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武田信玄西進する

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 永禄十二年(1569年)四月 伊勢国  桑名城

 甲斐の虎、武田信玄が遂に遠江に向かい進軍を始めた。
 東美濃の岩村城へ一応、牽制の為の軍勢を送ったが、本隊は三万の大軍を掻き集めた。

「三万か……、掻き集めたな」

 伊賀崎道順から信玄動くと報告を受け、源太郎は唸る。

「徳川家が八千、織田家の援軍が八千、合わせても一万六千と、このままでは浜松城に籠城するしかないでしょう」

「それで信玄の狙いは?」

「浜松城を素通りして行くと、見せ掛けるのではないかと思います」

「徳川殿を釣り出す為か、そんな見え見えの策に徳川殿が引っかかるか?」

 史実でも、何故わざわざ籠城を選択せず、寡兵で大軍に立ち向かったのか不思議だった。

「殿、三河は地侍の力が強うございます。そして徳川殿は、地侍を抑えきれぬでしょう」

「ではなにか、地侍の暴発を抑え切れず、信玄の挑発にのる可能性が高いという事か」

 史実でも、大軍で堅固な陣をはった武田軍に、碌に陣も整えず戦い、ボロボロに負けたのは、そういう事かもしれない。
 史実より織田の援軍が多いが、このままでは史実通りに進む可能性が高いといえるだろう。

「おそらく、天竜川東岸の要衝・二俣城を落とし、浜松城と遠江東部を分断する積りでしょう。その後、天竜川を渡河、浜松城をかすめて三方ヶ原台地に上り、刑部方面へぬけるように見せるのではないかと思います。その実、信玄の本当の狙いは遠江の支配かと」

「信玄も織田の援軍があるのが分かっている為に、態々城攻めはせんだろうな。
 浜松城近くを行軍して、遠江在地の所領主への示威行為をする積りか」

「信玄の思惑はそうでしょうが、三河在地の所領主を徳川殿が抑え切れず、開戦になだれ込む形になりそうです」

「信玄の思うツボだな。織田の援軍も付き合わざるをえんだろう」

「北畠軍の援軍なしには、勝つ事は難しいかと」

「道順、急ぎ、徳川殿と義兄上に、私が一万を率いて出陣すると伝えてくれ」

「はっ!」

 道順がその場から消えるように去る。

「とうとう武田信玄が動きましたか。我等もお伴して宜しいでしょうか」

 話を聞いていた、竹中重治と明智光秀が願い出る。

「構わないが、乱戦の中に突撃するだろうから、最前線には出ず鉄砲隊、槍兵部隊、衛生兵部隊の指揮を頼む」

 今回は、突撃部隊に北畠具房、大宮景連、芝山秀時、大河内教通、大嶋親崇、島清興、前田利益、榊原具政、蒲生氏郷、本多正重、渡辺守綱の一騎当千の布陣でのぞむ。
 久しぶりの理不尽な程の力の暴力で押し切る戦さをする積りだ。

「弥八郎、兵站部隊を頼めるか」

 源太郎が、本多正信に兵站部隊を頼む。

「早速、手配致します」

 そう言って本多正信が部屋を後にする。

 源太郎達も出陣の準備を始める。





 永禄十二年(1569年)四月 美濃国  岐阜城

 織田家でも武田信玄の動きを掴んでいた。

 織田信長は、平手汎秀、佐久間信盛、滝川一益らを援軍として編成して送り出す。
 岩村城には、柴田勝家を送り守備を固めさせた。

「徳川殿には、くれぐれも慎重にと伝えてくれ」

 信長は、平手、佐久間、滝川に言い付ける。

 織田の援軍が出陣して暫くすると、北畠具房が自ら軍を率いて、援軍に向かうと連絡があった。

 これで無茶をしない限り負ける事はないだろう。
 尾張は弱兵で知られている。弱兵故に多くの鉄砲を揃え、三間半槍を編み出したり、一年中戦える軍団を作った。ただ、三河の兵は精強で知られ、さらに武田、上杉の兵はその上を行く。
 数で不利な状態では、籠城以外は有り得ない。
 北畠軍が来るまで凌げば、いかな武田信玄率いる武田軍でも勝てると思っている。それ程、北畠軍の強さは別格だった。

「(北畠の援軍が来るまで凌ぐのだ)」

 信長も三河の地侍達の厄介さを知っている為、そう願わずにはいられなかった。




 永禄十二年(1569年)四月 甲斐国  

 前年、駿河侵攻で敵対した後北条氏と和睦を果たし、加賀一向一揆を使うことで、謙信への備えの目処が立ったところで、足利義秋の要請に応え、織田信長、北畠具房打倒を大義名分として、遠江侵略を開始した。

 武田信玄が三万の軍を率いて出陣した。

 山県昌景、小山田信茂、馬場信春、内藤昌豊、穴山信君、武田勝頼、武田信玄が遠江に向かって進軍する。

 先ずは青崩峠から天竜川東岸を進み、交通の要衝にある二俣城を目指す。

 甲斐の虎が、徳川・織田軍団を粉砕し、豊かな土地を奪う為の戦いを始める。遠江を基点に、三河を超えて、その先の尾張を狙う。

 信玄の元には、足利義秋からの織田、北畠を討伐して、上洛せよとの書状は山程来ていたが、今の信玄の頭には上洛などする気は、更々無かった。ただ豊かな遠江、尾張、美濃の地を欲していた。それ程、甲斐の国は貧しかった。
 それが甲斐の兵の強さの理由でもあったが。





 永禄十二年(1569年)四月 三河国  浜松城

「殿、織田殿が八千の援軍を送ると伝令がありました」

 浜松城は、慌ただしく走り回る伝令で、騒然としていた。

 徳川家康は、爪を噛み、貧乏揺すりで膝を揺すりながら難しい顔をしていた。

 家康が苛立つ理由は他でもない。自分は、信長や具房の様に強力なカリスマで家臣が纏まり、軍を動かせない現状に苛ついていた。
 一向一揆の時もそうだった。当主の家康よりも一向宗の教えを取り、逆らい戦う者が多数居た。農民だけでなく、武士も多く居たという事が、今の三河を表していた。

 その時、三河を離れた本多正信、本多正重、渡辺守綱は改宗して、北畠家で士官しているという。北畠家では、一向宗でも武装せず仏の教えで民の心の安寧を説くなら、布教が許されるそうだ。

 北畠左近衛中将具房、自分よりも四つも若い北畠家の当主。
 官位官職が自分より高いのは仕方ない。向こうは本物の名門だ。だが、数年で瞬く間に畿内を制し、今、天下に一番近い場所にいる。

 今度も自ら軍を率いて援軍に駆けつけると言う。
 有り難い。有り難いが、どうしても嫉妬心が拭えなかった。

 この嫉妬心が家康を躓かせる事になる。


 
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