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正月の来訪者
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永禄十三年(1570年)一月 伊勢国 桑名城
正月も松の内が明けた頃、西国から一人の若者が源太郎への面会を求めて桑名へ訪れた。
姫路城城代、小寺孝高。
後の黒田孝高、黒田官兵衛として有名な人物だ。
源太郎も黒田官兵衛の名は前世でも記憶していた程有名な人物だったので、来訪の目的もだいたいは予想出来た。
小寺孝高が父より城代職を引き継いだ播磨にある姫路城周辺は、赤松氏や山名氏が勢力を誇り、畿内に勢力を誇る北畠氏、西からは毛利氏の圧力も少なからずあった。
小寺氏は代々、播磨国守護・赤松氏の重臣として仕えていたが、その後は幾たびかの小競り合いを経て半独立勢力となっていた。
源太郎の元へ訪れた青年、小寺孝高は、小寺政職にその能力を認められ、主君自らの従姪を娶らせている。
それで小寺孝高が、この時期桑名へ訪れた理由だが、毛利氏と北畠氏という二大勢力を見極める為に、挨拶という形をとって訪れたのだ。
実際、小寺孝高こと官兵衛は北畠氏の力をその目にして只々驚いていた。
播磨から伊勢までの間に、石山の本願寺跡地に築かれた巨大な城。京の都には二条城が、近江の要所にある城、それに城下町の賑わいと領民達の笑顔。
官兵衛の目には、北畠領内の農民から商人、職人から河原者までが、戦国の世にはあり得ない程笑顔に溢れているのが見て取れた。
(これは……、北畠氏は既に日の本を征する力があるのではないか)
桑名に着き、湊に浮かぶ南蛮船の艦隊、堅牢な桑名城と城下町の賑わい。どれ一つとっても播磨には無いものだった。
官兵衛が北畠左近衛中将具房に、目通りを得たのは、桑名に着いて三日目の事だった。これは源太郎が正月早々忙しく飛び回っていたからだが、お陰で官兵衛は、伊勢や近江の豊かな様子を見て周る事が出来た。
「小寺政職が家臣、小寺孝高と申します」
一通りの時節の挨拶を終えた後、差し障りのない話をして、北畠左近衛中将具房との面会を終えた。
北畠家の家臣は、どの人物もひとかどの人物である事が伺えた。
北畠家譜代の家臣も、近江、美濃、尾張、三河出身の家臣も、どの人物も只者ではない気配を伺えた。中でも美濃国出身の竹中重治という人物とは話が合いそうだと感じた。武辺者が多いと感じた北畠家では、珍しい知性派の武将の匂いがした。
「太兵衛、どうだ?」
官兵衛が桑名まで共をして来た、母里友信(通称太兵衛)に話し掛けた。
北畠左近衛中将具房との会見を終え、播磨までの帰り道、手土産を渡され、桑名から海路石山まで、北畠水軍の船で送ってもらえる事になった。定期的に行き来する船に便乗させて貰う事にした。
「左中将様はバケモノですな。どう足掻いても勝てる気がしません」
「家臣の方々も武辺者が多いと感じました」
「新右衛門もそう感じたか」
新右衛門と呼ばれた青年は、竹森次貞。
母里友信と共に、黒田二十四騎に数えられる武将である。
「太兵衛、新右衛門、北畠家が本当に怖いのは、左中将様や家臣の方々の武辺ではないぞ。
本当に怖いのは、その統治能力、諜報能力、財政力、技術力だ」
現在進行形で乗船しているこの船も、官兵衛が馴染んだ和船では無く、三本マストの南蛮船だ。
「この船にしても、多数の大砲が装備されている。こんな船は毛利水軍にも無いだろう」
「軍馬も龍の如き馬体でしたな」
「街道が広く石で出来ていましたな」
太兵衛と新右衛門がそれぞれに感じた事を言う。
「何より領民の顔を見たか?
