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後日談百四十話 疫病の始まり
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ミルドガルド大陸の南に在る、サマンドール王国の最南端。この大陸でも一番の港があった。
様々な国との交易で成り立つサマンドール王国の交易路は海を越え、南に在る魔大陸へも及ぶ。
大陸全土が魔境と言われる魔大陸。
魔大陸には、六ヶ国の都市国家が存在し、サマンドール王国は、直接間接的を含め全ての国と交易をしている。
その窓口となっているのは、魔大陸の北に位置し、港を持つサキュバス族の女王フラールが治めるアキュロスがあり、そこに悪魔族で悪魔王と呼ばれるガンドルフのロドス、熊獣人の獣王グズルのバーガードや、鬼人族の鬼王ジャイールのシュミハザール、獅子人族の獣王ライバーのアトロポリス、虎人族の獣王ディーガのレーブンスタンからダンジョン産の素材や魔物素材が集まって来る。
クセの強い王達の中で、比較的穏やかなフラール女王のアキュロスが交易の窓口になっているお陰で、サマンドール王国は交易で大きな利を得ていた。
混沌とした魔大陸だが、智のフラール、賢のグズル、勇のガンドルフという比較的理性的な三人の王は、交易の利をよく分かっている。
サマンドール王国も、高品質な魔石など高位の魔物素材が豊富な魔大陸との交易は、今やサマンドール王国の生命線だった。
そんな事情もあり、魔大陸経由で疫病が流行すると神託があったとしても、サマンドール王国に交易を止めるという選択肢はなかった。
最初に熱病が発生したのは、サマンドール王国の港湾労働者だった。
獣王を見れば分かるように、魔大陸にも獣人族は多く居るが、ミルドガルド大陸に暮らす獣人族とは別の種族かと疑われるくらい、強靭な身体を持つので、疫病に罹っていても症状がないか、あっても微熱程度の事が多い。それが疫病の拡散に繋がる。
サマンドール王国にも肉体労働に従事する獣人族が居る。人族よりも身体能力が高く、熱病に罹っても重篤な状況になる可能性は低いが、人族の労働者やその家族はそうはいかない。
特に、お年寄りや子供、貧しくて栄養状態の悪い人達にとって、魔大陸からの熱病は命に関わる病いだった。
そんな中、懸命に疫病を抑え込もうと活動するのは創世教の神官達だ。
自分達が奉る女神ノルンの神託。創世教において最重要と位置づけられるのは当然。聖域やユグル王国などからキュアイルニスポーションやその素材が寄進され、人員も増員して疫病の流行に備えてきた。
最前線で患者を助ける者には、聖域やユグル王国産の精霊樹や世界樹を素材としたキュアイルニスポーションを予め飲む事が義務付けられた。
「街の状況はどうです?」
「完全な隔離が難しいので、封じ込めは難しいかと思います。この街の領主も協力的とは言えませんし……」
「既に旧シドニアやロマリア王国、バーキラ王国にも拡がっているかもしれません」
「そうですか。バルデビュート王に、国境の封鎖など進言しても無駄でしょうね」
「この国は、疫病の封じ込めに消極的ですから」
サマンドール王国に在る創世教の教会が連携し、なんとか疫病の封じ込めに動くも、領主どころか国王が協力的ではない為、結果疫病の封じ込めは出来なかった。
「しかし、キュアイルニスポーションやその素材が高値で売れるからと、疫病が流行るのを容認するとは、為政者としてどうかと思いますが、私達教会に属する人間が政治に口を出す訳にもいけませんからね」
「神光教はこのような時に、治癒の魔法の値段を上げたそうですよ」
「神に使える者がお金儲けに走るなど、嘆かわしい」
サマンドール王国は、この機会にトリアリア王国向けに、大量のキュアイルニスポーションを売り捌くつもりだ。どう考えても、被害を最小限に抑えようという気がない。
