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第七十二話 饕餮

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 少し落ち着いたメフィス教授にうながされ、ホクトが魔法陣に向かい、召喚術の発動準備にかかる。

 ホクトは、目を瞑ると精神を統一する。

『臨兵闘者 皆陣列前行、我は求め訴える、四凶が一角、魔を喰らい尽くす貪欲なる獣、阿耨多羅 三藐三菩提、その身を浄化し聖なる獣となり、我の元へ顕現せよ。急急如律令、姿を現せ貪るモノよ!』

 ホクトの口から出て来たのは、この世界の大陸言語ではなく、古代エルフ語でもない。

 それは、遠い遠い世界の言葉。

 日の本の言葉で呪文を紡ぐ。

 呪文であり、祝詞であり、強力な言霊である言葉を紡ぎながら大量の魔力が魔法陣に流れ込む。

 魔法陣から、強大な存在が顕現しようとしているのが、その場の全員が気が付いた。

 魔法陣に黒い体毛に覆われた、巨大な牛の様なシルエットが浮かび上がる。

 太く捻れた二本の角。

 鋭い牙を覗かせ、尻尾には太く長い竜の尾が。

 伝承に残る姿とは、少し違う部分もあるが、それは凶たる存在を召喚術で改変した影響だろう。

 多少、姿は違えど、それは正しく饕餮とうてつと呼ばれ、竜生九子(りゅうせいきゅうし)のひとつとも、四凶のひとつに数えられる怪物だった。

 魔法陣に現れた、尋常ならざるモノを前にして、メフィス教授とフランソワの身体が硬直する。

 不味い、その魔物は不味過ぎる。

 ホクトとサクヤは平然としているが、メフィスとフランソワにとって、饕餮と言う存在は、あまりにも規格外過ぎた。

 ホクトが、全身に魔力と闘気を濃密に纏い、饕餮を威圧する。

 饕餮とホクトの気と魔力がぶつかり合い、部屋の中を風が吹き荒れる程の物理現象が起こる。

 ホクトの額から汗が流れる。

 これはもう、戦い屈伏させるしか方法はないかと周りで見ていたメフィスやフランソワが緊張した時、急に饕餮からの圧力が弱くなる。

「我に下れ!【シユウ】!」

 ホクトの召喚術を 受け入れた饕餮がホクトへ頭を下げて臣従の意思を見せた。

「ふぅ~」

 額から流れる汗を拭い、深く息を吐くホクト。

「ふぅ~じゃありません!
 何なんですかこの魔物は!

 それに、サクヤさんも同じ様な呪文を唱えていましたが、召喚術を発動する時に、何かとても力のある呪文を唱えていましたね。大陸共通言語ではありませんし、古代エルフ語でもありませんでした。ただ、言葉自体がとても力を持っている様に感じました。あれは何なんですか!」

 メフィスがホクトの元に走り寄り、矢継ぎ早に質問を投げかけ、説明を求める。
 サクヤが召喚した八咫烏にも衝撃を受けたメフィスだが、八咫烏は神の御使と言う性質上、危険な感じを受けなかったが、ホクトの召喚した魔物を見て、背筋を冷たい汗が流れるのを止める事が出来なかった。
 初めて見る魔物だという事を抜きにして、それはあまりにも異質で強大な力を持つ事が、メフィスには分かった。
 長く生きるバンパイヤのメフィスは、長年の研究に自信を持っている。全ての魔物を知っているとは言えないが、八咫烏や饕餮の様な規格外の強力な魔物ならば、知らない方が不自然だった。

「えっと、呪文に使用した言語に関しては秘密です。僕がシユウと名付けた魔物は、饕餮と言う異界の怪物です。四凶の一つに数えられ、竜が生んだ九つの子供の一つとも言われている強大な魔物です。
 思ったより抵抗が激しくて、戦って屈伏させなきゃダメがと思いました」

「トウテツなんて、初めて聞きます。

 …………何度見ても尋常ならざる力を秘めているのが分かりますね」

 メフィスに四凶を説明するのに手間取ったが、何とか無事に召喚を終えてホクトもホッとする。

 饕餮とうてつは、中国で四凶と呼ばれる怪物だけあって、その性質は神聖な御使いの八咫烏とは対極にある。召喚術で契約出来た今は問題ないが、もし契約に失敗した場合、ホクトやサクヤが全力で戦って、学園の施設に大きな被害が出ただろう。

 まだ何か聞きたそうなメフィスを一旦置いといて、ホクトはシユウに話し掛ける。

「シユウ、身体の大きさを変えたり出来るか?」

『是、シカシ、主、我ハ、主ノ影ニ、ヒソメル。ツネニ、主ノソバデ、マモル』

「それは便利だな。なら普段は僕の影に潜んで居てくれ」

『ショウチシタ』

 そう言うとシユウはホクトの影に潜り込んだ。

 シユウは、ミニバン程のサイズが有り、サイズが変えられたり、影に潜めるなら都合が良い。毎回、召喚術で呼び出すコストを節約出来る。

「おほんっ、取り敢えず、そのヤタガラスとトウテツの検証は改めてするとして、今日の召喚術に関して、それぞれレポートを提出して下さい」

 メフィスは八咫烏と饕餮に関して、シェスター教授と連携して検証しようと決めた。





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