いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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二話 王都へ

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 少し小高い丘の上から見下ろすと、王都バキラトスがエトワールたちの目に飛び込んで来た。

 タクミやソフィア、マリアが初めて王都に来た時と同じように、王都バキラトスは幻想的な景観を見せていた。

「…………凄いね」
「……ほんと綺麗な街だね」
「凄いです! お城が水に浮かんでいるよ!」

 フローラ、エトワール、春香が、王都バキラトスの幻想的な街の様子を見て感嘆の声をあげる。

 その様子は、タクミたちが初めて王城を見た時を再現するかのように、王城が水に浮かんでいる光景に声を上げる。
 王都バキラトスの街は、中心部に清浄な水をたたえた湖があり、その湖の中心にある小島に白亜の城がそびえていた。聖域とはまた違う美しさだ。

 湖の周辺は林に囲まれ、その外側に貴族街、商業区、住居区、工業区と円形に配置されていた。そして一番外側に王都をグルリと囲う防壁が張り巡らされている。

 街の防壁の外側に広大な麦畑が広がる光景を見て、春香が首を傾げる。

「お姉ちゃん、ボルトンやロックフォードと違って畑の周りに魔物を防ぐ柵がないよ」
「春香、よく見て。低い木の柵があるわ。多分、王都の周辺は魔物と言っても角ウサギくらいしかいないんじゃないかな」
「ふーん。そうなんだ」
「聖域には柵もないもんね」

 春香が疑問に思った事を、エトワールが説明する。フローラは、そもそも聖域の畑には柵すら無いと言う。

 数日の差だが、三人の中で一番最初に生まれたエトワールが長女。春香が次女。フローラが三女になる。まあ、ほぼ同じ時期に産まれたので、誰が長女でもいいのだが、母親のソフィアの影響なのか、エトワールは長女らしくしっかりしている。



 窓から景色を見ていたエトワールが、気になった事をマーベルに聞く。

「ねえ、マーベル。門は平民用に並ぶんだよね」
「はい。エトワール様。とはいえ、ツバキの轢く馬車は目立ちますので、貴族用の門へ誘導されるでしょう」

 聖域が小国に匹敵する面積と、大国と肩を並べる武力を保つとはいえ、聖域には身分制度がない。聖域の管理者で精霊樹の守護者であるタクミの娘といえど、平民用の門を使うのはおかしくない。

 ただ、バーキラ王国としては、タクミは最重要人物なので、その娘であるエトワールたちも粗末に扱う筈もなく、マーベルが言うようにすぐに貴族用の門へ誘導するだろう。





 案の定、エトワールたちよ乗る馬車は、駆けて来た門を護る兵士に先導され、長々と待つ事なく王都に入る事が出来た。

「やっぱり、パパって凄いんだね」
「そうだね」
「パパが凄いのは当たり前だよ!」

 丁寧に案内されて王都に入れた事で、タクミの事を見直したようだ。

 聖域でのタクミは、工房に篭るか政庁で仕事をしたり、騎士団たちの訓練に付き合ったりと忙しくしている。だが、エトワールたちからすれば、いつも子供たちと遊んでくれる優しい父親だ。聖域の責任者という認識はない。

 逆に、世間的にはタクミは重要人物だ。それはバーキラ王国だけでなく、ロマリア王国やユグル王国、あまり直接の関係は薄いが、サマンドール王国とノムストル王国も、タクミは、いや、聖域のトップとしてのタクミを重視しない訳がない。

 タクミを重要視しないのは、未だに関係がなく、寧ろ敵視している大陸のお騒がせ国家トリアリア王国くらいのものだろう。

「そうですね。旦那様は様々な物をもたらし、そして多くの人々を救った方ですからね」

 マーベルもタクミの偉業を簡単に説明する。

 タクミは、自ら自分の事を誇るタイプではないので、子供たちが知るタクミは、いつも優しい父親のタクミなので、エトワールたちはマーベルにタクミの事をあれこれと質問していると、あっという間に王都のイルマ家屋敷の前に到着した。



 ツバキの轢く馬車が玄関前で止まると、そのドアをジーヴスが開ける。

 家宰を務めるセバスチャンの孫であるジーヴスは、王都の屋敷やボルトンの屋敷、聖域の屋敷を転移ゲートで行き来して働いていた。今回、エトワールたちが到着したタイミングで、ジーヴスがいたのもたまたまだ。