創世教の神官達は、溜息を吐くと忙しくサマンドール王国を周り救済の手を差し伸べる。
この国では、貧困層に手を差し伸べるのは、創世教くらいしかないのだから。
創世教の神官達が、必死に駆けずり回っている時、サマンドール王国のトップであるバルデビュート王はと言うと、宰相のモントレーから報告を受け上機嫌だった。
「陛下、港から疫病が流行り始めているようです。創世教の神官達が、封じ込めに必死なようですが、封じ込めは失敗したようですぞ」
「そうか! 神託は本当だったのだな」
自分の国で、疫病が流行り始めていると聞き、喜ぶバルデビュート王に、それがおかしいとも思わないモントレー。頭の中は、これで幾ら儲かるのか。それだけだ。
自国の国民に多くの被害が出れば、それは税を含めた国力の減少なのだが、目先の儲けに夢中のサマンドール上層部は、そんな事は思いもしていない。
「我らの分のキュアイルニスポーションは、十分確保してあるだろうな?」
「勿論でございます。ユグル王国産の効果の高いポーションを確保していますので、一ヶ月に一本飲めば、疫病の流行が終息するまで保つでしょう」
バルデビュートやモントレーは、平民が熱病に罹ろうと気にしない。自分達のキュアイルニスポーションは、高品質な物を十分確保してあるのだから。あとは、神託が降りてから掻き集めた素材やポーションをいかに高く売り付けるかということ。
実際、モントレーが予測するように、疫病の流行自体は、同盟三ヶ国や創世教の尽力により三ヶ月程で収束していくだろう。サマンドール王国としては、その間にいかに多く儲けれるかだけだ。
「なら、あとはトリアリア王国向けのポーション販売で、どれだけ儲けれるかだな」
「このところバーキラ王国やロマリア王国、ユグル王国にしてやられていましたからな。我が国は商業で成り立つ国。いつまでもやられっぱなしではいられませんぞ」
「ああ、トリアリア王国向けは、簡単な商いになるだろうが、旧シドニアやノムストル王国へも売り込みを忘れるなよ」
「勿論です。バーキラ王国やロマリア王国はいかが致しますか?」
「……利が薄いからな。バーキラ王国やロマリア王国に売るなら、国内で商う方が儲かるだろう」
「分かりました。では、そのように」
バルデビュートとモントレーは、国をあげて確保したポーションや素材の売り先を決めた。呆れる事に、このようなやり取りが、サマンドール王国のあちこちで行われている。
女神ノルンの神罰が落ちねばいいのだが……
それから時間も掛からず熱病が流行傾向にあるとの報が、バーキラ王国の王都バキラトスにもたらされる。
「むぅ、やはりと言うか、まぁ、そうなるだろうな」
「サマンドール王国ですからな」
サマンドール王国方面からの情報に、ロボス王と宰相のサイモンが眉間に皺を寄せる。
話の内容が内容だけに、ロボス王、宰相のサイモン、近衛騎士団の団長であるギルフォードといういつものメンバーでの話し合いだ。
「あやつら商業で成り立つ国だけあり、仕入れのルートや売り捌く能力はさすがだな」
「はい。我が国の貴族派が、同じようにポーションやその素材で儲けようとしたみたいですが……」
「まぁ、悲惨な結果だったな」
「ええ」
サマンドール王国は、独自のルートを持っている。そのお陰で、誰もがポーションの素材を掻き集める状況でも損をしないで儲けを出している。それに比べ、バーキラ王国の貴族派の中に、サマンドール王国と同じように儲けようとした家が幾つもあるのだが、結果は惨憺たるもので、借金を抱えて寄親に泣きつくしまつだ。
「あの馬鹿ども、多少痛い目を見るのは良いが、己の領内が荒れる程とは、馬鹿に付ける薬は無いな」
「まあランズリット公爵が何とかするでしょう。ランズリット公爵は金だけは持っていますから」
「貴族派が力を落とし過ぎるのも問題だからな」
