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2巻

2-3

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        ◇


 俺――シグムンドが、ミルやララに麦わら帽子を作ってあげたら、凄く喜んでくれた。外で遊ぶ時には必ずかぶってくれている。
 エルフに麦わら帽子ってどうよって言われそうだけど、誰に見られるものじゃないし、それに可愛いしな。
 勿論、不公平にならないようにルノーラさんにも作ったよ。似合うかどうかは別にして、リーファやセブールにも作ったさ。
 これが思った以上に喜ばれて困ってしまった。
 渋い執事とクール系美女に麦わら帽子だよ? まぁ、そのギャップがいいのか。
 俺もかぶっているけど銀髪に麦わら帽子はおかしいかな?
 それはさておき、今俺は屋敷の側に作った四阿あずまやでお茶を飲みながら、俺が眷属にした事でグレートアサシンキャットに進化したシロとクロと一緒に、ミルとララが遊んでいるのを眺めている。
 今日の仕事は終わったので、午後のひと時をのんびりと楽しんでいるのだ。
 以前のリーファは、俺が休んでいても決して座ろうとせず、俺の背後に立っていた。だけど俺が何度もお願いした結果、今では一緒にお茶を楽しんでくれている。
 因みに、ルノーラさんも一緒にお茶を飲んでいる。

「子供は元気だな」

 ミルとララが遊んでいる光景を見て呟くと、ルノーラさんが二人は、ここに来てから随分と体力もついたと教えてくれた。

「ここで暮らすようになって、元気があり余ってるみたいです。遊牧生活をしていた頃は、周囲が安全ではありませんでしたから」

 ルノーラさんの言う通り、草原地帯は小さな子供が遊べるような場所じゃないよな。

「ご主人様のいるこのお屋敷以上に安全は場所はありませんね」

 リーファが言うと、ルノーラさんは頷きながら言う。

「とはいえ、屋敷から森に出ると危険ですけどね」

 そういえば俺がゴーストだった頃に、この森はヤバイと感じてダンジョンに逃げ込んだんだよな。ルノーラさんが言うように危ない森ではあるんだろう。今は全然そう感じないけどな。
 そうこうしていると、セブールがお茶のお代わりを持って屋敷から出てきた。その背後には、お茶菓子を持ったブランとノワールがいる。
 因みに、ウッドゴーレムのトム、オリバー、ジャックは農作業専門だからここにはいないんだが、クグノチは戦闘職も兼ねているので集まってもらっている。
 実は、今はアフタヌーンティーの時間でもあり、作戦会議の時間でもあるのだ。
 そこへ、空から黒いからすが降り立った。

「マスター、聖国の奴らがうろちょろしてたぜ」
「ヤタ、ご苦労様」

 この流暢りゅうちょうしゃべる鴉は、勿論普通の鴉ではない。俺の新しい使い魔として眷属にした鴉の魔物だ。
 もともと知能の高い魔物で、人の声真似もするブラックレイブンが、進化を重ねてBランクの魔物、ブラッドストームレイブンになったものだ。
 ルノーラさんの使い魔でふくろうの魔物、グレートシャドウオウルのパルは喋らないから静かなんだけどな。
 かく、ヤタはお喋りが好きで、俺だけじゃなくリーファやセブール、ブランやノワール、ルノーラさんやミルとララ、アスラにまで話し掛けている。
 ヤタ用のカップにノワールが水を入れテーブルに置くと、直ぐにカップに顔を突っ込み水を飲むヤタ。

「ノワールの姉さん、ありがとうございます」

 ヤタがそう言い、水を飲んで落ち着いたところで、俺は報告を促す。

「で、聖国の斥候はどうしてた?」
「アスラの兄貴が最近姿を見せないって事を、本国に報告したみたいですぜ」
「随分と簡単に引っ掛かるな」
「マスター、性格悪いな」

 ヤタと顔を見合わせて笑う。
 ジーラッド聖国が草原に侵攻する動きを見せているが、これは俺の仕込みに引っ掛かったんだ。
 まぁ、仕込みというのは大袈裟おおげさで、ただ単にアスラの行動範囲を暫くの間、森の中だけにしただけだけどな。

