いずれ最強の錬金術師?

小狐丸

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3巻

3-16

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 47 再会


 エルフ達の住む村、シルフィード領にたどり着いた僕達は、村の全景が見える位置で感心していた。
 ざっと見る限り、領地の経営は上手くなされているみたいだった。
 畑の実りは豊かで、黄金色の麦畑が日の光を浴び風に揺れている。
 麦畑だけじゃなく、様々な作物や果樹が栽培されていた。ソフィアが言うには、精霊の助けを受けて、作物の実りを調整しているのだとか。
 農作業をしていた村人達が、僕達をチラチラ見てはすぐに目をそらす。
 好奇の目を向ける人が半分、警戒の目を向ける人が半分だ。
 シルフィード家の領主館があるこの村は、国境の森に近く、人口もしれている。税収は王都で法衣騎士爵だった頃よりも厳しいのではないかな。
 僕が考え込んでいると、ソフィアが一つの建物を指さす。

「……あれが、たぶん領主館ですね」

 三階建てのその家は、確かに周りよりは大きいものの、ギリギリ屋敷と呼べるレベルのものだった。
 ソフィアは微妙な表情を浮かべていた。王都で暮らした屋敷と比べて、ランクが落ちた暮らしなのだろう。

「ふぇ~、凄いです~!」
「でも不思議な光景ですね」
「本当だね」

 エルフが魔法で農作業するのを目にして、ルルちゃんとマーニが驚いている。
 僕達が見ている前で、エルフ達は散水作業を精霊魔法で行っていた。魔法での水やりが普通なのか、通常の畑で必要な用水路が見当たらない。

「何もかも魔法頼りなんだね」
「エルフは身体能力が低い人が多いですから。私のように騎士となる者は例外ですが」

 エルフは森との親和性が高い。そのため、ソフィアのように騎士の適性を持つ者は少なく、狩人や、純粋な魔法使いタイプが多いようだ。

「ユグル王国は森と湖の国です。そこには、火の精霊、風の精霊、水の精霊、土の精霊、木の精霊、光の精霊、闇の精霊、それぞれの属性の大精霊とその眷属達、そうした存在が数え切れないほど息づいています。ですから、この国の中では精霊力がとても強く、精霊魔法を使った農作業や土木工事は珍しくないのです」

 ソフィアの説明を聞きながら、ツバキの引く馬車がゆっくりと領主館へ進む。近づいてきたその建物を見て、ボルトンにある僕達の屋敷の方が大きいと思った。

「……少し古いのかな?」
「……築五十年くらいだと思いますが、手入れが行き届いていないですね」

 領主館の側まで近づくと、建物がかなり古く、ガタがきているのがわかった。
 これはひょっとすると、本来の領主としての仕事に加えて、領主自ら農作業や魔物討伐までしているかもしれないなと思った。
 どちらにせよ、暮らしぶりは楽ではなさそうだ。

「あ、誰か出てきた。ソフィアの父上と母上かな?」
「ッ……」

 馬車に気がついたのか、男性と女性のエルフが屋敷から現れた。
 女性のエルフの顔を見れば、ソフィアと姉妹と言っても信じてしまいそうだった。ソフィアとの血縁は疑いようもない。
 二人がソフィアの両親に間違いないだろう。

「「ソフィア!」」

 領主館から出てきた男女のエルフが駆け寄ってくる。ソフィアは御者席から飛び降り、二人の元へと駆け出す。

「父上! 母上!」

 ガシッと固く抱き合う三人。
 そんな光景を横目に、僕達は屋敷から出てきた使用人だろうか、壮年の男性の誘導で馬車を動かす。

「良かったですね、ソフィアさん」
「……そうだね」

 両親との再会を喜ぶソフィア達を、両親がいないマリアが寂しげに、だけど嬉しそうに祝福する。僕はそんなマリアの肩をそっと抱いて、ソフィア達を見ていた。
 その横では、アカネが同じように寂しそうにしている。マーニとルルちゃんがアカネに寄り添ってくれた。
 アカネは、元の世界に両親を残して無理やり召喚された。
 帰れる確率は低い。その事はアカネ自身にもわかっているんだろう。だから、余計に寂しさが募る。身体を失ってこの世界に来た僕と違い、諦めきれない気持ちがあるんだと思う。召喚魔法陣を解析して、送還出来れば良いんだけど。
 家族が健在のレーヴァと、家族という感覚のわからないカエデは、二人ともニコニコして再会を喜び合うソフィア達を見ていた。