ロボスも大陸規模での疫病の流行を前に、まさか国内の貴族家が幾つも借金まみれになるとは思っていなかった。
ただ、貴族派の旗頭であるランズリット公爵は、本人の能力はともかく家柄は勿論、領地も広く豊かだ。代々溜め込んだ財宝も公爵の名に恥じぬ質と量を持つ。参加の貴族の中にも高利貸しのような副業をもつ家もあるので、そうそう借金で困窮するという事はないだろう。
だが、貴族派が力を落とし過ぎるのも、ロボスやサイモンとしては望んでいない。国王派と中立派のみになってしまうと、自分の代は問題ないだろうが、次代で舵取りを間違うと国を傾けかねない。
「まあ、あんなのでも王家と血が繋がってるんだ。自分の派閥くらい維持するだろう」
「彼の方が王家との血の繋がりが分かるのは、髪の毛の色くらいですがね」
「息子も馬鹿っぽいしな。まぁ、あのくらいで丁度いいのかもしれないがな」
腐っても派閥の長で公爵だ。自身の派閥の維持くらいは大丈夫だろうと思いたいロボスとサイモンだった。
◇
ノルン様の神託から半年経とうとしていた。そんな時、その情報は風の大精霊シルフから報された。
「タクミ、サマンドール王国で熱病が流行り始めてるわ」
「はぁ、とうとう始まったか」
何時ものように、唐突に姿を現したシルフが、何時もと違う真面目な表情で、疫病の流行が始まった事を教えてくれた。
ノルン様の神託だからハズレる事はありえない。
僕としては、とうとう始まったか。としか言えない。この半年、バーキラ王国やロマリア王国、ユグル王国や創世教とも連携して、疫病の対策に奔走していたんだけど、トリアリア王国は別にして、サマンドール王国も万全に対策を打てたとは言えない。
バーキラ王国とその同盟三国と、その三カ国が復興支援している旧シドニア神皇国は大丈夫と言えるくらい、国と創世教と冒険者ギルドなんかが頑張ってくれたんだけど、サマンドール王国はそうじゃないんだよね。
あの国は、どこまで行っても金儲けが一番にくるみたいだ。国民の生命よりも、自分達の商機が大事らしい。国のトップである王からそんなだもんな。
あとノータッチという事では、ノムストル王国もなんだけど、そこはさすがドワーフ、ほぼ心配しなくても大丈夫みたいだ。人族なんかとは比べものにならないくらい頑丈な種族なんだよね。サラマンダーやノームもドワーフは心配する必要はないって言ってた。まあ、一応ある程度の量のキュアイルニスポーションは備蓄したようだけど、他国と比べると圧倒的に少なくて済むらしい。
で、とうとうノルン様の神託とおりに熱病の流行がサマンドール王国で確認されたらしい。
「封じ込めてくれたらありがたいんだけど……」
「まぁ、無理よね」
「だよね」
僕の願望はあっさりシルフに否定される。まあ、僕も無理だとは分かっている。
伝染病への対処は、発病者の隔離が基本的なのはこの世界でも変わらないのだけれど、それが徹底されるかどうかは別だ。
バーキラ王国やロマリア王国、旧シドニア神皇国では、この半年である程度大きな町には、患者を隔離して治療する場所を用意して、可能な限りの準備をしてきたけれど、サマンドール王国やトリアリア王国がそんな事する訳もなく、隔離して疫病を封じ込めようなんて意識もないんじゃないかな。多分、一度患者が出てしまうと、いかに亡くなる人を減らすかを僕達も考えないといけない。
「神光教の教会は、相変わらず高額のお布施を要求するんでしょう?」
「サマンドール王国にも創世教の教会が在るのが救いだよ。神光教はねぇ……。あそこはあれだけ信者を減らしているのに、いまだにお金持ちしか助けないなんてバカだよね」
「まあ、それも人間の本質よ。タクミの周りは人に恵まれているのよ。これもノルン様のご加護のお陰かもね」
「かもね」