「それで、奴らを殲滅せんめつするのか?」

 ヤタが物騒な事を言ってくるけど、そんな気はない。

「いや、それも難しくないだろうけど、ちょっとした嫌がらせをするだけだよ」

 ジーラッド聖国が領土拡大を目論もくろんでいるのは明らかだ。草原地帯を開拓すれば、広大な穀倉こくそう地帯ちたいになるだろう。まぁ、開拓出来ればって話だが。
 そもそも草原地帯は決して安全な土地ではない。遊牧民が暮らせるのは、ひと所に定住せず、安全な場所から安全な場所へと渡り歩いているからだ。
 なので、ジーラッド聖国が草原地帯を開拓しようとしても、順調にはいかないだろう。現状、草原に定住するという事は、森の魔物にえさを与えているのと同義なのだ。
 それ以前に、森の近くを聖国が領有するのは俺達が認めないけどね。
 話は変わるけど、聖国は戦争になると、奴隷部隊を肉の盾として最前線で使うらしい。その奴隷の中には、過去の戦争で捕虜になった魔族や、村や街などで誘拐された魔族が含まれているんだとか。
 本来、そうした戦争捕虜は捕虜交換するのが普通なのだが、聖国は魔王国との捕虜交換に応じないようだ。
 そんな話をしていると、セブールが聖国の動きを、魔王国の宰相に連絡しておくと言ってきた。 
 それから、セブールに一つ相談された。
 聖国を撃退するなら、それと一緒に魔族の奴隷を解放したいのだという。肉の盾として扱われるなんて、人として見過ごせないとの事だ。人じゃないけど。
 それはいいとしても、問題になるのが犯罪奴隷の扱いなんだよな。正直いって、現場で見分けはつかないからな。魔導具の鑑定眼鏡で、一人ひとり選別していくのも大変だ。
 色々検討した結果、奴隷部隊の処理は魔王国に任せる事にした。責任と面倒な後始末はぶん投げたともいう。


「マスター、俺はまた監視に戻るぜ」
「ああ、頼むよ」

 作戦会議が終わり、ヤタがもう報告は終わったからとフワリと飛び立ち、その場で数回円を描くと南に飛び去った。
 因みにヤタは俺とは離れていても意思の疎通は可能なんだけど、それだと俺としか話せないと、わざわざここに戻ってきたんだ。
 さて、あとは聖国が侵攻してくるのを待つだけだな。
 とはいえ、俺は現場には行かずにセブールに任せるつもりだ。
 セブールやリーファは、俺の存在は多くの国に知らせるべきじゃないって考えらしい。
 だから俺はここで農作業をしながら、時々必要な道具を作ったり、ミルとララと遊んだりといつもの日常を過ごす予定だ。



 六話 腸詰めを作ろう


 ジーラッド聖国の草原地帯侵攻の件が手を離れたので、俺はいつもの生活に戻る。
 去年のワインがまだ若いが飲めるようになったし、今年からエールを作り始めたんだ。
 日本人にはラガーが馴染み深いが、上面じょうめん発酵はっこうのエールの方が、大量に作らないのなら楽だからな。
 そんな感じで色々な料理に挑戦してきたんだけど、夏が終わり、涼しくなってきたので、今日は腸詰めを作ろうと思う。
 ベーコンや腸詰めを作るために、燻製小屋をわざわざ造ったからな。
 基本的に影収納じゃなく空間収納なら、食料が腐る心配はない。だから保存食を用意する必要があるという訳じゃなく、単純に俺が腸詰めが食べたいってだけだ。
 こうして作れるのも、ハーブや香辛料こうしんりょうを手に入れてくれたセブールとリーファのお陰だ。
 ハーブの一種であるセージやナツメグにガーリック、タイムやオレガノにローズマリー、生姜しょうがもある。そのため、随分と我が家の食卓が豊かになった。
 腸詰め用の肉は、豚じゃなく魔物の肉で代用する予定だ。味的に近い魔物を使ってるから大丈夫だと思う。
 既にベーコン作りには成功しているからな。カリッと焼いたベーコンは、ミルとララの大好物の朝食メニューだ。
 因みに腸詰めに必要な、挽肉ひきにくを作るミンサーは製作済み。包丁で細かく挽肉にしてもいいが、人数を考えるとミンサーがあった方が楽だ。
 それに挽肉が簡単に出来れば、料理のバリエーションが増える。子供大好きハンバーグは勿論、ミートソースやピーマンの肉詰めなどなど。
 この世界の人間には肉をミンチにするって発想がなかったようで、最初はミンサーに驚かれた。けど、一度ハンバーグを作れば皆納得するだろう。ハンバーグは正義だ。
 ステーキはステーキで美味しいが、たまに食べたくなるんだよな、目玉焼きののったハンバーグ。
 まだ卵の安定供給の目処は立っていないから、目玉焼きは実現してないけどな。

