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上洛時々剣豪将軍

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 永禄二年(1559年)三月 桑名城

 巨大な馬に跨がり、桑名城を出発する一団がいた。総勢五十騎の騎馬部隊とその後ろに百人の槍兵部隊、百人の鉄砲部隊と工兵部隊百人、専用の荷車を引く巨大な馬で荷物を運ぶ兵站部隊五十人。
 総勢四百人が京へ向けて出発した。

 当然、神戸小南や佐助達が、先行偵察として動いている。

 整然と隊列を組んで進む騎馬部隊、その中には、一人の少年と一人の老人が馬を並べて進んでいた。

「師匠、ワザワザ京まで同行して頂いて申し訳ないです」

 ゆっくりと馬を進めながら、卜伝に京までの同行を詫びる。
 
「なに、もう一人の弟子の顔を見に行くだけじゃ。どうせ源太郎も大樹(征夷大将軍)に挨拶に行くんじゃろう」

 卜伝の弟子でもある将軍、足利義輝へ挨拶に行くにあたり、京への同行を決めた。


 今回、源太郎は任官に辺り五摂家や大樹への御礼と挨拶周りの為、京へ上洛することになった。
 上洛するにあたり、源太郎は元服して、北畠源太郎具房を名乗ることとなった。



 この時期、三好長慶に京を追われていた足利義輝は、前年五年振りに入洛している。
 三好長慶と義輝を支援する六角義賢との間に和議が成立した所為だが、三好が敗れた訳ではなく、六角と畠山相手に交戦し、むしろ三好有利な展開になるに至り、六角義賢では義輝を支えきれないと判断し、義輝が和睦に動いた。
 結果、三好長慶は幕府の主導者として実験を握る事となる。
 結果、入洛を果した義輝に、力がない御飾り状態なのは変わりない事となる。


「源太郎、六角をどう見る?」

 卜伝が不意に源太郎に問いかける。

「……このままでは転がり落ちるでしょうね。六角定頼殿であれば、三好長慶にむざむざ負ける事も無かったでしょうが、残念ながら左京太夫殿は戦国の世の当主としては力不足かもしれません」

 六角の力と影響力は確実に堕ちている。そうでなければ、甲賀の望月や鵜飼が北畠を頼る訳がなかった。

「左京大夫殿の嫡男殿の評判は、儂の耳にも届いておるからのぅ」

 六角の次代、義治が家督を継いだとき、南近江の名門六角家がどうなるのか、誰の頭にも良いイメージは湧かない。


 伊賀街道を進み、途中、百地・藤林・服部の伊賀上忍三家からの挨拶を受け歓待され、翌日京へ入洛した。




 永禄二年(1559年)三月 京

 この時代の京は、平安時代初期の平安京ではない。平安時代後期には、朱雀大路で区切られた左京と右京のうち、右京は荒廃していた。
 洛中は、時代をへるにつれ、どんどん小さく、狭くなっていった。

「これは……、酷いですね」

 源太郎が思わずそう呟く。

 応仁の乱で焼かれ荒れ果てた京は、酷い有り様だった。
 町の辻には、死体の山ができ、打ち捨てられたままになっていた。


 京の街を、乱れる事なく整然と隊列を組んで進む異形の軍団に、京の住人は恐怖とともに畏怖の目で、遠巻きに見ていた。

「龍や、龍の馬に乗ってはる」

「あの鎧見てみ、見るだけで震えてまうわ」

 京に住む人々の恐怖と畏怖の視線を受け、



 源太郎は、京での予定を粛々とこなして行く。

 源太郎は、従四位下、左近衛中将となった。
 いきなり高い官位官職に驚いたが、先帝の大喪の礼から、正親町天皇の即位に際して、北畠家の多額の献金への御礼にという側面がある。

 北畠家が献金しなければ、散々三好に恩を売られた後で、献金して貰うという事になっただろう。こんなにもスムーズに即位まで出来なかった。
 多額の献金のお陰で内裏の修復も出来、一応の権威も示せた。
 それを思えば、源太郎の官位官職程度は、何ともない事だった。しかも北畠家は村上源氏中院家庶流の名門、何の問題もなかった。



