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5巻
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4 郷愁
ついにこの日が来た。
黄金色に色づき頭を垂れる稲穂。そう、ドリュアス先生のおかげで、わずか十日という短期間で実ったお米の収穫だ。
まだ聖域の防壁は途中だけど、お米の方が大事なんだから仕方がないよね。防壁作りはあと回しだ。
「さあ、刈り入れるぞ!」
「「「オオーー!」」」
ドガンボさんに作ってもらった子供用の鎌を手に声を上げるのは、ララ、サラ、シロナの仲良し三人組だ。ミリ、ワッパ、コレットのお兄ちゃんお姉ちゃん組も手伝ってくれている。
「マスター! カエデが束ねていくね!」
「ありがとうカエデ」
カエデが僕達が刈り取った稲を糸でまとめていってくれた。そんな働き者のカエデの横で、涙ぐんでいる人がいた。
「……お米よ、お米が食べられるのね」
「良かったですね、アカネ様」
以前からアカネは日本食を食べたがっていたけど、まさか涙を流すなんてね。
水田はそこまで広くないので、すぐに収穫し終えた。このあとは稲穂を天日干しするんだけど、それでは時間がかかるので、シルフにお願いして魔法で乾燥してもらった。
それから脱穀、精米を経て、僕は数年ぶりに輝く白米を目にする事になった。
グッと来てしまったけど、それはアカネも同じだったらしい。アカネは目をウルウルさせて、白米をジッと見ていた。
そして僕の方に顔を向けると、もの凄い勢いで僕の肩を掴む。
「タクミ、味噌と醤油は出来てるの!?」
「あ、あぁ、そんなに必死にならなくても……試作品だけど、ドリュアスのおかげでまずまずの出来だと思うよ」
「昆布や煮干しもあるのよね!」
「うん、カツオ節はないけどね」
僕はこの日のために、白米に合うオカズの確保に奔走していた。
酒作りに納豆菌は大敵なので納豆は作ってないけど、色んなオカズを求めて動きまくったのだ。人魚族には魚をお願いし、農作物を管理しているメルティーさんにも色々お願いしてあった。
アカネが前のめりになって聞いてくる。
「今日はタクミが作るんだよね。何を作るの?」
「う~ん、煮魚に、豚っぽい肉の生姜焼きと、お味噌汁でどう? 生姜はドリュアスに用意してもらわなきゃいけないんだけど……」
「最高よ! あとはお漬物と日本茶があれば言う事なしね!」
アカネの脳はすでに、ご飯に合うオカズの事でいっぱいみたいだ。
「お漬物はないけど、日本茶はあるよ」
「ほんと!?」
「日本茶も紅茶も茶葉は同じだからね」
「やった! ルル! ドリュアスさんに生姜をもらいに行こう!」
「はいニャ!」
アカネがルルちゃんを引き連れてドリュアスの所へ走っていった。必死だよ……気持ちは分かるけど。
さっそく僕は料理を始めた。白米を炊くためだけに作った大きな羽釜にお米を入れ、精霊の泉の水を使って炊く。
「豚肉の代わりとして使うのは猪の魔物肉だけど、たぶん大丈夫だよな」
僕は前世であまり料理を作らなかったから、簡単な物しか出来ない。生姜焼きもイメージする味になるか分からない。
不安に感じながら作業していると、普段食事を作ってくれているマーニとマリアが覗いてきた。二人は初めて目にする醤油や味噌を舐めたりして、ボソボソと相談している。料理上手な二人が醤油や味噌を使った何かを作ってくれるようになるのは、すぐだと思うね。
「ねぇねぇ、お味噌汁手伝うわ!」
ドリュアスのもとから戻ってきたアカネが手伝い始めた。
結局、マリアとマーニ達にも手伝ってもらい。豚の生姜焼き、赤魚の煮付け、お味噌汁が出来上がったのだった。
今日のテーブルには僕達の他に、ウィンディーネを始めとする大精霊全員と、収穫を手伝ってくれた子供達、それにエルフのメルティーさん親子も座っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
お味噌汁を一口飲んでみる。うん、いい出汁が出ていて凄く美味しい。それから、ご飯を口に運ぶ。
するとなぜか、ソフィアが心配そうに声をかけてきた。
「タクミ様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、だ、大丈夫だよ」
