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二百三十二話 想定外にも……
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翌朝、早くに竜人族の集落を後にしたバーバラ。
竜人族の集落では、量は多くないが塩や保存の効く食料と生地が売れた。まだ竜人族の人数が少ないので仕方ない。とはいえ、西方諸国からも職人を集めているそうなので、定期的な需要は見込めそうだ。ただ、今回はローズ商会にとってタイミングがよかったからの取り引きだったが、次回からも同じようにとはいかないだろう。竜人族と魔王国との関係を強化する必要があるとバーバラは揺れる馬車の中で考える。
因みに、いくらシグムンドが造った街道とはいえ、サスペンションも無い馬車の揺れは酷い。それは、大商会と呼ばれるローズ商会の豪華な馬車も変わらない。
この後、バーバラはダーヴィッド達が使うシグムンド製の乗り心地の良い馬車を知り、必死にその秘密を探ろうとするも果たせず、結局頼み込んで購入する事になる。
少し走ると馭者から声が掛かる。
「……お嬢様、噂通りという事ですか」
「イヤイヤ、何なのよアレ! もう、小さな国じゃない!」
起伏の少ない平坦な草原地帯だけに、シグムンドが造った高い外壁の城塞都市は遠くからもよく見えた。
城塞都市の南と、ここからは見えないが東側には農地が拡がっているらしい。城塞都市の大きさと、外の農地を含めると、小さな国並みとバーバラが言うのも仕方ない。
やがて段々と近付くにつれ、巨大な金属製の門と、その両脇に立つ巨大なゴーレムが目に入る。
「はぁ、多分、あのゴーレムも普通じゃないのよね」
「おそらく間違いないでしょう」
バーバラやヘクトが言う普通のゴーレムとは、術者が常に「前に進め」や「石を持ち上げろ」などの指示を出さないと動かないものだ。そのパワー故に、工事現場で使われる事もあるが、戦争などでは盾くらいにしか役に立たない。
ところが、竜人族の集落内を巡回していたアイアンゴーレムは、いちいち細かな指示を出す必要がないという。確かな自我を持ち、大まかな指示を出しておけば、自身の判断で動くらしい。バーバラの常識の中では、それはもうゴーレムという種族と言ってもいい。
門番ゴーレムとは別の人間と然程変わらない大きさのアイアンゴーレムと、魔王国の兵士がチェックする門を抜け、一安心するバーバラ。
今回、放っておいても問題を起こしそうな護衛を連れて来ている為、バーバラも心配で仕方なかったのだ。
「何とか門を抜けれたわね」
「はい。ただ、追加で雇った護衛はしっかり目を付けられたようです」
「やっぱりそうよね。はぁ、大人しくしていろって言っても言う事聞かないわよね」
「ええ、冒険者とは名ばかりの盗賊と変わらぬ輩ですから」
馬車の中でコソコソと小声で話すバーバラとヘクトだが、勿論冒険者崩れどもは、ダーヴィッドの部下の兵士とシグムンドの眷属のゴーレムがマーク済みだ。
門を抜けたバーバラ達の目に飛び込んできたのは、石畳みが貼られた広い道と立派な石造りの建物。住民が集う広い広場や児童公園。
「西方諸国にもこれ程の街は見た事がないわね。倉庫の数も多そう」
「はい。奴ら、必ず動きますな」
「はぁ、そうよね。あの馬鹿どもからしたら、宝の山に見えてるでしょうしね」
城塞都市の中は、西方諸国の国々にある大都市とは違い非常に整った街並みだった。それは勿論、ほぼシグムンド一人が造ったのだから当然だ。
その街並み以外にも、他の西方諸国の街と決定的に違う部分がある。
「スラムが無いのは理解できるけど、路地に寝そべる子供も居ないのね」
「そう言えばそうですね。それに街を歩く住民もこ綺麗です」
「本当ね。それに健康そうで表情も明るいわ」
城塞都市の外に住み着く度胸のある者は居ないだろう。当然、スラムが形成される事もない。そもそも西方諸国から流民が自力でたどり着ける場所ではないと強く思われている。深淵の森の南に拡がる草原地帯とは、遊牧民が綱渡りでギリギリ暮らせる場所という思い込みが強い所為だと思われる。
それと城塞都市や外の農地の人間に酷く腐った者が居ないのは、ひとえにダーヴィッド達魔王国の担当者の努力の結果だ。
シグムンドに迷惑をかけるなど、魔王国が滅びかねない。その為、移民の面接や素行調査は厳重で慎重だった。
それに加えて街中を巡回するアイアンゴーレムと、テロリストを簡単に撃退したおかしな孤児達。その孤児院でペットとして飼っている猫のバケモノと双頭のオルトロスのようなバケモノ。悪事を企もうなどと考えられなくなる。
そこに最近は、神話の中で語られる存在である古竜が住み着いた。その古竜の世話をする為に生み出された眷属が竜の力を持つ竜人で、その昔、魔王国に住む竜人族の始祖と同じ存在だと知ると、余程の馬鹿じゃない限り大人しくなる。
住民どうしの喧嘩などは当然あるが、それでもお互いに遺恨が残るような事もない。住民達は、この場所から追放されるのを一番怖れているからだ。
