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第9部 夢の先にあるもの

3-7緑色に輝く世界で感じた懐かしさの真実とは

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 夜、自宅にて。つい先ほどまで、物置部屋で、ユメちゃんとELエルで話していた。時間が十一時を過ぎたので、話を切り上げ、寝室に向かった。天幕付きの大きなベッドにもぐりこむと、照明を消して、静かに目を閉じた。

 翌日の仕事に響かないよう、毎日、早目に寝てるけど。この時間って、あまり眠くないんだよね。特に今日は、調子が良かったせいか、まだまだ、元気があり余っていた。なので、今日、一日のことを、振り返ってみる。

 三月になって、だいぶ春らしくなってきた。この世界の暦では、まだ、冬だけど。気温も、だいぶ上がってきて、花も咲き始めている。観光客も増え、町全体が、活気づいてきていた。

 そういえば、今日は、とても風が強かった。物凄い強風で、お客様も、驚いていた。おそらく、春が近づいて来ているからだと思う。三月になると、たまに、強風の日があるんだよね。向こうの世界の『春一番』と同じだ。

 町全体のマナラインも、いつもより、濃く見えていたし。かなり、揺らぎが大きかった。こういう日は、決まって風が強い。

 春が近づいてきて、風も元気になっているんだろうか……? そんなことを考えている内に、だんだん、意識が闇に飲まれて行った――。

 
 ******

 
 明るい光を感じ、意識が覚醒する。私は、ゆっくりと目を開けるが、何か、いつもと違う気がする。ボーッとしながら眺めると、見慣れたはずの、天井がなかった。それだけじゃない。周囲には、壁も、置物も、何一つ見当たらなかった。

 ゆっくり体を起こすと、体がフワフワと、浮いていることに気付いた。下に視線を向けるが、床も見当たらない。周囲全体が、完全に真っ白な世界だった。

「あれ……? 朝じゃなくて、まだ夢の中――?」
 何もない白い空間で、寝起きの、今一つ回らない頭で考えた。

「うーん。でも、何か見覚えが、あるんだよねぇ。何だっけ……?」
 額に手を当て考える。しばらく思考を巡らせると、あることを思い出した。

「あっ、そうだ! ずっと前、墜落事故を起こした時。入院中に見た夢だ」
 私が、ポンと手のひらを叩くと、次の瞬間、周囲が緑色の光を帯びる。

 それと同時に、急に風が巻き起こり、宙に浮いている、不思議な物体が見えた。淡い緑色の光を放ち、体が透けている少女だ。

 よく見ると、数え切れないぐらい沢山の少女たちが、私の周囲を飛び回っていた。彼女たちが通り過ぎるたびに、風が巻き起こる。

「あぁ――以前にも、見た記憶がある。風の精霊……?」
 
 私が、その不思議な光景を、ぼんやり眺めていると、その内の一人が、私の目の前で、クルッと宙返りした。一瞬、私のほうに振り向いたあと、ゆっくり前に進んで行く。まるで『ついて来て』と、言っているようだ。

 私は、彼女のあとをついて、歩き始めた。いつの間にか、何もなかった場所に、地面ができている。私が歩き始めると、周囲の子たちも、皆同じ方向に、一斉に飛び始めた。

 しばらく進んで行くと、遠くから、歌声が聞こえてくる。これは、向こうの世界にいた時にも、たまに聞こえていた、風の歌声だ。風が強い日に、聞こえていた気がする。

 さらに進んで行くと、だんだん歌声が大きくなり、そこには、立派な椅子に座った、大きな女性がいた。全身が緑色の光に包まれており、座っていても、三メートルぐらいある。

 不思議な貫禄があり、他の風の精霊たちと違い、体は透けていない。体の大きさ以外は、人間に似ているが、言葉では上手く言い表せない、とても神秘的な容姿だった。

 緑の長い髪、緑の瞳、透き通るような白い肌に、端正な顔立ち。無表情なので、彫像のような美しさの女性だ。それに、周りの子たちよりも、強い光を放っている。整った身なりを見て、私は、すぐに誰だか理解した。

「あの――あなたが『蒼空の女王』シルフィードですか……?」
 私が、恐る恐る声を掛けると、彼女は、小さくうなずいた。

 そうだ、彼女には、前に一度、会った記憶がある――。それに、過去に何度も聞いていた、風の歌。あれは、彼女の歌声だ。

 でも、あれは、夢じゃなかったっけ……? それとも、現実――?

