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暗殺者殺し

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 永禄九年(1566年)十二月 伊勢

 小氷河期に当たるこの時代でも、伊勢地は比較的温暖で、街道が雪に覆われ通れなくなる事はあまりない。

 一人の男が藁に包んだ火縄を担ぎ、街道を外れた場所を歩いていた。男の目的地は桑名。
 男は、雑賀衆に腕利きの鉄砲傭兵だった。本願寺顕如が、北畠具房の暗殺を雑賀衆に依頼した。
 この裏には、足利義秋の意向があるのだが、長島を通して敵対関係にある顕如もこれに賛成し、雑賀衆へ依頼した。


 男は標的が、比較的少人数で出歩くことを情報として得ていた。依頼者の話では、標的の北畠具房は武術の達人で、剣術では塚原卜伝より免許皆伝の印可を得ているらしい。
 そこで男は、通常より長く長距離狙撃を行える銃を用意した。
 街道を望む林の中から、身を隠しながら銃を構える。

 バサッ

「うん?……何だ鴉か」

 再び、街道を側を見ていた男の首筋に痛みが疾る。慌てて首を触ると己の血が噴き出していた。

「……えっ」

 バサッ!

 首筋を鋭利な刃物で斬られた傷を押さえ、そのまま男は倒れて死んだ。

 いつの間にか男の側に、伊賀崎道順が部下を連れて立っていた。

「この距離で殿を狙撃出来ると思う浅はかさよ。それ以前に、我等が殿に銃口など向けさせんわ」

 バサッ

 道順の肩に鴉が止まる。

 雑賀衆の男の首筋を斬り裂いたのは、道順の鴉だった。

「死体を片付けておけ。火縄は鋳溶かせば何かに使えよう」

 やがてその場から全ての痕跡が消された。





 永禄八年(1566年)十二月 近江

 月明かりの下、雪深い山を越える男がいた。

 男は越前国からの刺客。足利義秋自ら送った源太郎への刺客だった。

 雪深い山を夜に越える時点で、商人や猟師ではありえない。

 男は商人に成りすまし桑名で標的を殺す機会を狙う積りだった。

 その男を木の上から見つめる梟がいた。暗闇を見る事が出来るその目は男の姿を見逃さない。

「うっ!」 ドサッ!

 突然、男が倒れて動かなくなる。

 木の上にいた梟は、いつの間にか居なくなっていた。
 当然、梟は普通の梟ではなく、神戸小南の相棒の梟型オートマトンだ。

 梟の特性を活かし、音も無く飛び獲物を仕留める。その猛禽類特有の鋭い爪は、源太郎特性の竜骨性だ。

「足利義秋、想像以上に馬鹿な男だったな」

 そう呟いて小南がその場から消えた。




 永禄九年(1566年)十二月 桑名

 北条子飼いの忍び集団、風魔衆。
 かの集団は、諜報活動より破壊活動を得意とする集団だった。
 主君、北条氏康より北畠家の技術や職人を手に入れる事を命じられていた。
 しかし実際には重要施設どころか、それを担う職人にすら近寄ることが出来なかった。
 絶対の自信を誇り、腕利きを集めた筈が、いたずらに仲間を減らしていく現実に焦り始めていた。

 そこで彼等は海から進入することにする。桑名湊に入港する船に乗り、湊の重要施設を襲撃する計画を立てる。

 湊に降り立った風魔衆五人は、既に自分達が囲まれている事に驚く。
 しかし、荒事に自信を持つ彼等は、自分達が一方的に狩られるだけの獲物でしかない事を知らない。

「キィ!」

「……猿?」

 動物の鳴き声に、反応して目を向けると、一匹の猿が男達を見ていた。

「キィ!」「キィ!」

「?!……どうして猿が?」

 新たに現れた二匹の猿に、困惑する風魔衆。

 ゴキッ!

「なっ!」

 仲間の一人が、いきなり飛び掛った犬に首を咬まれ倒されていた。既に仲間の首は半ばまで千切れ、一瞬のうちに仲間の一人を失った事に、思考が止まる。そしてその一瞬の間が、男達の生命を奪う事になった。
 犬に気を取られた次の瞬間、三匹の猿が音も無く襲い掛かり、いつの間にかその手に持つクナイが男達の首筋に突き立てられた。

 一人残った男は、一瞬のうちに四人の仲間が斃された事に動揺するが、次の瞬間背中から胸を貫いた刀に自分の死を悟った。

「へっ、お前ら俺らを舐めすぎだ」

 ズシュ! バタッ!

 刀の血糊を落として鞘に収める。

「佐助、コレの処理はどっちがする?」

 秋田犬サイズの犬型オートマトンを連れて、望月三郎が近付いて来た。

「俺が四人殺ったから、後片づけは三郎やっといてよ。どうせ甲賀の配下が周りで見てるんだろう」

「はぁ~、分かったよ。今回はやっとくよ」

 三郎がそう言うといつの間にか、風魔衆の死体は消えていた。




 永禄九年(1566年)十二月 小田原城

「幻庵老、何かあったか?」

 小田原城の御殿で北条氏康が北条幻庵の訪問を受けていた。
 北条幻庵は、北条早雲の四男。北条家の諜報部門を統括していた。

「左京大夫様にはご機嫌麗しく」

「いや、幻庵老。前置きは不要だ」

「はっ、北畠領内の諜報が行き詰まっております。既に、腕利きの風魔衆が三十人、戦闘部隊が十人失いました。ですが、肝心の機密や重要人物の誘拐及び殺害どれ一つ成せませんでした」

「風魔衆がか、小太郎は何と言うておる」

「先ず、北畠領内を巡回警備する兵達が精強で、しかも犬を自在に操り忍び込む事が難しいと。合わせて北畠家には伊賀と甲賀の大半の忍びを配下としています。その忍びの数は他家を圧倒していますれば、諜報合戦では先ず勝ち目はないかと」

「風魔衆には、伊賀や甲賀に繋がりがある者も居よう。こちらに引き込んで情報を得られんか」

 幻庵は静かに首を横に振る。

「伊賀、甲賀共に、左中将殿の為なら命を喜んで捨てる程の忠義をもって仕えているそうです」

「……はっ?忠義?」

 左京大夫が理解出来ないのも無理もない。
 この時代、領主と国人や豪族との間に有るのは、ギブアンドテイクの関係だ。忠義云々は江戸時代も進んでからの事だ。
 全く無い訳ではないが、忍びとの間に忠義とは左京大夫には理解の外だった。

「どちらにしても、これ以上風魔衆を失う事は関東での仕事に差し障りが出ます」

「……仕方ない。織田、徳川、今川、武田、上杉に限定して諜報活動を続けよ」

「はっ!ではそのように」

 左京大夫の元を去る幻庵はぽつりと呟く。

「器量が違うのかのう」



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