 屋敷の使用人たちに出迎えられ、一先ずリビングでお茶を飲み旅の疲れを癒す。

「エトワールお姉ちゃん。試験は何時だっけ?」
「もう、フローラ。五日後よ。あなた大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。エトワールお姉ちゃんと春香お姉ちゃんにも勉強教えてもらってるしね」

 エトワールたちの学園入学は、バーキラ王国側からの強い要請によるところなのだが、それでも入学試験は免除されない。試験に受かる必要があるのだが、三姉妹の中でもフローラは少々脳筋気味なので、エトワールや春香は心配している。

 長女のエトワールは、エルフだからという訳ではないだろうが、魔法に非凡な才を見せている。魔法使いタイプではなく、騎士だったソフィア譲りというよりもソフィアとタクミの魔法の才を受け継いだのだろう。その性格は、大人しく十二歳とは思えない程落ち着いている。

 次女の春香は、人族としては規格外な程魔法に高い適性を持つ。これもタクミとマリアの娘という事だろう。人族としては身体能力も高く、好奇心旺盛で武術も得意だ。

 そして三女のフローラは、天真爛漫で体を動かすのが大好きで、獣人族特有の高い身体能力が、両親であるタクミとマーニからの遺伝子なのか、更に引き上げられている。その反面、本を読んだり勉強をしたりするのが苦手だった。

「まあ、フローラは実技で点数とれるから大丈夫ね」
「お姉ちゃん、わたし、魔法は苦手だよ」
「身体強化も魔法のうちだから大丈夫だよ」

 能天気なフローラに呆れつつ、エトワールもフローラが落ちるとは一ミリも思っていない。何故なら、フローラには姉妹の中でも自慢できる身体能力がある。それこそ、王都の学園の試験管に負ける姿がエトワールには思い浮かばない。

 フローラだけじゃなくイルマ家の三姉妹は、あのタクミやソフィア、マリア、マーニに鍛えられているのだから。


 エトワールたちが通う予定の王立高等学園は、その生徒の大半が貴族か豪商の子供だ。平民の子供には、授業料の免除や遠方の子供には無料で寮まで用意されているが、それでも平民の生徒の人数は少ない。これは、平民の子供は家にとって貴重な働き手だからだ。いくらお金が掛からないとはいえ、学校に通わせる余裕がないのが現実だった。

 そして、学園に入学する貴族の子供は、ある程度の年齢になると、学問やマナー、ダンスの他に、剣や魔法を家庭教師を雇い学んでいる。高位の貴族などは、騎士を護衛に魔物狩りを行い、パワーレベリングを施すのも珍しくない。まあ、魔物といってもゴブリン程度なのだが……


 そんな貴族の子供たちと比べ、エトワールたちは聖域という特殊な場所で育ったのだが、実はこと戦闘能力に関しては、大人の騎士と比べても遥かに高い。

 ボルトン辺境伯家とロックフォード伯爵家、バーキラ王国の近衛騎士団は、タクミによりパワーレベリングされているので、精鋭の戦士が多いが、他の貴族家の騎士では、エトワールや春香、フローラには到底勝つ事は無理だ。

 エトワールは、それを知っているので実技試験に不安はない。

 それにフローラが、勉強が苦手というのも、比較対象が姉のエトワールと春香だから誤解しがちだが、フローラも頭が悪い訳ではない。寧ろ、子供の頃から家庭教師を付けられている貴族の子供に負けない程度の知識もある。逆に、エトワールと春香は、聖域の外に出れば、研究者レベルなのだが、それを誰も指摘しないのは聖域の学校のレベルが高すぎるからだ。

 バーキラ王国の王都でも平民の識字率は低い。それに比べ、聖域では文字の読み書きどころか、日本の大学を卒業したタクミや、高校生だが優等生だったアカネが組んだプログラムで学ぶのだから、勉強が苦手と不安なフローラに、絶対大丈夫とエトワールが言うのも当然だ。

 聖域は、日本人だったタクミと日本人のアカネの学んだ義務教育のレベルがベースにあり、当然どの国の教育機関でも敵う訳もない。

「お嬢様方なら筆記試験は満点間違いなしですよ。城勤めの高級文官でも、聖域の幼年期学校の子供たちより下ですから」
「ほんとマーベル?」
「はい。ユグル王国はシステムが違い過ぎるので、比較になならないので分かりませんが」