バーキラ王国やロマリア王国ではほぼ撤退したけれど、サマンドール王国とトリアリア王国にはまだ神光教の教会が在る。活動の状況は、邪精霊アナト無き今も変わらない。高額のお布施を要求し、浄化や治療を請け負っている。
特にトリアリア王国では、創世教を排除して神光教を国教にしている事もあって、いまだにしぶとく生き残っている。創世教は、種族間の差別をしないのに、神光教とトリアリア王国は人族至上主義だからね。
サマンドール王国は、トップである王以下、貴族達もほぼ商売人だ。穀倉地帯を領地とする者や、工業を売りとしている領地もあるみたいだけど、基本的に魔大陸やトリアリア王国、ノムストル王国などとの交易で儲けている。今回の疫病の流行も、商機だと儲けに走っている貴族も多いんだろう。
「僕はサマンドール王国では、あまりおおっぴらに動けないんだよな」
「あら、どうして?」
「新婚旅行で色々と周った時に、サマンドール王国にも行ったんだけど、向こうの貴族と揉めた事があるんだよね」
「あら、さすがにもう大丈夫じゃない。以前ならいざ知らず、今は聖域の管理者で精霊樹の守護者って知れ渡っているわ。しかもノルン様の使徒だって知っている人もそれなりに居るわよ」
「まぁ、酷くなりそうなら行くかもね」
実は僕はサマンドール王国には余り良い思い出がない。サマンドール王国の全ての商人や貴族が、皆んな同じだとは思っていないけれど、たいした事はなかったけれど理不尽に襲われたからね。
まあ、それでもあの国で苦しむのは一般の国民なんだよな。以前からそんな傾向があったみたいだけど、近年、富裕層と貧困層の差が大きくなっているらしいから。
バーキラ王国じゃ国や領主が国民を掬い上げるセーフティネットが布かれている。創世教の運営する孤児院や治癒院も、国や領主、商人からの寄付で運営されているからね。
各派閥により手厚かったり、そうでなかったりするけれど、それでもここ十年くらいで大都市のスラムが減っているのもあって、サマンドール王国のように、国民を放ったらかしになんてしない。
あとサマンドール王国の貴族は別にして、バーキラ王国やロマリア王国では、貴族が教会なんかに寄付するのは派閥に関係ないそうだ。
ランズリット公爵みたいな貴族派の人達も、財政状況に関係なく寄付はするみたい。まあ、理由は見栄を張る為だから、気持ち的にはどうかと思うけど、お金に罪は無いしね。
「サマンドール王国の田舎を中心に見て周った方がいいかもね」
「バーキラ王国やロマリア王国も貴族派や中立派の領内で、教会に余力がない場所は、タクミが周った方がいいかもよ」
「そうだね。国王派の貴族は、ポーションを買えない人には無料で提供するみたいだけど、貴族派や中立派は、さすがにぼったくる事はないだろうけど、タダじゃポーションを提供したくないだろうしね」
聞いた話によると、ロボス王は基本的にポーションが買えない者には、費用は国で負担するので、ポーションを無料で提供するように指示を出している。貴族派と中立派が、その指示に従ってくれるといいな。
「取り敢えず、大都市を避けて地方の村や街を周ろうかな」
「いいんじゃない。ただ、行くのが面倒ね」
「そうなんだよな。一度も行った事のない場所には転移出来ないからね。ウラノスでコソッと行くしかないかな」
「頑張って!」
サマンドール王国の各地にヘルプに行くのはいいんだけど、シルフが言うように少し面倒なんだよな。転移魔法は、知らない場所へは行けないから。仕方ないからウラノスでこっそりと行くしかない。
さて、大量に作ったキュアイルニスポーションをアイテムボックスに収納しておこう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
様々な国との交易で成り立つサマンドール王国の交易路は海を越え、南に在る魔大陸へも及ぶ。
大陸全土が魔境と言われる魔大陸。