知らないうちに、僕の頬を涙が伝っていたらしい。アカネの方をチラッと見ると、彼女も涙を流しながらご飯をかき込んでいた。
「タクミさま、おいしいニャ」
「ホッペがおちそうニャ」
「おいし~い!」
幼女組にも好評みたいだ。
豚の生姜焼きも赤魚の煮付けも、みんな美味しいと言ってくれた。特にノームは日本食が気に入ったようで、これからもちょくちょく作れと言ってきた。もちろん他の大精霊達にも高評価だった。
気を良くした僕は、糠を使ってたくあんや漬物にも挑戦してみた。ドリュアスに頼んで、もち米も作れないかな。うん、夢が広がる。
お米の評判が良かった事もあり、聖域では継続的にお米を作っていく事が決まったのだった。
◇
久しぶりのご飯に感激した翌日から、僕は防壁工事に戻った。
マリアは「マーニと醤油や味噌を使った料理の研究作業に入ります」と言って、工事から外れてしまった。
そうなると、僕とタイタンだけで作業する事になる。タイタンは土属性魔法が使えるけど、魔力の回復に時間がかかる。それに僕の護衛もしなきゃいけないと言うので、結局、僕一人で作業する事になった。
そんなこんなで東南側から防壁の構築を始め、北に向かって工事を進めていたんだけど……何日かしておかしいって気がついた。
全然、北側にたどり着かない。
それで、いつも付き合ってくれてるわけじゃないけど、たまたまその日はウィンディーネが側にいたから聞いてみた。
「ねえ、北にたどり着かないんだけど、ひょっとして大きくなってる?」
「あらやっと気がついた? 東側の位置がほとんど変わらないから気づきにくかったのね」
「なっ!? っていう事は」
「ふふっ、北と西に広げたのよ。防壁を作ってるし、聖域を広げるのはこれで最後よ」
これで最後? そんな事言われても、気まぐれな大精霊達の言葉なんて1ミリたりとも信用出来ない。明日、東側にも広がっていても不思議じゃないし。
そう思っていたら、ウィンディーネが僕を責めるように言う。
「タクミにも責任はあるのよ」
「僕に責任?」
「タクミが美味しいお酒や料理、デザートなんかを私達に覚えさせたでしょ。それで、ドリュアスが張り切っちゃって、色々な果樹や香辛料の木々を育てているのよ。この前なんか、タクミが言ってた椎茸っていうの? きのこ類にも手を出すって言ってたわ」
色々作り始めたから土地が足りなくなっているというわけらしい。まあいいけど、一つ聞いておかないといけない事がある。
「北と西に広がると、精霊樹がある位置が聖域の中心じゃなくなるけど」
「そんなの誤差よ誤差。だいたい真ん中にあればいいのよ。なんだったら、聖域の端でも構わないのだけど、それは色々と不便じゃない?」
「不便って、そういう問題?」
それはもう放っておくとして、ウィンディーネが急に話題を変えてくる。北のエリアには果樹園以外に大きな森が広がっているんだけど、ドリュアスがその森をさらに拡大しようとしているらしい。
「それでね、広くなった森に動物を棲ませようと思っているのよ。豊かな森には食物連鎖が必要だと思うの」
ウィンディーネの話では、とりあえず鼠や兎などの小動物を連れてきて、それを捕食する猛禽類も用意したいとの事。ゆくゆくは鹿、狼、熊が棲む豊かな森にしたいらしい。
「当然、聖域の中央部や果樹園は荒らされないようにするけどね」
防壁を作る手を止めないで僕は話を聞いていたけど、どうしても気になる事があった。
「ねえ、ウィンディーネ。魔素が濃いこの土地だと、獣は魔物に進化したりしないのかな?」
「絶対ないとは言えないけど、浄化された聖域の中だからたいした事ないと思うわ。それに、聖域の中でも狩りが出来た方がいいでしょ」
食肉を確保するという観点から言えば、聖域内に動物がいた方が良さそうだけど、狩りをするのってエルフとかかな。
「確かに、最近なぜかエルフの移住者が増えているから、狩猟を任せてもいいかと思うけど……」
そうそう、エルフの移住者が急に増えてきたのだ。
エルフの社会も人のそれと同じで、メルティーさん親娘のような弱者は弾き出されてしまう。それに加えてここには大精霊がいるっていうのもあって、虐げられているエルフや大精霊に引き寄せられたエルフが集まってきてるのである。
ゴゴゴゴゴォーー!!
