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後日談百四十三話 はしゃぐベテラン
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エトワール達と遊んでリフレッシュを済ませ、レーヴァと一緒に電撃付与した装備を人数分作った僕達は、サマンドール王国へ出発する。まあ、みんなを連れて転移するんだけどね。
派遣されるメンバーが集まる中、一人やたらとテンションが高い人がいる。
「いやぁー、冒険者時代の装備を処分しなくてよかったぜ!!」
「落ち着けライル。ダンとマッド、ビルは大丈夫だろうが、新人も引率しないといけないんだぞ。そんなに浮かれてちゃ、お前に任せるのが不安になってくる」
「……」
一人テンションが上がって、はしゃぎ気味なのは、元冒険者パーティー『獅子の牙』の斥候職ライルさんだ。
初めて会ってから結構経つけれど、ライルさんは少しも変わらない。いつもの軽いライルさんだ。まぁ、僕的には逆に安心感を覚えるんだけどね。
とはいえ、他のメンバーの手間、獅子の牙でもリーダーだったヒースさんが注意して、ボガさんも頷いている。ボガさんが無口なのも昔から変わらずだ。
「任務は理解しているが、騎士鎧以外を装備するのはどうかと思うでござるよ」
「ダン、それは我慢でござる。某も聖域騎士団の鎧にプライドがあるが、ここは任務と割り切るでござる」
「そうそう。マッドの言う通りでござるよ。拙者達を信頼しているからこその重要な任務でござるよ。目立たない革鎧でも我慢でござる」
「むぅ」
違う場所では、聖域騎士団の初期から加入していて、とびきり変わり者の三人組。ダン君、マッド君、ビル君だ。口調が少し変だけど、とても良い青年達なんだけどね。
このダン、マッド、ビルの三人と新人三人を、ヒースさん達が一人ずつ率いてスリーマンセルで動いてもらう。
ライルさんのチームは少し心配だけど、新人を含めて実力だけは問題ないので、なんとかなるかな。
「じゃあ、行って来るよ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
「「「パパー! いってらっしゃーい!」」」
ソフィア達とエトワール達に声を掛けて、サマンドール王国へと転移する。
人気のない場所に無事に到着し、僕はすぐにマナポーションを飲む。さすがにこの人数を一度にまとめて転移させるのは魔力がきつい。
「ふぅ。さすがに僕でもきついな」
「ほぉ、ここがサマンドール王国か。なあヒース、確か『獅子の牙』の頃何度か来たよな?」
「護衛依頼で何度かな」
「……三回だ」
僕がマナポーションを飲み干していると、ライルさんが周辺を見回してヒースさん達と話している。どうやらライルさん達は『獅子の牙』の頃に、護衛依頼でサマンドール王国を訪れた事があるようだ。まあ、こんな人里離れた場所までは来ないだろうけど。
ポーション瓶を収納した僕に、地図を拡げたヒースさんが話し掛けてきた。
「それでタクミ、それぞれが担当する地域なんだが……」
「ひょっとして、実はヒースさんもテンション高めですか?」
「……ちょっとだけな」
普段、冷静な大人でリーダーシップを発揮するヒースさんの声を少しだけ張っているような気がして、実はヒースさんもテンションが高めなのか聞いてみると、少し照れくさそうに頷いた。冒険者時代に戻ったみたいな気持ちなのかな。
ヒースさんがマジックバッグからグライドバイクを取り出し、問題がないかチェックしながらライルさんとボガさんに声を掛けた。
「さて、ライル、ボガ、グライドバイクのチェックはOKか?」
「勿論、大丈夫だぜ」
「……ああ」
「光学迷彩の魔導具と気配隠匿の外套が有るので大丈夫だとは思いますけど、なるべく気配を抑えてくださいね」
「「「了解」」」
ここからの移動には、聖域騎士団に配備されたサイドカー付きのグライドバイクを使用する。大丈夫だとは思うけど一応、気配を抑えてもらうよう言っておく。
今回、ヒースさん達がサマンドール王国内の移動するのに、グライドバイクを使うと決めたんだけど、それに合わせてウラノスにも搭載している光学迷彩の魔導具と、更に気配の隠匿が可能な外套を用意した。このグライドバイクは、子供用のオモチャのようなもの以外、少数をバーキラ王国の近衛騎士団に卸したのみで、基本的にグライドバイクは売っていない。だからサマンドール王国で目立つのは避けたいんだ。
そうまでしてグライドバイクを使うのにも理由はある。グライドバイクは、地面から浮いているので道を選ばないし、音が静かなので光学迷彩の魔導具を起動すれば、ほぼ秘密裏に活動可能なんだ。
3台のグライドバイクに乗り、ヒースさん達がそれぞれの受け持つ地域へと向かった。基本的な行動方針としては、創世教の教会へのキュアイルニスポーションの在庫確認と足りない場合の補充。それが必要ない教会へは巡回警備になる。
昨日の会議で、狙われている教会のアタリはつけてあるので、そこを警戒しながら襲って来るのを待つ事になる。
どうして狙われている教会が分かるのかと言うと、シルフやウィンディーネ、ドリュアスやセレネー、ニュクスやノームにサラマンダーと、大精霊の眷族の耳目から逃れられる場所は、そうそうこの世界に存在していないからだ。
勿論、強力な精霊除けの結界の魔導具を使えば、中級以下の精霊を排除可能だけど、そんな精霊除けの魔導具なんて、ユグル王国にしかないだろう。
「じゃあ私とルルは、ウラノス使うわね」
「うん。気を付けてね」
「ルルにお任せニャ!」
アカネはルルちゃんとウラノスで飛び立つ。
「さて、僕達も行こうか」
「了解、マスター。カエデは、亜空間に入ってるね」
僕もアイテムボックスから自分のグライドバイクを取り出し跨る。