魔大陸には、六ヶ国の都市国家が存在し、サマンドール王国は、直接間接的を含め全ての国と交易をしている。
その窓口となっているのは、魔大陸の北に位置し、港を持つサキュバス族の女王フラールが治めるアキュロスがあり、そこに悪魔族で悪魔王と呼ばれるガンドルフのロドス、熊獣人の獣王グズルのバーガードや、鬼人族の鬼王ジャイールのシュミハザール、獅子人族の獣王ライバーのアトロポリス、虎人族の獣王ディーガのレーブンスタンからダンジョン産の素材や魔物素材が集まって来る。
クセの強い王達の中で、比較的穏やかなフラール女王のアキュロスが交易の窓口になっているお陰で、サマンドール王国は交易で大きな利を得ていた。
混沌とした魔大陸だが、智のフラール、賢のグズル、勇のガンドルフという比較的理性的な三人の王は、交易の利をよく分かっている。
サマンドール王国も、高品質な魔石など高位の魔物素材が豊富な魔大陸との交易は、今やサマンドール王国の生命線だった。
そんな事情もあり、魔大陸経由で疫病が流行すると神託があったとしても、サマンドール王国に交易を止めるという選択肢はなかった。
最初に熱病が発生したのは、サマンドール王国の港湾労働者だった。
獣王を見れば分かるように、魔大陸にも獣人族は多く居るが、ミルドガルド大陸に暮らす獣人族とは別の種族かと疑われるくらい、強靭な身体を持つので、疫病に罹っていても症状がないか、あっても微熱程度の事が多い。それが疫病の拡散に繋がる。
サマンドール王国にも肉体労働に従事する獣人族が居る。人族よりも身体能力が高く、熱病に罹っても重篤な状況になる可能性は低いが、人族の労働者やその家族はそうはいかない。
特に、お年寄りや子供、貧しくて栄養状態の悪い人達にとって、魔大陸からの熱病は命に関わる病いだった。
そんな中、懸命に疫病を抑え込もうと活動するのは創世教の神官達だ。
自分達が奉る女神ノルンの神託。創世教において最重要と位置づけられるのは当然。聖域やユグル王国などからキュアイルニスポーションやその素材が寄進され、人員も増員して疫病の流行に備えてきた。
最前線で患者を助ける者には、聖域やユグル王国産の精霊樹や世界樹を素材としたキュアイルニスポーションを予め飲む事が義務付けられた。
「街の状況はどうです?」
「完全な隔離が難しいので、封じ込めは難しいかと思います。この街の領主も協力的とは言えませんし……」
「既に旧シドニアやロマリア王国、バーキラ王国にも拡がっているかもしれません」
「そうですか。バルデビュート王に、国境の封鎖など進言しても無駄でしょうね」
「この国は、疫病の封じ込めに消極的ですから」
サマンドール王国に在る創世教の教会が連携し、なんとか疫病の封じ込めに動くも、領主どころか国王が協力的ではない為、結果疫病の封じ込めは出来なかった。
「しかし、キュアイルニスポーションやその素材が高値で売れるからと、疫病が流行るのを容認するとは、為政者としてどうかと思いますが、私達教会に属する人間が政治に口を出す訳にもいけませんからね」
「神光教はこのような時に、治癒の魔法の値段を上げたそうですよ」
「神に使える者がお金儲けに走るなど、嘆かわしい」
サマンドール王国は、この機会にトリアリア王国向けに、大量のキュアイルニスポーションを売り捌くつもりだ。どう考えても、被害を最小限に抑えようという気がない。
創世教の神官達は、溜息を吐くと忙しくサマンドール王国を周り救済の手を差し伸べる。
この国では、貧困層に手を差し伸べるのは、創世教くらいしかないのだから。
創世教の神官達が、必死に駆けずり回っている時、サマンドール王国のトップであるバルデビュート王はと言うと、宰相のモントレーから報告を受け上機嫌だった。
「陛下、港から疫病が流行り始めているようです。創世教の神官達が、封じ込めに必死なようですが、封じ込めは失敗したようですぞ」
「そうか! 神託は本当だったのだな」
