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押しかけ家臣
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永禄三年(1560年)十月 桑名城
卜伝師匠が伊勢を去った、永禄三年は、源太郎の周辺で大きな出来事が立て続けに起きた。
先ず五月に、今川義元が織田家領内に侵攻。
今川方が織田信長に敗れる事件が起きた。
歴史に名高い桶狭間の戦いだ。
戦いの詳細は、道順を通して詳しく報告を受けている。
北畠家は、直接的な援軍を出していないが、伊賀と甲賀の忍びを動かし、今川義元の正確な情報を信長に流した。
ここで源太郎の知る歴史と違う展開が起こる。
史実では、討ちとられた今川義元だが、重傷を負ったものの、生き延び逃げ帰る事に成功する。
ただ史実以上に、今川方の多くの武将が討ちとられ、今川家は、大きく力を落とすことになる。
桶狭間の戦いの後、松平元康は岡崎城へ入り、今川家と訣別していたが、義元が生き残った影響が、どうでるがは、わからない。
また、八月に浅井賢政改め、浅井長政が六角家と戦い、六角家が敗れるという事件が起こった。
浅井長政の調略に肥田城主、高野備前守が寝返る。
六角承禎は高野備前守の寝返りに激怒し、すぐに肥田城に攻め寄せて水攻めを行なう。しかしこの水攻めは失敗した。浅井長政は直ぐに出陣する。戦場は野良田であり、両軍は宇曾川を挟んで対峙することになる。
この時の六角軍の総勢は約2万5000人で、総大将は承禎。
浅井軍は総勢1万1000人と六角軍の半分にも満たなかった為、序盤は押されるが、油断した六角軍に、増援と併せて反撃し、六角軍を討ち破った。
これにより、六角家に従属状態だった浅井家が、敵対関係になり、六角家は、北に浅井家、南に北畠家、東に織田家、西に三好家と周りを敵に囲まれる事となる。
六角家がごたつく間に、源太郎は国内の反抗勢力の駆逐と、農業生産力強化、商業振興を勧め、銭の私鋳を行い、鐚銭を回収し質の良い銭を流通させた。
軍備の増強と兵の訓練を徹底し、部隊毎に統一した動きが出来るようにした。
重種騎馬部隊の増員がなされ、栄養事情が改善され、体格が良くなった兵の中でも、六尺以上の者を選抜し、徹底した騎乗訓練を行った。
仕事がひと段落して、於市とお茶を飲んでいると、部屋の外から声がかかる。
「源太郎様、変わった奴が源太郎様に会いたいと来ているのですが」
伊賀忍び部隊一番隊組頭、神戸小南が部屋に入って来ると、そう報告して来た。
伊賀の上忍三家、百地、藤林、服部が北畠家に臣従して来た。彼等は高禄で召抱えられ、伊賀も北畠家の経済圏内に組み込まれた。
伊賀は、一郡が北畠、三郡が六角に属していたが、戦をすることなく伊賀全郡が北畠に属することになる。
ただし、表向きは以前のままである。
その他、伊賀崎道順と交流のあった甲賀忍びの内、甲賀筆頭の望月家、鵜飼家、伴家を始めとする数家が秘かに北畠の禄を食んでいる。三雲家や山中家等の六角家家臣の手前、秘密ではあるが。
六角家は知らず知らずのうちに、諜報部門を乗っ取られていた。それどころか二重スパイ状態で、労せずして六角家の情報が手に入れる事が出来た。
「その変わった御仁は、何処かの家中の方?」
書状に目を通しながら小南に確認する。
「さあ?分かり兼ねます。今、道順様が確認しているところです」
「まぁ、会うくらいは良いだろう」
そう言って源太郎が立ちあがる。
「於市も見てみる?」
「はい、お供します」
あの織田信長の妹だから、気の強い女かと思っていたが、意外と夫を立てる慎ましい女性だった。
夫婦仲は大変上手くいっている。
対面する為の部屋へ向かう途中、道順が控えていた。
「何か分かった?」
「甲賀三郎(望月三郎)が知っていたようです。名は、前田慶次利益。滝川一族の出で、織田家家中、荒子城主前田利久殿の養子だそうです」
