いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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11巻

11-3

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 ◇


 そんなこんなで数日聖域を見回っていた僕に、ダンテさんの馬車が聖域の入り口に到着したとの連絡が入った。
 ユグル王国との距離を考えると、ものすごく急いだんだろうな。

「どうする? とりあえず最初の門は通したけど、タクミが迎えに行くんでしょ」
「ありがとうシルフ。フリージアさんに声をかけてから、一緒に迎えに行くよ」

 僕はシルフに別れを告げると、聖域の入り口付近、宿泊施設が建てられた出島でじま区画へ、ツバキの引く馬車で向かう事にした。


「ごめんなさいね、タクミ君。わざわざ出迎えに行くなんて面倒かけて」
「いえ、ダンテさんはお義父とうさんですから、面倒なんて思わないですよ」
「本当にタクミ君は優しいわね。あの人だけ中の門を通れるようにして、歩いてこさせればいいのに」
「は、ははっ……」

 フリージアさんが少し不機嫌なのは、エトワールと少しでも離れるのが嫌だから。最初は出迎えなんていらないと言ってたからね。
 でも、入り口付近から中央区画までは歩くとだいぶ時間がかかる。ダンテさん一人で来させればいいって言ってるけど、多分フリージアさんも本気じゃないと思う。
 ……本気じゃないよね。


 ダンテさんの馬車の馭者ぎょしゃ、それと護衛の人達用の部屋を宿泊施設に確保してから、ダンテさんだけを僕の馬車に乗せて、一旦僕の屋敷へ向かう事にした。

「…………」
「…………」

 うーん、馬車の中の空気が重い。
 久し振りの再会なのに、不機嫌なフリージアさんと、それに困惑するダンテさん。この重い空気、僕はどうすれば良いのだろうか。
 だが、そんな微妙な空気も到着するまでだった。
 屋敷でエトワールを見たダンテさんの表情が崩れている。ただ、抱きたそうにしているダンテさんに、エトワールを渡さないフリージアさんはどうなのだろう。
 その後、ダンテさんに宿泊施設に泊まってもらうのか、僕の屋敷でフリージアさんと同じ部屋で滞在してもらうのかで一悶着ひともんちゃくあった。
 僕は、普通に夫婦なのだから同じ部屋に泊まれば良いと思ったんだけど、フリージアさんはエトワールを一秒でも長く独占したいようで、ダンテさんに宿泊施設で泊まるように言って、夫婦でだいぶ揉めていた。
 結局、僕の屋敷で数日滞在する事に決まったんだけど……フリージアさんとダンテさんのエトワールを巡っての争いはもう見たくないよ。
 因みに、春香とフローラも、メイド達や聖域の女性達、子供達から可愛がられている。
 エリザベス様やルーミア様が、エトワール、フローラ、春香をベタベタと可愛がるのは、既に日常になりつつあるね。


 ◇


 その日、数えるのも不可能なくらい多くの様々な精霊が、その身でよろこびを表すように踊り飛んでいた。
 花々は咲き乱れ、柔らかな風がその匂いを聖域中に届ける。
 聖域の中央区画に建てられた大教会の内部には、ステンドグラスを通して様々な色の光があふれていた。
 聖域の音楽隊がかなでるバイオリンの音が、ビオラの音が、チェロの音が、それぞれに重なり合って響いている。
 教会に集まったのは、初期の移住者であるワッパら子供達、エルフ、ドワーフ、ケットシー、フルーナさん達人魚族に、ベールクト達有翼人族。
 勿論、僕がこの世界に降り立って直ぐにお世話になったバンガさんとマーサさんの姿もある。
 そこにルーミア様、エリザベス様が加わり、その隣にはシャルロット達文官娘三人組、さらにはメイド達、執事のセバスチャンとジーヴルが並んでいる。
 今日ばかりは、ボルトンの屋敷は警備ゴーレムに任せたみたいで、ボルトンの使用人まで全員が聖域に来ていた。
 そして僕にとって義父と義母に当たる、ダンテさんとフリージアさん。
 レーヴァ、アカネ、ルルちゃんもいる。カエデと小さいボディのタイタンもいた。
 進行役は、ミーミル様らしい。
 シルフ、ウィンディーネ、ドリュアス、ノーム、サラマンダー、セレネー、ニュクスら大精霊と共に、ミーミル様は教会正面にあるノルン様の像の前で僕達を待っていた。


