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南近江の支配

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 永禄六年(1563年)五月 観音寺城

 観音寺騒動から始まる、南近江の混乱を北畠具房が治めてから二月。その間、於市が無事嫡男を出産し、虎松丸と名付けられた。
 源太郎は、桑名城と観音寺城や佐和山城を行き来して、南近江の安定化に尽力する。

 当初、北畠氏に臣従していなかった蒲生郡日野城主・蒲生賢秀や甲賀の三雲賢持や山中俊好も北畠家に臣従してくる。
 これにより、調略の進んでいた甲賀も五十三家のほとんどが北畠家に臣従した。

 源太郎は佐和山城の防備を固める為に、大改修を行い、一方で反抗する国人領主や豪族を、精鋭部隊を派遣して各個撃破で潰して回った。

 南近江の街道整備や治水工事を周辺住民に日当を支給して進める。
 関所を撤廃し、税制を北畠家に合わせる。
 元々、六角領内では、織田信長以前から楽市楽座が行われていたので、街道整備と関所の撤廃による商業活動の活発化は、直ぐに効果をあらわす。

 佐和山城の改修も周辺住民を雇い大々的に進める。同時に、浅井家への調略を開始する。




 源太郎は、観音寺城で伊賀崎道順から近江の情勢を中心に報告を受けていた。

「馬場孫次郎殿始めとする、堅田海賊衆は臣従致しました。これで淡海の海(琵琶湖)の海運は手に入りました。ただ堅田の一向宗と揉めるかもしれません。しかも近江には、もっとやっかいな延暦寺勢力がありますので、先ずは坂本をどうにかせねばならんでしょう」

「あゝ、馬鹿みたいな高利で金を貸し、酒を飲み女を抱き武器を取り恫喝する。既に坊主ではあるまい。帝もお嘆きであろう」

 実際、史実でも当時の比叡山は、信長公記でも

『山本山下の僧衆、王城の鎮守たりといえども、行躰、行法、出家の作法にもかかわらず、天下の嘲弄をも恥じず、天道のおそれをも顧みず、淫乱、魚鳥を食し、金銀まいないにふけり、浅井・朝倉をひきい、ほしいままに相働く』

と記されている。

 また、正親町天皇や朝廷も正式に抗議をしていないという事実があった。それに加え、小瀬甫庵も「太閤記」で『山門を亡ぼす者は山門なり』と批判し、儒学者である新井白石が「読史余論」で『その事は残忍なりといえども、永く叡僧の兇悪を除けり、是亦天下に功有事の一つ成べし』と記されていることから、どれだけ比叡山が腐敗していたかがわかる。

 源太郎は、最低でも宗教勢力に武力放棄させる所まで持って行ければと思っていた。


「浅井家家臣のうち、磯野丹波守殿、片桐肥後守殿、宮部継潤殿他数名、北畠家に臣従を申し出て来ました」
 
「人望がないみたいだな、浅井下野守」

「まぁ、仕方ないでしょうな。六角氏に対しては弱腰外交を繰り返し、朝倉氏へ媚びへつらい、しかも戦が弱いときますと……」

 道順が辛辣な評価をする。

「滋賀郡以外は意外と簡単かもしれんな」

「滋賀郡は延暦寺をなんとかせねばいけません故。それと高島七頭では、朽木氏だけが臣従の意思を示しています。意外と早くに事が動き出すかもしれません」

「三好、朝倉、本願寺の動きを注視しておいてくれ。特に堺で武器や米の売り買いの流れを注視しておいてくれ」





 永禄六年(1563年)五月 宮部城

 浅井長政が討ち死にして、久政が浅井家に復帰して二月経った。
 宮部継潤は、自身の護る宮部城に家臣を集めていた。
 宮部城は、小谷城の南、虎御前山城、月ヶ瀬城とともに小谷城の詰めの城として、重要な位置にある城だった。

 部屋の中には、宮部七人衆と呼ばれた、三田村太郎右衛門、高坂清兵衛、宮部市兵衛、宮部采女、福永弥五右衛門、国友興左衛門らが集まっていた。

「皆も知ってると思うが、我等は北畠家に臣従することにした」

 宮部継潤がそう宣言するが、家臣の動揺はない。

「北畠領内は、豊かで栄えていると言います。某は下野守様では、この乱世を乗り切ること敵わないと思います」

 三田村太郎右衛門が賛成する。

「それに殿、左中将殿のあの戦ぶりを見て、彼の方ならば、この乱世を終わらせる事が出来るかもしれません」

「確かに、あの北畠軍の凄まじい強さ。背筋が凍りつきましたわい」

 高坂清兵衛が言うと、宮部市兵衛も頷く。

「何より、北畠軍は乱取りを決して許さぬという。国を富ませ、民が飢える事なく暮らせ、冬の寒さに凍え死ぬことなく、病人も僅かな金銭で身分関係なく助ける場を設けているらしい。
 儂は比叡山で腐った坊主ばかり見てきた。延暦寺や本願寺などより、よほど北畠左中将殿のほうが仏の教えに近いと思う」