そんな事を考えつつも、僕は次々と防壁を立ち上げてその外側には堀を築いていく。西の海を除く三方向を防壁で囲うのに、たった十日でやりきった僕を褒めてほしい。
◇
そして僕は、ウィンディーネが言っていた広がった北の森を見にやって来た。ドリュアスが案内してくれる。
「足元に気をつけて。希少な薬草を踏まないようにね」
「あ、あぁ、でも小動物が棲むようになったら、そういう薬草は食べられちゃうんじゃないの?」
「動物が食べてしまう薬草もあるけど、希少な薬草は避けるのよ。苦いから」
そんな会話をしながら北の森を進んでいくと、次第に景色が幻想的になっていった。きょろきょろする僕に、ドリュアスが解説してくれる。
「ここが森の最深部。植物の精霊達が飛び交うのが見えるでしょう」
「僕はエルフじゃないからはっきりとは見えないよ。たくさんいるって事は、気配で何となく分かるけど」
「湧き水の出る泉もあるから、水の精霊もたくさんいるし、樹々の間を駆け抜ける風の精霊もいるわ」
「土の精霊に、光や闇の精霊もいるんだね」
「ふふっ、そうよ。土、水、光、闇、そして風。みんな豊かな森に必要なものよ」
この森は、精霊に管理されているらしい。
この世界ではそんな風に精霊の影響下にあるのも、一つの自然の形なのだという。精霊とは自然そのものなのだ。
そのあと、ドリュアスとどんな動物を連れてくるのか相談する事になった。森に害を及ぼさない虫とかが必要らしい。
「蝶は綺麗だけど、幼虫は害虫だよね」
「この森なら話は別なの。幼虫は葉を食べるけど、落とした方がいい葉を食べてくれるのよ」
「何それ、芋虫が剪定してくれるの?」
「聖域の中で生きる原始的な生き物は、聖域の神聖な魔力に大きく影響を受けるの。精霊達の想いを受けてね」
前世では虫食いによって木が立ち枯れてしまうと聞いていたけど、聖域では大丈夫みたいだ。ドリュアスが太鼓判を押してくれた。
ドリュアスとの話し合いの結果、森に放つ生き物を別の場所から調達してこようという事になった。
その第一候補が、サマンドール王国へ向かった時に見かけた秘境、テーブルマウンテンだ。そこは人の手が入らず、希少な動植物、魔物の宝庫らしい。
5 テーブルマウンテン、再び
久しぶりにツバキが引く馬車に乗った僕達は、南へひた走っていた。
同行するのはいつものメンバーと、シルフとドリュアス。今回おチビちゃん達は連れてきていない。魔境にはどんな危険があるか分からないので、さすがに諦めたのだ。
馬車で移動していると、ソフィアが根本的な事を聞いてきた。
「テーブルマウンテンに行くのはいいですが、あの垂直に切り立った高い山に、どうやって登るのですか?」
「僕が先に一人で登ってから、魔法で転移してきてみんなを連れていくつもり。さすがにあそこを自力で登れるのは、カエデくらいだからね」
ちなみに僕だって自力じゃ無理だ。じゃあどうやって登るのかというと、無属性魔法のシールドを使ってみようと思っているのだけど……
馬車に揺られる事、数日。
やがて、標高1000メートルを超えるテーブルマウンテンが見えてきた。その麓には、巨大な森が広がっている。
僕はその景色に圧倒されながらソフィアに言う。
「西の未開地では、最大規模の魔境だろうね」
「ですね。神秘的な光景です」
森の手前までは、ツバキの引く馬車で行けた。けれど森の中を進むには、ツバキでは体が大きすぎる。僕はツバキを亜空間に戻し、馬車をアイテムボックスに収納する。
それから僕らは、全員で装備を確かめた。
僕の武器は、久しぶりに絶剣ツクヨミ。ソフィアは聖剣アマテラスと丸盾、マリアはいつもの槍、先頭を行くカエデは鉤爪、マーニは短剣の二刀流、レーヴァは槍としても使える杖を装備した。アカネは後衛に徹するみたいで杖を装備し、ルルちゃんはメイド服の上に胸当てを付け、モップを模した戦鎚を持っていた。
防具はそれぞれミスリル合金製の物と、外套を羽織っている。
準備完了した僕達は、テーブルマウンテン目指して森へ入った。
カエデが時折襲いくる魔物を糸と鉤爪で瞬殺してくれるので、僕の出番はほぼない状態だった。
「マスター、この森の魔物ってあまり強くないね」
「カエデと比べると大抵の魔物は雑魚になるから、仕方ないよ」
カエデに続いて、ソフィアとアカネが言う。
「でも、見た事もない魔物が多いですね」
「魔物はカエデが何とかしてくれるけど、歩きにくくて疲れるわ」
ソフィアが遭遇する魔物の種類や特徴をメモしている横で、アカネがうんざりした表情をしている。確かに、森の中は獣道すらない原生林といった感じで、テーブルマウンテンまでの距離を倍以上に感じさせた。