 48 ひと時の団欒だんらん


 ソフィアもソフィアの両親も、顔をクシャクシャにして喜び合っていた。

「父上、母上、私の仕える主人と家族同然の仲間を紹介します」

 ソフィアがそう言うと、ソフィアのお父さんが頭を下げてくる。

「あ、ああ、すまない。お初にお目にかかる、ダンテ・フォン・シルフィード、騎士爵をいただいている。隣が妻のフリージアだ」
「初めまして、ソフィアにはいつもお世話になっています。バーキラ王国のボルトンで活動している錬金術師、タクミ・イルマです。彼女がマリア、隣がアカネ、狐人族のレーヴァと兎人族のマーニ、猫人族のルルちゃんと、あと僕の従魔でアラクネのカエデです」

 カエデを紹介した瞬間、ダンテさんとフリージアさんがギョッとした表情を浮かべた。
 僕が紹介するまで、カエデに気がついていなかったようだ。
 これはカエデが気配を消していたからだけど、いきなり厄災クラスの魔物を目の前にしたら、二人の身体が強張るのは仕方ないね。
 そこへ、ソフィアがフォローを入れる。

「父上、母上、カエデは私達の大切な仲間です。何も怖れる事はありません」
「そ、そうか」
「貴方、とりあえず屋敷の中へ入ってもらったら?」
「そ、そうだな、タクミ殿、皆様方、大きくはないが、我が屋敷にて歓迎いたす。どうぞ中へ入ってくだされ」
「はい、では、お言葉に甘えてお邪魔します」

 僕達はシルフィード家の使用人に促され、屋敷の中へ案内された。
 客間に通され、ソファーにみんなが座ったタイミングで、ダンテさんが改めてお礼を言ってくる。

「ソフィアを助けていただき、ありがとうございます」

 ソフィアが既に奴隷から解放されているのを見て、何より不自由になっていると情報があった娘の身体が、以前と変わらぬ状態に戻っているのを見て、ダンテさんは僕に深々と頭を下げた。

「いえ、ソフィアには僕の護衛として、いつも助けてもらってますから」
「父上、私は自ら望んでタクミ様に買っていただきました。その後、身体の不自由を治すばかりか封魔の呪いまで解呪していただきました。私はこの身に受けた御恩を一生を懸けて返したいと思います」
「うむ、よく言った。イルマ殿、どうか我が娘を宜しくお願いいたします」

 ダンテさんが何度も頭を下げ、横に座るフリージアさんも頭を下げてきた。
 僕は、このままソフィアに戻ってこいとでも言うのかと思っていたので、驚いて聞き直してしまう。

「えっ、それで良いのですか?」
「はっはっはっ、人族や獣人族の方にはわからない感覚かもしれませんが、我々エルフは長寿ですから、百年や二百年はたいした年月ではないのです」
「ふふっ、シルフィード家には跡取りもいますし、ソフィアには自由に生きてほしいと思っているのです」

 ソフィアがこのまま僕達と一緒に暮らす事の許可を得ようと思っていたけど、ダンテさんとフリージアさんは呆気ないほど簡単に許可をしてくれた。

「跡取りといえば、ダーフィは元気ですか?」
「ああ、ダーフィは王都の騎士団で頑張っているよ。時々顔を見せに帰ってくるが、元気そうにしている」
「ソフィアが戻ってくるのがわかっていたなら、ダーフィにも声をかけておいたのに」
「ダーフィも騎士団に入団したのですか。大きくなったのでしょうね……」

 ソフィアには、小さな弟の印象しか残っていないと言う。
 エルフにとって五十年は短い年月だけど、小さな子供が大人になるには十分な期間だった。
 ダンテさんがソフィアに尋ねる。