(なんで前田慶次利益が来るんだよ)
源太郎は思わず溜息をつく。
「はぁ、それダメでしょ。義兄上の所の家臣の嫡男なんでしょ」
「旦那様、先ずは会ってみては如何ですか」
「……そうするか」
部屋に入り暫くすると、前田慶次が案内されてやって来た。
堂々とした体格に、派手な衣装を着込んでいるが、不思議と嫌味にならず似合っていた。
「お初にお目にかかります。荒子城主、前田利久が養子、前田慶次利益でございます」
「北畠左近衛中将具房です。おもてをあげて下さい」
「それで今日はどういった用向きで?」
慶次が、ガバッと頭を下げる。
「俺を北畠の軍に加えて欲しい!」
「いやっ、えっと、貴方は織田殿の家臣ですよね」
言外に無理じゃないかと言ってみる。
「俺は見たんだ!左中将殿を先頭に駆ける、龍の如き馬を!」
話を聞くと、源太郎が北伊勢の国人が、起こした反乱を鎮圧する現場を見たらしい。
深紅の馬鎧を装備した、龍の如き馬が、反乱した国人の兵達を、文字通り蹴散らす様を目の当たりにし、どうしても馬が欲しくなったそうだ。
源太郎の前に座る慶次は、六尺五寸(約197cm)の大きな身体をしている。
北畠家の騎馬部隊には、体の大きい者が多いので、珍しくはないが、確かに慶次程の体格を支える馬は少ないだろう。
木曽馬で、大きい馬がいない訳ではないが、探すのは難しいかもしれない。
武田信玄の父である武田信虎の愛馬、鬼鹿毛(おにかげ)は、体高四尺八寸八分(148cm)あり、信玄が欲したが、叶わなかったそうた。
例え、日本馬で五尺近い馬が見つかっても、源太郎達が乗る、デストリアをベースにフリージアンホースの良い部分を掛け合わせた馬とは、見た目が違うだろう。
傾奇者の慶次には、見た目も重要なのだから。
「俺が乗って潰れない馬が欲しいんだ!」
望みを叶えてくれれば、源太郎に忠誠を誓い、北畠家の槍となるとまで言った。
(どうしよう、これ)
「旦那様、一度兄上に聞いてみては?」
「……そうするか」
結果的に言えば、話は呆気ないほど、簡単に許された。
これには信長側の都合も良かった理由がある。
慶次の養父利久の弟、前田利家は信長のお気に入りだった。
だが、同朋衆と諍いを起こし、斬殺したまま出奔した。柴田勝家や森可成らの信長への取り成しにより、出仕停止処分に減罰され、浪人暮らしをしていた。
永禄三年、出仕停止を受けていたのにも関わらず、信長に無断で桶狭間の戦いに参加して、三つの首を挙げる功を立てるも、帰参は許されなかった。
信長は、利家の帰参のタイミングを、見計らっていたのだろう。
信長は、利家に利久に替わり家督を継ぐように指示する。
利久は、北畠家で知行地を与え、受け入れることにした。
何の問題も無くなった慶次は、念願の重種デストリアベースの一頭を手に入れた。
ただし暫くの間、騎馬部隊の訓練馬場で、慶次の叫び声が聞こえる事になる。
慶次が選び出した馬に認められる為に、跨っては跳ね跳ばされ、跨っては跳ね跳ばされを繰り返し、痣だらけになりながら、何とか七日程で、主人と認めさせる事が出来たようだった。
慶次は風のように疾る馬上で歓喜していた。
これまで戦に出ても、一戦で馬を乗り潰していた。そんな状態では、人馬一体など望むべくもなく、鬱々とした気分を持て余していた。
そんな時、偶然北畠家の騎馬部隊を目撃する機会を得る。
その時見た、騎馬突撃で敵兵を蹴散らす様は、慶次に衝撃を与えた。
「ハハッ!疾い!凄え!お前は今日から松風だ!」
慶次は、騎馬部隊の侍大将の一人として、訓練に励んで行く。
こうして、前田慶次は北畠家に来たのだが、重種の馬に憧れて、北畠家に仕官を希望する者が、訪れるようになる。
それらの仕官希望者は、道順が念入りに身元を調べ、間諜の疑いのない者は、大之丞や新左衛門の面接を受ける。体格が規定に達していない者で、他の部隊でも良いという者は、適正によって振り分ける。
