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第9部 夢の先にあるもの
5-8それぞれ想いを胸に新しい道へ進み始める
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午後、一時ごろ。私は〈西地区〉に来ていた。すぐ後ろには、何台もの黒いエア・カートが停まっている。その周囲には、黒いスーツを着た人たちが、十名以上、立っていた。物々しい雰囲気で、常に、周囲に目を光らせている。
彼らは〈行政府〉から派遣されて来た『VSS』(要人警護特殊部隊)の人たちだ。私は、一週間ほど前から、彼らに警護されていた。エンプレスの就任式典が終わるまでは、ずっと、この状態が続く。
しかも〈南地区〉にある高級ホテルの、最上階の『ロイヤル・スイート・ルーム』を用意され、そこで生活している。警備しやすいのもあるが、これも、就任式の一環らしい。私はすでに、エンプレスとしての、扱いを受けているのだ。
何をするにも、常に、警備が付きまとうので、物凄く不便だ。しかし、エンプレスは、国のトップと同じか、それ以上の存在なので、仕方がない。
あと、就任式までの間、不要な外出は、極力、控えるように言われていた。一週間前からは、本業のほうもお休みし、毎日、式典の打ち合わせを行っている。それ以外は、ホテルの部屋に、ずっと閉じこもっていた。
部屋は、豪華で物凄く広いし。フロントに連絡すれば、ルームサービスで、何でも持って来てくれる。あと、美容院や、ネイルサロン、エステなど。流石は、一流ホテルだけあって、何でもそろっていた。
至れり尽くせりの、超好待遇だけど。家にも帰れないし、自由に空を飛び回ることもできない。こういう生活には慣れてないので、とんでもなく息苦しくて、フラストレーションも、物凄く溜まる。
でも、こうなることは、ある程度、予想していたし。自分で選んだ道なので、素直に受け入れていた。エンプレスになれば、もう、誰も一般人としては、見てくれないのだ。
明日は、いよいよ『グランド・エンプレスの就任式典』が行われる。準備は、全て終わっており、あとは、本番を迎えるだけだ。ただ、その前に、私はどうしても、やっておきたい事があった。
今、私の目の前には、とても大きな敷地が広がっている。ここは〈西地区〉にある墓地で、たくさんの墓石が、整然と並んでいた。先のほうには、小さな丘が見える。私の目的は、その丘の頂上にあった。
私のすぐ隣には、少し複雑そうな表情をした、リリーシャさんが立っていた。今日は、わざわざ、会社をお休みして、付き会ってくれたのだ。
「すいません、リリーシャさん。お忙しいところ、付き合っていただいて」
「いいのよ。私も、来ようと思っていたから。それにしても、物凄い警備ね」
「一週間前から、ずっと、警備の人に、取り囲まれていまして……」
「そういえば、母の時も、こんな感じだったわね」
リリーシャさんは、遠い目をして答える。
私は、少し考えたあと、近くにいた警備の人に、声を掛けた。
「すいませんが、しばらくの間、私たち二人だけに、していただけませんか? とても大事な人に、会いに行くので」
「しかし、我々には、あなたをお守りする、任務がありますので――」
「ほんの少しの間だけで、いいんです。偉大なシルフィードに会うのに、大人数で行くのも、失礼ではありませんか?」
「それは、そうですが……」
警備の人が悩んでいると、後ろから、別の人が近づいて来た。
「かしこまりました、天使の翼。ここは、とても神聖な場所ですし、あなたのおっしゃる通りです。それに、エンプレスのあなたがお望みなら、我々は、その命に従います」
彼は、この『VSS』の責任者だ。左手を胸に手を当て、恭しく頭を下げて来る。
「ありがとうございます。なるべく、早く戻りますので」
「はい、お気をつけて」
彼は、全員に『整列!』と声を掛けると、一瞬にして、全ての警備の人たちが、横一列に並んだ。私たちは、彼らに見守られながら、ゆっくりと墓地を抜け、小さな丘を登って行くのだった――。
******
小高い丘の上に登ると、そこには、ひときわ大きな墓石が、一つだけ置かれていた。墓石の下には、たくさんの花が置かれている。今でも、お参りに来る人が多いようだ。