自分の国で、疫病が流行り始めていると聞き、喜ぶバルデビュート王に、それがおかしいとも思わないモントレー。頭の中は、これで幾ら儲かるのか。それだけだ。
自国の国民に多くの被害が出れば、それは税を含めた国力の減少なのだが、目先の儲けに夢中のサマンドール上層部は、そんな事は思いもしていない。
「我らの分のキュアイルニスポーションは、十分確保してあるだろうな?」
「勿論でございます。ユグル王国産の効果の高いポーションを確保していますので、一ヶ月に一本飲めば、疫病の流行が終息するまで保つでしょう」
バルデビュートやモントレーは、平民が熱病に罹ろうと気にしない。自分達のキュアイルニスポーションは、高品質な物を十分確保してあるのだから。あとは、神託が降りてから掻き集めた素材やポーションをいかに高く売り付けるかということ。
実際、モントレーが予測するように、疫病の流行自体は、同盟三ヶ国や創世教の尽力により三ヶ月程で収束していくだろう。サマンドール王国としては、その間にいかに多く儲けれるかだけだ。
「なら、あとはトリアリア王国向けのポーション販売で、どれだけ儲けれるかだな」
「このところバーキラ王国やロマリア王国、ユグル王国にしてやられていましたからな。我が国は商業で成り立つ国。いつまでもやられっぱなしではいられませんぞ」
「ああ、トリアリア王国向けは、簡単な商いになるだろうが、旧シドニアやノムストル王国へも売り込みを忘れるなよ」
「勿論です。バーキラ王国やロマリア王国はいかが致しますか?」
「……利が薄いからな。バーキラ王国やロマリア王国に売るなら、国内で商う方が儲かるだろう」
「分かりました。では、そのように」
バルデビュートとモントレーは、国をあげて確保したポーションや素材の売り先を決めた。呆れる事に、このようなやり取りが、サマンドール王国のあちこちで行われている。
女神ノルンの神罰が落ちねばいいのだが……
それから時間も掛からず熱病が流行傾向にあるとの報が、バーキラ王国の王都バキラトスにもたらされる。
「むぅ、やはりと言うか、まぁ、そうなるだろうな」
「サマンドール王国ですからな」
サマンドール王国方面からの情報に、ロボス王と宰相のサイモンが眉間に皺を寄せる。
話の内容が内容だけに、ロボス王、宰相のサイモン、近衛騎士団の団長であるギルフォードといういつものメンバーでの話し合いだ。
「あやつら商業で成り立つ国だけあり、仕入れのルートや売り捌く能力はさすがだな」
「はい。我が国の貴族派が、同じようにポーションやその素材で儲けようとしたみたいですが……」
「まぁ、悲惨な結果だったな」
「ええ」
サマンドール王国は、独自のルートを持っている。そのお陰で、誰もがポーションの素材を掻き集める状況でも損をしないで儲けを出している。それに比べ、バーキラ王国の貴族派の中に、サマンドール王国と同じように儲けようとした家が幾つもあるのだが、結果は惨憺たるもので、借金を抱えて寄親に泣きつくしまつだ。
「あの馬鹿ども、多少痛い目を見るのは良いが、己の領内が荒れる程とは、馬鹿に付ける薬は無いな」
「まあランズリット公爵が何とかするでしょう。ランズリット公爵は金だけは持っていますから」
「貴族派が力を落とし過ぎるのも問題だからな」
ロボスも大陸規模での疫病の流行を前に、まさか国内の貴族家が幾つも借金まみれになるとは思っていなかった。
ただ、貴族派の旗頭であるランズリット公爵は、本人の能力はともかく家柄は勿論、領地も広く豊かだ。代々溜め込んだ財宝も公爵の名に恥じぬ質と量を持つ。参加の貴族の中にも高利貸しのような副業をもつ家もあるので、そうそう借金で困窮するという事はないだろう。
だが、貴族派が力を落とし過ぎるのも、ロボスやサイモンとしては望んでいない。国王派と中立派のみになってしまうと、自分の代は問題ないだろうが、次代で舵取りを間違うと国を傾けかねない。