まあ、実はダーヴィッド達が頑張っていても、根っからの悪人も混ざっている事もあるのだが、そんな奴らはいつの間にか居なくなる。
ここには誰にも気付かれずにゴミ処理が可能なセブールやシグムンドが居るからだ。主にセブールが片手間に処理していたりする。
「会頭、宿と貸し倉庫の手配してきます」
「ええ、お願い。全員分の宿はあるのかしら」
「はい。高級な宿は少ないですが、安宿でも清潔で設備も充実しているそうです」
「そう。なら全員分の宿をお願い。馬鹿を野放しにしたなんて思われないようにね」
「承知しました」
一応、馬車の置き場と野営も可能なスペースはあるが、全員分の宿の手配を指示するバーバラ。おそらく問題行動を起こすだろう奴らが、暴走しても自分とは関係ないと言い訳しやすい状況を作る。
その後、ヘクトは城塞都市内の情報収集に向かい、バーバラは精神的に疲れた事もあり夜まで部屋で休む事にした。
夜になりバーバラは、ヘクトからの報告を受け作戦会議だ。
「ダーヴィッド殿下へのアポは取れた?」
「お忙しいようでしたが、何とか明日時間をいただけました」
「へぇ、明日に会ってくれるのね」
「ローズ商会は、これでも大商会ですから。ダーヴィッド殿下も、早めにと思ったのではないでしょうか」
「厄介ごとは、早めに済ませておきたいのかしら」
「まあ、概ねその通りかと」
現状の城塞都市に、個別に商会がガッツリと食い込む余地はない。商人側は、シグムンドやセブール、リーファから時折りもたらされる深淵の森の魔物素材を少しでも得れれば、それだけでメリットは大きいが、シグムンド達にはメリットが少ないのだ。
海千山千の遣り手の商人の相手など、今の城塞都市に必要はない。
とはいえ、今後魔王国としても西方諸国の商人と取り引きする事もあるだろう。今回、合同買取所の建設には、魔王国と冒険者ギルドや薬師ギルド、錬金術師ギルドが、必要な物資や資材を集めるのに尽力したが、この先の事を考えれば、商人の力を借りた方がスムーズに進む場合もあるだろう。
それ故、ダーヴィッドもローズ商会との面談に前向きだという事もある。
「合同買取所から商業ギルドが外されたのは、やはりモーガン本部長が欲をかいたからみたいです」
「ふぅ、やっぱりそうなのね。あのハゲデブオヤジ。なに余計な事をしてるのよ」
「お嬢様、口が悪うございますぞ」
合同買取所に商業ギルドが締め出された理由が、やっぱりモーガン本部長が欲張った所為だと聞き、バーバラは口汚く罵る。ヘクトが、そんなバーバラを諌めるが、ヘクトはヘクトでモーガンの人柄を知っているので、バーバラが言う事自体は同じ思いのようだ。
「いいのよ。あんなハゲデブオヤジ。いやらしい目で見てきて気持ち悪いったらないわ。それとお嬢様じゃなくて、会頭か商会長よ!」
「会頭がいやらしい目で見られるのは仕方ないではないですか。それも会頭の武器なのですから」
「分かってるわよ!」
バーバラは、ローズ商会の為なら当たり前のように色仕掛けを使う。とはいえ相手の男をその気にさせるだけだ。指の一本も触れさせる事はない。馬鹿な男は煽てて褒めて頼れば、勝手に良い気分になってくれる。あとはコントロールするのは簡単だ。
まあ、モーガンは商業ギルドの本部長だけあり、バーバラの色仕掛けには引っ掛からない。それだけにモーガンの舐めるように見る視線が気持ち悪い。
「明日が勝負ね」
「追加で雇った者達へは、大人しく待機するよう皆の前で言い付けておきます」
「お願い。私達にそんな気はないってポーズは見せておく必要があるもの」
「はい。実際、この状況で、彼等に暴れられるのは、我らの本意ではありませんから」
バーバラが明日のダーヴィッドとの会談に気合いを入れる。そのバーバラに、ヘクトは追加で雇った問題を起こすだろう冒険者崩れどもに、周りの目がある状態で大人しくするよう注意するパフォーマンスをしておくと言う。
冒険者崩れ達が、この城塞都市で問題を起こしたとしても、ローズ商会はまったく関係ないとアピールする為だ。
「じゃあ、今日はもうさっさと食事を済ませて眠りましょうか」
「そうですな。明日に備えましょう」
明日のダーヴィッドとの会談に向け、今日は早く休む事にした。
そして向かった高級宿のレストラン。そこでお勧めのメニューを頼み衝撃を受けるバーバラとヘクト。
「何これ! どれも凄く美味しいんだけど」
「仕事がら、様々な美食を食べてきたと思っていましたが……」
「野菜も肉もパンも、全部の素材がとんでもないわね」
「ソースは勿論、塩ですら違うのではと思ってしまいます」
ローズ商会という大商会の会頭と番頭であるバーバラとヘクトの二人は、様々な国で贅を尽くした食事を食べる機会も多かった。高級な食材もローズ商会にとって、商材でもあるから当然だ。
だが、そんな二人にとっても、城塞都市の高級宿で提供される料理は、驚き以外の何ものでなかった。
これには幾つかの理由がある。
