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1巻
1-1
しおりを挟む一話 ゴーストになった男、洞窟へ避難します
意識がゆっくりと浮上してくる。
なんか体がフワフワするな。俺の家のベッドはこんなに柔らかくなかったよな。
そんな違和感に目を開けると、暗い森の中だった。
「な、なんだっ⁉ こ、ここは、何処だ?」
三百六十度見回しても、疑問は解消されない。
そもそも俺の家の近くに森なんてなかった。直前の記憶を思い出そうとする。
仕事を終え、疲れた体を引き摺って、築四十年のボロアパートに帰ったところまでは覚えている。
それからどうしたっけ?
手を額に当て考え込んだ俺は、決定的におかしな事に気付いてしまう。
「すっ、透けてるぅぅぅぅーー‼」
慌てて全身を確認すると、足はぼやけて消えかかり、体は宙に浮いていた。
「お、俺に何があった?」
いや、何となく理解はしている。認めたくないだけだ。
「お、俺って死んだのか……」
俺は霊感などの類いは全くなかったので、幽霊なんて見た事はなかった。それなのに、俺自身が幽霊になるなんて……
その時、森の奥で獣か何かの咆哮が聞こえた。
「ひっ!」
俺は慌ててその場から逃げ出した。
地縛霊じゃなくてよかったなんて、この期に及んで、そんなつまらない事を考えてる俺って……
俺は、森の中に突然出現した洞窟の入り口みたいな場所に逃げ込んだ。
俺の本能か何かが、この森はヤバイという警鐘をガンガン鳴らしている。
死んでから第六感に目覚めても……と思いつつ、もう死んでいるんだから、これ以上どうにもならない筈なんだけど、焦ってしまう。
洞窟も警戒するべきなんだろうが、森よりも圧倒的にマシだと、本能で理解できた。
真っ暗な洞窟を奥に進むと、暗い筈の洞窟の中が何故か視認できる。
俺ってこんなに夜目が利いたかな。それとも幽霊になったからか。
幽霊は夜に出るものだもんな。夜目が利いても不思議じゃないか。
兎に角、夜目が利くのは困る話じゃない。気にせずそのまま進むと、壁や天井全体が薄らと光っている場所に着いた。洞窟はまだまだ先へと続いているようだ。
幽霊になったからか、俺は危機感もなくどんどん先へ進んだ。
少し進んだところに小部屋のような場所があったので、そこで休憩する事にした。
正直に言うと、俺は幽霊で体がないのだから、疲れる事もなかったけど。
「はぁ、自分の名前も思い出せないなんて……、俺は誰なんだ? うわぁっ⁉」
俺がそう独り言を呟いた時、目の前に半透明のパネルが出現した。
――――――――――――――――――――
名前:????
種族:ゴースト レベル1
スキル:ドレインタッチ レベル1
称号:異世界から紛れ込んだ魂
――――――――――――――――――――
「…………はっ?」
少しの間呆けてしまったのも仕方がないと思う。短時間だったのを褒めて欲しいくらいだ。
「ゴーストって、幽霊と何が違うんだ? いやそれより、異世界から紛れ込んだ魂って……ここ異世界かよ!」
思わず頭が痛くなる。痛くなる頭はないけど。
種族のところを見ていると、詳細な説明が頭に浮かんだ。
ゴースト……死したモノの魂が、濃い魔力に晒され魔物へ至った存在。死霊系最底辺の魔物。
「おうふっ、俺って魔物なのかよ。しかも最底辺の存在って……」
俺はその場に四つん這いになって、落ち込んだ。
まあ、直ぐに気を取り直したんだけどな。考えても仕方ない。
それより名前の欄が????だな。何か、仮にでも付けた方がいいな。
「よし、シグムンドにしよう。英雄からパクっても誰も文句は言わないよな。異世界らしいし」
そう名前を決めた瞬間、全身から、何かが急速に抜けていく感覚に意識が遠のく。
気を失う寸前、全身って言ってもゴーストだから体はない筈なんだけどなぁ……なんてバカな事を考えていた。
どれだけ意識を失っていたのか、再び目を開けると、俺は洞窟の小部屋でフヨフヨ浮かんでいた。
「どうしたんだ? ゴーストが気を失うなんて……」
ステータスのような表示を見れば分かるかもしれないと、パネルがもう一度出るよう念じる。
「おっ、出た出たっ……へっ?」