ちなみに捕獲作業は順調で、これまでに小動物を含む、害のなさそうな小型の魔物や虫をいくつか亜空間に収納した。
カエデが魔物を瞬殺しながら尋ねてくる。
「マスター、猿の魔物は捕まえる?」
「いや、果樹園や畑を荒らされると困るから、猿はちょっと考えさせて」
「鹿や鹿系の魔物も新芽や木の皮を食べますし、果樹園や畑を荒らされるのでは?」
「ソフィア、鹿は食肉として優秀だろ。聖域にはエルフが多いし、鹿は狩ってくれるんじゃないかな。それに狼系の魔物を放せば、生態系として上手くいくと思う。どちらにしても、大精霊が調整してくれるだろうしね」
自然の生態系を作り出すのは人の手では難しいだろうが、大精霊なら何とかしてくれるに違いない。そう思っていると、フラッとシルフが現れる。
「森を探索してどんな生き物がいるか見てきたけど、ゴブリンやオーク以外ならだいたい捕獲して大丈夫よ」
「虫関係もオーケーなの?」
「う~ん、蟻以外なら大丈夫だけど、今回は蝶とかあたりまでにしておいて。蝶とかなら、小鳥が幼虫も成虫も食べるから。あと、蜂もお願いね。エルフに養蜂させたいの」
「じゃあ、小鳥も必要だね」
僕がそう答えると、カエデで元気良く声を上げる。
「マスター、小鳥もカエデに任せてー!」
「そうだね、カエデなら小鳥も簡単に捕獲出来るもんね」
「エヘヘへーー」
◇
その後も僕らは鬱蒼とした森を進んだ。
まっすぐ向かえば二日もあれば着いただろうけど、生物学者が調査するように慎重に探索していたので時間がかかった。
動物や魔物だけでなく珍しい植物も見られたので、その都度ドリュアスにチェックしてもらったのだ。結局、テーブルマウンテンの麓に着いたのは、倍の四日後だった。
垂直に切り立った崖の下から見上げると、1000メートルもあるから天辺は全然見えなかった。
「頂上の方は雲がかかってるね」
「本当に、お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」
心配そうに見つめてくるソフィアに、僕は笑みを向ける。
「じゃあ行ってくる!」
僕はみんなにそう言うと、魔法障壁のシールドを作り出し、それを足場にして空中を翔け上がった。
時折、短距離転移をして距離を稼ぎ、風属性魔法で飛び上がりながら、ぐんぐんとテーブルマウンテンを上がっていく。そんな風にして僕は、1000メートルを五分ほどで登り切った。
今僕の目の前に広がる光景は、地上とは全く違う。
草原の中に多くの水たまりがあり、雲を映している。周囲にゴロゴロとしている大きな石は緑の苔に覆われていた。高い樹木はなく、見た事のない低木がまばらに生えている。
「さすがに1000メートルも上がってくると環境もガラリと変わるか。っと、みんなを迎えに行かないと」
すぐさまテーブルマウンテンの下に転移してくると、カエデが興奮して飛びついてきた。
「マスター! マスター凄かったの! ピョンピョン、お空を跳んでいったの!」
僕の山登りの仕方を見て、カエデは驚いたみたいだ。
「無属性の障壁の魔法を使ってるだけだから、カエデも練習したら出来ると思うよ。カエデには糸があるから、僕よりも簡単に登れるかもね」
「カエデ、練習する!」
さっそく僕は、みんなまとめて頂上へ連れていく事にする。
「じゃあ、僕の体に触れて」
「「「「はい」」」」
みんなが僕の体に触れた事を確認すると、僕はみんなをテーブルマウンテンの頂上へ転移させた。
「ふぅ、さすがにこの人数を一度に転移させると、魔力の消費が激しいな」
魔力を使いすぎてふらつく僕をよそに、みんなは呆然としていた。テーブルマウンテン頂上の景色は、みんなを感動させたみたいだ。
「……美しいですね」
「綺麗な景色ですね」
「ほんと、幻想的よね」
「魔境だとは思えないですね」
「ほわぁ~、すごいニャ」
「おお、見た事のない植物であります!」
ソフィア、マリア、マーニ、アカネは目を輝かせているし、ルルちゃんも嬉しそうだ。レーヴァは一人だけ調査モードに入ってるけど、彼女らしくていいと思う。
空の青を映している水たまりは湧き水らしい。その水深は浅く、透き通っていた。
「小さな魚がいるね」
「でも、この魚は聖域では生きていけないわね」
「おわっ! ウィンディーネ! 急に出てこないでよ!」
水の中を眺めて呟いた僕に、突然現れたウィンディーネが背後から声をかけてくる。僕の気配察知をかい潜るのはやめてほしい。
そのあと、ドリュアス、シルフ、ウィンディーネに続いて、セレネーも姿を現した。
そうして彼女達はわいわい言いながら、聖域の生態系のバランスをどうしていくかについて議論し始める。
「高地でしか生きられない動植物は除外ですね」