 まぁ、それは、今はいいとして。それよりも、訊きたかった事がある。ずっと前から、凄く気になって、心に引っ掛かっていたのだ。

「以前、私が墜落した時に、助けてくれたのは、あなたですか……?」
 そっと尋ねると、彼女は、私を見つめながら頷いた。

「えーと――先日の火事の際に、力を貸してくれたのも、あなたですか?」
 少女を抱きかかえた際、後ろに倒れそうになった時。強風が吹いたり、そのあと、風がピタリと止まったり。明らかに、風の動きがおかしかった。

 私の質問に、彼女は、再び静かに頷く。

「じゃあ、もしかして『ノア・グランプリ』や『ノア・マラソン』の時も……?」
 彼女は、目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

 そうか、そうだったんだ。やっぱり、今まで、ずっと助けてくれていた。『シルフィードの加護』があるって、本当だったんだ――。

「あの……なぜ、いつも、助けて下さるんですか?」
 これも、ずっと、気になっていたことだった。

 仮に加護があるとしても、その理由が、よく分からない。そもそも、私の生まれた世界には、魔法も精霊信仰もない。私も、こっちの世界に来るまで、全く気にしたことがなかった。

『旋風の魔女』の子孫で、この世界で生まれた、フィニーちゃんに加護があるのは分かる。でも、私には、何一つ接点がなかった。だから、不思議でならないのだ。

 すると、彼女は、そっと手招きをした。私は、ゆっくりと、彼女に近付いて行く。すぐ目の前まで行くと、彼女は手を伸ばし、私のおでこに、そっと人差し指で触れた。

 次の瞬間、周囲の景色が一変する。そこは、どこかの病室だった。目の前のベッドの上には、上半身を起こしている女性がいた。お腹が大きいので、妊婦さんのようだ。

 よく見ると、それは、お母さんだった。しかも、凄く若い。すぐそばの椅子には、お父さんが座っていた。お父さんも、今よりずっと若い。何やら、二人で、会話しているようだ。耳を澄ませると、少しノイズの混じった声が、聞こえて来る。

『今日は、物凄く風が強いわね。何かしら、この歌声みたいのは?』
『いや、僕には、全く聞こえないけど?』

『ほら、聞こえるじゃない。女性の声みたいのが』
『んー、やっぱり、聞こえないと思うけどなぁ……』
 お父さんは、周囲をキョロキョロと見回している。

『まぁ、いいわ。それより、この子の名前だけど、風歌はどう? 風の歌が聞こえたから風歌。ちょっと、安直かしら?』

『いや、いいんじゃないかい、可愛いし。風のように、元気な子に育ってくれるといいね』
 お母さんの提案に、お父さんは、満面の笑みで答えた。

 えぇっ?! お母さんも、風の歌を聴いてたの? じゃあ、私の名前って、シルフィードの歌が、キッカケだったんだ――。

 その時、フッと景色が変わる。今度は、大きな原っぱだった。そこには、幼い少女がいた。風が吹いて、草が大きく揺れている。その中を、嬉しそうな笑顔で、元気に走り回っていた。

 あれって、小さいころの私……?!

 滅茶苦茶、楽しそうな顔をしている。そういえば、子供のころから、風の強い日って、大好きだったよね。台風や嵐が来た時なんか、妙にテンション上がってたし。

 小さい私は、急に立ち止まると、耳に手を当て、何かを聴いている様子だった。しばらくすると、空中に視線を向け、何かを話し始めた。

『ねぇ、これって、あなたたちが歌ってるの? えっ、ちがうの? へぇー、あなたたちの、ママが歌ってるんだ。とっても、すてきな歌声だね』 
 誰もいない所に、話しかけている。でも、まるで、誰かと会話している感じだ。

 私は、その様子を眺めていると、ぼんやりと、周囲に無数の人影が見えて来た。よく見ると、小さな私の周りを、たくさんの風の精霊たちが、取り囲んでいる。

 あれっ、ちょっと待って――?! そういえば、子供のころ、原っぱで、何か不思議なものを、見た記憶がある……。あの時の私は『原っぱの緑色の幽霊』って、言ってなかったっけ――?

