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5巻

5-2

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「孤児院の子供に猫と犬を買いに来たんだ」

 ヤタに説明され、納得するボルクス。

「ああ、金持ち向けのペットショップがあったな」

 シグムンドが、ボトックに来た理由は分かった。だがボルクスには、それでもわざわざヤタが、ボルクスにシグムンドの来訪を伝える理由がよく分からない。

「ボルクスの旦那、ピンと来てないようだから、今日来ているメンバーを言うぞ。マスターはもちろん、孤児院の子供が一人、その孤児院にいるシスターが一人、セブールの旦那、リーファのねえさん、そしてルノーラの姐さんに、ミルとララの嬢ちゃんだ」
「!?」

 自分の妻と子供たちの名前が出て、ボルクスは雷に打たれたような衝撃を受ける。
 ぐるぐると頭の中で考えが浮かび消える。

「子供たちは、ここが私の拠点としている街だと知っているのか?」
「いや、ここまでマスターの転移で一瞬だったからな。ミルとララの嬢ちゃんは、ここがどこの国で、なんという街かも知らないはずだ」
「な、なら、私に会いに来ることはないな」

 ハーレムパーティーのことが後ろめたいボルクスは、子供たちに遭遇する可能性が低いと知り、ホッとした顔を見せる。

「ただ、あまり距離が近くなると、ミルやララの魔力の探知範囲に引っかかるぞ」
「なっ!?」

 ヤタに言われ、いろいろな意味でパニックになるボルクス。ミルとララがそんな探知能力を身につけているなど聞いていない。

「まぁ落ち着けよ、ボルクスの旦那」

 ヤタがボルクスをなだめた。

「大体、ミルとララの嬢ちゃんが住んでるのは深淵の森だぞ? 常にシロとクロが守っているとはいえ、本人たちに探知能力くらい、あった方がいいに決まってるからな」
「シロとクロ……」

 しばらく考えたボルクスは、思い出したように言う。

「ああ。あのサイズが大きくなるおかしな猫か」
「ああ、おかしなは余計だけどよ。とにかくシロとクロなら、深淵の森の魔物相手でも負けることはないからな」
「なっ!? そんなに強いのか……いや、ミル、ララ、ルノーラ、それにシグムンド殿は、深淵の森を拠点に暮らしているのだものな。従魔がそのくらい強くても、当たり前か」

 ボルクスは以前、シロとクロに会っている。だが猫サイズから大型の虎をはるかに超えるサイズまで変化する魔物など聞いたことがなく、口をあんぐりと開けるしかなかった。
 とはいえ、シグムンドの眷属ならそれくらいなんでもありな気もするという、納得感もあったが。

「とにかくだ、ボルクスの旦那。今はそんなことより、ミルとララと嬢ちゃんのことだ」
「お、おう。そうだったな」

 ヤタに言われ、慌てて真面目な顔をするボルクス。

「で、どうする? 会っておくか? 会わないんならミルとララ嬢の探知範囲に入らないよう、自分で気を付けるんだな」
「なあヤタ、冒険者ギルドの位置なら大丈夫か?」

 ボルクスはヤタに確認した。セレナたちに冒険者ギルドへの報告を頼んであるが、自分も顔を出して、受付でギルドカードをチェックしてもらう必要がある。

「冒険者ギルドの位置なら、ペットショップとはかなり距離があるから平気だよな?」

 不安げなボルクス。
 あらくれ者がつどう冒険者ギルドと、貴族や豪商などの裕福な人向けのペットショップなので、建っている場所は当然ながら離れている。
 冒険者ギルドは、ボトックの街の東側の、魔物が多く生息する地域に近い門のそばにある。だが、ペットショップは、街の中心にある貴族街の外れにある。
 それを考慮してヤタが答える。

「うーん。冒険者ギルドなら多分大丈夫だと思うぞ。探知には引っかからないだろ」

 ボルクスはホッと胸を撫でおろす。

「そ、そうか。ミルとララには、また城塞都市への護衛依頼を受けた時に会うよ。その時はよろしく頼む」
「まぁ、オレはどうでもいいんだけどな」
「じゃあ、私は行くからな」

