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二百十三話 こっそり覗き見

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 此処は西方諸国に近い魔王国の街。戦争が終わり西方諸国との交易の窓口として栄える街。

 魔王国では珍しく、高い外壁に守られた国境の街の、その中でも見るからに守りを固めた砦のような建物。この街の代官所でそれは行われていた。

 そこに魔王国の宰相デモリスと文官の長アバドン、竜人族の長老、商業ギルドの本部長、冒険者ギルドの支部長、錬金術師ギルドの長老、薬師ギルドの本部長と、そうそうたる面々が集う。

 一癖も二癖もありそうな面々を前に、魔王国宰相デモリスが話し始める。

「今日、わざわざお主らを呼んだのは、他でもない。耳のいいお主らなら知っているだろう草原地帯についてじゃ」

 草原地帯というワードに、集まった各ギルド関係者が騒つく。

 突然、何処の国も、誰も手をつけれなかった草原地帯に、突如城塞都市が出現したという話は、耳聡い者なら全員が知っているだろう。

 特に、そこに金の匂いを嗅ぎつけた商業ギルドなどは、何度か冒険者を派遣し調査している。


 現状、魔王国のキャラバン以外を受け入れていない城塞都市では、正規の手順を踏んでいない者に関しては門前払いしているので、中の情報は魔王国の依頼で護衛をした冒険者経由でしか入って来ていない。

 それもダーヴィッドが護衛の冒険者まで慎重に選別している為、守秘義務を犯して情報を売る冒険者も少なく、確かに草原地帯に城塞都市が在るという事実以外は、ほぼ何も分かっていない状況だった。

 勿論、ダーヴィッドが主導して移民事業が行われていたし、貧しい砂漠の小国ウラル王国でも纏まった人数の移民を募集した事などは知られているが、各種ギルドは一切噛んでいないので、ダーヴィッドが表立って動いている事もあり、草原地帯の城塞都市は魔王国の飛び地という認識だ。



 そこで話の前にアバドンからの説明が始まる。

「先ず言っておこう。あの草原地帯に在る城塞都市は、魔王国とは関係ない。一応、駐在する事を許され、尚且つ信頼関係から仕事を依頼されたり交易を行ってはいるが、そもそも魔王国に草原地帯に城塞都市を造り維持する力などない」

 誤解のないよう、チラリと商業ギルドの本部長を見て最初に釘を刺すアバドン。

 最初に口を開けたのは、冒険者ギルドの支部長グランツだった。彼は、現役時代Aランクの冒険者だった叩き上げながら、調整能力や事務処理能力も出来る。近い将来、本部長……所謂グランドマスターと呼ばれる冒険者ギルドのトップ候補だ。

「……古竜の噂は俺も聞いている。子供の頃、お伽噺で聞いた神の使徒様だ。それが関係あるのか?」
「いえ、古竜様方は関係ありません。あの地は、その古竜様方が助力を頼むような存在が統べる地と言えば分かるでしょうか」
「オイオイ、マジかよ」

 グランツは魔王国の二人を除けば、一番草原地帯について情報を得ていた。それはそうだ。ダーヴィッドの率いるキャラバンの護衛にも冒険者はいたのだから。

 その関係で、古竜にちょっかいを掛けた馬鹿が排除されているのも知っていた。

 そこにアバドンから、あの地は古竜で成り立っているのではなく、それ以上の存在が治める地だと聞かされ、驚きのあまり口調が乱暴になる。

「まあ、そんな話はいいではないですか。我らを集めたという事は、深淵の森の素材を売ってくれるのでしょう? 少し前から、魔王国で少数ですが、深淵の森の素材が出回っているのは知っていますよ」
「待てモーガン。そんな事は後にしろ。草原地帯の支配者が、どんな存在なのか分からなければ、商売以前の問題だろう!」

 グランツとアバドンのやり取りを、どうでもいいと話を変えようとしたのは、商業ギルドの本部長モーガン。そのモーガンが望むのは、深淵の森の貴重な素材のみ。古竜がどうとか関係ない。いや、寧ろ古竜の素材を得れないか、密かに考えているような男だ。

「そんな事とは何ですか。私どもも魔王国が深淵の森の貴重な素材を独り占めするのではと、抗議する用意をしていたところ、丁度お話が掛かったのです。その話をして何が悪いのです」
「お前は、その深淵の森の素材を誰が供給しているのか考えないのか!」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて」

 商業ギルドの利益しか頭にないモーガンと、それ以前に草原地帯という不可侵だった地を治める存在について知るべきだと主張するグランツがぶつかり、それをアバドンが諌める。

「先ず、商業ギルドに言っておきたい。草原地帯を統べる方は、別に深淵の森の素材を魔王国に売る必要はないという事を。現在、交易が続いているのは、ひとえにダーヴィッド殿下の努力と彼方の魔王国への配慮によります」
「そうだろうな。あの先代魔王ですら外縁部に入るのが精一杯だった深淵の森だ。その南の草原地帯は、下手すりゃあ森の魔物の餌場になりかねない。そんな場所を統べているって事は、森の魔物が恐れて近づかない存在って事だぞ。分かってるのか?」
「ふん。どうせ、何かカラクリがあるんだろう。どちらにせよ素材を魔王国が独占するのは容認できん」

 アバドンとグランツがモーガンに説明するも納得しない。

「わしらは、貴重な深淵の森の素材を少しでも回して貰えればいい」
「そうじゃな。今まで諦めていた病を治す事が出来るかもしれん」

 その点、錬金術師ギルドと薬師ギルドは謙虚だ。少しでも深淵の森の魔物素材が手に入るならそれでいい。

 錬金術師ギルドは触媒として森の魔物素材を、薬師ギルドは希少な薬草類を望んでいるだけだ。身の程を弁えているのか、手に入ればラッキーくらいの立ち位置だ。

 ただ、商業ギルドの本部長モーガンは失敗したかもしれない。

(なぁ、あの太った奴、がめつくないか?)
(あの男は典型的な利を追い求める商人ですから)
(そうですね。ご主人様が、ご不快なら消しますか?)

 そう。シグムンド、セブール、リーファの三人が姿を消し見ていたのだ。

 商業ギルドの本部長モーガンの好感度が、これ以上ないくらい低くなったのは仕方ない。



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