「まあ、あんなのでも王家と血が繋がってるんだ。自分の派閥くらい維持するだろう」
「彼の方が王家との血の繋がりが分かるのは、髪の毛の色くらいですがね」
「息子も馬鹿っぽいしな。まぁ、あのくらいで丁度いいのかもしれないがな」
腐っても派閥の長で公爵だ。自身の派閥の維持くらいは大丈夫だろうと思いたいロボスとサイモンだった。
◇
ノルン様の神託から半年経とうとしていた。そんな時、その情報は風の大精霊シルフから報された。
「タクミ、サマンドール王国で熱病が流行り始めてるわ」
「はぁ、とうとう始まったか」
何時ものように、唐突に姿を現したシルフが、何時もと違う真面目な表情で、疫病の流行が始まった事を教えてくれた。
ノルン様の神託だからハズレる事はありえない。
僕としては、とうとう始まったか。としか言えない。この半年、バーキラ王国やロマリア王国、ユグル王国や創世教とも連携して、疫病の対策に奔走していたんだけど、トリアリア王国は別にして、サマンドール王国も万全に対策を打てたとは言えない。
バーキラ王国とその同盟三国と、その三カ国が復興支援している旧シドニア神皇国は大丈夫と言えるくらい、国と創世教と冒険者ギルドなんかが頑張ってくれたんだけど、サマンドール王国はそうじゃないんだよね。
あの国は、どこまで行っても金儲けが一番にくるみたいだ。国民の生命よりも、自分達の商機が大事らしい。国のトップである王からそんなだもんな。
あとノータッチという事では、ノムストル王国もなんだけど、そこはさすがドワーフ、ほぼ心配しなくても大丈夫みたいだ。人族なんかとは比べものにならないくらい頑丈な種族なんだよね。サラマンダーやノームもドワーフは心配する必要はないって言ってた。まあ、一応ある程度の量のキュアイルニスポーションは備蓄したようだけど、他国と比べると圧倒的に少なくて済むらしい。
で、とうとうノルン様の神託とおりに熱病の流行がサマンドール王国で確認されたらしい。
「封じ込めてくれたらありがたいんだけど……」
「まぁ、無理よね」
「だよね」
僕の願望はあっさりシルフに否定される。まあ、僕も無理だとは分かっている。
伝染病への対処は、発病者の隔離が基本的なのはこの世界でも変わらないのだけれど、それが徹底されるかどうかは別だ。
バーキラ王国やロマリア王国、旧シドニア神皇国では、この半年である程度大きな町には、患者を隔離して治療する場所を用意して、可能な限りの準備をしてきたけれど、サマンドール王国やトリアリア王国がそんな事する訳もなく、隔離して疫病を封じ込めようなんて意識もないんじゃないかな。多分、一度患者が出てしまうと、いかに亡くなる人を減らすかを僕達も考えないといけない。
「神光教の教会は、相変わらず高額のお布施を要求するんでしょう?」
「サマンドール王国にも創世教の教会が在るのが救いだよ。神光教はねぇ……。あそこはあれだけ信者を減らしているのに、いまだにお金持ちしか助けないなんてバカだよね」
「まあ、それも人間の本質よ。タクミの周りは人に恵まれているのよ。これもノルン様のご加護のお陰かもね」
「かもね」
バーキラ王国やロマリア王国ではほぼ撤退したけれど、サマンドール王国とトリアリア王国にはまだ神光教の教会が在る。活動の状況は、邪精霊アナト無き今も変わらない。高額のお布施を要求し、浄化や治療を請け負っている。
特にトリアリア王国では、創世教を排除して神光教を国教にしている事もあって、いまだにしぶとく生き残っている。創世教は、種族間の差別をしないのに、神光教とトリアリア王国は人族至上主義だからね。
サマンドール王国は、トップである王以下、貴族達もほぼ商売人だ。穀倉地帯を領地とする者や、工業を売りとしている領地もあるみたいだけど、基本的に魔大陸やトリアリア王国、ノムストル王国などとの交易で儲けている。今回の疫病の流行も、商機だと儲けに走っている貴族も多いんだろう。