墓石には『世界を光で照らした、偉大なるシルフィード、ここに眠る』と、書かれていた。ここは『伝説のシルフィード』と言われた『前グランド・エンプレス』の、アリーシャさんのお墓だ。
〈ウインド・ストリート〉にある、天使像には、何度かお参りに行ったけど。ここに来るのは、初めてだった。リリーシャさんに、過去のことを、思い出させたくなかったのもあり、今までは避けていた。
でも、エンプレスの就任が決まってから、一度、ここに、来る必要があると思ったのだ。アリーシャさんは、うちの会社の創業者であり、私の大先輩でもある。
直接、会ったことは無いけれど。私がシルフィードになれたのも、リリーシャさんと会えたのも、彼女が〈ホワイト・ウイング〉を、作ってくれたからだ。私が上位階級になれたのだって、アリーシャさんの名声が、少なからず関係していた。
そう考えると、間接的に、物凄くお世話になっている。それに、先代のエンプレスでもあるので、正式に、引継ぎの挨拶しなければならない。リリーシャさんに、その話をしたら、一緒に来てくれることになったのだ。
私たちは、そっと花束を置くと、両手を組み、目を閉じた。私は、写真で見た、アリーシャさんの顔を思い浮かべると、心の中で、そっと話し掛ける。
『アリーシャさん、こんにちは。いつも、大変お世話になっております。今日は、大事な報告があって、やって参りました』
『私が、こちらの世界に来て〈ホワイト・ウイング〉で働き始めてから、もう、四年以上が過ぎました。最初は、何もできない、未熟な見習いでしたが。リリーシャさんや、沢山の方のご指導のもと、何とか、一人前になれました』
『日々努力して、一昨年には、プリンセスに昇進。その後も、無我夢中で頑張っていたら、先日、私に、エンプレス昇進の知らせが来たんです』
『正直、かなり悩みました。最初は、リリーシャさんのところに、話が来ていましたし。私よりも優秀なシルフィードは、沢山いますので』
『ただ、色々考えた結果、私は、この話を受けることにしました。もちろん、自分が、まだまだ、実力不足なのは、重々承知しています』
『でも、私は、この世界の人々に、とても暖かく迎えてもらい、数え切れないぐらい、優しくしてもらいました。だから、その恩返しがしたいんです。私の、今後の人生の、全てを懸けて』
『私は、頭もよくないですし、不器用なので、どれだけのことが出来るかは、よく分かりません。でも「シルフィードが大好き」という気持ちは、誰にも負けないつもりです』
『あと、私は「世界中の人を幸せにしたい」と、本気で考えています。なので、アリーシャさんの「世界中の人を笑顔にしたい」という想いも、引き継がせていただきます』
『全身全霊を懸けて、頑張りますので、見守っていてください。どうか、よろしくお願いいたします』
私は、深々と頭を下げた。
ゆっくり顔を上げ、目を開ける。すると、すぐ隣では、優しげな瞳で、リリーシャさんが、私を見つめていた。
「お話は、終わったかしら?」
「はい。全て伝えることが、できました」
「そう……。私も、今の自分の素直な気持ちを、全て伝えたわ」
「それって、もしかして?」
「えぇ。自分には、進みたい道があるから。シルフィードを辞めることを、許して欲しいと――」
リリーシャさんは、少し寂し気な表情をしていた。けっして、シルフィードが嫌いな訳では、ないのだと思う。
でも、本当に、自分が望むことをやりたければ、大好きな人とも、道をたがえなければならない。人それぞれに、進むべき道は、違うのだから。
ただ、それは同時に、私とリリーシャさんも、別々の道に進むことを意味する。私は、この仕事に生涯を捧げるために。彼女は、この仕事を辞めるために。ともに、別々の決意を胸に、今日、ここにやって来たのだ。
正直、リリーシャさんと別れるのは、物凄く、辛くて寂しい。ただでさえ、とてつもなく、大きな責任のある、特別な立場になるのだから。
できれば、これから先も、ずっと、そばに居て欲しいと思う。でも、彼女の幸せを考えたら、別の道を進んだほうが、最善なのだから。私は、全力で、応援してあげるべきだ。
「アリーシャさんなら、笑顔で背中を押してくれると思いますよ」
私は、精一杯の笑みを浮かべながら、リリーシャさんに声を掛ける。
「そう……かしら?」
「はい。とっても、心の広い人ですもんね」