「さて、手は洗ったかな?」
「「はーい!」」
「「ニャ!」」

 元気に返事をするミルとララ。そして何故か同じように返事するシロとクロ。

「いや、お前達はダメだからな」

 そもそも猫にソーセージ作りは無理だからな。床に座って前脚を一本上げてるけど、手洗い以前の問題だからね、君達は。
 だけど自分達の相手もしろと、俺の足をテシテシ叩いてくるシロとクロ。
 まあ、まだ子猫だからな。じゃれつくくらいは許そう。
 シロとクロはさておき、今日は腸詰めを作るための、簡単な作業をミルとララと一緒にしようと思う。
 まあ、ミルとララはまだ小さいから、まともに出来るのは混ぜるくらいなんだけどな。
 そこは俺とルノーラさん、ブランとノワールでサポートしていく。
 なお、ここにリーファはいない。この手の作業は料理のうちには入らないんだけど、リーファはどうしても料理に苦手意識があるらしい。
 基本的にリーファは手先が器用だ。例えば裁縫さいほうをさせれば、俺が望む服を瞬く間に作ってくれる。あと剣の扱いが上手いので、刃物繋がりなのか、包丁捌きは悪くない。
 なら、どこで料理に失敗するのかと不思議に思うが、これはもう相性が悪いと思う事にしている。
 お茶をれるのについては上手いからな。なんの問題もない。

「先ず、挽肉を作ります。このハンドルを回してください」
「「はーい!」」

 ミルとララに声を掛けると、元気に返事をしてくれた。
 俺が魔法で肉を冷やしながらミンサーに入れていく。
 ミルとララは二人でハンドルをクルクルと回して、ミンサーから出てくる挽肉を見て楽しそうだ。
 勿論、子供の二人では力が足りないし、途中で疲れるので、ルノーラさんがハンドルに手を添えて補助している。
 そのあとミルとララにジュースを飲ませて休憩させ、その間に残りの肉を挽肉にしてしまう。
 ずっと同じ事をすると、子供って直ぐに飽きちゃうからな。
 ミンサーでの作業が終わったら、挽肉に塩や香辛料にハーブを混ぜて、羊の腸に詰めていく。
 ミルとララが手伝って詰めたものは少々不格好になったが、これも味のうちだ。
 魔法で少し乾燥させ、あまり高くない温度のお湯でゆっくりと茹でる。保存料無添加のソーセージだけど、浄化魔法のお陰で雑菌対策は万全だ。
 そのあと暫くすると、ミルとララは眠くなったのかお昼寝タイムとなった。ルノーラさんとブランに抱かれて、二人は自分達の部屋に戻っていった。
 因みにルノーラさんと子供二人は、屋敷の一室で暮らしている。
 一度ルノーラさん達三人用の家を建てようかと聞いたんだけど、ミルとララは俺と同じ家がいいと言うし、ルノーラさんからも、ボルクスさんが戻ってきてここを出ていくかもしれないのでわざわざ家は勿体もったいないと言われた。
 さて、一応これで腸詰めは完成だけど、一部は燻製小屋でスモークしてみるか。
 俺はノワールと一緒に腸詰めを持って燻製小屋へ向かう。そして塩漬けにした肉と腸詰めを燻製小屋に吊るす。
 燻製に使う桜の木は見つけられていない。この世界に存在するかも分からない。
 だけど、香りのいい木は見つけてあるんだ。まあ、これはセブールが教えてくれたんだけどな。
 かえでに似た木からメープルシロップを作った事もあった。この森には役立つ植物が多いんだ。ワインボトルの栓に必需品のコルクの木もこの森で見つけた。
 燻製用の木のチップに火をつけると、香りのいい煙が立ち上った。
 二時間程いぶしている間に、俺も少し休憩しよう。そう思って屋敷の外に造られた四阿あずまやの椅子に座ると、絶妙のタイミングでリーファがお茶を出してくれる。