高位の魔物肉に美味しい物が多いように、より多くの魔力を内包した食材は美味しい傾向が強い。それは、肉だけではなく野菜や穀物にも当て嵌まった。
そしてここは深淵の森の南に拡がる草原地帯。もともと魔力が濃い地域だったものが、シグムンドによる城塞都市建設や岩山の創造と城の築城。濃密な魔力に晒された。さらに古竜の滞在とくれば、この地の魔力濃度がどうなるかなど簡単に想像できる。
とはいえ、その魔力が光の属性を持つシグムンドと、神の使徒である黄金竜のものとくれば、魔物が湧いたりする事もない。
そんな草原地帯で作る農作物の味が良いのは当然だろう。肉も深淵の森の魔物で、一部の農作物は、森に在るシグムンドの拠点で作られた物だ。
特にシグムンドの拠点の農作物は、クグノチやトム達元ウッドゴーレムが品種改良したものなので特に味は良く、西方諸国では決して口には出来ない。
バーバラとヘクトにも、この食材がこの草原地帯と深淵の森からの恵みだと理解する事が出来た。となると一つだけ不満が残る。
「ワインは普通ね」
「聞いてみましょう。もし、すみません」
「はい。御用でしょうか?」
ヘクトがフロアの店員に声を掛ける。
「食事は素晴らしかったわ。でも、ワインは西方諸国で飲んだ物と変わらないわね」
「ああ、申し訳ございません。森産のワインは、稀にしか手に入れる事が出来ませんので、常にメニューにある訳ではないのです」
「森産って、もしかしなくても深淵の森の事よね。あんな魔境で造るワインなんてあるの?」
「はい。私達は最近では森神様からの恵みと呼んでいます」
店員からの答えは、やはりここでも森神様だった。森産のワインが存在し、極少量がここ城塞都市にも持ち込まれるらしい。森神様の恵みと呼ぶくらいだから、余程美味しいのだろうとバーバラも推測する。
「当然、恵みって言うくらいだから、それなりに美味しいのよね?」
「お客様、それなりなどととんでもない。私は一度あのお酒を飲んでしまったお陰で、西方諸国のワインでは満足できなくなってしまいました。ただ、販売しているものではないので、お店でお出しするのも難しいのです」
「そう。それは残念ね」
シグムンドの眷属が森で造るワインは、個人で消費するには多くので、城塞都市の教会やダーヴィッド、オオ爺サマの所などへ配ってはいるのだが、それでも売りに出すには中途半端な量だった。
ただ、ダーヴィッドはそれなりの量を魔王国からの産物と交換していると聞き、僅かな希望を持つバーバラ。明日、ダーヴィッドに会った時にダメ元で頼んでみようと決めた。
「お客様、ワインは無理かもしれませんが、エールなら庶民用の酒場で、少々値は張りますが飲めますよ」
「うーん。エールはねぇ」
「はい。会頭には相応しくないかと」
店員がバーバラに、ワインは無理かもしれないが、エールなら酒場で飲めると教えてくれたが、バーバラとヘクトはエールと聞くと顔を曇らせる。
この世界でも上面発酵エールの歴史は長く、中には高い品質のエールを造る工房もあるが、ほとんどが酷い品質の酔えればいいというものが多い。ビールのように冷やすと香りが弱くなる為、生ぬるい常温で飲む習慣がある事も、女性であるバーバラの好みには合っていなかった。
「いえいえ、確かに値の安いエールは飲めればいいというものですが、森神様のエールはまったく別物ですよ」
「そうなの?」
「はい。一度お試しになられたら分かると思います」
実はシグムンドの造るのは、本人の好みの問題で、エールではなく下面発酵のビールなのだが、それを説明するのが面倒なので訂正はしていない。
元日本人だっただろうシグムンドは、生ぬるいエールは苦手だった。わざわざ面倒な上面発酵のビールを造った理由はそれだけだ。
「ヘクト、どうする?」
「他の街なら夜にお出掛けになるなんて、お止めするのですが……」
「お客様、ここは夜でも安全ですよ。旅人どころか子供でも一人で出歩けます」
この地のエール(ビール)に興味を持ったバーバラがどうするとヘクトに聞くと、ヘクトも少し考え込む。他の街なら間違いなく若い女性が夜に出歩くのは危険だ。ただ、この城塞都市は少し事情が違う。
城塞都市の外の農地に暮らす人々は、当然夜に出歩くなどしないが、城塞都市の中に限れば、ほぼ危険はない。
先ず、街に入る為のチェックが厳しい。現にローズ商会が追加で雇った、問題ありありの護衛達も既にマークされている。
それにシグムンドの眷属であるアイアンゴーレムが、二十四時間休まず巡回しているのに加え、オオ爺サマの眷属であるギータ達も悪意に敏感で、片手間に治安維持の手伝いをしている。
そこに城塞都市に駐屯する魔王国の兵士達も、交代制で巡回している。
何より城塞都市の中に住む子供は、そのほとんどが孤児院の子供達だ。シグムンドによるパワーレベリング済みの子供達を、どうにか出来る者は少ない。
しかもポーラとアーシアの従魔、マロンとグリースの二匹がいるのだ。ここ以上に治安の良い場所はないのではなかろうか。