――――――――――――――――――――
名前:シグムンド
種族:ゴースト レベル1
スキル:ドレインタッチ レベル1
称号:異世界から紛れ込んだ魂、ネームドモンスター特異種
――――――――――――――――――――
名前が表示されているのはいい。それより称号が増えている。
ネームドモンスター特異種……消滅を乗り越え自ら名持ちの魔物へと進化した存在。種族の進化限界を超え、進化の系統樹から進化先を自ら選択できる。
「ヤバイ、俺、消滅しかけてたのか」
命の危機だったらしい。生きてはいないけど。
「よし! 落ち着こう」
便宜的に、この半透明のパネルをステータスパネルと呼ぼう。
このステータスパネルをよく見て、今後の方針を決めるべきだろう。
これが夢じゃなければ、俺はゴーストとして、生きていかないといけない。
ゴーストが死ぬのか疑問だが、魔物なのだから、討伐されれば死ぬんだろう。
スキルという項目に一つだけある、ドレインタッチの詳細を調べる。
ドレインタッチ……生き物の生命力を奪う。接触していないと発動しない。
「うん。思いっきり悪者の技だな」
分かってたさ、ゴーストだもんな。死霊って時点でヒーローじゃない。
まあいいや。兎に角生き残る事を優先して、少し強くなった方がいいのかな。
俺は覚悟を決めて、小部屋を出た。
俺はどうやら、魔力らしきものを感じられるようになったらしい。
それによると、洞窟の奥と森の中では、森の中の方が魔力が濃いみたいだ。
進むなら洞窟の奥だろう。
考えた末、俺は洞窟の奥へと進んで行った。
二話 洞窟の中は魔物が一杯
小部屋から出て、直ぐにデカイ鼠を見つけた。
デカイ。大事な事だから二回言った。
でもヌートリアもこのくらいのサイズだったか? なら不思議でもないのか?
ここでよく考える。
先ず、今の俺は弱過ぎて、いつ消滅するかも分からない。
そして、ステータスパネルにあった、進化の系統樹というワード。
そう、俺は進化する事ができる。しかも自分で進化先を選ぶ事ができる。
もしかすると、実体を持つ魔物に進化できるかもしれない。
進化するためには、レベルがある事を考えれば、レベルを上げればいいのだろう。
どうすればレベルが上がるのか。他の魔物を倒せばいい。異世界もののテンプレだからな。
さて、いざ戦うとして、スキルにドレインタッチがあるって事は、生命力を奪えって事だよな。
物は試しにと、そっとデカネズミに近付いて、ドレインタッチを発動する。
デカネズミはビクッとして逃げようとしたが、不意をついた俺の優位は変わらない。
俺のドレインタッチの影響で力が抜けていくのか、デカネズミは暴れる元気もなくなり、やがてピクリとも動かなくなった。
「これヤバイな。力が流れ込んでくる」
生命力を奪い力が漲るゴーストってどうなんだと思わなくもないが、そんなものだと納得しよう。
「へっ?」
すると、地面に横たわっていた筈のデカネズミが黒い霧となって消えて、その後に、ビー玉よりも小さな丸い石が残った。
それを見た瞬間、無意識に俺は手を伸ばしていた。
ビー玉のような石から、再び何かが流れ込んでくる。
直ぐに収まり、地面に転がってた石は色が抜け、粉々になって消えた。
「……これが魔石っていうヤツなんだろうな」
ゴーストとしての知識なのか、魔石だという事は分かった。
そして、あのデカネズミも魔物なんだと理解した。
ステータスパネルを確認してみる。
――――――――――――――――――――
名前:シグムンド
種族:ゴースト レベル2
スキル:ドレインタッチ レベル1、嗅覚強化
ユニークスキル:ソウルドレイン
称号:異世界から紛れ込んだ魂、ネームドモンスター特異種
――――――――――――――――――――
「やっぱり、レベルが上がってる。いや、ユニークスキル?」
レベルが上がった感覚はあった。
力が漲る感覚があったから。だけどユニークスキルが増えているのは何なんだ。
嗅覚強化……嗅覚が強化される。強化幅はゼロ~五倍まで任意で調節可能。
ソウルドレイン……魔物の魔石からその魔物の持つ力を取得できる。
魔石を取り込んだから、ソウルドレインがスキルとして現れたのか。
それでデカネズミのスキルが嗅覚強化ね。うん、俺には関係ないな。ゴーストだから臭わないし。