聖域騎士団のグライドバイクは、サイドカー付きで本体も軍用だからごついデザインだけど、僕のは近未来的なデザインだ。かっこいいけど凄く目立つ。だから僕のグライドバイクにも急遽、光学迷彩の魔導具を取り付けた。
あとは僕自身の隠密スキルと認識阻害を付与したいつもの外套で万全だ。
今回、結局この五チームでサマンドール王国やバーキラ王国の盗賊対策を行う。
サマンドール王国の盗賊退治は、完全に教会のサポートの次いでだけど、被害に遭うのが真面目な神官や孤児院の子供とくれば、見て見ぬふりは出来ないからね。一応、僕はノルン様の使徒らしいし。
◇
聖域騎士団用にカスタマイズされたグライドバイクが、音も無く町の外に止まる。
ライルは、グライドバイクをマジックバッグに収納すると、ニヤリと抑えきれない笑みを溢す。
「ライル隊長、嬉しそうでござるな」
「ああ、久しぶりの冒険者っぽい仕事だからな」
「お二人は平気なんですか? 僕は緊張でお腹が痛いです」
ダンがにやけるライルに話し掛ける。それを見ている新人騎士は緊張で顔色が悪い。
「落ち着け。お前も新人とはいえ、魔大陸での訓練も経験済みなんだ。そこいらの盗賊や冒険者崩れなんぞ楽勝だ」
「サム、何事も平常心が大事でござるよ。明鏡止水を心掛けるでござる」
「は? はい」
初の遠征任務に、緊張で顔色が悪い新人のサムに、ライルがいつもと変わらない軽い感じで、盗賊如き楽勝だと緊張をほぐす。ダンも明鏡止水などと、本人も分かっているのか分からない言葉でアドバイスし、サムも多少マシになったのか、ぎこちない笑顔をみせた。
三人は一先ず教会を訪れ、聖域騎士団である事を証し、キュアイルニスポーションの在庫は十分かの確認と、熱病の拡がり具合を聴き取る。
「この町は、なんとか流行を抑えられてるって思ってOKですか?」
「はい。聖域の教会本部から早い段階で報せがありましたし、ポーションやその素材の援助もありました。それとこの教会には、光属性魔法が使える者が二人居ますから」
「へぇ、この規模の町で光属性の魔法使いが二人もなんて珍しい。じゃあ、キュアイルニスポーションの在庫は大丈夫そうですね」
「ええ。熱病の流行が収まるまでは十分保ちそうです」
ライルが神官から聞いたところ、この町はなんとか熱病の拡がりを抑え込めている。神官の中に、光属性魔法の使い手が二人居る事で、キュアイルニスポーションの消費も少なく、教会の在庫は十分あるという。
ただ、その神官の話を聞いたライルの表情が一瞬鋭くなる。
教会から出て来たライルに、外で警戒していたダンとサムが近寄り、神官との話の内容を聞く。
「ポーションの在庫が十分あるんだったらよかったですね」
「バカ、だから危ないんだよ。さすが精霊だな。情報は確かだ」
「そうでござるな」
話を聞いたサムが、この町は問題なさそうでよかったと言うのを、ライルがサムの頭を叩き、精霊の情報には間違いなかったと感心し、ダンもそれに同意して頷いている。一人訳の分からないサムが困惑する。
「えっ、えっ? 熱病の流行は抑えられていて、ポーションの在庫も大丈夫なんですよね?」
「だからだよ。普段でも高価なキュアイルニスポーションが、熱病の拡がりで不足気味なんだ。その値段は、上がる事はあっても下がる事はない。バカどもが、そんなポーションが豊富に備蓄してあるって知ったらどうする」
「はっ!? 奪いに来る!」
「そうだ」
ライルに説明されてやっと納得したサムの表情が引き締まる。新人とはいえ、聖域騎士団の団員だ。ノルンを奉じる創世教の教会を襲うなど許してはおけないのだろう。
「精霊からの情報じゃ襲撃は今夜だ。殺さないように暴れるぞ」
「ライル隊長、重要な任務でござる。暴れるではないでござるよ」
「お前は固いな。教会を襲うゲドウな盗賊なんぞ、ぶっ殺してもいいってところを、殺さずに生かしてやるんだ。俺達がストレス発散しても何の問題もないよ」
「……それもそうでござるな」
「えっ、いいんですか?」
暴れられるとウキウキなライルに注意したダンだが、ライルに簡単に言い包められ、相手が教会を襲うような外道なら、自分達のストレス発散に使ってもいいかと意見を変える。サムが、それでいいのかと困惑しているが、この世界の盗賊に対する扱いは、基本デッドオアアライブ(生死不問)だ。多くの場合、わざわざ生かす努力などしない。今回は、聖域騎士団の団員と盗賊との実力差があり過ぎるくらいあるのと、女神ノルンの神託により動いているので、出来るだけ人死にを出さない方針だというだけだった。
その為にわざわざメンバー全員分の雷魔法を付与した武器をタクミが用意したのだから、あとはライルが多少はっちゃけようが問題ない。
日が暮れ始めた頃、夜空の月が大地を照らす。
魔導具の灯りは有るものの、サマンドール王国はバーキラ王国ほど一般に普及していない。しかも、此処はそれ程大きな町ではないので、夜になると闇に覆われる。
ただ、この世界の人達は月の灯りを十分な明るさと認識している。さすがに月の無い闇夜はこの世界の人でも、夜目系のスキルが無ければ灯りを持たずには歩けないだろうが、今日のような満月に近い日は、灯りが無くても大丈夫だった。
夜の教会へとコソコソと近付く複数の気配。
(で、予想通り来たってわけだ)
(本当に教会を襲うのでござるな。驚きでござる)
(ライル隊長、ダン先輩、僕は裏から周りますね)
(おう、ドジ踏むんじゃないぞ)
(気を付けるでござるよ)
盗賊が襲うなら明るい月夜だろうと、見張っていたライルとダン、サムの三人。
そしてその予想通り過ぎる展開に、ライルが盗賊達はバカにしたような目を向ける。
ダンは、本当に女神ノルンを奉じる創世教の教会を襲う盗賊達が居た事に少し驚いていた。
サムはといえば、二人ほど余裕がないので、自分に与えられた役割を全うしようと、盗賊の逃げ道を塞ぐ為に移動する。
やがて教会の門を避け、壁際を移動する複数の男達。これから盗みに入るというのに、緊張感なく話しながら歩いている。