せっかくだからと、高級宿のレストランの従業員に聞いた酒場に足を運んだバーバラとヘクト。
「おや、会頭じゃないですか。珍しいですね」
「宿のレストランでお勧めされたのよ」
酒場に入ったバーバラに話し掛けたのは、ローズ商会が専属で雇う冒険者のリーダーだった。
「なる程。確かに、普通の街の酒場に比べて値が少々張りますが、暴れるような奴らも下品な奴らも居ないですからね。純粋に、酒とつまみと会話を楽しめますよ」
「少し高めの値段だから、あいつらは居ないのね」
酒場といえば酔っ払った荒くれ者が付きものだが、この酒場は価格帯が少々お高めで、安酒をあおって悪酔いする者は少ない。しかも、騒ぎを起こせば、直ぐにゴーレムや魔王国の兵士が駆け付ける。
今回、ローズ商会が追加で雇った冒険者崩れ達は、奇跡的になにか空気を感じたのか、騒ぎを起こさず宿に居るらしい。
「エールと何か適当につまみになる物を二、三品お願いします」
ヘクトが注文すると、直ぐにビールと作り置きのおつまみが提供される。
この世界では、ガラスのジョッキやグラスなど一般的ではないのだが、ここだけは例外的にガラスのグラスが使われていた。当然、普通のガラスのグラスではない。シグムンドが付与魔法で強化した、この世界版強化ガラスなので破れる心配はない。
これは単にシグムンドが木のコップでビールを飲みたくなかったから提供しただけだ。農作業や視察の帰りにふらっと寄り、一杯ひっかけて帰るのが好きなシグムンドが、自分の為に用意しただけ。この酒場に森産のビールがあるのも、そんな理由からだったりする。
バーバラは。透き通った琥珀色の液体を一口。
「まあ!? なんてスッキリとして喉越しが良いエールでしょう。この冷えているのも良いわ」
一口飲んで驚くバーバラ。その様子を見ていたヘクトも我慢出来ずにグイッと喉へと入れる。
「ほぉ! 確かにこれは美味い。しかし困りましたな」
「どうしたの? 美味しかったんでしょう?」
「はい、この上なく。ただ、これを知ってしまうと、普段飲む生ぬるいエールが飲めなくなりそうです」
「ああ、なるほど」
ヘクトがエールを口にし絶賛するも、直ぐに困った顔になる。それに首を傾げるバーバラが理由を問うと、返ってきた答えにバーバラも納得する。大商会の代表であるバーバラくらいになると、それなりに高級なワインを日常的に飲む事が出来るが、ローズ商会の番頭とはいえ家族の多いヘクトはそうはいかない。ヘクトも高価なワインを偶には飲むが、普段日常的に飲むお酒はエールが多いのだ。
まあ、エールといっても有名な生産者のものなので、場末の酒場で自作している酷い味のエールとは違うのだが。
バーバラもダメ元で店主に聞いてみる。
「ねぇ、このエールも売ってないのよね?」
「ええ、外に売る量はないですね。ただ、この城塞都市の中でも教会が造っているエールがあります。森神様のエールより幾分落ちますが、それでも充分美味しいですよ。それなら少量ですが売ってくれると思いますよ。味見してみます?」
「ええ、お願いできるかしら」
店主が勧めたのは、教会が造るエールだった。シグムンドの森の拠点で造られるエールほどではないが、工房をシグムンドが造ってエールの作り方も指導したので、飲み比べしない限り不満に思わないレベルの味だった。
「……美味しいわね。確かに、先に森神様のエールを飲んだ後だから、少し落ちるのは分かるけど、飲み比べしなきゃいいだけだものね」
「ほぉ、これはこれは、是非とも教会の司祭様と面会のお約束を取り付けねば」
城塞都市の教会で造られたエールは、シグムンドの拠点で造られたエールに近い品質で、バーバラやヘクトは充分美味しいと感じた。
しかも、交渉の相手が増えるのはありがたい。
教会が酒造をするのは珍しくない。お布施に頼らないで運営できるのだから、西方諸国の国々に在る教会でも醸造所を持つ教会はそれなりにある。となれば、教会としてもお酒を売りたい筈なので、量の問題はあれど、購入する事が出来るかもしれない。そう、ヘクトが考えるのも当然だった。
「そうね。教会へも行きましょうか。ほんの少しでもいいわ。珍し物好きの富裕層に売れるかも」
「そうですね。エールは、あくまで庶民の飲み物。あまり高いと売れませんが、この味なら珍しい物が好きな金持ちは喜ぶでしょう」
バーバラは、明日ダーヴィッドとの会談に加え、教会へも行く事を決める。
ただ、あくまでついでだ。本命が深淵の森素材なのは変わらない。エールは庶民の飲むお酒なので、貴族向けの商売にはしづらい。だからあくまで、買えれば商売にはなるかも。程度の軽い気持ちの交渉になるだろう。
その後、おつまみの味のレベルの高さに驚き、つい長居してしまうバーバラとヘクト主従だった。
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この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
また「いずれ最強の錬金術師?」の16巻が、5月下旬に発売されます。