 マーベルも勉強が好きじゃないと言うフローラでも、王立高等学園の入学試験程度余裕だと太鼓判を押す。

 聖域の学校も子供の人数が増え、日本の幼稚園と小学校を合わせたような幼年期学校と、中学と高校を合わせたような高等学校に分かれている。本来なら、エトワールたちも聖域の高等学校に通う筈だったのだが、バーキラ王や宰相の強い要請で、わざわざレベルの大きく落ちる王立高等学園に通うのだ。

 タクミも勉強だけの為に学校へ通うとは思っていないが、あまりにレベルの違うというところも、反対する理由の一つだった。

 まあ、エトワールたちと離れたくない事が一番の理由なのは変わらないが。

「ただ、貴族の子息子女の中でも、未だに碌でもない者も多いと聞きます。バーキラ王国でも、国王派と中立派は問題ないでしょうが、貴族派の人間には気を付けた方がいいですね。特に、どういう神経をしているのか、トリアリア王国からの留学生もいるそうですから、お嬢様方もご注意を」
「うへぇ~。貴族かぁ~、面倒だね」
「なに言ってるのよフローラ。王立の高等学園はほとんどが貴族の子供よ」
「でも、トリアリア王国って、どのツラ下げて来るんだろうね。正式には停戦も休戦もしてないんでしょう?」

 マーベルが、学園で貴族派に属する家の子供と、トリアリア王国からの留学生に注意するよう言うと、フローラが貴族なんて面倒だと舌を出して嫌な顔をする。それにエトワールが、学園の生徒の大半は貴族家の子供だと言い、春香はトリアリア王国からの留学生に呆れ顔だ。

 エトワールたちの王立高等学園入学は、バーキラ王や宰相のサイモンなどの、いわゆる国王派が強力に望んで実現した。中立派も、聖域の重要度は理解しているので、エトワールたちを通して聖域と縁を持ちたいので両手を開けて賛成した。

 ただ、賢王と呼ばれるロボス・バーキラ王を良しとしない勢力もある。貴族派と呼ばれる派閥は、聖域の管理者であるタクミをよく思っていない。その娘のエトワールたちに対しても同様だろう。

 バーキラ王国の貴族派とは、選民思想を持ち種族差別も強い派閥なので、タクミとは決定的に合わない人たちとも言える。この十数年、直接間接合わせたタクミがもたらす影響で、バーキラ王国は栄えてきたが、タクミと縁の遠い貴族派が受ける恩恵は少なく、妬み憎む者も多いのだ。

 それに加え、迷惑国家トリアリア王国から留学生がいる。何度もその野望を砕いてきたタクミの子供であるエトワールたちなど、トリアリア王国からすれば、憎き仇敵に見えるかもしれない。

「まあ、困ったらパパに言えばいいか」
「そうね。ロボスおじさまやサイモンおじさまも助けてくれるでしょう」
「ボルトン辺境伯さまやロックフォード伯爵さまも、困った事があったら頼りなさいって言ってたもんね」

 三人の中でも特にパパっ子のフローラは、何かあればタクミを頼ればいいと割と気楽に言い、エトワールはロボス王やサイモンを頼れば大丈夫だろうと、取り敢えず入学前に考え過ぎるのを止めた。春香が名を上げたのは、ボルトン辺境伯とロックフォード伯爵。そうそうたるメンバーに伝手のあるエトワールたちなら、少々のトラブルなどどうとでもなりそうだ。

 因みに、エトワールがロボス王やサイモンをおじさま呼びしているのは、本人たちからそう呼ぶようお願いされているからだ。サイモンなど、おじいさまと呼ぶ方がしっくりきそうだが、ロザリー夫人をロザリーおばさま呼びなので、エトワールたちの優しさだったりする。

 ともあれ、入試までの期間、エトワールたちは勉強や武術の訓練をしながら過ごすのだった。







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 『不死王はスローライフを希望します』の3巻が発売されました。

 また、コミック版『いずれ最強の錬金術師?』の5巻が8月23日より順次書店に並ぶと思います。

 こんなご時世ですが、書店などで見かけたら手に取って頂ければ幸いです。

 よろしくお願いします。


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