「おい。本当にキュアイルニスポーションが山ほど有るんだよな」
「しっ、声を落とせ。心配するな。情報の元は此処の領主だ」
「お貴族様かよ。分け前は?」
「半分だ」
「チッ、情報だけで半分も持って行くのか」
「金に汚いこの国の貴族らしいじゃねぇか。それに孤児院のガキを何人か攫って売れば、十分儲けになる」
「それもそうか。貴族相手に欲をかくと碌な事がねえしな」
この男達は、この町の領主から情報を得て教会を襲うに至ったようだ。それを聞いたライル達の表情が抜け落ちる。特にダンは、子供達を攫って売ると聞き、こめかみに血管が浮く程怒っていた。
(ダン、殺すなよ)
(……分かってるでござる)
ライルが一応、手加減を忘れないよう隣で怒気を滲ませるダンに釘を刺す。
そうこうしているうちに、男達が塀を乗り越えようと手を掛ける。
「表から門を通れば楽なのによ」
「神官も含めて全員殺すなら、表から押し入ってもいいが、逃げられたり騒がれると、さすがに不味いからな」
「そりゃそうか。衛兵は俺らを見れば、問答無用で殺しにくるわな」
「そういう事だ。人目にはなるべくつかない方がいい」
さすがに男達も神官と孤児院の子供を皆殺しにする度胸はなかったようだ。それはそうだ。神や精霊が身近なこの世界、教会を襲うなどという暴挙はまずない。今回、疫病の大流行で教会に高価なキュアイルニスポーションが確保されているとしても、普通の感覚なら盗みに入るなどあってはならないのだが……
一人、二人と盗賊達が塀を越え、全員が教会の敷地に入ったところで、ライルが声を掛けた。
「はい。教会への侵入確定。お前ら全員、有罪だ」
「なっ!?」
「誰だ!」
冒険者崩れなのか、兵士崩れなのか分からないが、十二人の男達は突然声を掛けられパニックになる。
ただ、その場に居たのがライルとダンの二人だけだったので、直ぐに気持ちを切り替え、目撃者であるライルとダンの始末する事を決める。
「おぅ! たった二人だ。さっさと始末して、ポーションをいただくぞ!」
「おう!」
「おらっ! 死にさらせ!」
たった二人と知り、パニックが怒りに変わり、ライルとダンに襲いかかる。
「ほれ」
ドガッ!
「ギャ!」
襲い来る盗賊の一人をライルが回し蹴りで吹き飛ばす。
「フンッ!」
ドガッ!
「グァッ!」
ダンも雷魔法を付与した武器を忘れたように、太く鍛えられた腕を振り、ラリアットで盗賊を吹き飛ばす。
「クソッ! 回り込め!」
「ガキか神官を人質にとるぞ!」
何人かがライルとダンを避けて教会へと向かおうとする。
「グハッ!」
そのうちの一人が吹き飛ばされる。
「行かせるわけないだろう!」
「まだ居やがった!」
「ギャァ!!」
サムが現れ殴り飛ばし、ロングソード程の長さの棒を振るい電撃により気絶させる。
「おおっ、そういや、それがあったな」
「忘れてたでござる。使わないとイルマ殿とレーヴァ殿に悪いですな」
サムが盗賊を電撃で気絶させていくのを見たライルとダンが、今思い出したのか電魔法を付与した武器を取り出し使い始めると、全ての盗賊が気絶し倒れるのに時間は掛からなかった。
腰に吊るしたメイスを封印し、そのメイスと同じくらいの長さの棒を振るい、巨体のボガが盗賊を昏倒させていく。
「ボガ隊長、これで全員でござる」
「……ご苦労。手分けして縛り上げるぞ」
「了解でござる!」
「了解です!」
ビルがボガに盗賊全員を倒した事を報告すると、ボガは用意してあった捕縛用の縄で縛るよう指示を出し、自らも一人一人きつく縛り上げていく。
「……タクミ達と合流してから相談だな」
「……でござるな」
「……それはともかくこいつらを運ぶぞ」
「「了解」」
ボガとビルは、昏倒する盗賊達を見ながら、何か思うところがあるのか何かを考え込んでいたが、今は盗賊を街の衛兵に引き渡すのが先決だと、ボガは一人で五人の盗賊を何でもないように担ぎ上げ、ビル達もそれに倣う。魔大陸の高難易度ダンジョンで訓練する聖域騎士団の騎士ならこの程度出来て当然だった。
また別の街では、ヒース率いるチームが盗賊達を捕縛してゆく。
「ヒース隊長、棒術もなかなかでござるな」
「戦斧じゃ、どう手加減しても無事じゃ済まないからな」
マッドが、雷魔法が付与された棒を巧みに操るヒースに賛辞の言葉を送るが、ヒースとしては苦肉の選択だった。
冒険者時代から騎士団に所属してからも、ヒースの得物は一貫して巨大な戦斧だ。他の騎士団ならあり得ないかもしれないが、聖域騎士団はその辺り縛りは緩い。一応、ロングソードが支給されるが、何を使うかは自由だった。
そしてその自前の戦斧をヒースが使用すると、どう上手く手加減しても盗賊程度なら高確率で死亡するだろう。
転がる盗賊達を見下ろし、眉間に皺を寄せるヒース達。
「……あきらかに盗賊じゃないのも混ざってるな」
「貴族の私兵でござる」
「おっ、マッドはさすが実家が貴族だけあるな」
「やめてほしいでござる。某の家は、ほぼ平民と変わらぬ男爵家でござる。貴族などと恥ずかしくて言えないでござるよ」
ヒースとマッドは、盗賊の中に違和感を感じていた。マッド曰く貴族の私兵。ダンやマッド、ビルのサムライ言葉三人組みは、下級貴族の出身なので、その推測は当たっているかもしれない。
「まぁ、どちらにしても、タクミ達と合流してからだな」
「そうでござるな」
その後、ヒースは教会に縛り上げた盗賊達の後始末(衛兵への連絡)を神官に頼み、タクミ達と合流する予定の場所まで戻るのだった。
ここは冒険者ギルドの出張所が置かれている程度の少し大きめの村。創世教の教会も在り、近隣の村々をカバーする為に教会本部から送られてきたキュアイルニスポーションの備蓄も十分有る。
そんな細やかな事情をどこから嗅ぎつけたのか、教会へと迫る人影があった。
バシュ! ビリッ!
ドサッ!
バシュ! バシュ! バシュ!
ドサッ! ドサッ! ドサッ!
