上 下
50 / 82

第四十八話 王女様とお茶を

しおりを挟む
 ベルンへ来て三日目の朝、宿で朝食を食べていた時、見た事のある白銀の鎧に身を包んだ騎士がホクト達を訪ねて来た。

「ヴァルハイム卿、朝早くから申し訳ありません。
 私は第三騎士団のトーマスと申します。
 フランソワ王女より、先日のお礼を兼ねてお茶会へお越し頂きたいとの事です。
 今日の午後に馬車でお迎えにあがります」

 学園ではクラスメートだが、一歩外へ出れば王族と臣下には違いなく、ホクトに拒否する選択肢はなかった。

「分かりました。
 準備してお待ちしています」

 そう言って騎士が去って行った。

「アニキ、今日は王都へ出発するんじゃなかったのか?」

「あのなカジム、王族からの誘いを滅多な事じゃ断れないんだよ。これでも僕も男爵なんだから」

「ふ~ん、面倒なんだな」

「でも何時出発するの?」

 サクヤに聞かれてホクトが少し考える。

「……別に僕達なら夜通し走っても平気だよな」

 それを聴いたカジムがギョッとする。

「ホクト、夜の闇を苦にしないのは全員そうなのだけど、カジムは夜通し走るのは辛いんじゃないかしら」

「そ、そうだよな。アニキ、姐さんもそう言ってるし、夜通し走るのは止めよう」

 焦ったカジムが何とかホクトの無茶振りを止めようとする。

「まぁ取り敢えず朝食を食べ終えたら、午後に宿をチェックアウトする準備だけしておこう」





 午後に豪華な馬車が宿の前に着けられ、騎士が迎えに来た。

「豪華な内装の馬車だなぁアニキ」

 乗り慣れない豪華な馬車にカジムは居心地が悪そうだった。

「まぁ僕やサクヤもこのクラスの馬車は初めてだからね。分かるよその気持ち」

「そうよね、ヴァルハイム家は少し前まで男爵だったものね」

 馬車に揺られながら取り留めもない事を話しながらベルンの領主館へと向かう。





 領主が住むに相応しい城と呼んでも差し障りのない建物へ通されたホクト達三人は、ベルバッハ伯爵の財力に感心する。

「これ、ベルバッハ卿に挨拶は必須だよな」

「そうね、なんだか嵌められた気分よね」

「人族の貴族は無駄にデカイ家に住むよな」

 三人が馬車から降りながらボヤく。
 ロンレス・フォン・ベルバッハ伯爵は、フランソワの祖父にあたる。王家へ娘をねじ込む手腕を持つ強かな政治家だとホクトは認識している。



 部屋に案内された三人は、フランソワ王女に迎えられた。

「改めまして、先日はご助力感謝致します。
 ホクト様達が通り掛からなければと思うと、体が震えて来ます」

「いえ、本当に偶然通りかかっただけですから」

 お礼を言われ、お茶を飲みながら話していた時、フランソワが疑問に思っていた事を聞いて来た。

「ホクト様達は、馬車や馬も使わずにベルンへ来たのですか?」

 フランソワ達が盗賊に襲われていた時に、助けてくれたホクト達は、馬車はおろか護衛の姿も見えなかった。フランソワはホクト達が冒険者として活動している事を情報として知っている。注目のヴァルハイム家三男の情報は、詳しく王家に収集されているのだから。
 フランソワの護衛する第三騎士団のウルドに聞いた所、いくら冒険者とはいえ、子供三人で王都からベルンへ馬車も使わず移動する事はあり得ないと言っていたが、逆に今回、実際に彼等を見てしまうと、納得してしまう実力者だと言った。

