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第壱蟲 『抑蟲』
彩蓮
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「ん?」
キキョウの花束を手に、家路つくナダレ。
だが、何やら周囲の景色がオカシイ。
「なんだか視界がぼやけているような。」
日々通っている筈の道。
だが何かが『欠けて』ぼやけている。
いつもと変わらぬ風景の筈なのにどこか『鮮やかさ』が足りない。
「……疲れからだろうか?」
ナダレは眉間にしわをよせ、首を傾げる。
そして赤く光らぬ信号を見、道路を横断した。
と彼は思っていた。
ごすっ
彼の右半身に何か巨大な物体が追突する。
「え?」
体の内部からミシミシと骨のしなる音が鳴り響き、刹那に強烈な力で吹き飛ばされる。
彼の体は宙を舞い、景色は回転する。
そしてわけのわからないまま地面へと叩きつけられた。
周囲からは誰とも知れぬ悲鳴が聞こえ、顔面に擦り付けられたアスファルトからはごつごつとした肌触りと冷たさを感じる。
ナダレの身体は血溜まりに浸され、意識はだんだんと朦朧としている。
だが、赤く色付いている筈である体液は、色の抜け落ちたように白く、さながらミルクでも染み出している様にも見えた。
しかし不思議と痛みは感じず、寧ろ心地よささえも感じる。
「そうか……これが……罰か……。」
薄れゆく意識の中、彼はそのように口漏らす。
身体が鉛のように重く、指先一つ動かせない。
己から流れ出る液体が、花束に染み浸る様を眺める事しかもう出来ない。
「ごめんな……ユキ……。」
脳裏に浮かぶは娘の姿。
初めて目にした小さな命。
愛を誓った一人の女性。
己を導いたかつての恩師。
父と母。
後悔と感謝が入り混じり、自然と笑みと涙がこぼれる。
走馬灯の最中、ふと見慣れないモノが映りこむ。
彼の目に最期に映ったのは娘の姿でも、妻の姿でも、はたまた既にこの世を去っていた父と母の姿でもなかった。
『蟲』。
彼に巣食っていた『抑蟲』である。
彼の虚ろな眼前には『蟲』がいた。
「何……だ……この……虫……?」
蟲は何を語るわけでもなく、こちらをジッと見つめている。
「どうして……俺……を見て……いる……?」
蟲に感情などある筈無い。
だがその蟲はこちらを憂う様な雰囲気を漂わせているように思えた。
「どう……して……そんな……に……悲し……そうに……」
救急車のサイレンの鳴り響く中、ナダレの視界は閉じ暗黒へと染まった。
キキョウの花束を手に、家路つくナダレ。
だが、何やら周囲の景色がオカシイ。
「なんだか視界がぼやけているような。」
日々通っている筈の道。
だが何かが『欠けて』ぼやけている。
いつもと変わらぬ風景の筈なのにどこか『鮮やかさ』が足りない。
「……疲れからだろうか?」
ナダレは眉間にしわをよせ、首を傾げる。
そして赤く光らぬ信号を見、道路を横断した。
と彼は思っていた。
ごすっ
彼の右半身に何か巨大な物体が追突する。
「え?」
体の内部からミシミシと骨のしなる音が鳴り響き、刹那に強烈な力で吹き飛ばされる。
彼の体は宙を舞い、景色は回転する。
そしてわけのわからないまま地面へと叩きつけられた。
周囲からは誰とも知れぬ悲鳴が聞こえ、顔面に擦り付けられたアスファルトからはごつごつとした肌触りと冷たさを感じる。
ナダレの身体は血溜まりに浸され、意識はだんだんと朦朧としている。
だが、赤く色付いている筈である体液は、色の抜け落ちたように白く、さながらミルクでも染み出している様にも見えた。
しかし不思議と痛みは感じず、寧ろ心地よささえも感じる。
「そうか……これが……罰か……。」
薄れゆく意識の中、彼はそのように口漏らす。
身体が鉛のように重く、指先一つ動かせない。
己から流れ出る液体が、花束に染み浸る様を眺める事しかもう出来ない。
「ごめんな……ユキ……。」
脳裏に浮かぶは娘の姿。
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父と母。
後悔と感謝が入り混じり、自然と笑みと涙がこぼれる。
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「どうして……俺……を見て……いる……?」
蟲に感情などある筈無い。
だがその蟲はこちらを憂う様な雰囲気を漂わせているように思えた。
「どう……して……そんな……に……悲し……そうに……」
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