 そういえば、子供のころにも、風の精霊を見たような気がする。でも、たった、一度きりだったので、ただの夢だと思って、完全に忘れていたのだ。

 フッと、周囲の景色が消えると、再び緑色の空間に戻る。目の前には、私を静かに見つめる、シルフィードの姿があった。

「私、ずっと昔に、あなたたちに、出会っていたんですね……?」
 私の問いに、彼女は静かに頷いた。

 じゃあ、私が『シルフィードの加護』を受けたのって、子供のころ? あのあと、精霊の姿は、全く見えなかったけど。風が強い日は、たまに、歌声が聴こえてたし。

 私が、過去の記憶を思い返していると、
『風と共に生きる、人の子よ。いつも、我が子たちを愛してくれて、ありがとう』
 頭の中に、不思議な声が入り込んできた。 

 私は驚いて、彼女の顔に視線を向ける。すると、彼女は、優しげな瞳で、私を見つめていた。 

『我々と心を通わす人の子は、百年ぶり。あなたが、風を愛する限り、これからも我々は、あなたの良き隣人として、共に歩み続けるでしょう。あなたの進む道に、永遠の光と幸運を……』

 彼女は、そっと私の頭に手を置いた。その手のひらからは、温かい何かが、全身に流れ込んでくる。何だろう、このとてもホッとした感じ。まるで、柔らかな風に、包まれているようだ。私は目を閉じ、その穏やかな感覚に、身を任せる。

 しばらくすると、私の頬を、柔らかな風が撫でた。ゆっくり目を開くと、そこには、見慣れたベッドの天井があった。

 横に視線を向けると、バルコニーに続く窓が開いており、カーテンが、ゆらゆらと風で揺れていた。薄っすらと、部屋に明るい光が入り込んでいる。どうやら、明け方のようだ。

「えーっと、あれっ――? 夢……だったの? てか、窓開けてたっけ?」
 私は、上半身を起こすと、しばし、ボーッと考える。

 やっぱり、夢だろうか? でも、シルフィードに、頭を触れられた感覚が、妙にリアルに残っていた。

 私は、開きっぱなしだった窓に向かい、バルコニーに出る。目の前には、大きく広がる海と、緑色のマナライン、そして――。

「えぇっ?! 風の精霊――?」
 たくさんの風の精霊たちが、元気に飛び回っていた。

 唖然として、その光景を眺めていると、一人の風の精霊が、私に近づいてきて、クルッと宙返りする。

「あなた、もしかして、さっきの……?」
 夢の中で、私を案内してくれた子に似ている。彼女は、もう一度、宙返りをしてから、飛び去って行った。

「あぁ、夢じゃなかったんだ――」
 私は、しばし、風の精霊たちが舞い踊る姿を、全身で風を浴びながら、じっと眺めていた。

 でも、この光景と、先ほどの出来事が、現実だとしたら。今までずっと、シルフィードや風の精霊たちが、私を助けてくれていたということだ。

「今まで、一杯ありがとう。これからも、よろしくね」
 私は、舞い踊る精霊たちに向かって、小さくつぶやいた。

 それにしても、お母さんが、シルフィードの歌声を聴いていたとは、驚きだ。超現実的で、オカルトっぽいことには、全く無縁な感じなのに。それに、私の名前が、そこから来ていたなんて、全く知らなかった。 

 でも、何か嬉しいな。私の名前の由来に、そんな出来事があったなんて。まるで、私も、シルフィードの娘みたいな感じだし。私が、昔から風が大好きだった理由が、分かった気がする。

 これからも、心から感謝しながら、ずっと、風と共に生きて行こう。おそらく私は、世界で一番、風を愛している人間だから……。


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次回――
『沢山たべると自分もみんなも幸せな気分になるのはなぜだろう?』

 幸せとは、達成の喜びと、創造の感動の中にある
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