あと、ササカマタロウ先生のコミック版「いずれ最強の錬金術師?」6巻も5月下旬に発売されます。
あわせてよろしくお願いします。
小狐丸
竜人族の集落では、量は多くないが塩や保存の効く食料と生地が売れた。まだ竜人族の人数が少ないので仕方ない。とはいえ、西方諸国からも職人を集めているそうなので、定期的な需要は見込めそうだ。ただ、今回はローズ商会にとってタイミングがよかったからの取り引きだったが、次回からも同じようにとはいかないだろう。竜人族と魔王国との関係を強化する必要があるとバーバラは揺れる馬車の中で考える。
因みに、いくらシグムンドが造った街道とはいえ、サスペンションも無い馬車の揺れは酷い。それは、大商会と呼ばれるローズ商会の豪華な馬車も変わらない。
この後、バーバラはダーヴィッド達が使うシグムンド製の乗り心地の良い馬車を知り、必死にその秘密を探ろうとするも果たせず、結局頼み込んで購入する事になる。
少し走ると馭者から声が掛かる。
「……お嬢様、噂通りという事ですか」
「イヤイヤ、何なのよアレ! もう、小さな国じゃない!」
起伏の少ない平坦な草原地帯だけに、シグムンドが造った高い外壁の城塞都市は遠くからもよく見えた。
城塞都市の南と、ここからは見えないが東側には農地が拡がっているらしい。城塞都市の大きさと、外の農地を含めると、小さな国並みとバーバラが言うのも仕方ない。
やがて段々と近付くにつれ、巨大な金属製の門と、その両脇に立つ巨大なゴーレムが目に入る。
「はぁ、多分、あのゴーレムも普通じゃないのよね」
「おそらく間違いないでしょう」
バーバラやヘクトが言う普通のゴーレムとは、術者が常に「前に進め」や「石を持ち上げろ」などの指示を出さないと動かないものだ。そのパワー故に、工事現場で使われる事もあるが、戦争などでは盾くらいにしか役に立たない。
ところが、竜人族の集落内を巡回していたアイアンゴーレムは、いちいち細かな指示を出す必要がないという。確かな自我を持ち、大まかな指示を出しておけば、自身の判断で動くらしい。バーバラの常識の中では、それはもうゴーレムという種族と言ってもいい。
門番ゴーレムとは別の人間と然程変わらない大きさのアイアンゴーレムと、魔王国の兵士がチェックする門を抜け、一安心するバーバラ。
今回、放っておいても問題を起こしそうな護衛を連れて来ている為、バーバラも心配で仕方なかったのだ。
「何とか門を抜けれたわね」
「はい。ただ、追加で雇った護衛はしっかり目を付けられたようです」
「やっぱりそうよね。はぁ、大人しくしていろって言っても言う事聞かないわよね」
「ええ、冒険者とは名ばかりの盗賊と変わらぬ輩ですから」
馬車の中でコソコソと小声で話すバーバラとヘクトだが、勿論冒険者崩れどもは、ダーヴィッドの部下の兵士とシグムンドの眷属のゴーレムがマーク済みだ。
門を抜けたバーバラ達の目に飛び込んできたのは、石畳みが貼られた広い道と立派な石造りの建物。住民が集う広い広場や児童公園。
「西方諸国にもこれ程の街は見た事がないわね。倉庫の数も多そう」
「はい。奴ら、必ず動きますな」
「はぁ、そうよね。あの馬鹿どもからしたら、宝の山に見えてるでしょうしね」
城塞都市の中は、西方諸国の国々にある大都市とは違い非常に整った街並みだった。それは勿論、ほぼシグムンド一人が造ったのだから当然だ。
その街並み以外にも、他の西方諸国の街と決定的に違う部分がある。
「スラムが無いのは理解できるけど、路地に寝そべる子供も居ないのね」
「そう言えばそうですね。それに街を歩く住民もこ綺麗です」
「本当ね。それに健康そうで表情も明るいわ」
城塞都市の外に住み着く度胸のある者は居ないだろう。当然、スラムが形成される事もない。そもそも西方諸国から流民が自力でたどり着ける場所ではないと強く思われている。深淵の森の南に拡がる草原地帯とは、遊牧民が綱渡りでギリギリ暮らせる場所という思い込みが強い所為だと思われる。
それと城塞都市や外の農地の人間に酷く腐った者が居ないのは、ひとえにダーヴィッド達魔王国の担当者の努力の結果だ。
シグムンドに迷惑をかけるなど、魔王国が滅びかねない。その為、移民の面接や素行調査は厳重で慎重だった。
それに加えて街中を巡回するアイアンゴーレムと、テロリストを簡単に撃退したおかしな孤児達。その孤児院でペットとして飼っている猫のバケモノと双頭のオルトロスのようなバケモノ。悪事を企もうなどと考えられなくなる。
そこに最近は、神話の中で語られる存在である古竜が住み着いた。その古竜の世話をする為に生み出された眷属が竜の力を持つ竜人で、その昔、魔王国に住む竜人族の始祖と同じ存在だと知ると、余程の馬鹿じゃない限り大人しくなる。
住民どうしの喧嘩などは当然あるが、それでもお互いに遺恨が残るような事もない。住民達は、この場所から追放されるのを一番怖れているからだ。
まあ、実はダーヴィッド達が頑張っていても、根っからの悪人も混ざっている事もあるのだが、そんな奴らはいつの間にか居なくなる。