私は、話でしか、聴いたことがないけど。物凄く楽天的で、自由で、器の大きな人だったらしい。
「そうね。きっと母なら『好きにやりなさい』って、言うかもしれないわ。私の進路に関して、全く口出ししなかったし。きっと、どんな道を選んでも、応援してくれたと思うわ」
「ただ、私には、新しい世界に踏み出す、勇気がなくて。ずっと、母の背中を、追い掛けていただけなの。でも、風歌ちゃんのお蔭で、ようやく決心がついたわ」
リリーシャさんは、真っ直ぐな瞳を向けて来る。
「えっ? 私のお蔭って――?」
「風歌ちゃんが、いつも、色んなことに挑戦している姿を見て。私も頑張らなきゃ、って思ったの」
「でも、私は、いつも、思い付きとテンションで、行動しているだけですから。そんなに、大したものでは……」
昔に比べ、かなり慎重に考えてから、行動するようになった。でも、最終的には、イチかバチかの賭けが、多いんだよね。結局のところ、何事も、やってみないと分からないから。
その時、唐突に、リリーシャさんが頭を下げた。
「風歌ちゃん、本当に、ごめんなさい」
「なっ?! 何で謝るんですか? 頭を上げてください」
「私の我がままのせいで、風歌ちゃんに、大変な重荷を背負わせてしまって。本来なら、私が、母のあとを継ぐべきなのに――。風歌ちゃんには、自由に楽しく、のびのびやって欲しかったのに……」
その言葉からは、大きな苦悩が感じられた。どんな時でも、私を気遣い、優しくしてくれたから。今もまた、私のことを、本気で心配してくれているのだろう。でも――。
「それは、大きな勘違いですよ、リリーシャさん」
「えっ……?」
私が声を掛けると、彼女は、静かに顔を上げた。
「だって、私は、好きでやるんですから。重荷だなんて、全く考えていませんよ。そもそも、見習い時代から、ずっと、なりたいと思ってましたし。まぁ、昔、ノーラさんに『エンプレスになる』って話したら、大笑いされましたけど――」
あの時のことは、今でも覚えている。でも、見習いのころは、ただノリで、気楽に言っただけだったし。明らかに、能力も覚悟も、足りていなかった。
「それに、今なら、何となく分かるんです、アリーシャさんの気持ちが。きっと、アリーシャさんは、この仕事も、この町も、この世界も、全てが大好きだったんだと思います。だから、好きで、エンプレスを、やっていたんじゃないでしょうか?」
「私も、この世界と、この世界の人たちが、物凄く大好きです。なので、心の底から『世界中の人を幸せにしたい』って、思っています。好きでやるので、全然、重荷なんかじゃないですよ。むしろ、ワクワクします」
自分の好きな人に『幸せになって欲しい』と思う気持ちは、誰もが持ってるし。そのための努力は、全く負担に思わないはずだ。私は、たまたま、好きな人が多いから、世界中の人が、対象なだけで。
「そう……。やっぱり、風歌ちゃんは、凄いわね。きっと、当の昔に、追い抜かれていたのだと思うわ」
「とんでもないです。私なんて、まだまだ、リリーシャさんの、足元にも及びませんし。私を、ここまで育ててくれたのは、リリーシャさんじゃないですか?」
「そんなことないわ。ずっと、過去にしがみついて、前に進めかった私と違い。風歌ちゃんは、常に前だけを見て、進み続けてきたのだから。それに、私がいなくても、同じ結果を出していたはずよ」
リリーシャさんは、私の手を、そっと両手で握りしめた。
「頑張って、風歌ちゃん。きっとあなたは、歴代でも、最高のエンプレスになると思うわ。あなたは、自分が思っている以上に、優れた能力を持っているから」
「能力があるかは、よく分かりませんけど。精一杯、頑張って、最高のエンプレスを目指します。でも、頑張るのは、私だけじゃありませんよね?」
「そうね。どちらが先に結果を出せるか、競争ね。お互いに、新しい道を、頑張りましょう」
「はいっ!」
その時、後ろから、柔らかな風が吹いた。まるで『頑張れ』と、背中を押されているみたいだった。
リリーシャさんが、アリーシャさんを追い掛けるのを、止めたように。私も、リリーシャさんを追い掛けるのを止め、自分の道を進んで行こうと思う。
私は、私らしい、最高のシルフィードになるために……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『エンプレスとして世界中の人々を守ることをここに誓う』