 そうヤタに言って、なるべく気配を消して駆けだすボルクス。もともと森の民であるエルフだけあり、気配を消すといった最低限の戦闘技能は持っているのだ。

「……ミルとララ嬢の探知範囲には入らないだろうけど、ルノーラの姐さんの探知にかからないかは分からないんだけどなぁ」

 ボルクスがいなくなり、ヤタはボソリと呟く。

「しかも、ルノーラの姐さんにはパルがいるのに、ボルクスの旦那は知らないんだろうなぁ」

 そう言って上を見るヤタ。
 そこにはわずかな羽音も立てず旋回せんかいし街の様子をうかがっている、ルノーラの従魔の黒いふくろうの魔物、グレートシャドウオウルのパルが飛んでいる。
 パルにはボルクスの挙動が丸分かりなのに、それに気付かないボルクスであった。



 二話 ボチボチ育成


 俺――シグムンドは、ボトックの街で仔猫と仔犬を購入し、転移で城塞都市へと戻った。
 ボルクスさんがコソコソしてたのは、ヤタから報告があったので知っている。
 会うタイミングってあるよな。うん、分かるよ。
 買ってきたサイベリアンっぽい仔猫とアイリッシュウルフハウンドっぽい仔犬は、今日から孤児院で暮らすことになっている。
 すでに俺の眷属にしてあるが、従魔契約はまだだ。
 というのも、ポーラちゃんとアーシアさんが、名前で悩んでいるから。従魔契約には名付けが必要だからな。
 仔猫と仔犬は、すでに俺の眷属になっているので、普通の仔猫や仔犬とは比べものにならないくらい強く賢い。これでただの動物から、より強い魔物に進化させられる下地ができた。
 本当は、あまり魔物のランクが上がりすぎると、従魔契約の時に契約者が消費する魔力が大きくなってしまう。
 だが、ここでポーラちゃんやアーシアさんたちに施した、パワーレベリングが効いてくる。今のポーラちゃんとアーシアさんなら、Aランクくらいの魔物までなら余裕で契約できるだろう。
 で、今度は、仔犬と仔猫もパワーレベリングだ。
 このパワーレベリングなのだが、ポーラちゃんが一緒に行きたいとねだってきた。

「ねぇ、お兄ちゃんお願い……」

 まあ、自分のペットだし気持ちは分かる。

「ポーラちゃんは、ミルが守るよ!」
「うん。ララも守る!」

 ミルとララからもお願いされると、ダメとは言えないよなぁ。

「……仕方ないか」
「はい。私たちで守れば、万が一にも危険なことはありませんよ」
「そうだな」

 リーファも大丈夫だと言っているので断れないな。
 世の中の人間たちのみならず、魔族や魔王までもが死地だと認識している深淵の森だが、ここに暮らしている俺たちにとっては、なんでもない場所だ。
 誰彼なしに襲いかかる虫系の魔物でも、俺、セブール、リーファ相手では、傷をつけるのも難しい。
 ミルやララの従魔であるシロやクロは、流石にまだその域には達していない。
 だがそれでも、俺の眷属で厄災級とされているアスラくらいの魔物相手じゃなければ、簡単に負けない強さがあるしな。

「じゃあ、みんなで行こうか。パワーレベリング」
「「「わぁーい! お兄ちゃん、ありがとう!」」」

 俺が言うと、ぴょんぴょん跳びはねて喜ぶミル、ララ、そしてポーラちゃん。

「アーシアさんに許可を取ってくるか」

 俺が呟くとリーファがすかさず言う。

「そうですね。というより、どうせならアーシアさんも誘いますか? 仔犬と契約するのはアーシアさんなんですから」
「そうだな。誘ってみるか」

 教会へ行き、アーシアさんにも話をした。
 アーシアさんはポーラのわがままを謝りながらも、自分も仔犬のパワーレベリングを見守りたかったようで、二つ返事で同行すると言い、準備をしに教会の奥へと早足で消えた。

「アーシアさんも、行きたかったんだな」

 その背中を見ていると、リーファが言う。

「それはそうでしょう。ペットショップから仔犬にデレデレでしたもの」

 まあ、自分が主人のペットだもんな。人に預けっぱなしよりかは、自分の目で訓練を見ていたいよな。


 そしていつもの深淵の森に移動した俺たち。
 俺、セブール、リーファで、ポーラちゃんを護衛しながら適当な魔物を捕獲する。ちなみに深淵の森の拠点からは、俺の眷属のスプリームゴーレムのクグノチに、人間の女性そっくりのリビングドールであるノワールも来ている。
 ポーラちゃんはミルとララと一緒で、シロとクロの背に乗って待機している。
 アーシアさんは武器を構え、仔犬を守ろうと周囲を探っている。