「ここには珍しい鳥が何種類かいるみたいだけど、あの子達は聖域でも大丈夫そうよ。悪さもしないでしょうし」
「水路、溜め池、精霊の泉の生態系は慎重に見極めたいの。最初は、水路と溜め池に小魚と水棲の虫くらいかしら」
「餌が限られているせいか、体の小さな動物や魔物が多いね。兎や鼠もいるみたい。どの種もあまり瘴気に侵されていないから、聖域に住めば気性も穏やかになると思うよ」
セレネーが言ってた事が気になったので、僕は尋ねてみる。
「ねえ、セレネー。聖域に住めば、気性が穏やかになるの?」
「ええ、瘴気を浄化してあげると積極的に人を襲わなくなるわ。草食の魔物ならかなり穏やかになるんじゃないかしら」
「へぇ~、角ウサギに襲われた事を思い出すよ」
草食の魔物と聞いてふと角ウサギの事が頭を過ったんだけど、あの時、角ウサギは僕を食べる勢いで襲ってきたんだよな。
「角ウサギは肉食だからね。それでも聖域で暮らすようになれば凶暴じゃなくなると思うよ。けど、肉食である以上、攻撃性がなくなる事はないわね」
「……やっぱり肉食だったんだ」
ついにこの日が来た。
黄金色に色づき頭を垂れる稲穂。そう、ドリュアス先生のおかげで、わずか十日という短期間で実ったお米の収穫だ。
まだ聖域の防壁は途中だけど、お米の方が大事なんだから仕方がないよね。防壁作りはあと回しだ。
「さあ、刈り入れるぞ!」
「「「オオーー!」」」
ドガンボさんに作ってもらった子供用の鎌を手に声を上げるのは、ララ、サラ、シロナの仲良し三人組だ。ミリ、ワッパ、コレットのお兄ちゃんお姉ちゃん組も手伝ってくれている。
「マスター! カエデが束ねていくね!」
「ありがとうカエデ」
カエデが僕達が刈り取った稲を糸でまとめていってくれた。そんな働き者のカエデの横で、涙ぐんでいる人がいた。
「……お米よ、お米が食べられるのね」
「良かったですね、アカネ様」
以前からアカネは日本食を食べたがっていたけど、まさか涙を流すなんてね。
水田はそこまで広くないので、すぐに収穫し終えた。このあとは稲穂を天日干しするんだけど、それでは時間がかかるので、シルフにお願いして魔法で乾燥してもらった。
それから脱穀、精米を経て、僕は数年ぶりに輝く白米を目にする事になった。
グッと来てしまったけど、それはアカネも同じだったらしい。アカネは目をウルウルさせて、白米をジッと見ていた。
そして僕の方に顔を向けると、もの凄い勢いで僕の肩を掴む。
「タクミ、味噌と醤油は出来てるの!?」
「あ、あぁ、そんなに必死にならなくても……試作品だけど、ドリュアスのおかげでまずまずの出来だと思うよ」
「昆布や煮干しもあるのよね!」
「うん、カツオ節はないけどね」
僕はこの日のために、白米に合うオカズの確保に奔走していた。
酒作りに納豆菌は大敵なので納豆は作ってないけど、色んなオカズを求めて動きまくったのだ。人魚族には魚をお願いし、農作物を管理しているメルティーさんにも色々お願いしてあった。
アカネが前のめりになって聞いてくる。
「今日はタクミが作るんだよね。何を作るの?」
「う~ん、煮魚に、豚っぽい肉の生姜焼きと、お味噌汁でどう? 生姜はドリュアスに用意してもらわなきゃいけないんだけど……」
「最高よ! あとはお漬物と日本茶があれば言う事なしね!」
アカネの脳はすでに、ご飯に合うオカズの事でいっぱいみたいだ。
「お漬物はないけど、日本茶はあるよ」
「ほんと!?」
「日本茶も紅茶も茶葉は同じだからね」
「やった! ルル! ドリュアスさんに生姜をもらいに行こう!」
「はいニャ!」
アカネがルルちゃんを引き連れてドリュアスの所へ走っていった。必死だよ……気持ちは分かるけど。
さっそく僕は料理を始めた。白米を炊くためだけに作った大きな羽釜にお米を入れ、精霊の泉の水を使って炊く。
「豚肉の代わりとして使うのは猪の魔物肉だけど、たぶん大丈夫だよな」
僕は前世であまり料理を作らなかったから、簡単な物しか出来ない。生姜焼きもイメージする味になるか分からない。
不安に感じながら作業していると、普段食事を作ってくれているマーニとマリアが覗いてきた。二人は初めて目にする醤油や味噌を舐めたりして、ボソボソと相談している。料理上手な二人が醤油や味噌を使った何かを作ってくれるようになるのは、すぐだと思うね。
「ねぇねぇ、お味噌汁手伝うわ!」
ドリュアスのもとから戻ってきたアカネが手伝い始めた。
結局、マリアとマーニ達にも手伝ってもらい。豚の生姜焼き、赤魚の煮付け、お味噌汁が出来上がったのだった。
今日のテーブルには僕達の他に、ウィンディーネを始めとする大精霊全員と、収穫を手伝ってくれた子供達、それにエルフのメルティーさん親子も座っている。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