ただ、誰何する事なく、問答無用でテーザーガンをモデルにタクミが作った魔導具から、連続で雷撃を放つのは、鼻を抑えたアカネとルル。
「くっさいのよ!」
「ほんとニャ! 臭くて近付きたくないニャ!」
月明かりが明るい夜とはいえ、教会に徒党を組んで訪れる者は普通ではない。ただ、見るからに不潔そうな男達に、アカネとルルは我慢が出来なかった。
「どうして盗賊って、漏れなく不潔で臭いのかしら」
「ルルは種族柄、鼻が良いからこいつらの相手は地獄ニャ!」
「そうよねぇ」
とはいえ、相手がほぼ確実に盗賊だとしても、声を掛ける事もなく、問答無用に撃ちまくるとはどうかと思う。
二人は、縛る為に近付くのも嫌だったようで、直ぐに冒険者ギルドに人を走らる。
僅かに駐屯する衛兵と冒険者が駆け付け、全員を拘束して連れて行く頃には、アカネとルルの姿はそこにはなかった。
◇
僕は教会の敷地内で、一人気配を消して待っていた。
(マスター、表門で待ってればいいの?)
(まあ、強盗に入るのに堂々と表玄関から来ないと思うけど、一応念の為ね)
(マスターの方から来たら、カエデもそっち行ってもいい?)
(いいよ。捕縛するのはカエデの方が上手だしね)
従魔のカエデとは念話で話せる。しかも僕達の中で一番の種族的なものを含め、隠密行動が得意なカエデは、その気なら盗賊の正面に立っていても気付かれずに居る事も可能だ。今日みたいな仕事はもってこいなんだ。
十人程の男達は、教会の塀を乗り越え侵入して来た。
(あっ、全員がマスターの方に行ったね)
(ほんと、何も考えていないみたいだね)
全員が真っ直ぐにポーションが保管されている倉庫を目指している事に、呆れると共にこれで領主の関与が濃厚になった。
幾つか在る倉庫の中でも、この倉庫にキュアイスニルポーションが保管されている事を知っているのは、この教会の関係者とそれとなくキュアイルニスポーションの情報を探ってきた領主の関係者くらいだ。
神官さんには、わざと情報を漏らすよう言ってあった。これは盗賊を釣り上げるのと同時に、領主の関与を調べる意味もあったんだ。
男達が近付いて来たタイミングで、気配を消すのをやめると、ギョッとしたように慌てて足を止める男達。
「なっ、なんだお前は!」
「いや、月夜に無断で教会の塀を乗り越えて侵入して来たあなた達の方が何だと聞きたいですけどね」
盗みに入って「なんだお前は?」はないと思う。余程びっくりして慌てたんだとは思うけど。
ただ、僕が一人と分かると男達はアイコンタクトを取り、腰の剣やナイフを抜き放った。
「一人でのこのこ出て来た自分の馬鹿さ加減を恨むんだな」
「ぶっ殺して見ぐるみ剥いでやる!」
剣も抜いていない丸腰の僕に、当たり前のように剣やナイフで襲いかかる。
剣やナイフを上段から振り下ろす男達。
ただ、一対多数の乱戦に於いて、同時に攻撃するには同志撃ちを避ける為に仕方ないのかもしれないけれど、倉庫を背に立つ僕に避け難い横薙ぎの攻撃がないのは、彼等が普段から連携など考えない盗賊だからか。少なくとも一人か二人は仲間との連携が大事だと分かっていないとダメなんだけどな。
「フッ」
ドンッ!
「グワァッ!!」
「ギャッ!」
「ウグッ!」
素早く斜めに踏み込み、死なないよう手加減しながら掌底を胴に叩き込む。わざと周囲を巻き込むような位置どりで攻撃したので三人一度にノックアウトできた。
バリッ!
手当たり次第に雷魔法で気絶させる。体術での手加減よりも、雷魔法の方が簡単に加減ができるから楽だ。最初から、これでいけばよかったな。
ドサササッ!!
「弱過ぎだよね」
「カエデからすれば、大抵の人間は五十歩百歩だと思うよ」
僕が半分ほどノックアウトする間に、カエデが残りを始末してくれた。
カエデの糸で拘束され、しかも麻痺毒で動けない男達。この手の盗賊を制圧するなら、多彩な糸を操るカエデが一番だな。
カエデは、今でもボルトンやウェッジフォートを、個人的にパトロールしているみたいで、よく蜘蛛の糸に拘束されて転がされているのが見つかる。
衛兵達ももうよく分かっているので、そのまま捕縛し尋問しているらしい。
今のところカエデが捕まえた者は、100パーセントの確率で犯罪者なので、ボルトン辺境伯からも感謝されているそうだ。
教会の敷地に侵入した男達。まあ、盗賊達って言ってもいいかな。その男達を全員縛って拘束したタイミングで、教会から年配のシスターが出て来た。
「使徒様、お怪我はありませんか?」
「ああシスターさん。大丈夫ですよ。あと申し訳ないですが、明日の朝衛兵に報せてもらえますか」
「勿論です。善意の冒険者様に助けて頂いたと言っておきます」
「ありがとうございます」
使徒様や神使様呼びは辞めて欲しいけれど、それを言い始めると話が進まないので、用件だけ手短に伝える。
盗賊達を一纏めに積んで、教会をあとにし合流地点へと向かう。その間、広域察知で怪しい動きをする者が居ないか索敵しながら進んだので、合流地点に着いたのは僕が最後だった。
「よぉ、遅かったなタクミ」
「ライルさんもお疲れ様です」
「ねぇ、早く聖域に帰りましょう。話し合いは騎士団の会議室でも大丈夫でしょう。レディに夜更かしさせないでよね。肌が荒れるじゃない」
「わ、分かったよ。みんな近くに集まってくれるかな」
深夜なのに元気一杯のライルさんが手をヒラヒラさせて声を掛けてきた。久しぶりの冒険者っぽい仕事が楽しかったみたいだ。それとは対照的に、アカネの機嫌は良くなさそうだ。話し合いなら帰ってから出来るだろうと、今すぐ帰る事を主張してきた。
僕も夜に働かせている自覚はあるので、ここは逆らわずにみんなを僕の近くに集める。
「じゃあ、転移します」
全員が揃った事を確認して、僕は聖域へと転移する。