ここには誰にも気付かれずにゴミ処理が可能なセブールやシグムンドが居るからだ。主にセブールが片手間に処理していたりする。
「会頭、宿と貸し倉庫の手配してきます」
「ええ、お願い。全員分の宿はあるのかしら」
「はい。高級な宿は少ないですが、安宿でも清潔で設備も充実しているそうです」
「そう。なら全員分の宿をお願い。馬鹿を野放しにしたなんて思われないようにね」
「承知しました」
一応、馬車の置き場と野営も可能なスペースはあるが、全員分の宿の手配を指示するバーバラ。おそらく問題行動を起こすだろう奴らが、暴走しても自分とは関係ないと言い訳しやすい状況を作る。
その後、ヘクトは城塞都市内の情報収集に向かい、バーバラは精神的に疲れた事もあり夜まで部屋で休む事にした。
夜になりバーバラは、ヘクトからの報告を受け作戦会議だ。
「ダーヴィッド殿下へのアポは取れた?」
「お忙しいようでしたが、何とか明日時間をいただけました」
「へぇ、明日に会ってくれるのね」
「ローズ商会は、これでも大商会ですから。ダーヴィッド殿下も、早めにと思ったのではないでしょうか」
「厄介ごとは、早めに済ませておきたいのかしら」
「まあ、概ねその通りかと」
現状の城塞都市に、個別に商会がガッツリと食い込む余地はない。商人側は、シグムンドやセブール、リーファから時折りもたらされる深淵の森の魔物素材を少しでも得れれば、それだけでメリットは大きいが、シグムンド達にはメリットが少ないのだ。
海千山千の遣り手の商人の相手など、今の城塞都市に必要はない。
とはいえ、今後魔王国としても西方諸国の商人と取り引きする事もあるだろう。今回、合同買取所の建設には、魔王国と冒険者ギルドや薬師ギルド、錬金術師ギルドが、必要な物資や資材を集めるのに尽力したが、この先の事を考えれば、商人の力を借りた方がスムーズに進む場合もあるだろう。
それ故、ダーヴィッドもローズ商会との面談に前向きだという事もある。
「合同買取所から商業ギルドが外されたのは、やはりモーガン本部長が欲をかいたからみたいです」
「ふぅ、やっぱりそうなのね。あのハゲデブオヤジ。なに余計な事をしてるのよ」
「お嬢様、口が悪うございますぞ」
合同買取所に商業ギルドが締め出された理由が、やっぱりモーガン本部長が欲張った所為だと聞き、バーバラは口汚く罵る。ヘクトが、そんなバーバラを諌めるが、ヘクトはヘクトでモーガンの人柄を知っているので、バーバラが言う事自体は同じ思いのようだ。
「いいのよ。あんなハゲデブオヤジ。いやらしい目で見てきて気持ち悪いったらないわ。それとお嬢様じゃなくて、会頭か商会長よ!」
「会頭がいやらしい目で見られるのは仕方ないではないですか。それも会頭の武器なのですから」
「分かってるわよ!」
バーバラは、ローズ商会の為なら当たり前のように色仕掛けを使う。とはいえ相手の男をその気にさせるだけだ。指の一本も触れさせる事はない。馬鹿な男は煽てて褒めて頼れば、勝手に良い気分になってくれる。あとはコントロールするのは簡単だ。
まあ、モーガンは商業ギルドの本部長だけあり、バーバラの色仕掛けには引っ掛からない。それだけにモーガンの舐めるように見る視線が気持ち悪い。
「明日が勝負ね」
「追加で雇った者達へは、大人しく待機するよう皆の前で言い付けておきます」
「お願い。私達にそんな気はないってポーズは見せておく必要があるもの」
「はい。実際、この状況で、彼等に暴れられるのは、我らの本意ではありませんから」
バーバラが明日のダーヴィッドとの会談に気合いを入れる。そのバーバラに、ヘクトは追加で雇った問題を起こすだろう冒険者崩れどもに、周りの目がある状態で大人しくするよう注意するパフォーマンスをしておくと言う。
冒険者崩れ達が、この城塞都市で問題を起こしたとしても、ローズ商会はまったく関係ないとアピールする為だ。
「じゃあ、今日はもうさっさと食事を済ませて眠りましょうか」
「そうですな。明日に備えましょう」
明日のダーヴィッドとの会談に向け、今日は早く休む事にした。
そして向かった高級宿のレストラン。そこでお勧めのメニューを頼み衝撃を受けるバーバラとヘクト。
「何これ! どれも凄く美味しいんだけど」
「仕事がら、様々な美食を食べてきたと思っていましたが……」
「野菜も肉もパンも、全部の素材がとんでもないわね」
「ソースは勿論、塩ですら違うのではと思ってしまいます」
ローズ商会という大商会の会頭と番頭であるバーバラとヘクトの二人は、様々な国で贅を尽くした食事を食べる機会も多かった。高級な食材もローズ商会にとって、商材でもあるから当然だ。
だが、そんな二人にとっても、城塞都市の高級宿で提供される料理は、驚き以外の何ものでなかった。
これには幾つかの理由がある。
高位の魔物肉に美味しい物が多いように、より多くの魔力を内包した食材は美味しい傾向が強い。それは、肉だけではなく野菜や穀物にも当て嵌まった。