お味噌汁を一口飲んでみる。うん、いい出汁が出ていて凄く美味しい。それから、ご飯を口に運ぶ。
するとなぜか、ソフィアが心配そうに声をかけてきた。
「タクミ様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、だ、大丈夫だよ」
知らないうちに、僕の頬を涙が伝っていたらしい。アカネの方をチラッと見ると、彼女も涙を流しながらご飯をかき込んでいた。
「タクミさま、おいしいニャ」
「ホッペがおちそうニャ」
「おいし~い!」
幼女組にも好評みたいだ。
豚の生姜焼きも赤魚の煮付けも、みんな美味しいと言ってくれた。特にノームは日本食が気に入ったようで、これからもちょくちょく作れと言ってきた。もちろん他の大精霊達にも高評価だった。
気を良くした僕は、糠を使ってたくあんや漬物にも挑戦してみた。ドリュアスに頼んで、もち米も作れないかな。うん、夢が広がる。
お米の評判が良かった事もあり、聖域では継続的にお米を作っていく事が決まったのだった。
◇
久しぶりのご飯に感激した翌日から、僕は防壁工事に戻った。
マリアは「マーニと醤油や味噌を使った料理の研究作業に入ります」と言って、工事から外れてしまった。
そうなると、僕とタイタンだけで作業する事になる。タイタンは土属性魔法が使えるけど、魔力の回復に時間がかかる。それに僕の護衛もしなきゃいけないと言うので、結局、僕一人で作業する事になった。
そんなこんなで東南側から防壁の構築を始め、北に向かって工事を進めていたんだけど……何日かしておかしいって気がついた。
全然、北側にたどり着かない。
それで、いつも付き合ってくれてるわけじゃないけど、たまたまその日はウィンディーネが側にいたから聞いてみた。
「ねえ、北にたどり着かないんだけど、ひょっとして大きくなってる?」
「あらやっと気がついた? 東側の位置がほとんど変わらないから気づきにくかったのね」
「なっ!? っていう事は」
「ふふっ、北と西に広げたのよ。防壁を作ってるし、聖域を広げるのはこれで最後よ」
これで最後? そんな事言われても、気まぐれな大精霊達の言葉なんて1ミリたりとも信用出来ない。明日、東側にも広がっていても不思議じゃないし。
そう思っていたら、ウィンディーネが僕を責めるように言う。
「タクミにも責任はあるのよ」
「僕に責任?」
「タクミが美味しいお酒や料理、デザートなんかを私達に覚えさせたでしょ。それで、ドリュアスが張り切っちゃって、色々な果樹や香辛料の木々を育てているのよ。この前なんか、タクミが言ってた椎茸っていうの? きのこ類にも手を出すって言ってたわ」
色々作り始めたから土地が足りなくなっているというわけらしい。まあいいけど、一つ聞いておかないといけない事がある。
「北と西に広がると、精霊樹がある位置が聖域の中心じゃなくなるけど」
「そんなの誤差よ誤差。だいたい真ん中にあればいいのよ。なんだったら、聖域の端でも構わないのだけど、それは色々と不便じゃない?」
「不便って、そういう問題?」
それはもう放っておくとして、ウィンディーネが急に話題を変えてくる。北のエリアには果樹園以外に大きな森が広がっているんだけど、ドリュアスがその森をさらに拡大しようとしているらしい。
「それでね、広くなった森に動物を棲ませようと思っているのよ。豊かな森には食物連鎖が必要だと思うの」
ウィンディーネの話では、とりあえず鼠や兎などの小動物を連れてきて、それを捕食する猛禽類も用意したいとの事。ゆくゆくは鹿、狼、熊が棲む豊かな森にしたいらしい。
「当然、聖域の中央部や果樹園は荒らされないようにするけどね」
防壁を作る手を止めないで僕は話を聞いていたけど、どうしても気になる事があった。
「ねえ、ウィンディーネ。魔素が濃いこの土地だと、獣は魔物に進化したりしないのかな?」
「絶対ないとは言えないけど、浄化された聖域の中だからたいした事ないと思うわ。それに、聖域の中でも狩りが出来た方がいいでしょ」
食肉を確保するという観点から言えば、聖域内に動物がいた方が良さそうだけど、狩りをするのってエルフとかかな。
「確かに、最近なぜかエルフの移住者が増えているから、狩猟を任せてもいいかと思うけど……」
そうそう、エルフの移住者が急に増えてきたのだ。
エルフの社会も人のそれと同じで、メルティーさん親娘のような弱者は弾き出されてしまう。それに加えてここには大精霊がいるっていうのもあって、虐げられているエルフや大精霊に引き寄せられたエルフが集まってきてるのである。
ゴゴゴゴゴォーー!!