 やがて大教会の大きな扉が開き、エトワールを抱いたソフィア、春香を抱いたマリア、フローラを抱いたマーニが横に並んで入場し、その後ろに僕が続く。
 赤ちゃん達を驚かせないように気を付けながら、大きな歓声に迎えられ、音楽と歓声の中進んでいく。
 不思議な事に、エトワール、春香、フルーラは驚いて泣く事なくそれどころか、ニコニコと気持ち良さそうにしていた。


 ゆっくりと歩み、ミーミル様と大精霊達の前までたどり着くと、ミーミル様がノルン様に子供達の誕生を報告する。

「大精霊と精霊樹息づく、この聖域の守護者にして管理者たるタクミ・イルマ――彼とソフィア、マリア、マーニの間に生まれし子、エトワール、春香、フローラ、彼女達に女神ノルンの加護がありますよう」

 ミーミル様がそう言って、祈りを捧げたその時――
 精霊を見る事が出来ない者にも、教会の中いっぱいに踊る、色取り取りの精霊の光を見る事が出来た。
 ノルン様の像に光が集まっていく。
 あぁ、これは結婚式の時の再現だ。
 キラキラとした光がノルン様の姿を形どっていった。その輝くノルン様は微笑むと、両手を広げたように見えた。
 それから輝くノルン様は弾けるように小さな光となり、エトワール、春香、フローラに降り注いだ。

「……ノルン様からも祝福していただいたようです。皆様、ノルン様に祈りを」

 ミーミル様が感極まって涙を流しながら言う。
 教会の中は、歓声、祈り、感謝の声で溢れた。
 しばらくして、エトワール、春香、フローラ達を抱いたソフィア、マリア、マーニが教会から出ていく。
 聖域の住民達は花びらをき、歓声と共に彼女達を出迎えた。
 住民達の見守る中を、僕らは子供達のお披露目のために歩いて回る。
 教会に入りきれなかった多くの住民達から、たくさんの祝福の言葉を受けた。
 これって、僕の子供が生まれるたびにするのかな。平民の僕の子供が生まれたお祝いにしては、派手で大袈裟おおげさすぎると思うのだけど。


 ◇


 その後、母親と子供達を屋敷に帰したところで、宴が始まった。
 様々な料理とお酒が提供され、夜を徹して宴は続く。
 人族も、獣人族も、エルフやドワーフも、人魚族や有翼人族、ケットシーやフェアリー達も、全ての人達が子供の誕生を祝い、宴を楽しんだ。
 エトワール、春香、フローラのお披露目の宴は、次の日の夕方近くまで続いたのだけど……
 もし次があるのなら、もう少しこぢんまりとしてもらおう。



 8 それぞれの反応


 聖域のあちこちで、二日酔いの大人達が酔い潰れ、死屍累々ししるいるいの様相を見せていた。
 流石にドワーフ達はケロッとして宴の後始末をしている。
 当然、ウィンディーネ達大精霊もお酒で二日酔いにはならないようで、いつも通り平常運転だ。
 そして、これは分かっていた事だけど、子供が生まれた事はパペックさんにバレていた。
 当たり前だよね。パペックさんにはソフィアが妊娠したのは知られていたし、月日が経てば生まれるのは自然の摂理せつりなのだから。
 あと、僕の王都のお店で赤ちゃん用品を扱い出していたからね。
 なお、王都のお店を任せている店長から、パペックさんがお祝いを持ってくると言付ことづけをもらった。
 わざわざお祝いなんて必要ないのに、なんとパペックさんみずから来るらしい。
 申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、そのせいで国のお偉いさんに情報が漏れたんだから、ありがたいんだか迷惑なんだか、何とも言えないよね。


 ◆


 ここは、バーキラ王国王城。
 バーキラ王国宰相のサイモンは、パペック商会の会頭の動きの報告を、諜報部ちょうほうぶの長から受けていた。

「パペック商会の会頭が大量の荷物を聖域へ運ぼうとしていると?」
「はい。そして、王都のイルマ殿が運営する商会の店舗では、幼児用の商品がいくつか販売されています」
「……イルマ殿に子供が出来たか」
「おそらく……」

