーリスさんにとって、俺を弟子にするメリットはあるのか?」
「なに、稀人の弟子なんて面白そうだからね」

 ニヤリとそう言ったイーリスさんの言葉には嘘はないと信じられた。それに、変に色々言われるよりも「面白そう」の一言の方が余程説得力があった。

「なら頼むよイーリスさん」
「違う、師匠だ」
「分かった。よろしく頼むよ師匠」

 俺にとって初めての師匠ができた瞬間だ。






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『いずれ最強の錬金術師?』のコミック版6巻が、7月19日より順次書店にて発売予定です。

お手に取って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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