そしてここは深淵の森の南に拡がる草原地帯。もともと魔力が濃い地域だったものが、シグムンドによる城塞都市建設や岩山の創造と城の築城。濃密な魔力に晒された。さらに古竜の滞在とくれば、この地の魔力濃度がどうなるかなど簡単に想像できる。
とはいえ、その魔力が光の属性を持つシグムンドと、神の使徒である黄金竜のものとくれば、魔物が湧いたりする事もない。
そんな草原地帯で作る農作物の味が良いのは当然だろう。肉も深淵の森の魔物で、一部の農作物は、森に在るシグムンドの拠点で作られた物だ。
特にシグムンドの拠点の農作物は、クグノチやトム達元ウッドゴーレムが品種改良したものなので特に味は良く、西方諸国では決して口には出来ない。
バーバラとヘクトにも、この食材がこの草原地帯と深淵の森からの恵みだと理解する事が出来た。となると一つだけ不満が残る。
「ワインは普通ね」
「聞いてみましょう。もし、すみません」
「はい。御用でしょうか?」
ヘクトがフロアの店員に声を掛ける。
「食事は素晴らしかったわ。でも、ワインは西方諸国で飲んだ物と変わらないわね」
「ああ、申し訳ございません。森産のワインは、稀にしか手に入れる事が出来ませんので、常にメニューにある訳ではないのです」
「森産って、もしかしなくても深淵の森の事よね。あんな魔境で造るワインなんてあるの?」
「はい。私達は最近では森神様からの恵みと呼んでいます」
店員からの答えは、やはりここでも森神様だった。森産のワインが存在し、極少量がここ城塞都市にも持ち込まれるらしい。森神様の恵みと呼ぶくらいだから、余程美味しいのだろうとバーバラも推測する。
「当然、恵みって言うくらいだから、それなりに美味しいのよね?」
「お客様、それなりなどととんでもない。私は一度あのお酒を飲んでしまったお陰で、西方諸国のワインでは満足できなくなってしまいました。ただ、販売しているものではないので、お店でお出しするのも難しいのです」
「そう。それは残念ね」
シグムンドの眷属が森で造るワインは、個人で消費するには多くので、城塞都市の教会やダーヴィッド、オオ爺サマの所などへ配ってはいるのだが、それでも売りに出すには中途半端な量だった。
ただ、ダーヴィッドはそれなりの量を魔王国からの産物と交換していると聞き、僅かな希望を持つバーバラ。明日、ダーヴィッドに会った時にダメ元で頼んでみようと決めた。
「お客様、ワインは無理かもしれませんが、エールなら庶民用の酒場で、少々値は張りますが飲めますよ」
「うーん。エールはねぇ」
「はい。会頭には相応しくないかと」
店員がバーバラに、ワインは無理かもしれないが、エールなら酒場で飲めると教えてくれたが、バーバラとヘクトはエールと聞くと顔を曇らせる。
この世界でも上面発酵エールの歴史は長く、中には高い品質のエールを造る工房もあるが、ほとんどが酷い品質の酔えればいいというものが多い。ビールのように冷やすと香りが弱くなる為、生ぬるい常温で飲む習慣がある事も、女性であるバーバラの好みには合っていなかった。
「いえいえ、確かに値の安いエールは飲めればいいというものですが、森神様のエールはまったく別物ですよ」
「そうなの?」
「はい。一度お試しになられたら分かると思います」
実はシグムンドの造るのは、本人の好みの問題で、エールではなく下面発酵のビールなのだが、それを説明するのが面倒なので訂正はしていない。
元日本人だっただろうシグムンドは、生ぬるいエールは苦手だった。わざわざ面倒な上面発酵のビールを造った理由はそれだけだ。
「ヘクト、どうする?」
「他の街なら夜にお出掛けになるなんて、お止めするのですが……」
「お客様、ここは夜でも安全ですよ。旅人どころか子供でも一人で出歩けます」
この地のエール(ビール)に興味を持ったバーバラがどうするとヘクトに聞くと、ヘクトも少し考え込む。他の街なら間違いなく若い女性が夜に出歩くのは危険だ。ただ、この城塞都市は少し事情が違う。
城塞都市の外の農地に暮らす人々は、当然夜に出歩くなどしないが、城塞都市の中に限れば、ほぼ危険はない。
先ず、街に入る為のチェックが厳しい。現にローズ商会が追加で雇った、問題ありありの護衛達も既にマークされている。
それにシグムンドの眷属であるアイアンゴーレムが、二十四時間休まず巡回しているのに加え、オオ爺サマの眷属であるギータ達も悪意に敏感で、片手間に治安維持の手伝いをしている。
そこに城塞都市に駐屯する魔王国の兵士達も、交代制で巡回している。
何より城塞都市の中に住む子供は、そのほとんどが孤児院の子供達だ。シグムンドによるパワーレベリング済みの子供達を、どうにか出来る者は少ない。
しかもポーラとアーシアの従魔、マロンとグリースの二匹がいるのだ。ここ以上に治安の良い場所はないのではなかろうか。
せっかくだからと、高級宿のレストランの従業員に聞いた酒場に足を運んだバーバラとヘクト。
「おや、会頭じゃないですか。珍しいですね」
「宿のレストランでお勧めされたのよ」