これで俺が強くなる道筋が見えた。
何せ俺は、死霊系の最底辺の魔物らしいからな。コツコツと少しずつ強くならないと、そのうち消滅させられるかもしれない。
その後、分かれ道が多い迷路を進んで行く。
レベルが上がったからか、飛ぶスピードが上がった気がする。
洞窟の角を曲がったところに、またデカネズミを見つけた。
今度も不意打ちで、ドレインタッチを食らわせる。
一匹目よりも短い時間で倒せたと思う。
残った魔石を何も考えずに吸収した時だった。
力が流れ込んできた感覚に、ステータスパネルを確認すると、病毒耐性というスキルを取得していた。
一つの魔物から複数のスキルが取得できるんだ。確かに病毒耐性って、ネズミらしいっちゃらしいけどな。
その後も、何匹もデカネズミを倒して魔石を吸収したが、取得したスキルはなかった。
一つの魔物から二つだけスキルを取得できるのか、それともデカネズミがスキルを二つしか持ってないのか、まだ分からないな。
にしても、ゴーストになってから時間の感覚がない。
睡眠は必要ないし、食事も必要ない。まあ、ドレインタッチで奪う生命力が食事だとも言えるんだが。
だから俺は、休憩する事なく魔物を狩りまくった。
デカネズミの他に出て来た魔物は、これも日本じゃ見た事のない大きさの百足に、小判大のスカラベっぽいの。
百足から毒生成と毒耐性を、スカラベからは悪食のスキルを取得した。
百足は毒攻撃をする。なので自分の毒でダメージを受けないよう、毒に耐性があるんだろうな。俺はゴーストだから、毒も関係ないんだけど。
悪食にしても、食中毒にならなくなるのと、食べた物から栄養素を効率的に取得するスキルみたいだけど、そもそも俺って食べないからね。
デカネズミも百足もスカラベも、ダメージを与える攻撃はしてこなかった。
油断していた俺は、大きな蝙蝠の魔物から初めてダメージを受けた。
何か魔力由来の攻撃が飛んでくる。
風と超音波かもしれない。
何とか倒した後、魔石を吸収して、汗もかかないのに額の汗を拭う。
俺のダメージは、ドレインタッチとソウルドレインで回復した。
ステータスパネルを確認すると、風魔法スキルを取得していた。
ここで、おおっ魔法、なんて浮かれる気も起きなかった。
下手したら、消滅してたのは俺の方だからな。
その後、何度か蝙蝠の魔物を不意打ちで倒した。それで得たのは、聴覚強化スキルだけだった。
超音波の攻撃は、風魔法のアレンジなのかもしれない。
そして俺は、下へと続く階段を見つけてしまった。
「……これっ、もしかしなくてもダンジョンなんだよな」
魔物が死体を残さず消えるしね。
下りる前に、もう一度ステータスパネルを確認してみた。
――――――――――――――――――――
名前:シグムンド
種族:ゴースト レベル10(進化可)
スキル:ドレインタッチ レベル2、風魔法 レベル1
嗅覚強化、聴覚強化、毒生成
病毒耐性、毒耐性、悪食
ユニークスキル:ソウルドレイン
称号:異世界から紛れ込んだ魂、ネームドモンスター特異種
――――――――――――――――――――
流石に最弱のゴーストだけあって、進化可能までのレベルが低い。
もうレベルが10に上がっていた。そして進化可の表示。
意識すると、進化先の選択肢が頭の中に説明と共に浮かぶ。
ハイゴースト……死霊系の魔物。種族スキル、闇魔法を持つ。
スケルトン……骨の体を持つ魔物。武術スキルを修得可能。種族スキル、骨再生を持つ。
ゾンビ……腐った体を持つ。種族スキル、痛覚耐性を持つ。
ゾンビはないな。痛覚耐性って、腐った体に痛いも何もないしな。
選ぶなら、ハイゴーストかスケルトンの二択だ。
スケルトンの、武術スキルを修得可能ってのが罠だよな。修得って事は、鍛錬しないと身に付かないって事だもんな。
「よし! ハイゴーストに進化だ!」
そう意識すると、力が漲ってくるのが分かった。
「……終わったのか?」
自分の姿に、別段変わった様子はない。
――――――――――――――――――――
名前:シグムンド
種族:ハイゴースト レベル1
スキル:ドレインタッチ レベル2、風魔法 レベル1、闇魔法 レベル1
嗅覚強化、聴覚強化、毒生成