「それに、私達を先に行かせて後始末をされた筈のホクト様方が、ベルンに先に到着していたと聞いたのですが」

「そりゃずっと走り続けたからな」

 フランソワの問いに答えたのは、出されたお菓子を食べていたカジムだった。

「は?……走る?」

「そうだぜ、俺達は王都からずっと走って来たんだ。俺達が走れば、馬よりも速く長い時間走り続ける事が出来るからな」

 フランソワはカジムの言葉を聞いて、理解が及ばずポカンとする。
 街道を歩いて移動する者は少なくない。乗り合い馬車と徒歩を併用して移動するのは、王都からベルンなどの主街道では平民の移動手段としては、どちらかと言えばポピュラーだった。そう、平民の移動手段とと言う注釈がつくが…………。


 部屋の扉がノックされ、そこにベルバッハ伯爵家の家宰が先触れに訪れた。

「ヴァルハイム男爵様、サクヤ様、カジム様、旦那様がご挨拶と、フランソワ陛下をお救い下されたお礼を言いたいと申されています」

 当然、男爵にすぎないホクトに断れる筈もなく、暫くすると、ホクトの父カインやアーレンベルク辺境伯とは対極に位置する、見るからに文官という雰囲気の壮年の男が入って来た。

「あゝそのまま掛けてくれたまえ。

 儂はロムレス・フォン・ベルバッハ、伯爵を賜っておる。此度は孫娘を助けてくれて感謝致す」

「お初にお目にかかります。ホクト・フォン・ヴァルハイムです。
 お礼は、もうフランソワ様から頂きました。私達は偶然その場に居合わせる事が出来ただけです」

「サクヤ・アーレンベルクです」

「……カジムです」

 ホクトに続いてサクヤとカジムも自己紹介をする。

「ヴァルハイム卿ではお父上と紛らわしいので、ホクト殿と呼ばせて貰うがよろしいかな。

 ホクト殿達には、此度の事で是非御礼をしたいと思っているのじゃが、それとは別に明後日開かれる晩餐会に招待したいと思っている」

「申し訳ございませんベルバッハ卿。
 私達はこの後直ぐに王都へと発つので、お気遣い無用でお願いします」

「えっ!もう帰られるのですか?」

 ホクトの話に反応したのはフランソワだった。まさか今日、王都へと発つとは思わなかったのだろう。ロムレスも驚いていたが、さすがにそれを顔にだす事はなかった。

「はい、私達も王都で夏季休暇中にして置きたい事があるので、フランソワ様とはまた学園でお会いしましょう」

 予定があると言うホクト達を、余り長く引き留める事も出来なかった。

 ホクト達もベルンにはもう用はないので、早く王都へと帰りたかった。






「フランソワ陛下、学園ではもっとヴァルハイム卿と、仲良くなるべきだと愚考しますな」

 ホクト達が屋敷を去ったあと、ロムレスとフランソワが孫と祖父ではなく、王族と臣下の会話をしていた。

「お祖父様、いえ、ベルバッハ卿、そうですわね」

 王族との婚姻でホクトを取り込む事は難しい。
 それはアーレンベルク辺境伯との関係もあるが、ホクトがエルフだという事も大きい。
 ロマリア王国は、種族間差別を否定する国家ではあるが、王族にエルフを迎い入れるには、まだまだ強固に抵抗する勢力が多い。

「現状、国王派、貴族派、中立派の勢力は拮抗していますが、ホクト殿との関係性を強化する努力は必要でしょうな」

 人が集まれば派閥が出来るのは当たり前の事だ。
 現在、国内貴族は三つの派閥に別けられる。

 中央集権を目指す国王派。
 逆に貴族の権利を強め分権を勧める貴族派。
 どちらの派閥からも距離を置く中立派。

 アーレンベルク辺境伯家やヴァルハイム子爵家は中立派で、ベルバッハ伯爵家は当然国王派だ。

 どうすれば王都へ戻ってから、ホクト達との距離を近付けるか考えるフランソワだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

私は、忠告を致しましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。  ロマーヌ様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ?

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

皇妃になりたくてなったわけじゃないんですが

榎夜
恋愛
無理やり隣国の皇帝と婚約させられ結婚しました。 でも皇帝は私を放置して好きなことをしているので、私も同じことをしていいですよね?

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...