 源太郎達は、下京の惣構の北側にある妙覚寺を宿所とした。
 妙覚寺は、敷地も広く、周りに掘も掘られていた。義輝が現在の将軍殿に移るまで、御座所として使われていた。

 源太郎は、兵に休息を取らせると、明日からの予定を指示する。
 銭で周辺の河原者や住人を雇い、工兵部隊の指示のもと、散乱する死体の処理と京の街の清掃を任せた。
 騎兵、鉄砲兵、槍兵でチームを組ませ、洛内を巡回警備させ、野党を駆逐する。
 兵站部隊には、貧しい近隣住民への、炊き出しを指示した。


 相国寺近く、尾張守護職、斯波邸を改修した御座所に卜伝と源太郎が訪ねた。
 将軍義輝への挨拶と、卜伝の兄弟弟子としての訪いである。

 義輝は、卜伝の訪いが殊の外嬉しかったようで、大歓迎を受けた。
 源太郎にも、自分より随分と若い弟弟子の訪問に、話もそこそこに、木刀を手に稽古に誘うほど嬉しかったようだ。


 源太郎が帰った後、御座所の一室で義輝と卜伝がお茶を飲んでくつろいでいた。

「卜伝師匠、あの弟弟子は何ですか」

「ホッホッホッ、大樹も度肝を抜かれた様ですな。
 アレは、アレの父より数段上の才を持つ。
 幼き頃より父より鍛えられているとはいえ、儂が手取り足取り教え始めて僅か二年。
 つい先日、奴には一の太刀を伝授した」

 その卜伝の言葉に、義輝は呆然とする。
 自分の一回り近く年下の少年が、師匠にも才を認められた自分より先に、一の太刀を伝授されていることに、少しの嫉妬と共に納得した。

「それで納得しました。先ほど源太郎と立ち合った時、卜伝師匠と相対するのと通じる物がありました」

「うむ、身体の強さは別にして、間と見切りに於いては、儂に近い域まで来ておる」

 卜伝がそう言うのを聞いて、義輝は頷く。

「我も精進せねばいけませんな」




 妙覚寺に戻った源太郎の手には、一振りの太刀が握られていた。

「若、その太刀どうされたんですか?」

 妙覚寺で、細々とした雑務に追われていた大之丞が、源太郎の持つ太刀を見て聞いてきた。

「あゝ、大樹に頂いた」

「見せて頂いても良いですか?」

 そう言う新左衛門に太刀を渡す。

「……これは……」

 懐紙を口に、太刀を抜き、刀身に見入る新左衛門。暫く見つめた後、鞘に戻し源太郎へ返す。

「詳しくはわかりませんが、名刀なのは分かります」

「鬼丸国綱だって」

 それを聞いた、周りの者達が溜息を漏らす。
 粟田口派の祖、国家の子である粟田口六兄弟のひとり、粟田口国綱の作。
 天下五剣の内の一振り。

「随分と気に入られましたな」

「まあ明日からは摂家周りだな」

 五摂家とは、近衛、九条、二条、一条、鷹司の五家だが、この時期鷹司は断絶しているので、四家に挨拶に向かう。


 京での予定を粛々とこなしていき、滞在七日で京を後にする。

 整然と隊列を組んで進む北畠軍を、京の人達は大勢の見物人が道に溢れていた。
 北畠軍は、乱暴狼藉をせず、京の治安を維持し、貧しい民に炊き出しを施し、街の清掃に勤めた。

 また、病人や怪我人を源太郎が次々に、回復魔法で治療していった事も、京の全ての階層の人達に受け入れられる一因となった。 

 源太郎達北畠軍が、帰る頃には、熱狂的な見送りを受けることは必然だろう。


 こうして源太郎の初めての上洛を終えて桑名へ帰路についた。
 この先、時代がどう動くのか、源太郎には分からない。
 前世より、異世界で過ごした時間を合わせると、既に百年の時が過ぎている。いくら歴史の教鞭をとっていたとしても、記憶に曖昧な部分も多く、北畠具房として、違う歴史の流れを作ってしまった源太郎には、自分の行く道を切り開くしかなかった。
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