ごっそりと魔力が消費される感覚に、ウッと声を出しそうになるのを我慢して……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
派遣されるメンバーが集まる中、一人やたらとテンションが高い人がいる。
「いやぁー、冒険者時代の装備を処分しなくてよかったぜ!!」
「落ち着けライル。ダンとマッド、ビルは大丈夫だろうが、新人も引率しないといけないんだぞ。そんなに浮かれてちゃ、お前に任せるのが不安になってくる」
「……」
一人テンションが上がって、はしゃぎ気味なのは、元冒険者パーティー『獅子の牙』の斥候職ライルさんだ。
初めて会ってから結構経つけれど、ライルさんは少しも変わらない。いつもの軽いライルさんだ。まぁ、僕的には逆に安心感を覚えるんだけどね。
とはいえ、他のメンバーの手間、獅子の牙でもリーダーだったヒースさんが注意して、ボガさんも頷いている。ボガさんが無口なのも昔から変わらずだ。
「任務は理解しているが、騎士鎧以外を装備するのはどうかと思うでござるよ」
「ダン、それは我慢でござる。某も聖域騎士団の鎧にプライドがあるが、ここは任務と割り切るでござる」
「そうそう。マッドの言う通りでござるよ。拙者達を信頼しているからこその重要な任務でござるよ。目立たない革鎧でも我慢でござる」
「むぅ」
違う場所では、聖域騎士団の初期から加入していて、とびきり変わり者の三人組。ダン君、マッド君、ビル君だ。口調が少し変だけど、とても良い青年達なんだけどね。
このダン、マッド、ビルの三人と新人三人を、ヒースさん達が一人ずつ率いてスリーマンセルで動いてもらう。
ライルさんのチームは少し心配だけど、新人を含めて実力だけは問題ないので、なんとかなるかな。
「じゃあ、行って来るよ」
「「「いってらっしゃいませ」」」
「「「パパー! いってらっしゃーい!」」」
ソフィア達とエトワール達に声を掛けて、サマンドール王国へと転移する。
人気のない場所に無事に到着し、僕はすぐにマナポーションを飲む。さすがにこの人数を一度にまとめて転移させるのは魔力がきつい。
「ふぅ。さすがに僕でもきついな」
「ほぉ、ここがサマンドール王国か。なあヒース、確か『獅子の牙』の頃何度か来たよな?」
「護衛依頼で何度かな」
「……三回だ」
僕がマナポーションを飲み干していると、ライルさんが周辺を見回してヒースさん達と話している。どうやらライルさん達は『獅子の牙』の頃に、護衛依頼でサマンドール王国を訪れた事があるようだ。まあ、こんな人里離れた場所までは来ないだろうけど。
ポーション瓶を収納した僕に、地図を拡げたヒースさんが話し掛けてきた。
「それでタクミ、それぞれが担当する地域なんだが……」
「ひょっとして、実はヒースさんもテンション高めですか?」
「……ちょっとだけな」
普段、冷静な大人でリーダーシップを発揮するヒースさんの声を少しだけ張っているような気がして、実はヒースさんもテンションが高めなのか聞いてみると、少し照れくさそうに頷いた。冒険者時代に戻ったみたいな気持ちなのかな。
ヒースさんがマジックバッグからグライドバイクを取り出し、問題がないかチェックしながらライルさんとボガさんに声を掛けた。
「さて、ライル、ボガ、グライドバイクのチェックはOKか?」
「勿論、大丈夫だぜ」
「……ああ」
「光学迷彩の魔導具と気配隠匿の外套が有るので大丈夫だとは思いますけど、なるべく気配を抑えてくださいね」
「「「了解」」」
ここからの移動には、聖域騎士団に配備されたサイドカー付きのグライドバイクを使用する。大丈夫だとは思うけど一応、気配を抑えてもらうよう言っておく。
今回、ヒースさん達がサマンドール王国内の移動するのに、グライドバイクを使うと決めたんだけど、それに合わせてウラノスにも搭載している光学迷彩の魔導具と、更に気配の隠匿が可能な外套を用意した。このグライドバイクは、子供用のオモチャのようなもの以外、少数をバーキラ王国の近衛騎士団に卸したのみで、基本的にグライドバイクは売っていない。だからサマンドール王国で目立つのは避けたいんだ。
そうまでしてグライドバイクを使うのにも理由はある。グライドバイクは、地面から浮いているので道を選ばないし、音が静かなので光学迷彩の魔導具を起動すれば、ほぼ秘密裏に活動可能なんだ。
3台のグライドバイクに乗り、ヒースさん達がそれぞれの受け持つ地域へと向かった。基本的な行動方針としては、創世教の教会へのキュアイルニスポーションの在庫確認と足りない場合の補充。それが必要ない教会へは巡回警備になる。
昨日の会議で、狙われている教会のアタリはつけてあるので、そこを警戒しながら襲って来るのを待つ事になる。
どうして狙われている教会が分かるのかと言うと、シルフやウィンディーネ、ドリュアスやセレネー、ニュクスやノームにサラマンダーと、大精霊の眷族の耳目から逃れられる場所は、そうそうこの世界に存在していないからだ。
勿論、強力な精霊除けの結界の魔導具を使えば、中級以下の精霊を排除可能だけど、そんな精霊除けの魔導具なんて、ユグル王国にしかないだろう。
「じゃあ私とルルは、ウラノス使うわね」
「うん。気を付けてね」
「ルルにお任せニャ!」
アカネはルルちゃんとウラノスで飛び立つ。
「さて、僕達も行こうか」
「了解、マスター。カエデは、亜空間に入ってるね」
僕もアイテムボックスから自分のグライドバイクを取り出し跨る。
聖域騎士団のグライドバイクは、サイドカー付きで本体も軍用だからごついデザインだけど、僕のは近未来的なデザインだ。かっこいいけど凄く目立つ。だから僕のグライドバイクにも急遽、光学迷彩の魔導具を取り付けた。
あとは僕自身の隠密スキルと認識阻害を付与したいつもの外套で万全だ。