病毒耐性、毒耐性、悪食
ユニークスキル:ソウルドレイン
称号:異世界から紛れ込んだ魂、ネームドモンスター特異種
――――――――――――――――――――
うん、正統進化だな。
闇魔法はレベル1で、使えるのはスリープとカースだけみたいだな。ついでに風魔法のレベル1では、ウインドカッターという魔法が使えるみたいだ。
スリープは対象を眠らせる魔法。カースは呪いというより、対象の体調を崩す程度の弱いデバフ効果を与える魔法だな。
魔法は結構柔軟性があるみたいで、ウインドカッターで、弱い微風なんかも可能だった。
勿論、レベルが上がらなければ自由に魔法は使えない。
おそらく魔力の量というよりも、制御が無理なんだろうな。
その後、二階層で同族に遭遇した。
……厳密には地下二階なのか? 一応、ダンジョンだと想定して二階層と呼ぼう。
ゴーストだ。
透き通っているが、俺とは違い、ファンタジー風の革鎧を着て、西洋風の顔立ちだった。
俺がのっぺりとした顔だなんて言ってないぞ。アイツらが立体的過ぎるんだ。
ここで少し考える。
ゴースト相手には、ドレインタッチが効かないかもしれない。生命力なんてないからな。
ゲームのように、アンデッド系にもHPが設定されているならともかく、それはなさそうだと同種の俺だから分かる。
「ウインドカッター!」
手をゴーストに向けて放つと、呆気なくゴーストは掻き消え、魔石がポトリと地面に落ちた。
「この魔石はどこから出てくるんだ?」
自分の体を見ても、魔石は見つけられない。
落ちた魔石を拾い吸収するが、何のスキルも取得しなかった。
「まあ、そうだよな。さっきまで俺もゴーストだったんだから」
二階層に出没する魔物の種類は、稀に出て来るゴースト以外、一階層と変わらなかった。
時間の感覚がないので、この世界に来てどれだけ経ったのか分からないが、俺は休む事もなく、ひたすら二階層を探索しては魔物を倒し、魔石を吸収していた。
そして今、俺の目の前に三階層へと続く階段がある。
俺は躊躇する事なく階段を下りた。
三話 二回目の進化
三階層を探索していると、今までの魔物に加え、ファンタジーの定番に出会った。
子供くらいの身長に醜い顔、緑の肌に頭に小さな二本の角、汚い腰蓑を着けた魔物。
「ウワッ、ゴブリンか」
俺が見つけたゴブリンは、一匹だけで行動しているようだ。
手に棍棒を持っているが、ハイゴーストの俺に棍棒は効かない。
グギャグギャ煩いが、ドレインタッチで簡単に倒せた。
そして、魔石から嫌なスキルを取得してしまった。
精力強化。今はゴーストなので関係ないが、実体を持つようになった時に不安なスキルだ。
一旦、そのスキルの事は忘れるようにした。
次に、変なのを見つけた。
ふわふわと漂う光の玉。
サクッと倒せたよ。メチャ弱い。
コロンと転がった魔石のサイズが弱さを物語っている。
まあ、何も考える事なく、流れ作業のように魔石を吸収したんだが、あろう事かあの野郎、光魔法スキルを持っていやがった。
ゴーストなのに光魔法って大丈夫なのか?
色々と実験した結果、俺にもダメージがあるが、アンデッド系の敵には、普通に攻撃手段として使えた。神聖系の魔法を使うゴーストってどうなんだろう。
五階層に下りた俺は、新たなファンタジーの定番に出会う。
ゼリーのような体に、真ん中にコアを持つスライムだ。
動きも遅いし、ドレインタッチでサクッとで終わり。
スライムからは物理耐性が取得できたんだが、これも、俺が実体を持つまで意味のないスキルだった。
ゴブリンが二匹から五匹の群れで出て来るようになって、もうゴブリンからはスキルを取得できないと思っていたのだが、新しいスキルを幾つか取得した。
夜目は、その名の通り暗い場所でもよく見えるスキル。だけど俺はゴーストだからか、普通に暗闇でも困らない。
そして、短剣術、棒術、弓術などの武術系のスキルを取得した。
くそっ、ゴブリンの癖に武術系のスキルを持ってるなんて、生意気な奴らだ。
当然、武器を持てない俺には死にスキルだ。
そうして、出て来る魔物を倒しながらドンドンと先に進む。
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