「このタイミングでの帰郷には、何か理由があるのかソフィア?」
「はい、このたび、タクミ様と私はAランク冒険者になったので、父上と母上に会うためにユグル王国へ帰る事を決めました」
「な、なんと、ソフィアがAランク冒険者だと」
「まぁ、凄いのねソフィア」

 お茶を飲みながら親子の話は尽きない。五十年の時を埋めるように話し込んでいる。
 ダンテさんが尋ねてくる。

「ゆっくり出来るのか?」
「……いえ、二~三日で戻る予定です。今回は父上と母上に無事を知らせるために帰ってきたのです。これからは時々帰ってこられるし、ボルトンの街にいる事を知らせて父上や母上に安心していただきたかったので」
「……そうだな、ボルトンならそう遠くないから、会おうと思えば会える」
「そうね、今はソフィアも自由の身ですものね」
「……それに、ソフィアが大怪我をして奴隷堕ちする原因となった封魔の呪いも、誰が犯人かわかっていない。ユグル王国にいるよりもボルトンの方が安全だ」

 ダンテさんが言うには、ソフィアが大怪我をして奴隷堕ちした五十年前の戦争、あの時にソフィアが敵の手に落ちるきっかけとなったのは封魔の呪いだそうだ。
 それは古代エルフの魔導具で呪いをかけられたとダンテさんは推測している。

「戦闘中に私が気づかないように魔導具を使ったのでしょう。おそらくユグル王国軍側の誰かだと思います」

 ソフィアも味方から呪いをかけられるなんて想像の埒外だったらしく、誰にやられたのかわからないらしい。

「まぁ、その話はそれくらいにして、フリージア」
「ええ、皆様、今日はこの屋敷に泊まってくださいね」
「ありがとうございます」

 僕達はその日、ソフィアの実家に泊めてもらう事になった。



 49 歓待


 シルフィード家で夕食をご馳走になる事になった。僕達は人数が多いので、アイテムボックスから食材を提供する。
 シルフィード家には専属の料理人はいない。名ばかりの侍女とフリージアが夕食の準備に立ったので、マリア、アカネ、ルルちゃん、マーニが手伝いを申し出る。

「タクミ様、私もお料理のお手伝いします」
「あっ、私も手伝うわ」
「ルルもお手伝いします」
「私も、お料理のお手伝いしますね」

 そこで僕は、アイテムボックスに大量にストックしてある食材をマリア達に渡した。
 肉と野菜、オイルや卵、塩、胡椒こしょう、スープにフリージアさんが用意したハーブ類、うん、問題なさそうだな。
 なんとなくエルフはベジタリアンだと思っていた事もあったけど、ソフィアは普通に肉が好きだし、そもそも森の優れた狩人として有名なエルフなのだから、獲物の肉も当然食べるよね。

「旦那様、ブイヤベースが鍋であったと思うのですが」
「うん、それも出すから温めて」

 アイテムボックスから、作り置きしてあったブイヤベースをマーニに鍋ごと渡す。
 肉料理、魚料理、サラダと前菜、スープ、あとはデザートだな。

「ソフィア、僕はデザートの用意をしてくるよ」
「タクミ様がですか?」
「うん、簡単なモノにするから」

 そう言ってシルフィード家のキッチンに向かう。ダンテさんが驚いた顔をしていたけど、客人がキッチンに立つって普通に考えて常識はずれだよな。

「……ソフィア、イルマ殿がキッチンへ向かったようだが」
「はい、タクミ様は料理スキルを持っています。ボルトンのお屋敷でもマリアさんやマーニさんと一緒にお料理しますから」

 実は僕達のメンバーで料理スキルを持っていないのは、ソフィアとカエデだけだったりする。


 そうこうしているうちに料理は完成。
 早速、みんなで食事を囲む事になった。
 シルフィード家のダイニングは、僕達が座るのにギリギリの大きさだったけど、美味しい料理とエルフ特製のワインで賑やかに、そして楽しい夕食の時間になった。

「うん、美味しいね」
「ありがとうございます。さすがエルフが作る野菜ですね」
「エルフ特製のワインも良いですね」
「カエデはお肉が美味しい~!」
「「…………」」