今回、結局この五チームでサマンドール王国やバーキラ王国の盗賊対策を行う。
サマンドール王国の盗賊退治は、完全に教会のサポートの次いでだけど、被害に遭うのが真面目な神官や孤児院の子供とくれば、見て見ぬふりは出来ないからね。一応、僕はノルン様の使徒らしいし。
◇
聖域騎士団用にカスタマイズされたグライドバイクが、音も無く町の外に止まる。
ライルは、グライドバイクをマジックバッグに収納すると、ニヤリと抑えきれない笑みを溢す。
「ライル隊長、嬉しそうでござるな」
「ああ、久しぶりの冒険者っぽい仕事だからな」
「お二人は平気なんですか? 僕は緊張でお腹が痛いです」
ダンがにやけるライルに話し掛ける。それを見ている新人騎士は緊張で顔色が悪い。
「落ち着け。お前も新人とはいえ、魔大陸での訓練も経験済みなんだ。そこいらの盗賊や冒険者崩れなんぞ楽勝だ」
「サム、何事も平常心が大事でござるよ。明鏡止水を心掛けるでござる」
「は? はい」
初の遠征任務に、緊張で顔色が悪い新人のサムに、ライルがいつもと変わらない軽い感じで、盗賊如き楽勝だと緊張をほぐす。ダンも明鏡止水などと、本人も分かっているのか分からない言葉でアドバイスし、サムも多少マシになったのか、ぎこちない笑顔をみせた。
三人は一先ず教会を訪れ、聖域騎士団である事を証し、キュアイルニスポーションの在庫は十分かの確認と、熱病の拡がり具合を聴き取る。
「この町は、なんとか流行を抑えられてるって思ってOKですか?」
「はい。聖域の教会本部から早い段階で報せがありましたし、ポーションやその素材の援助もありました。それとこの教会には、光属性魔法が使える者が二人居ますから」
「へぇ、この規模の町で光属性の魔法使いが二人もなんて珍しい。じゃあ、キュアイルニスポーションの在庫は大丈夫そうですね」
「ええ。熱病の流行が収まるまでは十分保ちそうです」
ライルが神官から聞いたところ、この町はなんとか熱病の拡がりを抑え込めている。神官の中に、光属性魔法の使い手が二人居る事で、キュアイルニスポーションの消費も少なく、教会の在庫は十分あるという。
ただ、その神官の話を聞いたライルの表情が一瞬鋭くなる。
教会から出て来たライルに、外で警戒していたダンとサムが近寄り、神官との話の内容を聞く。
「ポーションの在庫が十分あるんだったらよかったですね」
「バカ、だから危ないんだよ。さすが精霊だな。情報は確かだ」
「そうでござるな」
話を聞いたサムが、この町は問題なさそうでよかったと言うのを、ライルがサムの頭を叩き、精霊の情報には間違いなかったと感心し、ダンもそれに同意して頷いている。一人訳の分からないサムが困惑する。
「えっ、えっ? 熱病の流行は抑えられていて、ポーションの在庫も大丈夫なんですよね?」
「だからだよ。普段でも高価なキュアイルニスポーションが、熱病の拡がりで不足気味なんだ。その値段は、上がる事はあっても下がる事はない。バカどもが、そんなポーションが豊富に備蓄してあるって知ったらどうする」
「はっ!? 奪いに来る!」
「そうだ」
ライルに説明されてやっと納得したサムの表情が引き締まる。新人とはいえ、聖域騎士団の団員だ。ノルンを奉じる創世教の教会を襲うなど許してはおけないのだろう。
「精霊からの情報じゃ襲撃は今夜だ。殺さないように暴れるぞ」
「ライル隊長、重要な任務でござる。暴れるではないでござるよ」
「お前は固いな。教会を襲うゲドウな盗賊なんぞ、ぶっ殺してもいいってところを、殺さずに生かしてやるんだ。俺達がストレス発散しても何の問題もないよ」
「……それもそうでござるな」
「えっ、いいんですか?」
暴れられるとウキウキなライルに注意したダンだが、ライルに簡単に言い包められ、相手が教会を襲うような外道なら、自分達のストレス発散に使ってもいいかと意見を変える。サムが、それでいいのかと困惑しているが、この世界の盗賊に対する扱いは、基本デッドオアアライブ(生死不問)だ。多くの場合、わざわざ生かす努力などしない。今回は、聖域騎士団の団員と盗賊との実力差があり過ぎるくらいあるのと、女神ノルンの神託により動いているので、出来るだけ人死にを出さない方針だというだけだった。
その為にわざわざメンバー全員分の雷魔法を付与した武器をタクミが用意したのだから、あとはライルが多少はっちゃけようが問題ない。
日が暮れ始めた頃、夜空の月が大地を照らす。
魔導具の灯りは有るものの、サマンドール王国はバーキラ王国ほど一般に普及していない。しかも、此処はそれ程大きな町ではないので、夜になると闇に覆われる。
ただ、この世界の人達は月の灯りを十分な明るさと認識している。さすがに月の無い闇夜はこの世界の人でも、夜目系のスキルが無ければ灯りを持たずには歩けないだろうが、今日のような満月に近い日は、灯りが無くても大丈夫だった。
夜の教会へとコソコソと近付く複数の気配。
(で、予想通り来たってわけだ)
(本当に教会を襲うのでござるな。驚きでござる)
(ライル隊長、ダン先輩、僕は裏から周りますね)
(おう、ドジ踏むんじゃないぞ)
(気を付けるでござるよ)
盗賊が襲うなら明るい月夜だろうと、見張っていたライルとダン、サムの三人。
そしてその予想通り過ぎる展開に、ライルが盗賊達はバカにしたような目を向ける。
ダンは、本当に女神ノルンを奉じる創世教の教会を襲う盗賊達が居た事に少し驚いていた。
サムはといえば、二人ほど余裕がないので、自分に与えられた役割を全うしようと、盗賊の逃げ道を塞ぐ為に移動する。
やがて教会の門を避け、壁際を移動する複数の男達。これから盗みに入るというのに、緊張感なく話しながら歩いている。
「おい。本当にキュアイルニスポーションが山ほど有るんだよな」