守りたい、この笑顔……
彼らは〈行政府〉から派遣されて来た『VSS』(要人警護特殊部隊)の人たちだ。私は、一週間ほど前から、彼らに警護されていた。エンプレスの就任式典が終わるまでは、ずっと、この状態が続く。
しかも〈南地区〉にある高級ホテルの、最上階の『ロイヤル・スイート・ルーム』を用意され、そこで生活している。警備しやすいのもあるが、これも、就任式の一環らしい。私はすでに、エンプレスとしての、扱いを受けているのだ。
何をするにも、常に、警備が付きまとうので、物凄く不便だ。しかし、エンプレスは、国のトップと同じか、それ以上の存在なので、仕方がない。
あと、就任式までの間、不要な外出は、極力、控えるように言われていた。一週間前からは、本業のほうもお休みし、毎日、式典の打ち合わせを行っている。それ以外は、ホテルの部屋に、ずっと閉じこもっていた。
部屋は、豪華で物凄く広いし。フロントに連絡すれば、ルームサービスで、何でも持って来てくれる。あと、美容院や、ネイルサロン、エステなど。流石は、一流ホテルだけあって、何でもそろっていた。
至れり尽くせりの、超好待遇だけど。家にも帰れないし、自由に空を飛び回ることもできない。こういう生活には慣れてないので、とんでもなく息苦しくて、フラストレーションも、物凄く溜まる。
でも、こうなることは、ある程度、予想していたし。自分で選んだ道なので、素直に受け入れていた。エンプレスになれば、もう、誰も一般人としては、見てくれないのだ。
明日は、いよいよ『グランド・エンプレスの就任式典』が行われる。準備は、全て終わっており、あとは、本番を迎えるだけだ。ただ、その前に、私はどうしても、やっておきたい事があった。
今、私の目の前には、とても大きな敷地が広がっている。ここは〈西地区〉にある墓地で、たくさんの墓石が、整然と並んでいた。先のほうには、小さな丘が見える。私の目的は、その丘の頂上にあった。
私のすぐ隣には、少し複雑そうな表情をした、リリーシャさんが立っていた。今日は、わざわざ、会社をお休みして、付き会ってくれたのだ。
「すいません、リリーシャさん。お忙しいところ、付き合っていただいて」
「いいのよ。私も、来ようと思っていたから。それにしても、物凄い警備ね」
「一週間前から、ずっと、警備の人に、取り囲まれていまして……」
「そういえば、母の時も、こんな感じだったわね」
リリーシャさんは、遠い目をして答える。
私は、少し考えたあと、近くにいた警備の人に、声を掛けた。
「すいませんが、しばらくの間、私たち二人だけに、していただけませんか? とても大事な人に、会いに行くので」
「しかし、我々には、あなたをお守りする、任務がありますので――」
「ほんの少しの間だけで、いいんです。偉大なシルフィードに会うのに、大人数で行くのも、失礼ではありませんか?」
「それは、そうですが……」
警備の人が悩んでいると、後ろから、別の人が近づいて来た。
「かしこまりました、天使の翼。ここは、とても神聖な場所ですし、あなたのおっしゃる通りです。それに、エンプレスのあなたがお望みなら、我々は、その命に従います」
彼は、この『VSS』の責任者だ。左手を胸に手を当て、恭しく頭を下げて来る。
「ありがとうございます。なるべく、早く戻りますので」
「はい、お気をつけて」
彼は、全員に『整列!』と声を掛けると、一瞬にして、全ての警備の人たちが、横一列に並んだ。私たちは、彼らに見守られながら、ゆっくりと墓地を抜け、小さな丘を登って行くのだった――。
******
小高い丘の上に登ると、そこには、ひときわ大きな墓石が、一つだけ置かれていた。墓石の下には、たくさんの花が置かれている。今でも、お参りに来る人が多いようだ。
墓石には『世界を光で照らした、偉大なるシルフィード、ここに眠る』と、書かれていた。ここは『伝説のシルフィード』と言われた『前グランド・エンプレス』の、アリーシャさんのお墓だ。
〈ウインド・ストリート〉にある、天使像には、何度かお参りに行ったけど。ここに来るのは、初めてだった。リリーシャさんに、過去のことを、思い出させたくなかったのもあり、今までは避けていた。