そんな事を考えつつも、僕は次々と防壁を立ち上げてその外側には堀を築いていく。西の海を除く三方向を防壁で囲うのに、たった十日でやりきった僕を褒めてほしい。
◇
そして僕は、ウィンディーネが言っていた広がった北の森を見にやって来た。ドリュアスが案内してくれる。
「足元に気をつけて。希少な薬草を踏まないようにね」
「あ、あぁ、でも小動物が棲むようになったら、そういう薬草は食べられちゃうんじゃないの?」
「動物が食べてしまう薬草もあるけど、希少な薬草は避けるのよ。苦いから」
そんな会話をしながら北の森を進んでいくと、次第に景色が幻想的になっていった。きょろきょろする僕に、ドリュアスが解説してくれる。
「ここが森の最深部。植物の精霊達が飛び交うのが見えるでしょう」
「僕はエルフじゃないからはっきりとは見えないよ。たくさんいるって事は、気配で何となく分かるけど」
「湧き水の出る泉もあるから、水の精霊もたくさんいるし、樹々の間を駆け抜ける風の精霊もいるわ」
「土の精霊に、光や闇の精霊もいるんだね」
「ふふっ、そうよ。土、水、光、闇、そして風。みんな豊かな森に必要なものよ」
この森は、精霊に管理されているらしい。
この世界ではそんな風に精霊の影響下にあるのも、一つの自然の形なのだという。精霊とは自然そのものなのだ。
そのあと、ドリュアスとどんな動物を連れてくるのか相談する事になった。森に害を及ぼさない虫とかが必要らしい。
「蝶は綺麗だけど、幼虫は害虫だよね」
「この森なら話は別なの。幼虫は葉を食べるけど、落とした方がいい葉を食べてくれるのよ」
「何それ、芋虫が剪定してくれるの?」
「聖域の中で生きる原始的な生き物は、聖域の神聖な魔力に大きく影響を受けるの。精霊達の想いを受けてね」
前世では虫食いによって木が立ち枯れてしまうと聞いていたけど、聖域では大丈夫みたいだ。ドリュアスが太鼓判を押してくれた。
ドリュアスとの話し合いの結果、森に放つ生き物を別の場所から調達してこようという事になった。
その第一候補が、サマンドール王国へ向かった時に見かけた秘境、テーブルマウンテンだ。そこは人の手が入らず、希少な動植物、魔物の宝庫らしい。
5 テーブルマウンテン、再び
久しぶりにツバキが引く馬車に乗った僕達は、南へひた走っていた。
同行するのはいつものメンバーと、シルフとドリュアス。今回おチビちゃん達は連れてきていない。魔境にはどんな危険があるか分からないので、さすがに諦めたのだ。
馬車で移動していると、ソフィアが根本的な事を聞いてきた。
「テーブルマウンテンに行くのはいいですが、あの垂直に切り立った高い山に、どうやって登るのですか?」
「僕が先に一人で登ってから、魔法で転移してきてみんなを連れていくつもり。さすがにあそこを自力で登れるのは、カエデくらいだからね」
ちなみに僕だって自力じゃ無理だ。じゃあどうやって登るのかというと、無属性魔法のシールドを使ってみようと思っているのだけど……
馬車に揺られる事、数日。
やがて、標高1000メートルを超えるテーブルマウンテンが見えてきた。その麓には、巨大な森が広がっている。
僕はその景色に圧倒されながらソフィアに言う。
「西の未開地では、最大規模の魔境だろうね」
「ですね。神秘的な光景です」
森の手前までは、ツバキの引く馬車で行けた。けれど森の中を進むには、ツバキでは体が大きすぎる。僕はツバキを亜空間に戻し、馬車をアイテムボックスに収納する。
それから僕らは、全員で装備を確かめた。
僕の武器は、久しぶりに絶剣ツクヨミ。ソフィアは聖剣アマテラスと丸盾、マリアはいつもの槍、先頭を行くカエデは鉤爪、マーニは短剣の二刀流、レーヴァは槍としても使える杖を装備した。アカネは後衛に徹するみたいで杖を装備し、ルルちゃんはメイド服の上に胸当てを付け、モップを模した戦鎚を持っていた。
防具はそれぞれミスリル合金製の物と、外套を羽織っている。
準備完了した僕達は、テーブルマウンテン目指して森へ入った。
カエデが時折襲いくる魔物を糸と鉤爪で瞬殺してくれるので、僕の出番はほぼない状態だった。
「マスター、この森の魔物ってあまり強くないね」
「カエデと比べると大抵の魔物は雑魚になるから、仕方ないよ」
カエデに続いて、ソフィアとアカネが言う。
「でも、見た事もない魔物が多いですね」
「魔物はカエデが何とかしてくれるけど、歩きにくくて疲れるわ」
ソフィアが遭遇する魔物の種類や特徴をメモしている横で、アカネがうんざりした表情をしている。確かに、森の中は獣道すらない原生林といった感じで、テーブルマウンテンまでの距離を倍以上に感じさせた。
ちなみに捕獲作業は順調で、これまでに小動物を含む、害のなさそうな小型の魔物や虫をいくつか亜空間に収納した。
カエデが魔物を瞬殺しながら尋ねてくる。
「マスター、猿の魔物は捕まえる?」
「いや、果樹園や畑を荒らされると困るから、猿はちょっと考えさせて」
「鹿や鹿系の魔物も新芽や木の皮を食べますし、果樹園や畑を荒らされるのでは?」
「ソフィア、鹿は食肉として優秀だろ。聖域にはエルフが多いし、鹿は狩ってくれるんじゃないかな。それに狼系の魔物を放せば、生態系として上手くいくと思う。どちらにしても、大精霊が調整してくれるだろうしね」