「お疲れ様です」
「ありがとう」

 夏の暑さも平気な身体になったが、そうはいっても季節は春と秋が過ごしやすくて好きだな。
 この辺には四季があり、ちゃんと夏は暑く冬は寒い。とはいえ、日本の夏みたいに湿度が高くないのか、夏でもそれなりに過ごしやすいんだ。
 梅雨つゆみたいな雨季もないから、暮らすには最高の場所なんじゃないかな。

「ああ、風が気持ちいいな」
「そうですね」

 こんなのんびりとした日が続くといいな。


        ◇


 ここは魔王国の王都にある貴族の屋敷――先代魔王の執事を務めたセブールがかつて暮らしていた場所だ。
 一日の仕事を終え、王城から屋敷に戻ったルードは、妻のラギアと夕食後に寛いでいた。
 すると突然、部屋の中にセブールが現れた。

「なっ⁉ ち、父上!」
「お義父とうさん!」

 驚いて飛び上がるように立ち上がるルードとラギアを、セブールがなだめる。

「二人とも、落ち着きなさい」

 二人が驚くのも無理もない。幾ら父であっても、突然姿を現せばそういう反応になるだろう。
 セブールは前置きなしに、今日訪れた本題に入る。

「さて、今日来たのはお前達の顔を見るためではない。宰相かアバドンにアポを取ってもらいたい」
「父上ならいつでも会いに行けるのでは?」
「……はぁ、お前も大人なら、一国の宰相の元に突然訪問するのが非礼な事くらい分かるだろうに」

 何を言っているのやらと呆れるセブールに、ルードは納得いかない。

「いや……」

 実際に今セブールは、突然訪問しているじゃないかと口から出かかった。
 ルードに代わり、ラギアがセブールに確認する。

「それは急ぐのですか?」
「ええ、出来ればこれから直ぐが望ましいですね。私も長く旦那様の元を離れる訳にはいきませんから」

 セブールの話が魔王国全体に関わる問題だと推測したルードは、急いで宰相に連絡するため、王城へ向かう事にする。

「少しお待ちください。返事は直ぐにもらえると思います」
「では、少し待たせてもらいましょうか」

 ルードが宰相の返事を持って戻るまで、それ程時間は掛からなかった。
 それはそうだ。セブールがその気になれば、王城のどこへでも侵入するのは容易たやすく、誰であっても暗殺するのは簡単なのだ。そんな相手からの緊急の面会要請を、後回しに出来る訳がない。


 そのあと、ルードとラギアを伴い、セブールは王城へ上がった。

「夜分遅くに申し訳ございません」

 王城にある宰相の私室で、デモリスがセブール達を一人で迎えた。

「いや、セブール殿がわざわざこうして来られたという事は、重要な案件なのだろう。どうせ私は今日も王城に泊まりだったからな。それでセブール殿、一体どのような用件なのだ?」
「長々と前置きは必要ないでしょう。本題に入ります。宰相は、聖国が大陸南部の草原地帯を狙っているのを知っていますか?」
「聖国の斥候部隊が幾つか、何度も聖国と草原地帯の間を行き来しているのは掴んでいたが……草原地帯を本気で獲るつもりだったか」

 デモリスが信じられずにいたのは、草原地帯とはそれ程難しい土地だからだ。
 草原の南の端には海があり、川が何本も流れている。東西に長い比較的平坦な土地だ。開発すれば豊かな穀倉地帯になるだろうし、海からは塩も期待出来る。
 それだけ聞くと優良な土地に思えるが、長い歴史の中でそれを成し得た者はいない。それは草原地帯の地続きにある深淵の森が原因である。草原地帯に入植してくるという事は、深淵の森の魔物達からすれば、美味しい餌場が用意されるのと同じなのだ。
 草原に棲息する魔物に加え、深淵の森からも手に負えない魔物が出没する。となれば、まともな思考の国主は草原地帯に色気を出さない。魔王国でさえ、深淵の森と地続きである草原地帯には軍を侵攻させなかった。
 ルードとラギアが、うんざりとした表情で予測する。