でも、エンプレスの就任が決まってから、一度、ここに、来る必要があると思ったのだ。アリーシャさんは、うちの会社の創業者であり、私の大先輩でもある。
直接、会ったことは無いけれど。私がシルフィードになれたのも、リリーシャさんと会えたのも、彼女が〈ホワイト・ウイング〉を、作ってくれたからだ。私が上位階級になれたのだって、アリーシャさんの名声が、少なからず関係していた。
そう考えると、間接的に、物凄くお世話になっている。それに、先代のエンプレスでもあるので、正式に、引継ぎの挨拶しなければならない。リリーシャさんに、その話をしたら、一緒に来てくれることになったのだ。
私たちは、そっと花束を置くと、両手を組み、目を閉じた。私は、写真で見た、アリーシャさんの顔を思い浮かべると、心の中で、そっと話し掛ける。
『アリーシャさん、こんにちは。いつも、大変お世話になっております。今日は、大事な報告があって、やって参りました』
『私が、こちらの世界に来て〈ホワイト・ウイング〉で働き始めてから、もう、四年以上が過ぎました。最初は、何もできない、未熟な見習いでしたが。リリーシャさんや、沢山の方のご指導のもと、何とか、一人前になれました』
『日々努力して、一昨年には、プリンセスに昇進。その後も、無我夢中で頑張っていたら、先日、私に、エンプレス昇進の知らせが来たんです』
『正直、かなり悩みました。最初は、リリーシャさんのところに、話が来ていましたし。私よりも優秀なシルフィードは、沢山いますので』
『ただ、色々考えた結果、私は、この話を受けることにしました。もちろん、自分が、まだまだ、実力不足なのは、重々承知しています』
『でも、私は、この世界の人々に、とても暖かく迎えてもらい、数え切れないぐらい、優しくしてもらいました。だから、その恩返しがしたいんです。私の、今後の人生の、全てを懸けて』
『私は、頭もよくないですし、不器用なので、どれだけのことが出来るかは、よく分かりません。でも「シルフィードが大好き」という気持ちは、誰にも負けないつもりです』
『あと、私は「世界中の人を幸せにしたい」と、本気で考えています。なので、アリーシャさんの「世界中の人を笑顔にしたい」という想いも、引き継がせていただきます』
『全身全霊を懸けて、頑張りますので、見守っていてください。どうか、よろしくお願いいたします』
私は、深々と頭を下げた。
ゆっくり顔を上げ、目を開ける。すると、すぐ隣では、優しげな瞳で、リリーシャさんが、私を見つめていた。
「お話は、終わったかしら?」
「はい。全て伝えることが、できました」
「そう……。私も、今の自分の素直な気持ちを、全て伝えたわ」
「それって、もしかして?」
「えぇ。自分には、進みたい道があるから。シルフィードを辞めることを、許して欲しいと――」
リリーシャさんは、少し寂し気な表情をしていた。けっして、シルフィードが嫌いな訳では、ないのだと思う。
でも、本当に、自分が望むことをやりたければ、大好きな人とも、道をたがえなければならない。人それぞれに、進むべき道は、違うのだから。
ただ、それは同時に、私とリリーシャさんも、別々の道に進むことを意味する。私は、この仕事に生涯を捧げるために。彼女は、この仕事を辞めるために。ともに、別々の決意を胸に、今日、ここにやって来たのだ。
正直、リリーシャさんと別れるのは、物凄く、辛くて寂しい。ただでさえ、とてつもなく、大きな責任のある、特別な立場になるのだから。
できれば、これから先も、ずっと、そばに居て欲しいと思う。でも、彼女の幸せを考えたら、別の道を進んだほうが、最善なのだから。私は、全力で、応援してあげるべきだ。
「アリーシャさんなら、笑顔で背中を押してくれると思いますよ」
私は、精一杯の笑みを浮かべながら、リリーシャさんに声を掛ける。
「そう……かしら?」
「はい。とっても、心の広い人ですもんね」
私は、話でしか、聴いたことがないけど。物凄く楽天的で、自由で、器の大きな人だったらしい。
「そうね。きっと母なら『好きにやりなさい』って、言うかもしれないわ。私の進路に関して、全く口出ししなかったし。きっと、どんな道を選んでも、応援してくれたと思うわ」
「ただ、私には、新しい世界に踏み出す、勇気がなくて。ずっと、母の背中を、追い掛けていただけなの。でも、風歌ちゃんのお蔭で、ようやく決心がついたわ」