北畠軍は、急速に拡大していく。
卜伝師匠が伊勢を去った、永禄三年は、源太郎の周辺で大きな出来事が立て続けに起きた。
先ず五月に、今川義元が織田家領内に侵攻。
今川方が織田信長に敗れる事件が起きた。
歴史に名高い桶狭間の戦いだ。
戦いの詳細は、道順を通して詳しく報告を受けている。
北畠家は、直接的な援軍を出していないが、伊賀と甲賀の忍びを動かし、今川義元の正確な情報を信長に流した。
ここで源太郎の知る歴史と違う展開が起こる。
史実では、討ちとられた今川義元だが、重傷を負ったものの、生き延び逃げ帰る事に成功する。
ただ史実以上に、今川方の多くの武将が討ちとられ、今川家は、大きく力を落とすことになる。
桶狭間の戦いの後、松平元康は岡崎城へ入り、今川家と訣別していたが、義元が生き残った影響が、どうでるがは、わからない。
また、八月に浅井賢政改め、浅井長政が六角家と戦い、六角家が敗れるという事件が起こった。
浅井長政の調略に肥田城主、高野備前守が寝返る。
六角承禎は高野備前守の寝返りに激怒し、すぐに肥田城に攻め寄せて水攻めを行なう。しかしこの水攻めは失敗した。浅井長政は直ぐに出陣する。戦場は野良田であり、両軍は宇曾川を挟んで対峙することになる。
この時の六角軍の総勢は約2万5000人で、総大将は承禎。
浅井軍は総勢1万1000人と六角軍の半分にも満たなかった為、序盤は押されるが、油断した六角軍に、増援と併せて反撃し、六角軍を討ち破った。
これにより、六角家に従属状態だった浅井家が、敵対関係になり、六角家は、北に浅井家、南に北畠家、東に織田家、西に三好家と周りを敵に囲まれる事となる。
六角家がごたつく間に、源太郎は国内の反抗勢力の駆逐と、農業生産力強化、商業振興を勧め、銭の私鋳を行い、鐚銭を回収し質の良い銭を流通させた。
軍備の増強と兵の訓練を徹底し、部隊毎に統一した動きが出来るようにした。
重種騎馬部隊の増員がなされ、栄養事情が改善され、体格が良くなった兵の中でも、六尺以上の者を選抜し、徹底した騎乗訓練を行った。
仕事がひと段落して、於市とお茶を飲んでいると、部屋の外から声がかかる。
「源太郎様、変わった奴が源太郎様に会いたいと来ているのですが」
伊賀忍び部隊一番隊組頭、神戸小南が部屋に入って来ると、そう報告して来た。
伊賀の上忍三家、百地、藤林、服部が北畠家に臣従して来た。彼等は高禄で召抱えられ、伊賀も北畠家の経済圏内に組み込まれた。
伊賀は、一郡が北畠、三郡が六角に属していたが、戦をすることなく伊賀全郡が北畠に属することになる。
ただし、表向きは以前のままである。
その他、伊賀崎道順と交流のあった甲賀忍びの内、甲賀筆頭の望月家、鵜飼家、伴家を始めとする数家が秘かに北畠の禄を食んでいる。三雲家や山中家等の六角家家臣の手前、秘密ではあるが。
六角家は知らず知らずのうちに、諜報部門を乗っ取られていた。それどころか二重スパイ状態で、労せずして六角家の情報が手に入れる事が出来た。
「その変わった御仁は、何処かの家中の方?」
書状に目を通しながら小南に確認する。
「さあ?分かり兼ねます。今、道順様が確認しているところです」
「まぁ、会うくらいは良いだろう」
そう言って源太郎が立ちあがる。
「於市も見てみる?」
「はい、お供します」
あの織田信長の妹だから、気の強い女かと思っていたが、意外と夫を立てる慎ましい女性だった。
夫婦仲は大変上手くいっている。
対面する為の部屋へ向かう途中、道順が控えていた。
「何か分かった?」
「甲賀三郎(望月三郎)が知っていたようです。名は、前田慶次利益。滝川一族の出で、織田家家中、荒子城主前田利久殿の養子だそうです」
(なんで前田慶次利益が来るんだよ)
源太郎は思わず溜息をつく。
「はぁ、それダメでしょ。義兄上の所の家臣の嫡男なんでしょ」