「僕はサマンドール王国では、あまりおおっぴらに動けないんだよな」
「あら、どうして?」
「新婚旅行で色々と周った時に、サマンドール王国にも行ったんだけど、向こうの貴族と揉めた事があるんだよね」
「あら、さすがにもう大丈夫じゃない。以前ならいざ知らず、今は聖域の管理者で精霊樹の守護者って知れ渡っているわ。しかもノルン様の使徒だって知っている人もそれなりに居るわよ」
「まぁ、酷くなりそうなら行くかもね」
実は僕はサマンドール王国には余り良い思い出がない。サマンドール王国の全ての商人や貴族が、皆んな同じだとは思っていないけれど、たいした事はなかったけれど理不尽に襲われたからね。
まあ、それでもあの国で苦しむのは一般の国民なんだよな。以前からそんな傾向があったみたいだけど、近年、富裕層と貧困層の差が大きくなっているらしいから。
バーキラ王国じゃ国や領主が国民を掬い上げるセーフティネットが布かれている。創世教の運営する孤児院や治癒院も、国や領主、商人からの寄付で運営されているからね。
各派閥により手厚かったり、そうでなかったりするけれど、それでもここ十年くらいで大都市のスラムが減っているのもあって、サマンドール王国のように、国民を放ったらかしになんてしない。
あとサマンドール王国の貴族は別にして、バーキラ王国やロマリア王国では、貴族が教会なんかに寄付するのは派閥に関係ないそうだ。
ランズリット公爵みたいな貴族派の人達も、財政状況に関係なく寄付はするみたい。まあ、理由は見栄を張る為だから、気持ち的にはどうかと思うけど、お金に罪は無いしね。
「サマンドール王国の田舎を中心に見て周った方がいいかもね」
「バーキラ王国やロマリア王国も貴族派や中立派の領内で、教会に余力がない場所は、タクミが周った方がいいかもよ」
「そうだね。国王派の貴族は、ポーションを買えない人には無料で提供するみたいだけど、貴族派や中立派は、さすがにぼったくる事はないだろうけど、タダじゃポーションを提供したくないだろうしね」
聞いた話によると、ロボス王は基本的にポーションが買えない者には、費用は国で負担するので、ポーションを無料で提供するように指示を出している。貴族派と中立派が、その指示に従ってくれるといいな。
「取り敢えず、大都市を避けて地方の村や街を周ろうかな」
「いいんじゃない。ただ、行くのが面倒ね」
「そうなんだよな。一度も行った事のない場所には転移出来ないからね。ウラノスでコソッと行くしかないかな」
「頑張って!」
サマンドール王国の各地にヘルプに行くのはいいんだけど、シルフが言うように少し面倒なんだよな。転移魔法は、知らない場所へは行けないから。仕方ないからウラノスでこっそりと行くしかない。
さて、大量に作ったキュアイルニスポーションをアイテムボックスに収納しておこう。
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この度、「いずれ最強の錬金術師?」のアニメ化が決定しました。
2025年1月まで、楽しみにして頂けると嬉しいです。
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そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。
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※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
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