リリーシャさんは、真っ直ぐな瞳を向けて来る。
「えっ? 私のお蔭って――?」
「風歌ちゃんが、いつも、色んなことに挑戦している姿を見て。私も頑張らなきゃ、って思ったの」
「でも、私は、いつも、思い付きとテンションで、行動しているだけですから。そんなに、大したものでは……」
昔に比べ、かなり慎重に考えてから、行動するようになった。でも、最終的には、イチかバチかの賭けが、多いんだよね。結局のところ、何事も、やってみないと分からないから。
その時、唐突に、リリーシャさんが頭を下げた。
「風歌ちゃん、本当に、ごめんなさい」
「なっ?! 何で謝るんですか? 頭を上げてください」
「私の我がままのせいで、風歌ちゃんに、大変な重荷を背負わせてしまって。本来なら、私が、母のあとを継ぐべきなのに――。風歌ちゃんには、自由に楽しく、のびのびやって欲しかったのに……」
その言葉からは、大きな苦悩が感じられた。どんな時でも、私を気遣い、優しくしてくれたから。今もまた、私のことを、本気で心配してくれているのだろう。でも――。
「それは、大きな勘違いですよ、リリーシャさん」
「えっ……?」
私が声を掛けると、彼女は、静かに顔を上げた。
「だって、私は、好きでやるんですから。重荷だなんて、全く考えていませんよ。そもそも、見習い時代から、ずっと、なりたいと思ってましたし。まぁ、昔、ノーラさんに『エンプレスになる』って話したら、大笑いされましたけど――」
あの時のことは、今でも覚えている。でも、見習いのころは、ただノリで、気楽に言っただけだったし。明らかに、能力も覚悟も、足りていなかった。
「それに、今なら、何となく分かるんです、アリーシャさんの気持ちが。きっと、アリーシャさんは、この仕事も、この町も、この世界も、全てが大好きだったんだと思います。だから、好きで、エンプレスを、やっていたんじゃないでしょうか?」
「私も、この世界と、この世界の人たちが、物凄く大好きです。なので、心の底から『世界中の人を幸せにしたい』って、思っています。好きでやるので、全然、重荷なんかじゃないですよ。むしろ、ワクワクします」
自分の好きな人に『幸せになって欲しい』と思う気持ちは、誰もが持ってるし。そのための努力は、全く負担に思わないはずだ。私は、たまたま、好きな人が多いから、世界中の人が、対象なだけで。
「そう……。やっぱり、風歌ちゃんは、凄いわね。きっと、当の昔に、追い抜かれていたのだと思うわ」
「とんでもないです。私なんて、まだまだ、リリーシャさんの、足元にも及びませんし。私を、ここまで育ててくれたのは、リリーシャさんじゃないですか?」
「そんなことないわ。ずっと、過去にしがみついて、前に進めかった私と違い。風歌ちゃんは、常に前だけを見て、進み続けてきたのだから。それに、私がいなくても、同じ結果を出していたはずよ」
リリーシャさんは、私の手を、そっと両手で握りしめた。
「頑張って、風歌ちゃん。きっとあなたは、歴代でも、最高のエンプレスになると思うわ。あなたは、自分が思っている以上に、優れた能力を持っているから」
「能力があるかは、よく分かりませんけど。精一杯、頑張って、最高のエンプレスを目指します。でも、頑張るのは、私だけじゃありませんよね?」
「そうね。どちらが先に結果を出せるか、競争ね。お互いに、新しい道を、頑張りましょう」
「はいっ!」
その時、後ろから、柔らかな風が吹いた。まるで『頑張れ』と、背中を押されているみたいだった。
リリーシャさんが、アリーシャさんを追い掛けるのを、止めたように。私も、リリーシャさんを追い掛けるのを止め、自分の道を進んで行こうと思う。
私は、私らしい、最高のシルフィードになるために……。
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次回――
『エンプレスとして世界中の人々を守ることをここに誓う』
守りたい、この笑顔……
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追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
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