 僕が料理を作ってくれたマリア達に感想を言い、カエデはいつものように肉にかぶりついている。しかし、ダンテさんとフリージアさんは一言も発せず黙々と料理を口に運んでいた。
 心配になったマリアが感想を聞く。

「あ、あの、お口に合わなかったですか?」
「……っ、う、美味い!!」
「美味しいわ! こんな料理食べた事ない!」

 そう言うと物凄い勢いで食事を再開する。うん、気に入ってくれたみたいだからオーケーかな。
 そして、食後のデザートの時間になる。

「うっ!」
「こ、これは!」
「つ、冷たい! 甘い!」
「イルマ殿! こ、この、冷たい砂糖菓子は、いったい!」
「父上、母上も落ち着いてください。これはタクミ様がマリア達と作って収納魔法で保存しておいたアイスクリームという物です」
「……アイスクリーム」
「外の世界には、こんな冷たくて美味しい砂糖菓子があるのね」

 アイスクリーム、シャーベット、プリン、パンケーキは、僕達の屋敷では頻繁に食卓にのぼる。でも、それは僕達の家だけ。ダンテさんとフリージアさんにはそう言ったけれど、アイスクリームを食べるのに夢中で、全然二人の耳には入っていなかった。


 その日の夜、僕は割り当てられた部屋の窓から、月明かりに照らされる外の風景を眺めていた。
 魔力感知スキルを持っているからわかるのか、僕の周りをたくさんの気配が楽しげに飛び回っているように感じる。

「……精霊なのかな?」
「タクミ様は精霊に好かれているようですね」

 独り言を呟いた僕に、背後から声がかかる。僕の部屋に入ってきたのは、ソフィアだった。

「親子水入らずで過ごさなくても良いの?」
「はい、私はもう大人ですし、これからは会おうと思えばいつでも会えますから」

 ソフィアは僕の側へ近寄ると、そっと寄り添った。そして一緒に窓から外の風景を眺める。
 ユグル王国の辺境に位置するシルフィード領。小さな村が二つだけしかない、決して裕福な領地じゃない土地だけど、とても良いところだと僕は感じた。
 王都生まれ王都育ちのソフィアにとっても、初めての場所。それでもやっぱり祖国、両親の元に帰ってくるという事は、心に良い結果をもたらしたと思う。



 50 困惑のユグル王国


 タクミ達がソフィアの実家を訪問した事は、あまり時をかけずユグル王国の王城に知らされる事になった。
 寿命の長いエルフでさえ誰もテイムした記録のない、ドラゴンホースのツバキと、Sランクを超えると言われるアラクネを従魔にしている事は、驚きを持って受け入れられた。
 王城に集いし者達は、タクミ達の扱いに頭を悩ませていた。
 フォルセルティ・ヴァン・ユグル。ユグル王国の国王として、その治世は二百年を超える。閉鎖的なエルフの中にあって、バーキラ王国やロマリア王国との交易を進め、ユグル王国に繁栄をもたらした賢王と言われている。

「陛下、シルフィード卿の元に訪れた者達をいかがいたしますか?」
「いかがも何も、娘が里帰りしただけであろう」

 国王フォルセルティにそう伺いを立てたのは、老人のエルフ。
 エルフで老人の姿という事は、少なくとも700歳を超える高齢。その者の名は、ユグル王国の宰相バルザ。長きにわたり、ユグル王国を支え続けた男だった。

「我が国は冒険者が入国するのを禁じているわけではないのだ。我らから何かをする必要はあるまい」
「まぁ、そうなのですが、その帰郷したソフィア嬢が少々問題でして……」
「ホーディア子爵、いや伯爵だったか。いい歳をしてまだソフィアを狙っているのか? 確か、この前の戦争時、ソフィアが大怪我を負い、捕虜となってしまったのは、ホーディア伯爵のせいであったな」

 ホーディア子爵は、財力を活かして五十年前の戦争において後方支援で力を発揮し、伯爵に陞爵しょうしゃくしていた。国王としても、ホーディア伯爵は歴史の長い名門貴族家ゆえ、一定の配慮をしてきたつもりである。