この戦乱の世にあって、北畠領の民の顔は驚くほどにイキイキとしていた。この乱世に飢える事なく、凍える事なく、心穏やかに暮らしている。
これを実現している左中将様こそ、天下を取るべきお人かもしれんな」
商船を中心に隊列を組んだ、北畠水軍の艦隊が西へと進む。
この先北畠家が東へ向かうのか、西へ向かうのかはわからないが、北畠が西へと進んだ時、赤松氏や山名氏はその下に付く事は無いだろう。その時、小寺家の立ち位置を間違えないようにしないといけない。それこそ北畠家に臣従する事も視野に入れなければいけないと思う官兵衛だった。
正月も松の内が明けた頃、西国から一人の若者が源太郎への面会を求めて桑名へ訪れた。
姫路城城代、小寺孝高。
後の黒田孝高、黒田官兵衛として有名な人物だ。
源太郎も黒田官兵衛の名は前世でも記憶していた程有名な人物だったので、来訪の目的もだいたいは予想出来た。
小寺孝高が父より城代職を引き継いだ播磨にある姫路城周辺は、赤松氏や山名氏が勢力を誇り、畿内に勢力を誇る北畠氏、西からは毛利氏の圧力も少なからずあった。
小寺氏は代々、播磨国守護・赤松氏の重臣として仕えていたが、その後は幾たびかの小競り合いを経て半独立勢力となっていた。
源太郎の元へ訪れた青年、小寺孝高は、小寺政職にその能力を認められ、主君自らの従姪を娶らせている。
それで小寺孝高が、この時期桑名へ訪れた理由だが、毛利氏と北畠氏という二大勢力を見極める為に、挨拶という形をとって訪れたのだ。
実際、小寺孝高こと官兵衛は北畠氏の力をその目にして只々驚いていた。
播磨から伊勢までの間に、石山の本願寺跡地に築かれた巨大な城。京の都には二条城が、近江の要所にある城、それに城下町の賑わいと領民達の笑顔。
官兵衛の目には、北畠領内の農民から商人、職人から河原者までが、戦国の世にはあり得ない程笑顔に溢れているのが見て取れた。
(これは……、北畠氏は既に日の本を征する力があるのではないか)
桑名に着き、湊に浮かぶ南蛮船の艦隊、堅牢な桑名城と城下町の賑わい。どれ一つとっても播磨には無いものだった。
官兵衛が北畠左近衛中将具房に、目通りを得たのは、桑名に着いて三日目の事だった。これは源太郎が正月早々忙しく飛び回っていたからだが、お陰で官兵衛は、伊勢や近江の豊かな様子を見て周る事が出来た。
「小寺政職が家臣、小寺孝高と申します」
一通りの時節の挨拶を終えた後、差し障りのない話をして、北畠左近衛中将具房との面会を終えた。
北畠家の家臣は、どの人物もひとかどの人物である事が伺えた。
北畠家譜代の家臣も、近江、美濃、尾張、三河出身の家臣も、どの人物も只者ではない気配を伺えた。中でも美濃国出身の竹中重治という人物とは話が合いそうだと感じた。武辺者が多いと感じた北畠家では、珍しい知性派の武将の匂いがした。
「太兵衛、どうだ?」
官兵衛が桑名まで共をして来た、母里友信(通称太兵衛)に話し掛けた。
北畠左近衛中将具房との会見を終え、播磨までの帰り道、手土産を渡され、桑名から海路石山まで、北畠水軍の船で送ってもらえる事になった。定期的に行き来する船に便乗させて貰う事にした。
「左中将様はバケモノですな。どう足掻いても勝てる気がしません」
「家臣の方々も武辺者が多いと感じました」
「新右衛門もそう感じたか」
新右衛門と呼ばれた青年は、竹森次貞。
母里友信と共に、黒田二十四騎に数えられる武将である。
「太兵衛、新右衛門、北畠家が本当に怖いのは、左中将様や家臣の方々の武辺ではないぞ。
本当に怖いのは、その統治能力、諜報能力、財政力、技術力だ」
現在進行形で乗船しているこの船も、官兵衛が馴染んだ和船では無く、三本マストの南蛮船だ。
「この船にしても、多数の大砲が装備されている。こんな船は毛利水軍にも無いだろう」
「軍馬も龍の如き馬体でしたな」
「街道が広く石で出来ていましたな」
太兵衛と新右衛門がそれぞれに感じた事を言う。
「何より領民の顔を見たか?
この戦乱の世にあって、北畠領の民の顔は驚くほどにイキイキとしていた。この乱世に飢える事なく、凍える事なく、心穏やかに暮らしている。
これを実現している左中将様こそ、天下を取るべきお人かもしれんな」
商船を中心に隊列を組んだ、北畠水軍の艦隊が西へと進む。
この先北畠家が東へ向かうのか、西へ向かうのかはわからないが、北畠が西へと進んだ時、赤松氏や山名氏はその下に付く事は無いだろう。その時、小寺家の立ち位置を間違えないようにしないといけない。それこそ北畠家に臣従する事も視野に入れなければいけないと思う官兵衛だった。
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