 今、タクミの店が扱っている遊具関連の商品はどれも確実に売れるだろうと、サイモンも思っていた。
 その商品リストに幼児用関連の商品が加わったとなれば……それをタクミが必要となったから開発したと考えるのが自然だろう。

「陛下とも相談せねばならんが、我が国からも祝いの品を贈らねばならんな」
「では、私はパペック商会の会頭に裏取うらどりしてまいります」
「うむ、わしの名を出して構わん。出来るだけ詳細な情報を頼む」
「はっ、了解いたしました」

 諜報部の長が去ると、サイモンは早速バーキラ王のもとへ報告に向かう。
 タクミはバーキラ王国にとって最重要人物である。現在は良好な関係を築けているが、よりそのきずなを強くする努力はおこたるべきではない、サイモンはそう思っていた。

「うむ、陛下と相談し、イルマ殿との繋がりを強くする好機を活かさなくては」

 だが、事は内密に進めないといけない。余計な貴族に知られると面倒な事になるのが目に見えているからだ。
 サイモンはそのように慎重に動きつつ、自ら聖域へ向かう準備も同時に始めた。
 それから、お祝いを持っていく事を決め、様々な仕事を前倒しに片付けていくのだった。


 ◆


 パペック商会の動きを注視していたのは、王城だけではない。
 というのも、パペックはタクミへのお祝いの品を集めるのを王都の店を中心にしている一方で、本店であるボルトンでも辺境の物産を集めていたからだ――


 なお、パペックとしても、タクミへのお祝いの品となると贈る物に困っていた。
 食料品や調味料は聖域産の物に対抗出来る物はない。一般的には高価な魔導具も、タクミは自分で造ってしまう。王都の高価なドレスなども、カエデの生み出す糸から作られる聖域産の服には負ける。
 そこでパペックは、聖域の住民達用に、日用品、普段着、下着類を贈る事にした。
 聖域にも服を作る職人がいるが、その製品は高級な交易品として扱われる事が多い。既製服という物が一般的でないこの世界で、普通の平民が着る服はいくらあっても喜ばれたのだ。
 他には、チーズなどの乳製品や鶏も集めた。
 聖域は広く、酪農らくのう養鶏ようけいも可能で、小規模ながら行っているが、聖域の需要を満たしているとは言えなかった。
 パペックは、タクミが卵を使ったデザートを作っていた事を知っているので、鶏は喜ばれるだろうと確信していた。
 そんなふうにして贈り物を積んだパペック商会の馬車の隊列が、王都、ボルトン、さらに隊列を伸ばしてウェッジフォートを経由して進んでいく。
 その光景を見て、さとい者は見抜くだろう。
 ボルトン辺境伯ともなれば、最近王都のタクミの店で、乳幼児用の商品が売り出された事くらいは掴んでいる。
 そしてそこから、パペック商会の行動が何を示すのか予測するのは簡単だった。


 ボルトンの城の中で、この城の主人ゴドウィンと家宰のセルヴスが膝を突き合わせ、アイデアを出し合っていた。

「イルマ殿に子が生まれたようだな」
「はい。おそらく間違いないと思われます」
「……祝いの品が難しいな」
「はい。イルマ様は必要な物は大抵自分で手に入れてしまわれますからな」
「うーん、おお、そうだ。トレント材はどうだ?」
「それは良い考えでございます。イルマ様はご自分で魔物のトレントを狩れるでしょうが、お忙しくなっています。わざわざもりでトレントを狩るお時間も取れないでしょうし、きっと喜ばれると思います」
「おお、そうだろう。聖域は人が増え、建物も随分ずいぶんと増えたと聞いている。丈夫なトレント材はいくらでも欲しいだろう」