自然の生態系を作り出すのは人の手では難しいだろうが、大精霊なら何とかしてくれるに違いない。そう思っていると、フラッとシルフが現れる。
「森を探索してどんな生き物がいるか見てきたけど、ゴブリンやオーク以外ならだいたい捕獲して大丈夫よ」
「虫関係もオーケーなの?」
「う~ん、蟻以外なら大丈夫だけど、今回は蝶とかあたりまでにしておいて。蝶とかなら、小鳥が幼虫も成虫も食べるから。あと、蜂もお願いね。エルフに養蜂させたいの」
「じゃあ、小鳥も必要だね」
僕がそう答えると、カエデで元気良く声を上げる。
「マスター、小鳥もカエデに任せてー!」
「そうだね、カエデなら小鳥も簡単に捕獲出来るもんね」
「エヘヘへーー」
◇
その後も僕らは鬱蒼とした森を進んだ。
まっすぐ向かえば二日もあれば着いただろうけど、生物学者が調査するように慎重に探索していたので時間がかかった。
動物や魔物だけでなく珍しい植物も見られたので、その都度ドリュアスにチェックしてもらったのだ。結局、テーブルマウンテンの麓に着いたのは、倍の四日後だった。
垂直に切り立った崖の下から見上げると、1000メートルもあるから天辺は全然見えなかった。
「頂上の方は雲がかかってるね」
「本当に、お一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ」
心配そうに見つめてくるソフィアに、僕は笑みを向ける。
「じゃあ行ってくる!」
僕はみんなにそう言うと、魔法障壁のシールドを作り出し、それを足場にして空中を翔け上がった。
時折、短距離転移をして距離を稼ぎ、風属性魔法で飛び上がりながら、ぐんぐんとテーブルマウンテンを上がっていく。そんな風にして僕は、1000メートルを五分ほどで登り切った。
今僕の目の前に広がる光景は、地上とは全く違う。
草原の中に多くの水たまりがあり、雲を映している。周囲にゴロゴロとしている大きな石は緑の苔に覆われていた。高い樹木はなく、見た事のない低木がまばらに生えている。
「さすがに1000メートルも上がってくると環境もガラリと変わるか。っと、みんなを迎えに行かないと」
すぐさまテーブルマウンテンの下に転移してくると、カエデが興奮して飛びついてきた。
「マスター! マスター凄かったの! ピョンピョン、お空を跳んでいったの!」
僕の山登りの仕方を見て、カエデは驚いたみたいだ。
「無属性の障壁の魔法を使ってるだけだから、カエデも練習したら出来ると思うよ。カエデには糸があるから、僕よりも簡単に登れるかもね」
「カエデ、練習する!」
さっそく僕は、みんなまとめて頂上へ連れていく事にする。
「じゃあ、僕の体に触れて」
「「「「はい」」」」
みんなが僕の体に触れた事を確認すると、僕はみんなをテーブルマウンテンの頂上へ転移させた。
「ふぅ、さすがにこの人数を一度に転移させると、魔力の消費が激しいな」
魔力を使いすぎてふらつく僕をよそに、みんなは呆然としていた。テーブルマウンテン頂上の景色は、みんなを感動させたみたいだ。
「……美しいですね」
「綺麗な景色ですね」
「ほんと、幻想的よね」
「魔境だとは思えないですね」
「ほわぁ~、すごいニャ」
「おお、見た事のない植物であります!」
ソフィア、マリア、マーニ、アカネは目を輝かせているし、ルルちゃんも嬉しそうだ。レーヴァは一人だけ調査モードに入ってるけど、彼女らしくていいと思う。
空の青を映している水たまりは湧き水らしい。その水深は浅く、透き通っていた。
「小さな魚がいるね」
「でも、この魚は聖域では生きていけないわね」
「おわっ! ウィンディーネ! 急に出てこないでよ!」
水の中を眺めて呟いた僕に、突然現れたウィンディーネが背後から声をかけてくる。僕の気配察知をかい潜るのはやめてほしい。
そのあと、ドリュアス、シルフ、ウィンディーネに続いて、セレネーも姿を現した。
そうして彼女達はわいわい言いながら、聖域の生態系のバランスをどうしていくかについて議論し始める。
「高地でしか生きられない動植物は除外ですね」
「ここには珍しい鳥が何種類かいるみたいだけど、あの子達は聖域でも大丈夫そうよ。悪さもしないでしょうし」
「水路、溜め池、精霊の泉の生態系は慎重に見極めたいの。最初は、水路と溜め池に小魚と水棲の虫くらいかしら」
「餌が限られているせいか、体の小さな動物や魔物が多いね。兎や鼠もいるみたい。どの種もあまり瘴気に侵されていないから、聖域に住めば気性も穏やかになると思うよ」
セレネーが言ってた事が気になったので、僕は尋ねてみる。
「ねえ、セレネー。聖域に住めば、気性が穏やかになるの?」
「ええ、瘴気を浄化してあげると積極的に人を襲わなくなるわ。草食の魔物ならかなり穏やかになるんじゃないかしら」
「へぇ~、角ウサギに襲われた事を思い出すよ」
草食の魔物と聞いてふと角ウサギの事が頭を過ったんだけど、あの時、角ウサギは僕を食べる勢いで襲ってきたんだよな。
「角ウサギは肉食だからね。それでも聖域で暮らすようになれば凶暴じゃなくなると思うよ。けど、肉食である以上、攻撃性がなくなる事はないわね」
「……やっぱり肉食だったんだ」
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