「最初はこの辺かな」

 俺の足元から、闇魔法の影が森の奥へと延び、見つけた魔物に巻きつく。
 そして影でしばった状態のまま、闇魔法で魔物を麻痺まひさせ引き寄せる。

「これはランページラクーンですな。深淵の森ではありふれた魔物ですが、普通であれば出没すると街が滅ぶレベルです」

 俺が闇魔法で森から引っ張ってきた魔物を見て、そう言うセブール。

「ふーん。こんなのがねぇ」

 ランページラクーンという魔物の見た目は、子牛サイズのタヌキ。きばつめの長さと鋭さがタヌキには見えないが、この森の魔物なんだからこんなものか。

「とりあえず仔猫と仔犬に、こいつを攻撃させるか」
「はい。その後、加減が難しいですが、我々がギリギリまでランページラクーンの体力をけずって、仔猫と仔犬にトドメを刺させれば、一番効率的なレベリングになりますな」
「まぁその加減が難しいんだけど、やってみるか」

 セブールが言ったような方法でパワーレベリングしてみることにして、まず、ポーラちゃんとアーシアさんに、仔猫と仔犬に指示を出してもらい、二匹にランページラクーンを攻撃させた。
 ランページラクーンは深淵の森の魔物なので、当然ながら、普通の動物の子からの攻撃では傷一つつかない。
 だが、これでも攻撃したという判定になるので、レベリングのための経験値が入るようになるんだ。

「じゃあ、俺が仕留めるか」

 ギリギリまで体力を削っても、レベルアップ前の仔猫と仔犬にトドメは無理なので、一匹目を仕留めようとすると……

「お兄ちゃん、ミルたちがする!」
「任せて!」

 ミル、ララが手を上げてアピールした。
 その後ろではポーラちゃんも張りきった顔だ。

「そうだな。じゃあ、ミル、ララ、ポーラちゃんでトドメを頼もうか」

 俺たちが倒しても、自分のレベリングの足しになるレベルの魔物ではないから当然了承する。
 そしてパワーレベリング済みの三人の幼女なら、俺のサポートなしでもこの程度の魔物なら倒せる。俺が闇魔法の影で縛り、麻痺させた状態ならなおさらだ。

「いくよ!」
「「エイッ!」」

 ミルのかけ声で、ランページラクーンにトドメを刺すララ、ポーラちゃん。

「「!?」」

 直後、仔犬と仔猫が驚いた反応を見せる。
 今ので経験値が入ったらしく、急激にレベルアップしたせいか、仔猫と仔犬は苦しそうにしているな。
 ポーラちゃんとアーシアさんが心配そうに抱きしめている。だが、これはパワーレベリングではみんな通る道なので我慢するしかない。
 この仔猫と仔犬もしばらくしたら、すぐに自力でトドメを刺すことができるようになるだろう。そうなるとパワーレベリングの効率がグンと上がる。
 さあ、今日中に一度くらい進化できるかな。


 ◇


 こうして数日経ち、仔猫と仔犬は順調にレベルアップと進化を繰り返して、シロとクロと同等の強さの魔物へ至った。加えて、俺がそう望んだからか、シロやクロと同じく大きさを自在に変化させれるようになっている。
 ポーラちゃんは仔猫にマロンと名付けた。毛色が淡い茶色だからかな。
 アーシアさんは仔犬にグリースと名付け、契約した。


 大きくなったマロンは、サイベリアンをライオンよりも二まわり大きくした感じだ。もとが猫な点は同じだが、大きくなると虎や豹に近い感じの姿になるシロやクロとは、違う進化となったみたいだな。
 また、大きくなったグリースは、巨大な狼という感じじゃなく、大きなアイリッシュウルフハウンドって見た目になった。
 ちなみに小さくなった状態の姿が仔猫と仔犬なのは、マロンとグリースが大人になっても変わらないようだ。この辺りは、孤児院の子供たちと暮らすなら、その方がいいとの思いが進化に影響したのかもしれないな。
 ところで、俺はマロン、グリースの進化が嬉しかったが、リーファとセブールは動揺している。