 話し合いの結果、ボルトン辺境伯からは、大量のトレント材が贈られる事になった。子供の誕生祝いに相応ふさわしいのかは疑問だが。



 9 男親は娘に弱い


 自分の目尻めじりが自然と下がるのが分かる。

「だらしなくゆるみきっているわね」
「ニャー、仕方ないニャ。ルルも可愛いくてたまらないニャ」

 エトワールを抱いていたら、アカネに呆れられた。ルルちゃんは同じ獣人族のフローラを可愛いがってくれている。

「今からそんなんじゃ、娘達が嫁に行く時に困るわよ」
「嫁になんて行かないもん!」
「いや、もんって……」

 アカネの目が冷たい気がするけどそんな事は関係ない。こんなに可愛い娘達を嫁に出すなんて……嗚呼ああ、考えたくもない。
 すると、メリーベルから言われる。

「旦那様、あまり父親が子育てをする姿を見せるものではありません」
「えっ、そうなの!?」

 どうやら、父親が子育てに関わるのはみっともない事らしい。どうやらこの世界では、子供の世話をするのは、母親、乳母、侍女の仕事みたいだ。
 でも、これには僕はうなずけない。
 これから確かな絆と愛情をはぐくんでいくうえで、父親が子育てに参加するのは大事な事だとメリーベルに訴える。
 そこへ、援護してくれる人物が現れる。

「良いではないですか、メリーベル」
「セバスチャンさん……」
「ここは聖域で、旦那様に批判的な者は皆無です。むしろ、エトワール様方の世話をする旦那様の姿は、聖域の住民に受け入れられると思いますよ」
「別に、ずっと子供達にベッタリと張り付くわけじゃないんだから、少しくらい大目に見てよ」
「はぁ、仕方ありませんね。ですが、お仕事の方もお願いしますね。シャルロットさんが探していましたよ」
「うっ、わ、分かったよ」

 セバスチャンのおかげで、しぶしぶだと思うけど、僕の子育てへの参加をメリーベルは許可してくれた。
 この世界は別に男尊女卑だんそんじょひってわけじゃないが、外に働きに出る父親と、子育てや家事をする母親というように、役割が明確に決まっているみたいだ。その後、セバスチャンから聞いた話では、特に裕福な家庭では、子育ては母親と侍女に任せるものらしい。
 シャルロットが探していたと言っていたよね。早めに行った方がいいだろうな。


 ◇


 ガチャ、ドアを開けると、シャルロット、ジーナ、アンナの視線が集まる。

「シャルロットが呼んでいるって聞いたけど……」

 シャルロット、ジーナ、アンナがそれぞれ言う。

「……はい。目を通してもらいたい書類があったので……ですが、どうしてフローラちゃんを抱いているのですか?」
「タクミ様、お仕事ですよ」
「……うん、可愛いけど仕事場はダメ」
「うっ、ほ、ほら、ウサギの耳が可愛いだろ?」

 やっぱり赤ちゃんを抱いて仕事はダメみたいだ。今はフローラを抱く時間なのに。

「タクミ様、フローラは連れていきますね」
「あ、あぁ、フローラァ~!」

 後ろから付いてきていたマーニに、フローラは連れていかれてしまった。
 母親だから当たり前なんだけど、マーニに抱かれたフローラがぐずりもせず抱かれていくのを見ると少し嫉妬しっとしてしまう。
 赤ちゃんが安心して母親に身を任せるのは分かる。でも、自慢じゃないけど僕が抱いても、ぐずったり泣いたりしなかったんだけど……母親にはかなわないみたいだね。
 フローラがいなくなったので、急いで仕事を片付ける事にした。子供達と遊びたいからね。


「……よし! 終わった!」
「では、紙おむつと専用ゴミ箱を作るであります」
「へっ、レーヴァがどうして書斎に?」

 やっと書類を片付けたと思った瞬間、レーヴァに声をかけられた。

「王都のお店から紙おむつと専用ゴミ箱が、もの凄い勢いで売れていて在庫が足りないと連絡が入ったであります。なので大急ぎでお願いするであります」
「えっと、明日じゃダメ?」
「ダメであります。さっ、レーヴァも手伝うので行くであります」
「うわぁーー! エトワールゥ! フローラァ! 春香ぁ!」