 宮部継潤が皆を見渡す。

「我等は北畠家に臣従する」

「「「「はっ!」」」」

 宮部七人衆も同意する。





 永禄六年(1563年)五月 伊香郡  磯野山城

 浅井家の猛将、磯野丹波守員昌が娘婿の小堀正次を呼び出していた。

「新助、儂は北畠家に臣従しようと思う」

「……義父上」

「新九郎様ならば、迷う事なく浅井の為に働いたであろう。だが下野守様では浅井は纏まらん。儂は磯野の家を遺すために、左中将殿を選ぼうと決めた」

「義父上、某も北畠家と結ぶことに賛成致します。下野守様は頼りにならん朝倉との関係に固執しています。頼るならば左中将殿のほうが余程頼るに足るでしょう」

 磯野員昌が我が意を得たりと頷く。

「新助、左中将殿のもとへ書状を届けてくれるか」

「お任せください」





 永禄六年(1563年)五月 日野城

 蒲生秀定は、娘婿の神戸具盛、関盛信らの説得に応じた北畠家へ下ることを決めた。

 六角定頼の頃から、義賢、義治と三代にわたり仕えてきた秀定にも、簡単に北畠家へ下る事はプライドが邪魔をして出来なかった。
 六角家に先は無い事は分かっていたので、神戸具盛と関盛信からの説得は、渡りに船だったのだ。

「父上、所領安堵して頂いて助かりましたな」

 嫡男の蒲生賢秀が、北畠家への臣従が遅れたにも関わらず、所領が安堵された事にホッとしていた。

「左中将殿が神戸下総守と関安芸守の顔を立ててくれたんじゃろう。どちらにしても家としての六角家は残るんじゃ、儂らの忠義も十分果たしだじゃろう」

 蒲生秀定は少し寂しそうに言った。
 しかし、北畠具房も六角定頼の外孫であり、六角の血筋を引く具房の家臣となる、と考えれば、少し気持ちは軽くなる秀定だった。

「それで父上、鶴千代を左中将殿のもとへ小姓に出したいのですが?」

 幼名鶴千代。後の蒲生氏郷である。

「ふむ、…………左中将殿は人質を必要とせん方じゃ。じゃが、左中将殿の側で学ぶは、鶴千代のためになろう。左中将殿に仕える馬廻衆は、どなたもひとかどの武将だからのぅ。鶴千代も小姓としてお側に仕えれば、儂らの側で養育するより良いじゃろう」

「父上もそうお考えですか。私も左中将殿のお側で、学ぶことが鶴千代にとって利があると思います」

 ここ最近の六角家は浅井家に敗れ、三好家に押されやむなく和睦し、極めつけが当主が忠臣を謀殺する騒動を起こして、結果六角家は没落していった。
 賢秀は、戦国大名として飛躍する北畠氏と、守護大名から戦国大名に成りきれなかった六角氏との違いを理解した。

「では儂が左中将殿へ挨拶に伺う時に、鶴千代を連れて行こう」


 蒲生秀定は、北畠具房へ挨拶に出向き、鶴千代を小姓として使う事を願う。




 永禄七年(1564年)三月 桑名城

「殿、仕官希望者と面会を求めています」

 桑名城で大量の書状を処理していた源太郎に、味兵衛(井上専正)が仕官希望者の面接を頼んできた。

「今の時期に?どこの国の人?」

 書状を処理しながら顔も上げずに聞く。

「……三河の者です」

「えっと、松平家中の人?」

「はい、松平家中のです」

「複数なの?」

「はい、仕官希望者は三名とその家族です」

 源太郎が書状から顔を上げる。

「ひょっとして、三河一向一揆で「はい」あゝ、そう」

 味兵衛が連れて来たのは、本田正信、正重兄弟と渡辺守綱の三人だった。

「えっと、長島の願証寺に行かなくても良いの?」

 それぞれが名乗りを終えて、源太郎が気になったことを聞いてみる。
 一向宗なら桑名の目の前に、長島があるのになぜ北畠家に来たのか、少し気になった。

「我等は長島でも厄介者扱いで、ですが我等にも家族が居ます。食べさせて行かなければならないですから……」

 代表して本田正信が答える。

「北畠家と長島が戦になる可能性は高いよ」

 近い将来、確実に来るであろう長島の一向宗との対決について聞いてみた。

「我等、一向宗の外に出て見て初めて、宗教勢力が武力でもって一揆を起こす矛盾に気づきました。仏の名を不当に貶める行為だったけど思います」

「まあ、それが分かっただけでも良かったのではないですか。武士は戦でたくさんの人の生命を奪うから、神仏に赦しを請いたい気持ちも分かるけど、それでは、自分の気持ちだけが、楽になるだけだからね」

 源太郎の言葉に、改めて信仰で周りが見えていなかった自分達を思う。

「条件は二つ、どの宗派でも信仰は自由だけど、
 他者に対し強要しない。
 他者の信仰を否定しない。
 その二つさえ守れれば仕官じたいは歓迎するよ」

「「「はっ、よろしくお願いします」」」

 源太郎は、有能な文官と武官を雇えたが、徳川家康は三河を守れるのか、少し不安になった。

 
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