「しっ、声を落とせ。心配するな。情報の元は此処の領主だ」
「お貴族様かよ。分け前は?」
「半分だ」
「チッ、情報だけで半分も持って行くのか」
「金に汚いこの国の貴族らしいじゃねぇか。それに孤児院のガキを何人か攫って売れば、十分儲けになる」
「それもそうか。貴族相手に欲をかくと碌な事がねえしな」
この男達は、この町の領主から情報を得て教会を襲うに至ったようだ。それを聞いたライル達の表情が抜け落ちる。特にダンは、子供達を攫って売ると聞き、こめかみに血管が浮く程怒っていた。
(ダン、殺すなよ)
(……分かってるでござる)
ライルが一応、手加減を忘れないよう隣で怒気を滲ませるダンに釘を刺す。
そうこうしているうちに、男達が塀を乗り越えようと手を掛ける。
「表から門を通れば楽なのによ」
「神官も含めて全員殺すなら、表から押し入ってもいいが、逃げられたり騒がれると、さすがに不味いからな」
「そりゃそうか。衛兵は俺らを見れば、問答無用で殺しにくるわな」
「そういう事だ。人目にはなるべくつかない方がいい」
さすがに男達も神官と孤児院の子供を皆殺しにする度胸はなかったようだ。それはそうだ。神や精霊が身近なこの世界、教会を襲うなどという暴挙はまずない。今回、疫病の大流行で教会に高価なキュアイルニスポーションが確保されているとしても、普通の感覚なら盗みに入るなどあってはならないのだが……
一人、二人と盗賊達が塀を越え、全員が教会の敷地に入ったところで、ライルが声を掛けた。
「はい。教会への侵入確定。お前ら全員、有罪だ」
「なっ!?」
「誰だ!」
冒険者崩れなのか、兵士崩れなのか分からないが、十二人の男達は突然声を掛けられパニックになる。
ただ、その場に居たのがライルとダンの二人だけだったので、直ぐに気持ちを切り替え、目撃者であるライルとダンの始末する事を決める。
「おぅ! たった二人だ。さっさと始末して、ポーションをいただくぞ!」
「おう!」
「おらっ! 死にさらせ!」
たった二人と知り、パニックが怒りに変わり、ライルとダンに襲いかかる。
「ほれ」
ドガッ!
「ギャ!」
襲い来る盗賊の一人をライルが回し蹴りで吹き飛ばす。
「フンッ!」
ドガッ!
「グァッ!」
ダンも雷魔法を付与した武器を忘れたように、太く鍛えられた腕を振り、ラリアットで盗賊を吹き飛ばす。
「クソッ! 回り込め!」
「ガキか神官を人質にとるぞ!」
何人かがライルとダンを避けて教会へと向かおうとする。
「グハッ!」
そのうちの一人が吹き飛ばされる。
「行かせるわけないだろう!」
「まだ居やがった!」
「ギャァ!!」
サムが現れ殴り飛ばし、ロングソード程の長さの棒を振るい電撃により気絶させる。
「おおっ、そういや、それがあったな」
「忘れてたでござる。使わないとイルマ殿とレーヴァ殿に悪いですな」
サムが盗賊を電撃で気絶させていくのを見たライルとダンが、今思い出したのか電魔法を付与した武器を取り出し使い始めると、全ての盗賊が気絶し倒れるのに時間は掛からなかった。
腰に吊るしたメイスを封印し、そのメイスと同じくらいの長さの棒を振るい、巨体のボガが盗賊を昏倒させていく。
「ボガ隊長、これで全員でござる」
「……ご苦労。手分けして縛り上げるぞ」
「了解でござる!」
「了解です!」
ビルがボガに盗賊全員を倒した事を報告すると、ボガは用意してあった捕縛用の縄で縛るよう指示を出し、自らも一人一人きつく縛り上げていく。
「……タクミ達と合流してから相談だな」
「……でござるな」
「……それはともかくこいつらを運ぶぞ」
「「了解」」
ボガとビルは、昏倒する盗賊達を見ながら、何か思うところがあるのか何かを考え込んでいたが、今は盗賊を街の衛兵に引き渡すのが先決だと、ボガは一人で五人の盗賊を何でもないように担ぎ上げ、ビル達もそれに倣う。魔大陸の高難易度ダンジョンで訓練する聖域騎士団の騎士ならこの程度出来て当然だった。
また別の街では、ヒース率いるチームが盗賊達を捕縛してゆく。
「ヒース隊長、棒術もなかなかでござるな」
「戦斧じゃ、どう手加減しても無事じゃ済まないからな」
マッドが、雷魔法が付与された棒を巧みに操るヒースに賛辞の言葉を送るが、ヒースとしては苦肉の選択だった。
冒険者時代から騎士団に所属してからも、ヒースの得物は一貫して巨大な戦斧だ。他の騎士団ならあり得ないかもしれないが、聖域騎士団はその辺り縛りは緩い。一応、ロングソードが支給されるが、何を使うかは自由だった。
そしてその自前の戦斧をヒースが使用すると、どう上手く手加減しても盗賊程度なら高確率で死亡するだろう。
転がる盗賊達を見下ろし、眉間に皺を寄せるヒース達。
「……あきらかに盗賊じゃないのも混ざってるな」
「貴族の私兵でござる」
「おっ、マッドはさすが実家が貴族だけあるな」
「やめてほしいでござる。某の家は、ほぼ平民と変わらぬ男爵家でござる。貴族などと恥ずかしくて言えないでござるよ」
ヒースとマッドは、盗賊の中に違和感を感じていた。マッド曰く貴族の私兵。ダンやマッド、ビルのサムライ言葉三人組みは、下級貴族の出身なので、その推測は当たっているかもしれない。
「まぁ、どちらにしても、タクミ達と合流してからだな」
「そうでござるな」
その後、ヒースは教会に縛り上げた盗賊達の後始末(衛兵への連絡)を神官に頼み、タクミ達と合流する予定の場所まで戻るのだった。
ここは冒険者ギルドの出張所が置かれている程度の少し大きめの村。創世教の教会も在り、近隣の村々をカバーする為に教会本部から送られてきたキュアイルニスポーションの備蓄も十分有る。
そんな細やかな事情をどこから嗅ぎつけたのか、教会へと迫る人影があった。
バシュ! ビリッ!
ドサッ!
バシュ! バシュ! バシュ!
ドサッ! ドサッ! ドサッ!