 僕はレーヴァに引きられて工房へ行くハメに……

「し、仕方ないな。頑張って早く終わらせよう」
「その調子であります」

 レーヴァにも手伝ってもらい、大量の紙おむつと専用ゴミ箱を作っていった。


「……よし! これだけあれば、しばらくは大丈夫だろう」
「お疲れ様であります」

 全力で終わらせて工房を飛び出し、子供達のもとへ急ぐ。
 だけど、部屋の前でメリーベルに制止された。

「申し訳ございません。お子様方は、今眠りに就いたところですので、旦那様はご遠慮ください」
「う、嘘ぉ……」

 僕は、その場でガックリと膝をつく。
 そう言われると逆らえないよ。赤ちゃんは寝るのも仕事のうちだからなぁ。

「お茶を淹れますので、リビングへどうぞ」
「……はい」

 大丈夫、多分直ぐに起きるはず、そうだよね。


 ◆


 タクミの子供達が誕生し、聖域がお祝いムードでにぎわっていた頃、大陸の中心に位置していた、シドニア神皇国しんこうこくの辺境にある廃墟はいきょで、魔の子供が誕生していた。
 その辺境の街には、音がなかった。
 夜にはあかりも見えず、暗闇くらやみが広がるのみ。
 そう、この街には人一人の姿もない、ゴーストタウンだった。
 街の外れの廃教会……かつ神光教しんこうきょうの教会だったその建物は、ちてところどころ崩れ落ちている。
 そしておそらく祭壇があったであろう場所には、巨大な肉塊にくかいで出来た木のようなモノがそびえていた。
 禍々まがまがしい大樹の表面には、人間の顔や身体が無数に浮き出て、脈動みゃくどうしている。
 元神光教の神官がにえを与え続けた邪精霊じゃせいれいのカケラ、それを核とするその大樹は、噴き出すどす黒い瘴気しょうきが目視出来るほどに育っていた。
 そこには既に人は存在しない。
 いや、存在しえない。近づけば立ちどころに死に至るだろう。
 その人のいなくなった地では、姿形だけは人のようなモノが、肉塊を固めた大樹の世話をしていた。
 彼らは見た目は人のソレに近いが、人なら耐えきれないほどの瘴気を身にまとっている。
 中には、腕が四本ある者、脚が二本以上ある者、頭をいくつも持つ者など、最早もはや人の形を逸脱いつだつした何かが、肉塊の大樹の周囲を徘徊はいかいしていた。
 大樹の世話とは、人や魔物を贄にする事だ。
 それがこの街がゴーストタウンとなった理由の一つ。
 全ての住民が贄になったわけではないが、多くの者が犠牲となり、その結果この街から逃げ出す人が続出したのだ。
 こうして、辺境にあるこの街は濃い瘴気に汚染され、人の近寄れぬ地となってしまった。
 大陸全体で考えれば、世界樹せかいじゅに加え聖域の精霊樹のお陰で地脈の浄化が進み、大陸の瘴気は減少傾向にある。だが、例外的にこの大陸中央部に位置する、この辺境の街だけは、それとは逆の現象が起きていた。
 ただ、その瘴気もこれ以上広範囲には広がる力は持っていない。
 大精霊が七柱も顕現している聖域に比べ、邪精霊の残りかすに人の怨念おんねんを栄養として育ったバケモノでは、世界に与える影響は知れている。
 一国を覆うほどの瘴気を撒き散らす力は、ソレにはなかった。
 だが、故に、ゆっくりとソレは育っていく。
 ひそかに、少しずつ、力を蓄えながら――


 その日、禍々しい大樹がひときわ大きく脈動すると、みきから大きなまゆのようなモノが産み出された。
 その繭を、肉塊の大樹から伸びた何本もの手が抱き上げ、まるで母親が赤子を護るように抱きしめる。
 繭は、脈動しながらその時を待った。
 そして三十日の時間を経て、繭に変化が訪れる。
 ピシッ!
 繭の表面に小さなヒビが走り、やがてそのヒビは全体に広がる。


 パリーンッ!


 硝子ガラスの割れるような音と共に、繭のからが弾け飛ぶ。
 そして肉塊の大樹から伸びた手には、あかい髪に黒い肌の赤子が抱かれていた。泣く事もなく、ゆっくりとそのまぶたを開けた赤子の瞳は紅く光っている。
 嘗て人だったモノ達が、肉塊の大樹から産まれた赤子の誕生を喜ぶ。最早、人の言葉を発してはいない。雄叫おたけびを上げるのみとなってはいるが、確かに狂喜しているのは間違いなかった。
 世界の人々は気付かない。
 嘗て大陸を混乱に陥れ、一国が滅ぶ原因となった邪精霊の残滓ざんしが育ちつつある事を……


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