「セブールお祖父じい様、マロンとグリースの進化後の姿ですが、街一つ壊滅する災害種ではないでしょうか?」
「そうですな。魔王国だけでなく、西方諸国でも似たような認識をされるでしょうな」
「そんな魔物が番犬……」

 どうやら調子に乗って、パワーレベリングをやりすぎたらしい。まあ、俺としては強くて従順なら問題ないけどな。
 あ、ちなみにだが、リーファはセブールの孫娘だ。

「まあまあ、セブールもリーファも気にしすぎだ。俺の眷属という時点で何かに危害を加える事故が起こる可能性は皆無かいむだし、賢くなったから意思の疎通そつうもできるし、いいこと尽くめだと思わないか?」

 俺が言うと、顔を見合わせるセブールとリーファ。

「……そうですな。そう思うしかありませんか」
「お祖父様、あきらめてはダメです! マロンはまだいいです。ですがグリースが大きくなった姿、もうオルトロスじゃないですか」

 そう。グリースはなぜか大きくなった状態だと、双頭そうとうになっているんだよな。
 進化して体が大きくなるのはシロやクロで見てたが、頭が二つになるとは流石の俺も驚いた。

「グリースは、鍛えればもっと強くなりそうですな」
「お祖父様!」
「リーファ、諦めなさい。旦那様からすれば、このくらいの変化は誤差の範囲です」

 そんな会話をするセブールとリーファ。
 ちなみにセブールによると、オルトロスはAランク上位の世間的にはかなり凶悪な魔物らしい。
 とはいえグリースはオルトロスじゃなく、レッサーオルトロスの特異種なので、Bランクの中位くらいの実力。深淵の森の深層を一匹で歩かせるには、まだ不安な状態だな。
 しかし、孤児院の子供たちがグリースの大きくなった姿を見ておびえないか心配だったが、幸いにも怖がることもなく仲良くしているのでよかった。
 なら、弱いよりは強い方がいいだろう。俺の眷属になった時点で、進化は約束されたようなものだしな。

「将来的にはSクラスの魔物の番犬ですか……まあ、それでもアスラやクグノチに比べれば、可愛いものですか」
「お祖父様……でも、そうですね。ここには古竜のオオじじサマもいますから」

 ブツブツ言っているセブールとリーファ。二人とも、アスラやクグノチと比べれば、グリースやマロンなど大したことないと思うようにしたみたいだ。
 創造神そうぞうしんが創世の時代につくった世界を守る古竜こりゅう、オオ爺サマという存在からしてみれば、グリースやマロンがちょっと変わってても、その存在くらい誤差の範囲内だよな。

「そういえば、オオ爺サマは人化の術を練習なされているようですよ」

 リーファがそう話題を振ってきた。

「へぇー、それはいいな。あの巨体であの魔力だから、人のサイズへの変化は難しいだろうけど、オオ爺サマならすぐにマスターするんじゃないかな」

 人化の術についてだが、それはそうなるだろうなと共感できた。
 城塞都市の外で過ごしているオオ爺サマのところには、孤児院の子供たちがよく遊びに行くし、俺たちも時々顔を出して、世間話をしている。
 そうなるとオオ爺サマが人間の暮らしに興味を持つのは、自然な流れだと思う。

「じゃあ、それに備えて、城塞都市の中にオオ爺サマ用の屋敷を用意しておくか」

 俺の言葉に続いて、セブール、リーファが言う。

「それはようございますな。では家具などの調度品は、私が手配しておきます」
「では、私は食器やシーツ、カーテンなどの日用品を用意しますね」
「了解。俺は屋敷と魔導具まどうぐを用意するよ」

 感謝の意味もあるから、俺たちがオオ爺サマの屋敷を用意するのは当然なんだ。
 この城塞都市は俺の魔力のせいで、深淵の森からの魔物はほぼ寄りつかない。それに加えオオ爺サマの神聖な魔力のお陰で、魔物だけじゃなく、城塞都市に害を与えようとする悪しき存在が近寄りづらい場所になっているんだ。
 そうはいっても小物のテロリストや、好戦的なジーラッド聖国の間者かんじゃがたまにまぎれることもあるが、基本眷属たちが対処できる程度の雑魚ざこだしな。
 まあ、それはともかくオオ爺サマの屋敷についてだ。
 オオ爺サマが人化して城塞都市の中で過ごすようになれば、他の古竜たちも羨ましがって、人化を覚えるかもしれない。
 だから、それを想定して屋敷を建てないとな。


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