酒場に入ったバーバラに話し掛けたのは、ローズ商会が専属で雇う冒険者のリーダーだった。
「なる程。確かに、普通の街の酒場に比べて値が少々張りますが、暴れるような奴らも下品な奴らも居ないですからね。純粋に、酒とつまみと会話を楽しめますよ」
「少し高めの値段だから、あいつらは居ないのね」
酒場といえば酔っ払った荒くれ者が付きものだが、この酒場は価格帯が少々お高めで、安酒をあおって悪酔いする者は少ない。しかも、騒ぎを起こせば、直ぐにゴーレムや魔王国の兵士が駆け付ける。
今回、ローズ商会が追加で雇った冒険者崩れ達は、奇跡的になにか空気を感じたのか、騒ぎを起こさず宿に居るらしい。
「エールと何か適当につまみになる物を二、三品お願いします」
ヘクトが注文すると、直ぐにビールと作り置きのおつまみが提供される。
この世界では、ガラスのジョッキやグラスなど一般的ではないのだが、ここだけは例外的にガラスのグラスが使われていた。当然、普通のガラスのグラスではない。シグムンドが付与魔法で強化した、この世界版強化ガラスなので破れる心配はない。
これは単にシグムンドが木のコップでビールを飲みたくなかったから提供しただけだ。農作業や視察の帰りにふらっと寄り、一杯ひっかけて帰るのが好きなシグムンドが、自分の為に用意しただけ。この酒場に森産のビールがあるのも、そんな理由からだったりする。
バーバラは。透き通った琥珀色の液体を一口。
「まあ!? なんてスッキリとして喉越しが良いエールでしょう。この冷えているのも良いわ」
一口飲んで驚くバーバラ。その様子を見ていたヘクトも我慢出来ずにグイッと喉へと入れる。
「ほぉ! 確かにこれは美味い。しかし困りましたな」
「どうしたの? 美味しかったんでしょう?」
「はい、この上なく。ただ、これを知ってしまうと、普段飲む生ぬるいエールが飲めなくなりそうです」
「ああ、なるほど」
ヘクトがエールを口にし絶賛するも、直ぐに困った顔になる。それに首を傾げるバーバラが理由を問うと、返ってきた答えにバーバラも納得する。大商会の代表であるバーバラくらいになると、それなりに高級なワインを日常的に飲む事が出来るが、ローズ商会の番頭とはいえ家族の多いヘクトはそうはいかない。ヘクトも高価なワインを偶には飲むが、普段日常的に飲むお酒はエールが多いのだ。
まあ、エールといっても有名な生産者のものなので、場末の酒場で自作している酷い味のエールとは違うのだが。
バーバラもダメ元で店主に聞いてみる。
「ねぇ、このエールも売ってないのよね?」
「ええ、外に売る量はないですね。ただ、この城塞都市の中でも教会が造っているエールがあります。森神様のエールより幾分落ちますが、それでも充分美味しいですよ。それなら少量ですが売ってくれると思いますよ。味見してみます?」
「ええ、お願いできるかしら」
店主が勧めたのは、教会が造るエールだった。シグムンドの森の拠点で造られるエールほどではないが、工房をシグムンドが造ってエールの作り方も指導したので、飲み比べしない限り不満に思わないレベルの味だった。
「……美味しいわね。確かに、先に森神様のエールを飲んだ後だから、少し落ちるのは分かるけど、飲み比べしなきゃいいだけだものね」
「ほぉ、これはこれは、是非とも教会の司祭様と面会のお約束を取り付けねば」
城塞都市の教会で造られたエールは、シグムンドの拠点で造られたエールに近い品質で、バーバラやヘクトは充分美味しいと感じた。
しかも、交渉の相手が増えるのはありがたい。
教会が酒造をするのは珍しくない。お布施に頼らないで運営できるのだから、西方諸国の国々に在る教会でも醸造所を持つ教会はそれなりにある。となれば、教会としてもお酒を売りたい筈なので、量の問題はあれど、購入する事が出来るかもしれない。そう、ヘクトが考えるのも当然だった。
「そうね。教会へも行きましょうか。ほんの少しでもいいわ。珍し物好きの富裕層に売れるかも」
「そうですね。エールは、あくまで庶民の飲み物。あまり高いと売れませんが、この味なら珍しい物が好きな金持ちは喜ぶでしょう」
バーバラは、明日ダーヴィッドとの会談に加え、教会へも行く事を決める。
ただ、あくまでついでだ。本命が深淵の森素材なのは変わらない。エールは庶民の飲むお酒なので、貴族向けの商売にはしづらい。だからあくまで、買えれば商売にはなるかも。程度の軽い気持ちの交渉になるだろう。
その後、おつまみの味のレベルの高さに驚き、つい長居してしまうバーバラとヘクト主従だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
また「いずれ最強の錬金術師?」の16巻が、5月下旬に発売されます。
あと、ササカマタロウ先生のコミック版「いずれ最強の錬金術師?」6巻も5月下旬に発売されます。
あわせてよろしくお願いします。
小狐丸
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