ただ、誰何する事なく、問答無用でテーザーガンをモデルにタクミが作った魔導具から、連続で雷撃を放つのは、鼻を抑えたアカネとルル。
「くっさいのよ!」
「ほんとニャ! 臭くて近付きたくないニャ!」
月明かりが明るい夜とはいえ、教会に徒党を組んで訪れる者は普通ではない。ただ、見るからに不潔そうな男達に、アカネとルルは我慢が出来なかった。
「どうして盗賊って、漏れなく不潔で臭いのかしら」
「ルルは種族柄、鼻が良いからこいつらの相手は地獄ニャ!」
「そうよねぇ」
とはいえ、相手がほぼ確実に盗賊だとしても、声を掛ける事もなく、問答無用に撃ちまくるとはどうかと思う。
二人は、縛る為に近付くのも嫌だったようで、直ぐに冒険者ギルドに人を走らる。
僅かに駐屯する衛兵と冒険者が駆け付け、全員を拘束して連れて行く頃には、アカネとルルの姿はそこにはなかった。
◇
僕は教会の敷地内で、一人気配を消して待っていた。
(マスター、表門で待ってればいいの?)
(まあ、強盗に入るのに堂々と表玄関から来ないと思うけど、一応念の為ね)
(マスターの方から来たら、カエデもそっち行ってもいい?)
(いいよ。捕縛するのはカエデの方が上手だしね)
従魔のカエデとは念話で話せる。しかも僕達の中で一番の種族的なものを含め、隠密行動が得意なカエデは、その気なら盗賊の正面に立っていても気付かれずに居る事も可能だ。今日みたいな仕事はもってこいなんだ。
十人程の男達は、教会の塀を乗り越え侵入して来た。
(あっ、全員がマスターの方に行ったね)
(ほんと、何も考えていないみたいだね)
全員が真っ直ぐにポーションが保管されている倉庫を目指している事に、呆れると共にこれで領主の関与が濃厚になった。
幾つか在る倉庫の中でも、この倉庫にキュアイスニルポーションが保管されている事を知っているのは、この教会の関係者とそれとなくキュアイルニスポーションの情報を探ってきた領主の関係者くらいだ。
神官さんには、わざと情報を漏らすよう言ってあった。これは盗賊を釣り上げるのと同時に、領主の関与を調べる意味もあったんだ。
男達が近付いて来たタイミングで、気配を消すのをやめると、ギョッとしたように慌てて足を止める男達。
「なっ、なんだお前は!」
「いや、月夜に無断で教会の塀を乗り越えて侵入して来たあなた達の方が何だと聞きたいですけどね」
盗みに入って「なんだお前は?」はないと思う。余程びっくりして慌てたんだとは思うけど。
ただ、僕が一人と分かると男達はアイコンタクトを取り、腰の剣やナイフを抜き放った。
「一人でのこのこ出て来た自分の馬鹿さ加減を恨むんだな」
「ぶっ殺して見ぐるみ剥いでやる!」
剣も抜いていない丸腰の僕に、当たり前のように剣やナイフで襲いかかる。
剣やナイフを上段から振り下ろす男達。
ただ、一対多数の乱戦に於いて、同時に攻撃するには同志撃ちを避ける為に仕方ないのかもしれないけれど、倉庫を背に立つ僕に避け難い横薙ぎの攻撃がないのは、彼等が普段から連携など考えない盗賊だからか。少なくとも一人か二人は仲間との連携が大事だと分かっていないとダメなんだけどな。
「フッ」
ドンッ!
「グワァッ!!」
「ギャッ!」
「ウグッ!」
素早く斜めに踏み込み、死なないよう手加減しながら掌底を胴に叩き込む。わざと周囲を巻き込むような位置どりで攻撃したので三人一度にノックアウトできた。
バリッ!
手当たり次第に雷魔法で気絶させる。体術での手加減よりも、雷魔法の方が簡単に加減ができるから楽だ。最初から、これでいけばよかったな。
ドサササッ!!
「弱過ぎだよね」
「カエデからすれば、大抵の人間は五十歩百歩だと思うよ」
僕が半分ほどノックアウトする間に、カエデが残りを始末してくれた。
カエデの糸で拘束され、しかも麻痺毒で動けない男達。この手の盗賊を制圧するなら、多彩な糸を操るカエデが一番だな。
カエデは、今でもボルトンやウェッジフォートを、個人的にパトロールしているみたいで、よく蜘蛛の糸に拘束されて転がされているのが見つかる。
衛兵達ももうよく分かっているので、そのまま捕縛し尋問しているらしい。
今のところカエデが捕まえた者は、100パーセントの確率で犯罪者なので、ボルトン辺境伯からも感謝されているそうだ。
教会の敷地に侵入した男達。まあ、盗賊達って言ってもいいかな。その男達を全員縛って拘束したタイミングで、教会から年配のシスターが出て来た。
「使徒様、お怪我はありませんか?」
「ああシスターさん。大丈夫ですよ。あと申し訳ないですが、明日の朝衛兵に報せてもらえますか」
「勿論です。善意の冒険者様に助けて頂いたと言っておきます」
「ありがとうございます」
使徒様や神使様呼びは辞めて欲しいけれど、それを言い始めると話が進まないので、用件だけ手短に伝える。
盗賊達を一纏めに積んで、教会をあとにし合流地点へと向かう。その間、広域察知で怪しい動きをする者が居ないか索敵しながら進んだので、合流地点に着いたのは僕が最後だった。
「よぉ、遅かったなタクミ」
「ライルさんもお疲れ様です」
「ねぇ、早く聖域に帰りましょう。話し合いは騎士団の会議室でも大丈夫でしょう。レディに夜更かしさせないでよね。肌が荒れるじゃない」
「わ、分かったよ。みんな近くに集まってくれるかな」
深夜なのに元気一杯のライルさんが手をヒラヒラさせて声を掛けてきた。久しぶりの冒険者っぽい仕事が楽しかったみたいだ。それとは対照的に、アカネの機嫌は良くなさそうだ。話し合いなら帰ってから出来るだろうと、今すぐ帰る事を主張してきた。
僕も夜に働かせている自覚はあるので、ここは逆らわずにみんなを僕の近くに集める。
「じゃあ、転移します」
全員が揃った事を確認して、僕は聖域へと転移する。
ごっそりと魔力が消費される感覚に、ウッと声を出しそうになるのを我慢して……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
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