「……草原地帯に侵攻するなんて、聖国は焦っているのでしょうな」
「でしょうね。西方諸国の中で自国だけが孤立していますから」

 ルードとラギアに、セブールが言う。

「おそらく聖国は、奴隷部隊を肉の盾兼囮として使うでしょう」

 こういった話になると、文官のルードよりもラギアの方が察しがいい。

「お義父さん。もしや魔族の奴隷を解放し、聖国の侵攻を阻止するおつもりですか?」

 ラギアの言葉に、満足そうにセブールが頷く。

「父上。それが本当なら、シグムンド殿が魔王国に助力してくれるという事か?」

 ルードが驚いてそう聞くが、セブールは否定する。

「ルード、旦那様はどこの国の味方もしませんよ」

 デモリスはセブールに尋ねる。

「では、セブール殿とリーファ殿が奴隷解放に助力してくれるのか?」
「まぁ、似たようなものですかな。魔王国は聖国に見つからぬよう斥候部隊を派遣して、魔族の奴隷を解放する事に集中していただきたい」
「シグムンド殿といったか……この件はセブール殿の仕える方の意思と受け取ってもいいのか?」
「いえ、これは私の考えです。聖国の侵攻は成功しないでしょうが、ご近所が騒がしいのは困りますからね。少しだけ聖国にりてもらおうと思った次第です」

 セブールがそう言うのなら、従った方がいいだろうとデモリスは考えた。
 捕虜交換に応じないジーラッド聖国の扱いには、魔王国でも手を焼いている。
 酷い扱いを受けているであろう自国民を助けたいのはデモリスだけではない。魔王国の人間なら全員がそう願っている筈だ。
 デモリスは、セブールに詳しい作戦を聞く。

「それではいつ聖国が動くのか、どのタイミングでセブール殿が動くのか知りたい」
「聖国の軍が動いた時点でそちらに知らせます。斥候部隊と衛生兵の部隊を直ぐに動かせるよう待機させてください」
「念のためそれらの部隊に、イグリス率いる精鋭部隊を同行させても構わんか?」

 セブールは、どのようにして奴隷を解放するのかという内容を教えてくれない。そこでデモリスは、戦闘になった場合にも対応出来るよう、イグリスが率いる精鋭部隊を派兵したかった。

「いいでしょう。イグリス殿はああ見えて戦場では冷静な武官ですからな。ただ、くれぐれも自分達から聖国に仕掛ける事のないようお願いします」
「それは大丈夫であろう。それから、問題はどうやって現場に行くかだ」

 魔王国から草原地帯の入り口となる地域に行くには、西方諸国の国をまたぐ必要がある。
 しかし終戦協定を結んだ国を通り抜けるとしても、軍の移動は難しい。

「心配いりません。深淵の森を縦断すればいいのです」

 そうセブールが言うのを聞いて、デモリスは腰を浮かせるくらい驚いた。

「なっ⁉ 深淵の森を縦断するなど無茶な!」

 何を言い出すんだと、ルードもセブールを非難の目で見る。

「父上! 流石さすがにそれは!」

 それをラギアがなだめる。

「デモリス様、ルード、お義父さんが移動を助けてくれるって事ですよ」
「ラギアの言うように、北の外縁部から真っ直ぐ南に位置する草原地帯まで、私が責任を持って送り届けます。ご安心を」

 ニコニコと微笑むセブール。明らかにデモリス達の反応を面白がっている。

「それを先に言ってくれよ」

 父親の悪い部分が出ていると、ルードはゲンナリする。

「では、聖国が動き次第連絡いたします」

 セブールの言葉に、デモリスは頷く。

「ああ、儂は陛下とイグリス、アバドンに話を通しておく」
「陛下によろしくお伝えください」

 そう言ってセブールは霧となりその場から消えた。

「父上! 普通に帰ってください!」
「まぁまぁ、ルード、落ち着け。それよりも陛下に報告するぞ。ルードとラギアも同道しなさい」
「はっ」
「は、はい」

 そのあとデモリスはヴァンダードへの謁見を願い出た。
 直ぐに許可されたので、ルードとラギアを連れて謁見に向かう。
 部隊の人選は難航しそうだと、ひそかに思いながら。
 誰だって深淵の森などには踏み入りたくない。安全に目的地まで送ってくれるなどと、誰が信じるだろうか。

(部隊の人選など、宰相の仕事じゃないしのう)

 やれやれと頭を横に振り、自分が悩んでも仕方ないと、イグリスとアバドンに丸投げする事に決めたデモリスだった。


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