「……ええ、さすがに証拠を残すようなタマではありませんから、責任を追及される事もありませんでしたが。それと、ソフィア嬢が身体に不自由が残るほどの大怪我を負ったのも、ホーディア伯爵にとっては計算外だったでしょう」
「そのお陰で、ソフィア嬢は助かったのだろう。彼奴きゃつはエルフらしからぬ好色だからな」
「はい、ソフィア嬢が五体満足な状態ならば、何処の奴隷商会に隠そうと、探し出して己が物としたでしょうな」

 エルフという種族は長寿ゆえか出生率が低く、ホーディア伯爵のように高齢になっても性欲旺盛な者は少ない。王族や高位貴族は義務として複数の妻をめとるが、ホーディア伯爵のように複数の妻以外に妾まで囲うエルフはいない。

「しかし、あの老人は、本当にエルフか? オークの間違いじゃないのか?」
「プフッ、陛下、さすがに臣下をそのように言うのは問題がありますぞ」
「バルザも笑っておろう。はぁ、しかし問題はシルフィード卿の娘、ソフィア嬢の身体の治癒と封魔の呪いを解呪した者が何者かだな」
「我が国の宝、ミーミル様以外に身体の不自由を治癒し得る者が他国にいたとは……確かにそちらの方が問題ですな」

 それに加え、封魔の呪いを解呪するのも簡単ではない。
 解呪が出来るのは、魔法に長けたエルフの国ユグル王国でも片手で数えられる程度。バーキラ王国やロマリア王国に、そう人数がいるとは思えない。シドニア神皇国の似非えせ司祭に至っては到底出来るはずもないと断言出来る。

「ホーディア伯爵に情報が届く頃には、ソフィア嬢はバーキラ王国へ帰国しているでしょう。トラブルになる事もありますまい」
「で、あるな。ソフィア嬢の主人は、身体の不自由を治癒し呪いを解呪したばかりか、奴隷から解放までしていると聞いた。なかなかの御仁なのだろう」
「ええ、それにアラクネを従魔に出来る実力も兼ね備えておるようですし、我が国としては静観すべきでしょうな」

 ユグル王国の諜報部門は、既にタクミ達の情報をある程度掴んでいた。
 ソフィアの身体不自由は治り、奴隷から解放され、Sランク超えの魔物であるアラクネの特異種、カエデを従魔としている。
 フォルセルティが呟く。

「ホーディア伯爵が余計な事をせぬように祈るばかりだ」

 ◆


 タクミ達がシルフィード騎士爵領を訪れ、既に帰路に就いて三日が経った頃。
 とうとうその噂が、ある男の耳に入った。
 その豪華な屋敷は、王都の貴族街の一画に建てられている。
 華美な装飾品が飾られた部屋で、エルフにしては崩れた容姿をし、日頃の贅沢と不摂生でたるんだ身体を震わせて、部下を大声で怒鳴りつける老人がいた。
 ホーディア伯爵である。

「何故ここに連れてこなかった!」
「あ、あの、我らに情報が届いた時点で、既に国境を越えていましたので……」
「なら、居所を突き止めて連れてこい!」

 バンッ!
 ホーディア伯爵が、豪華な机を叩いて部下を叱咤しったする。
 部下からの情報では、ソフィアの身体不自由は治り、封魔の呪いも解呪されているという。
 五十年前の美しいソフィアがよみがえったのだ。ホーディア伯爵がためらう理由はない。それにもかかわらず部下の返答は歯切れが悪かった。

「旦那様、ソフィア嬢は一度奴隷となって買われています。その後も、今の人族に仕えているようで……」
「お前はバカか! だから何だというのだ。連れてこいと言ったんだ! さらってでも連れてこい!」
「しかし、奴らは既に国を出て帰国の途に就きました。しかも奴らの乗る馬車を引くのは竜馬です。とてもではありませんが、追いつく事は無理です」

 否定的な意見ばかり言う部下に、ホーディア伯爵のカミナリが落ちる。

「地の果てまで追ってでも連れてまいれ!」
「は、はい、すぐに手配致します」

 オロオロとしながら、部下は退出していった。
 そうして部下がすがりついたのは、影に潜んで暗躍するという闇ギルドであった。

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