「旦那様、先ずは会ってみては如何ですか」
「……そうするか」
部屋に入り暫くすると、前田慶次が案内されてやって来た。
堂々とした体格に、派手な衣装を着込んでいるが、不思議と嫌味にならず似合っていた。
「お初にお目にかかります。荒子城主、前田利久が養子、前田慶次利益でございます」
「北畠左近衛中将具房です。おもてをあげて下さい」
「それで今日はどういった用向きで?」
慶次が、ガバッと頭を下げる。
「俺を北畠の軍に加えて欲しい!」
「いやっ、えっと、貴方は織田殿の家臣ですよね」
言外に無理じゃないかと言ってみる。
「俺は見たんだ!左中将殿を先頭に駆ける、龍の如き馬を!」
話を聞くと、源太郎が北伊勢の国人が、起こした反乱を鎮圧する現場を見たらしい。
深紅の馬鎧を装備した、龍の如き馬が、反乱した国人の兵達を、文字通り蹴散らす様を目の当たりにし、どうしても馬が欲しくなったそうだ。
源太郎の前に座る慶次は、六尺五寸(約197cm)の大きな身体をしている。
北畠家の騎馬部隊には、体の大きい者が多いので、珍しくはないが、確かに慶次程の体格を支える馬は少ないだろう。
木曽馬で、大きい馬がいない訳ではないが、探すのは難しいかもしれない。
武田信玄の父である武田信虎の愛馬、鬼鹿毛(おにかげ)は、体高四尺八寸八分(148cm)あり、信玄が欲したが、叶わなかったそうた。
例え、日本馬で五尺近い馬が見つかっても、源太郎達が乗る、デストリアをベースにフリージアンホースの良い部分を掛け合わせた馬とは、見た目が違うだろう。
傾奇者の慶次には、見た目も重要なのだから。
「俺が乗って潰れない馬が欲しいんだ!」
望みを叶えてくれれば、源太郎に忠誠を誓い、北畠家の槍となるとまで言った。
(どうしよう、これ)
「旦那様、一度兄上に聞いてみては?」
「……そうするか」
結果的に言えば、話は呆気ないほど、簡単に許された。
これには信長側の都合も良かった理由がある。
慶次の養父利久の弟、前田利家は信長のお気に入りだった。
だが、同朋衆と諍いを起こし、斬殺したまま出奔した。柴田勝家や森可成らの信長への取り成しにより、出仕停止処分に減罰され、浪人暮らしをしていた。
永禄三年、出仕停止を受けていたのにも関わらず、信長に無断で桶狭間の戦いに参加して、三つの首を挙げる功を立てるも、帰参は許されなかった。
信長は、利家の帰参のタイミングを、見計らっていたのだろう。
信長は、利家に利久に替わり家督を継ぐように指示する。
利久は、北畠家で知行地を与え、受け入れることにした。
何の問題も無くなった慶次は、念願の重種デストリアベースの一頭を手に入れた。
ただし暫くの間、騎馬部隊の訓練馬場で、慶次の叫び声が聞こえる事になる。
慶次が選び出した馬に認められる為に、跨っては跳ね跳ばされ、跨っては跳ね跳ばされを繰り返し、痣だらけになりながら、何とか七日程で、主人と認めさせる事が出来たようだった。
慶次は風のように疾る馬上で歓喜していた。
これまで戦に出ても、一戦で馬を乗り潰していた。そんな状態では、人馬一体など望むべくもなく、鬱々とした気分を持て余していた。
そんな時、偶然北畠家の騎馬部隊を目撃する機会を得る。
その時見た、騎馬突撃で敵兵を蹴散らす様は、慶次に衝撃を与えた。
「ハハッ!疾い!凄え!お前は今日から松風だ!」
慶次は、騎馬部隊の侍大将の一人として、訓練に励んで行く。
こうして、前田慶次は北畠家に来たのだが、重種の馬に憧れて、北畠家に仕官を希望する者が、訪れるようになる。
それらの仕官希望者は、道順が念入りに身元を調べ、間諜の疑いのない者は、大之丞や新左衛門の面接を受ける。体格が規定に達していない者で、他の部隊でも良いという者は、適正によって振り分ける。
北畠軍は、急速に拡大していく。
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